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7.7-04 黒い影4

眠いのじゃ……。

赤色の煎餅。

紫色の煎餅。

そして黄色の煎餅……。


世の中には、様々な種類の煎餅がある……のだが、その範疇を明らかに逸脱した、とんでもない種類の煎餅がコルテックスの前に置かれていた。

……それも大量に。


「……これを一人で食べろと〜?」


そう口にしてから……個数まで指定していなかったことを思い出すコルテックス。

どうやら、個数を指定せずにオーダーメイドの煎餅を注文すると、この店の場合は、10枚単位で焼いてくれるらしい……。


そんな彼女に対して……


「…………」ニヤリ


と白い歯を見せながら、笑みを向ける店主。

その表情は、ざまぁみろ、と言っているように受け取れなくもなかったが……イブ曰く、そういうわけではないようだ。


「へぇ……店主さんの自信作だから、味わって食べて欲しいかも、だって?」


「……本当にそう言ってるのですか〜?イブちゃん」ゴゴゴゴ


「えっ……う、うん……」


「そうですか〜……」


もしも、イブと店主が共謀して、自身を陥れようとしているのなら、どれだけ良かったことか……。

そうだとすれば、怪しげな煎餅をイブと店主の口の中に、容赦なく詰め込んでやるのに……。

そう考えて……しかしそうではなかったことで、コルテックスは内心で大きな溜息を吐いてしまったようだ。


「……分かりました〜。せっかく作っていただいたので、温かい内に、いただくことにしましょう。ちなみに、食べられなかった分については、もちろん持ち帰って食べても良いのですよね〜?」


「…………!」カッ


「そうですか〜」


「……コルテックス様も、随分、店主さんに慣れたかもだね?」


「肯定だけしか分からないですけどね〜」


コルテックスはそう言うと、温かいお茶と共に置かれている煎餅へと視線を向けた。


そんな彼女の視線の先には、2つの大きな皿と、そこに敷かれた和紙の上に乗った大量の煎餅が、作り立てだったために熱々なのか、すこしだけ湯気を立てながら鎮座していた。

その内、コルテックス側に置かれていた煎餅については、前述の通り、絵の具で染められたような色をしていたようだが……イブの方は少し違ったようである。


白く渦巻いた何かが入っていた、直径10cmほどの、コントラストの高い白黒の煎餅……。

細い枝のようなものを周囲に向かって大量に伸ばしていた、茶色い煎餅……。

そして、何か白っぽいものを潰して、煎餅の生地で固めたような……煎餅……。


それぞれ、うどん煎餅、焼きそば煎餅、餃子煎餅である。

イブが注文した、彼女が食べたいという品々だ。


一見すると、どれも斬新な見た目の煎餅だったが……味まではそこまで斬新なものではなかったらしい。


「いただきますかもー!」バリボリ


そう宣言したイブが最初に口にしたのは……白黒のうどん煎餅だった。

だが、茹でたばかりのうどんのようにコシがあって柔らかいものではなく……


「うどんだけど……お煎餅かも?」バリボリ


味こそ、うどんのつゆのような味だったようだが、硬さは煎餅そのものだったようだ。


「うーん……ちょっと残念かもだね」


「……イブちゃん?もしかして、味音痴ですか〜?」


「そ、そんなことはないかもだけど……もう少しモチモチしていても良かったかなー、って思っただけかも?」


「……そうですか〜(もしかして、イブちゃんは、ゲテモノ料理が好きなのでしょうか〜?)」


美味しそうに煎餅を頬張るイブのことを眺めながら、そんな疑惑に思慮を巡らせるコルテックス。


それから間もなくして、イブが1枚目を食べ終わって……。

そして次に彼女が手に取ったのは……焼きそば煎餅であった。


「次はどうかなー」バリボリ


「焼きそば味の煎餅なら、普通の煎餅と似たような味だと思うのですが〜……」


そんなことを口にしながら、コルテックスがイブの感想を待っていると……彼女は、急に眼をキラキラさせると、頬を押さえながら話し始めた。


「うん!イブが探してたのは、こんな感じの煎餅かもだね!」


「……それは良かったですね〜(普通の煎餅か、焼きそばじゃダメなんでしょうか〜?)」


カリッカリの焼きそばは、それだけで美味しいはずだが……それをわざわざ煎餅化する必要はあるのか。

そんな疑問がコルテックスの中で湧き上がってきたようだが、今日は飽くまでもイブに付き合うというスタンスだったので、彼女がそれを口に出すようなことは無かったようである。


