7.7-01 黒い影1
……今日もダメかも知れぬ……。
「…………」
高い空の上を高速の偏西風が流れているためか、星がキラキラとまたたいている夜空の下を、ワルツ(機動装甲)の背中に乗って、王都への帰路についていたワルツ本人とルシアと、そしてイブ。
その際、イブが何処か遠い空を眺めながら、ぼーっとしていた様子に気付いたルシアは、彼女に対して、その理由を問いかけた。
「どうしたの?イブちゃん?」
するとイブは、話しかけたルシアの方を振り返ること無く、真っ黒な星空に向かって思いを馳せるように眼を細めながら、ゆっくりとその口を開く。
「実はさー……イブさー……こうして空を飛ぶのって初めてなんだよね……」
「あれ、そうだったっけ?」
「うん……。ギアちゃんの中からは、眺めたことが何度もあるんだけど……」
「……最近、お姉ちゃんと一緒に飛ぶときは、自分で飛んでたから、気にすることは無かったけど……確かに、イブちゃんがこうしてお姉ちゃんの背中に乗って移動してるところは、見たことが無かったかもね」
「……うん。それでさ……」
「……何かあったの?」
暗いためにルシアにはイブの表情は見えなかったが……一つだけ何となく分かることがあったようだ。
一体、彼女が何に気付いたのかについては……様子のおかしかった本人であるイブが、直接、その理由を口にした……。
そう、口にしたのである……。
「……き、気持ち悪いかも…………うっぷ」
『……?!』
こうして夜のミッドエデンの空に、危険な液体がばら撒かれることになった……。
そして一夜明けて。
朝の議長室には、その所有者であるテレサとコルテックスと……そしていつも通りにメイド服の着付けをされに来ていたイブの姿があった。
ただし、イブの表情はどこか冴えなく、しかもゲッソリとしていたようだ……。
故に、議長室にやって来たばかりのイブに対して、コルテックスは何気なく問いかけた。
「おやおや〜?イブちゃん。一夜にして随分と痩せたのではないですか〜?もっと食べないと、チベタンマスティフ(?)みたいなダイナマイトバディー(?)にはなれないですよ〜?ずっと、誰かみたいに、貧相な身体つきのままですよ〜?それでもいいのですか〜?」チラッ
「……む?」
意味深げな視線を向けられても……しかし、その視線の意味が分からずに、首を傾げるテレサ。
どうやら彼女には、特に困っていることは無いらしい……。
一方、イブの方はそうではなかったようだ。
「そのチベタンなんたらが何なのかは分からないかもだけど……イブ……食べ物が……喉を通らないかもなんだよね……(昨日の夜のことを思い出すだけで……うっぷ……)」
その瞬間、
『……?!』
珍しく、驚きを隠すこと無く、驚愕の表情を浮かべるコルテックスと、同じく彼女と寸分違わない表情を浮かべるテレサ。
どうやら2人とも、何らかのスイッチが入ってしまったらしい……。
そのせいか、不調を口にしたイブの方は、言ってから後悔してしまったようだ。
これから訪れるだろう未来は、1つしか無い、と結論が出てしまったからである。
……カタリナ送り。
まるで、どこかの永久凍土の土地へと送られそうな表現だが……恐らくイブの中では、そんな言葉では表現できないほどに、恐ろしい未来が想像されているのではないだろうか……。
そのためか彼女は、必死に表情を明るくして、ごまかそうとしたようである。
まぁ……色々な意味で、手遅れだったようだが。
「え、えっと、べ、別に、身体の調子が悪いとかそんなんじゃ…………って、2人揃って何やってるの?」
何かに気付いて、言いかけていた自身の言葉を中断するイブ。
そんな彼女の視線の先では、2つ並んだデスクの両方で、まったく同じ体勢をしながら、頭を抱えている様子のテレサとコルテックスの姿があった。
より具体的に言うなら、両肘をデスクについて、指を組み、その上に頭を載せているといったような……悩んでいることを主張するポーズ(?)である。
それはまるで、事前に申し合わせて、マネをしてるのではないかと疑ってしまいそうな様子だったが……そういうわけではなく、単なる偶然だったようだ。
ただし……その行動からも推測できるのだが、偶然はそれだけではなかった。
「イブちゃんが可愛かったので、いろいろさせてきたのですが〜……それが裏目に出てしまいましたか〜……。無理をさせすぎたようですね〜……」
「イブ嬢……。主がまだ幼子だということを忘れておった妾のことを許して欲しいのじゃ……。これは由々しき事態なのじゃ……」
どうやら2人ともが揃って、これまでのイブに対する仕打ちを後悔していたようだ。
なお、普段の2人は、その見た目は似ているが、思考まで同じ、ということはない。
「……なんだろう。すごく嫌な予感がするかも……」
カタリナBad End(?)とは異なる、別の方向へと話が転がり始めたような気がして、妙な胸騒ぎを感じてしまうパジャマ姿のイブ。
それから彼女が、問題に巻き込まれる前にその場を後にしようと考え、そして、そっとクローゼットを開けて、メイド服を手に取ろうとした……そんな時である。
「こうしてはいられません!」ガタン
「……?!」びくぅ