そしてイブが最後に手に取ったのは、餃子煎餅だった。

その見た目は、中身が飛び出した状態で潰れた餃子……ではなく、ある程度、形を保ったままで、餃子の模様が入った煎餅……といったような様子だ。


「(これも、煎餅にする必要があるのか疑問ですけど〜……そういう変わったものが食べたい、お年頃なんでしょうね〜)」


「ん?コルテックス様も食べる?」バリボリ


「いいえ〜?せっかくなので味わって食べて下さい。私には私の分がありますから〜」


とコルテックスが断ると、イブはどこか残念そうな表情を浮かべた。

その表情には、コルテックスにも食べてほしかった、という意味合いが含まれていたはずだが……コルテックスは、それが分かっていても、イブの分までは食べる気になれなかったようである。


そう……。

彼女は、これから、3種類の煎餅(モンスター)たちと戦闘しなくてはならないのだから……。


その始まりは……イブの一言だった。


「……コルテックス様は食べないかもなの?」


「……食べます。もちろん、食べますとも〜。ですけど〜……世の中には、覚悟が必要な事があるんですよ〜?……なんなら先にイブちゃんが味見をしてみますか〜?」


「えっ?いいの?なら……その赤いやつを食べてみたいかも!」


「……やっぱりダメです」


ミッドエデン原産のヘルチェリーのことを知らなかったイブが、赤い煎餅に手を伸ばす前に、首を振るコルテックス。

彼女が何故、急にそのような行動に出たのかについては、ヘルチェリーがどのような代物であるか、と言えば、皆まで語らずとも明らかだろう……。


「では〜……頂きます(1枚だけ食べて、余った9枚については、ユキ様に押し付けましょう)」


そしてコルテックスは……その表情の裏に隠された絶望をイブに気取られないように覚悟を決めると、赤い煎餅の角に最初の一口を付けたのである。


パリッ……


「……すみません。甘〜い、ぜんざいを一つ、追加でお願いします。それも今すぐに〜」


…………




それからコルテックスは、一通りの煎餅に手を付けた。

その結果、食べる前と食べた後で彼女の表情が変わるようなことはなかったようだが……その顔色は大きく変わってしまったようだ。

特に、最後の黄色い煎餅を食べた瞬間、彼女の顔色は著しく青く変化し……お茶やぜんざい、その他、追加で頼んだ色々な飲み物と一緒に、ソレを無理矢理に喉の奥へと流し込んでいたようだが……それでも、咽返(むせかえ)ることは止められなかったようである。


「(……稲荷寿司煎餅は、ルシアちゃんくらいしか食べられ無さそうですね〜。せめて、酢の成分を抜いて、『稲荷煎餅』にしておけば、いくらかはマシになったと思うのですが〜……)」


煎餅を口にした瞬間、その中から蒸気と共に吹き出してきた酢酸ガス(?)のことを思い出しながら、味についても回想しようとするコルテックス。

しかし、どうやっても、呼吸の辛さしか思い出せなかったようだ。


そんなコルテックスと、その隣りにいたイブは……今、町の中を歩いていた。

空気の読めないワルツと違って、相手のことがちゃんと考えられるイブは、コルテックスの小さな変化から、彼女があまり煎餅を好んでいないことに気付いたようで、早々に店を立ち去ることを提案したのである。


しかし、煎餅屋から出てきてからと言うもの、コルテックスがずっと無言だったためか……イブは段々、心配になってきたようだ。

その結果、彼女は、どこかしょんぼりとしたような表情を見せながら、コルテックスに対して直接質問する。


「もしかしてコルテックス様、美味しくなかった?」


美味しくなかったかどうか……。

今この瞬間、美味しい、とは一体どういった感覚だったのかを思い出せなかったコルテックスは……しかし、その心内を口に出すこと無く、代わりの言葉を口にした。


「……逆に、イブちゃんはどうだったのですか〜?」


「えっとねー、イブは……美味しかったと思ったかも?」


「そうですか〜。なら、私も満足ですよ〜?(後であの店、潰してやりたいところですが〜……まぁ、それは、イブちゃんが悲しむと思うので、止めておきましょう……)」


それからコルテックスは……切り替えるようにして、いつも通りの柔和な表情を浮かべたようだ。


……と、いったようなやり取りをしながら、町並みの中を次の目的地に向かって歩いて行くイブとコルテックス。

次に彼女たちが向かっていたのは……洋服屋だった。

ミッドエデンに来てからと言うもの、コルテックスに支給されたメイド服くらいしかマトモな洋服と言えるものがなかったイブは……思い出したかのようにして急に、服が欲しい、と言い始めたのである。


ただ……それは不思議な事でも、変なことでもなかった。

これまで、父親と2人暮らしで、その上、親しい友達と言える者がいなかったイブにとっては、一緒に服屋に行ってくれる年の近い知り合いがいなかったのである。

今回、背格好の近いコルテックスが、1日付き合ってくれるというので……彼女は思い切って我儘を言うことにしたのだろう。


「コルテックス様と一緒に街の中を歩くの楽しいかも?」


そう言って、コルテックスの前を、黄色い尻尾を嬉しそうに振りながら歩いて行くイブ。


そんな彼女に対して……コルテックスは言った。


「……あの〜、イブちゃん?私のことはコルテックス様じゃなくて、ルシアちゃんたちみたいに、コルちゃん、って呼んでくれても良いんですよ〜?」


表向きイブは、コルテックス専属のメイド、ということになっていたが……実のところ、メイドと議長という関係は、単なる飾りでしかなかった。

ある日、突然、ワルツによって連れて来られた(?)イブが、早く皆の間で馴染めるように、コルテックスが少々横暴な方法で、彼女の居場所を作った際の名残に過ぎないのである。

その際の副産物として、イブはコルテックスのことを様付けで呼ぶことになったのだが……本来なら上下関係には無いはずの彼女が、コルテックスのことをそのように呼ぶというのは、おかしな話だったのだ。


そのことを日々考えていたコルテックスは、こうしてイブと2人だけで出歩いている機会を良いタイミングと考え、おもむろに切り出したわけだが……イブの方は、コルテックスのその言葉が意外だったのか、少々混乱してしまったようだ。


「えっ?コルテックス様を、こ、コルちゃん、って呼ぶの?」


「はい〜。本当は、イブちゃんが私のことを、様付けで呼ぶなんて必要は、どこにも無いんですから〜」


「……う、うん……」


そして、一旦は頷くものの……俯いて考え込んでしまった様子のイブ。

果たしてそんなフランクに呼びかけて良いものか……傍から見ても、彼女がそれについて悩んでいるのは明らかであった。


それからしばらくして……悩みに答えが出た様子のイブは、その顔を上げると、決心したような表情を浮かべて……何故か顔を赤くしながら、こう口にした。


「じゃぁ……今度からコルテックス様のことは、コ……」


「コ?」


「コ……コル……様、って呼ぶことにするかも!」


「……え?」


「……コル様?早く、行くかも!」


「……あれ〜?何か、悪化してる気がするのですが〜……気のせいでしょうか〜……?」


イブのその言葉に、逆に戸惑いながら、彼女の背中を追いかけるコルテックス。

ともあれ、イブが自分のことをどう呼ぶのかは、彼女の自由なので……コルテックスは、それ以上悪化しないよう(?)、この話題には触れないようにしたのであった……。

今日はもうダメかもしれぬ……。

眠いのじゃ……。

眠すぎるのじゃ……。

眼がシバシバな狐なのじゃ……。

これ以上は、意識を維持するのが大変な故、あとがきは省略させてもらうのじゃ?


……と思っておったんじゃが、補足というか……書いておって思ったことだけ、サラッと触れておくのじゃ?


本当はのう……もう少し余裕があったら、煎餅屋の店主について、もう少し触れたかったのじゃ?

位置付け的には、寿司屋の店主と同じ扱いじゃからのう。

じゃが……前述の通り、ただでさえ低スペックな妾の頭脳が、シュバルツシルト面を超えた上(?)、時間的な余裕も無かった故、書くことができなかったのじゃ……。

まぁ、機会を見つけて、もう少し詳しく掘り下げても良いかも知れぬのう……。


あと……本当に書きたかったことが、今話で書けなかったのじゃ。

たったの一言なのじゃが、表現が思いつかなくてのう……。

じゃから、その話は、明日に回すことにするのじゃ?

……ほんと、もう、今日は、無理、なのじゃ……zzz。

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