急に大きな声を上げて席を立ち上がったコルテックスの様子に、逃げ出そうとしていたイブは怒られると思ったのか、全身の毛を逆撫でながら驚いたようだ。
さらに、その直後には……
「うむ。その通りなのじゃ。こういう時だからこそ、イブ嬢には、ゆっくりと休んでもらわねばならぬのじゃ。これは労災なのじゃ!」ガタン
テレサもそんな意味不明な言葉を口にしながら立ち上がった。
「今日のお仕事は無しです!イブちゃん!黙って私たちについてくるのですよ〜?」ゴゴゴゴ
「えっ?ちょっ、何……」
「普段から働き者のイブ嬢は、今日くらい、りふれっしゅせねばならぬのじゃ……!」ゴゴゴゴ
「り、リフレッシュじゃなくて、拷問じゃないの?!」
自分たちに付いて来い、と言う割には、両肩を持ってどこかへと連れ去ろうとする、同じ姿をした狐娘2人に対し、抗議の声を上げる垂れ耳の犬娘。
しかし彼女のその声は2人に聞き入られること無く……結局、イブは、いつも通りにメイド服を着せられた後、新しい王城の中を引き回されることになったのである……。
そして3人がやってきたのは……やはり、カタリナのところだった。
まずは、身体が正常かどうかを確かめる……。
話はそれから、ということなのだろう。
診察室に3人で騒がしく入って行くとカタリナに怒られる、というわけで無関係なテレサとコルテックスは外で待つことになり……その結果、イブは、必然的に一人で診察室の中に入ることになった。
そんな彼女を待ち構えていたのは……幸か不幸かカタリナとシュバルの2人だけだったようである。
どうやら、テンポとユキは、ワルツから声がかかったためか、王城の第七区画で彼女の手伝いをしているようで、今は診察室にはいないらしい。
そんな診察室に、恐る恐る入ったイブが、カタリナに対して『食欲がない』と言うと……イブはカタリナから、彼女の近くにあった丸椅子に腰を下ろすように勧められた。
そして、イブがそこに腰を下ろすと……彼女の目の前で、同じく椅子に座って、自身の方を振り向いたカタリナから、こんな言葉が飛んで来る。
「はい。それじゃぁ、あーんして下さい?」
何やらアイスの棒のようなものを手にしながら、現代世界なら、ある特定の場所でよく耳にしそうな……そんな言葉を口にするカタリナ。
イブはその言葉を聞いて、
「えっ?」
どういうわけか、驚いた様子で首を傾げてしまった。
もっと恐ろしいことが待っていると思っていたのに、拍子抜けした……そんな表情である。
その様子を見てカタリナは、自身の言葉が伝わらなかった、と思ったのか、説明を追加することにしたようだ。
「まずは、扁桃腺が腫れていないかどうかを確認するので、口を開けて下さい、と言う意味です」
「そ、そんなんでいいの?」
「それ以外に……何かあるのですか?」
「えっとー、例えば、こんくらいの大っきな注射を刺す……とか?」
「……普通、死にますよね。それ……」
イブが手で表現した注射の大きさが、明らかに人に対して使うには大きすぎたために、思わず苦笑を浮かべてしまったカタリナ。
ちなみに、彼女の白衣の中には、飛竜や水竜に対して使うためのドラゴン専用の巨大な注射器が入っていたりする……。
しかし、それを出してしまうと……注射器を怖がっているイブが、診察室に二度と来なくなるような気がしたのか、カタリナは巨大な注射器を出すこと無く、そのまま言葉を続けた。
「……たとえ小さな注射だったとしても、いきなり刺すようなことはしませんよ?ちゃんと病気が何なのかを確認してからじゃないと、薬の種類を決められませんからね。それに、必ず注射が必要というわけでもありませんし……」
「はぁ……そっかー。安心したかも……」
そう口にして、胸を撫で下ろす様子のイブ。
ただでさえ苦しんでいるというのに、それにトドメを刺すかのような医者の診察に対して、忌避感のあった彼女にとって、カタリナのその言葉は、安堵できる説明だったようである……。
……そのはずだった。
そう。
その後、イブの喉を確認したカタリナが、こんなことを言わなければ、である。
「じゃぁ、採血しましょうか」
「……えっ?」
その後で何が起ったのか……。
わざわざ説明するほどのことでもないだろう。
まぁ……その言葉だけだと、やはり説明不足感が否めないので、結論だけ述べると……イブは暫くの間、カタリナにまったく近寄らなくなった、という話である……。
いやの?
いきなり本題に入るというのもどうかと思って、イブ嬢の話を述べながら、そこからゆっくりと進めていこうと思ったのじゃ。
じゃがのう……どうやって書いていけばいいものか……。
表現の方法に苦しんでおるのじゃ。
じゃから、もしかすると、いつも通り、変な書き方になるやもしれぬのじゃ。
これもまた、いのべーしょんの一環として付き合ってもらえると助かるのじゃ?
それで、なのじゃ。
……ちょっと今日は、妾の頭がいつも通りおかし……じゃのうて、あまり回らぬ故、あとがきはこの辺で終わらせてもらうのじゃ?
これから、明日の分も書かねばならぬしのう……。
というか、最近、少々、寝不足気味な感じが否めないのじゃ……。
やはり……夜に書くのは、やめておいたほうがいいのかのう……。




