7.6-30 サウスフォートレスでの戦い15
「教育……。教育って、どんなことをするかもなんだろ?」
ワルツや狩人たちがやり取りしているその姿を見ている間、直接、話に関係の無かったイブが、裸のエネルギアに対して、死んだ魚のような視線を向けていたルシアに対して、そんな疑問を問いかけた。
しかし……どこか自分に似ているエネルギアの、その破廉恥な行動を前に、心ここにあらずな状態で、口をパクパクとしながら固まっていたルシアから返事はなく……その代わりに、隣りにいたアンバーから、返答が飛んでくる。
「簡単にいえば、お勉強のことですよ?イブちゃんの姿を見る限り……おそらくメイドさんになるためのお勉強をしたと思うんですけど、それと大体同じことではないでしょうか」
今日、初めて、イブと会ったアンバーは、メイドの姿をした彼女のことを、その見た目通り、メイドだと思ったらしい。
故に、イブは反論する。
「い、イブは、メイドじゃないもん!これは、コルテックス様に……えっと、怖い議長様に無理やり着せられてるだけだもん!……着心地はいいかもだけど……」
そう言いながら、防護服を兼ねたシルク製の戦闘メイド服(?)の手触りを確認するイブ。
その際、彼女が、その言葉とは裏腹に、どこか満足気な表情を浮かべていた様子を見て……アンバーは言葉を変えることにしたようだ。
「そうですか……。なら、こういう言い方は良くないかもしれませんが……貴女にとってのお勉強というのは、その怖い議長様とのやり取り、そのものだと思いますよ?」
「え……」
「……お勉強というのは、時に苦痛を伴うものです。私もソフィーに、薬草などの知識について、色々と教えてもらいましたが……これまで何度も、どうしてこんなことをしてるんだろう、って思ったことがありました。人生、生きる上で、絶対に必要ない知識だって思ってましたし、それに、よく理不尽なことで怒られていましたし……」
そう言って、どんよりとした表情を浮かべるアンバー。
どうやら彼女は、昔のこと……それも黒歴史に類する出来事を、思い出してしまったようだ。
だが、彼女は直ぐに明るい表情を浮かべ直すと、イブに対して言葉を続けた。
「でも今ではそのすべてが、大切な知識や経験として、私の中にあるんです。確かに、すべての知識を使うわけではありませんが、持っていたら活用することの出来る、見えない道具のようなもの……って言えるかもしれませんね。イブちゃんがどのような事を議長様に教えてもらっているのかは分かりませんが、教育や学習というものは……そういったものだと捉えてもらえればいいかと思います」
その言葉に……
「んー……そういうものかなぁ……」
納得でき無さそうな様子で、眉を顰めるイブ。
彼女がそんな渋い顔を浮かべていたためか……あるいは、自分のことを話しすぎたと思ったためか。
アンバーは、唸っているイブから、逆に言葉を引き出すことにしたようだ。
「ちなみに、イブちゃんは、どのようなことを教えてもらっているんですか?」
するとイブは……眉間に出来たシワの谷を、さらに深くしながら、答え始める。
「えっとねぇ。先週教えてもらったのは……三角関数の微積分でしょ?熱力学の第二法則でしょ?アルカリ金属と電子の数と酸化の関係でしょ?あとは……巡回セールスマン問題を解くための最適化アルゴリズムについて?」
「そ、そうですか……。たいへんそうですね……(魔法の呪文でしょうか?)」
「ホント、メイドになるために、こんな知識が必要なのかなぁっていつも思……じゃなくて、イブはメイドになるつもりは無いかもなんだから!」
「…………」
イブの話を聞く限り、何か次元の違う話を聞いているような気がして、どう答えていいものか戸惑っている様子のアンバー。
なお、イブの教師役をしているコルテックスとしては、メイドになるためには工学の知識が必要である、と本気で考えていたようだ……。
それから2人が、教育や勉強とは何なのだろうと、一旦は答えが出ていたはずのその問題に対して、再び頭を悩ませていると……
「難しそうな顔をして何やってるの?2人とも……」
狩人やエネルギアたちと会話を終えただろうワルツが、様子の怪しい2人の会話に割り込んできた。
その問いかけに……
「世の中には……考えても解けない、難しい問題ってあるかも、って話をしてたんだよね……。難解ってやつ?」
「すみません……こんな小さな子どもの知識に追いつけないとか、私の人生……一体何だったんでしょう……」
と、暗い表情を浮かべながら、それぞれに180度近く方向性の異なる話を口にするイブとアンバー。
2人とも、世の中の理不尽(?)に対して頭を悩ませていた、という点においては共通していたが、その問題の出処は、まったくと言っていいほどに異なっていたようだ……。
「って、イブのこと子ども扱いしてほしくないかもだもん!見た目は小さいかもだけど、中身は歴としたレディーなんだから!」
「はいはい、良かったわね。で、アンバーたちはこれからどうする?」
「んがっ!」
ワルツはいつも通りにイブのことを適当にあしらうと、彼女の頭の上に手をおいて、クセ毛を適当に撫で回しながら、アンバーに対して問いかけた。
ただ、その言葉だけでは、ワルツの意図がアンバーには理解できなかったようなので……ワルツはその言葉を追加で補足することにしたようだ。
「前に……貴女方に言ったわよね?魔女の騒動が終わってから数十年くらいは、村を出ないほうがいいかもしれない、って話。あれなんだけどさ……今のミッドエデンの情勢なら、多分大丈夫だと思うのよ」
ワルツのその言葉は、半年ほど前、アルクの村に魔女たちを匿った際に、彼女たちの安全のことを考えて言った言葉だった。
アルクの村にいる限り……つまり、彼女たちを積極的に匿ってくれる者たちの下にいる限りは、生活も自由も保証する、というものである。
それは、現代世界の歴史に照らし合わせて、そう簡単に魔女たちへの迫害が消えることが無かったことを鑑みた結果の言葉だった。
特に、彼女たちを『魔女』として教会に通告した者たちがいるだろう彼女たちの故郷や、あるいは彼女たちが『魔女』であると知っている者たちがいるかもしれない地域に行くことは、前述の通り、彼女たちの身の安全を考えれば、避けるべきだったのである。
残念なことに、一度、憎悪を始めた者の中からは、そう簡単にその2文字の感情が消えることは無いのだから……。
……但し。
何事にも例外はある。
ある日突然、国の仕組みが……社会の仕組みが、ガラリ、と変わってしまったなら……。
更には、他者をどうこう言っている暇もないほどに忙しくなって、しかも生活が豊かになったなら……。
そして、それまでは当たり前だと思っていた弱き者に対する侮蔑の行為が違法となり、それを犯すことによって、すべての財産と権利を没収されることになったなら……。
果たして、それでも、魔女たちに対して、わざわざ手を出すような者は、一体どれだけ残るだろう。
もちろん、人と人との関係なので、ソレが完全にゼロになることはないはずだが……何故魔女たちが卑下の対象になっていたかを考えれば、彼女たちに危害を与えようと考える者は、減ることはあっても、決して増えることは無いのではないだろうか。
とは言え、このミッドエデンの場合は、トップのテレサやコルテックスからして、魔女道(?)まっしぐらなので、そちらの方が、民に対する影響は大きいのかもしれないが……。
そんな背景があって、ワルツはアンバーに対し、大抵の場所なら、とりあえずは安全……すなわち、アルクの村に篭っている必要は無くなった、といったニュアンスの言葉を口にしたわけだが……
「え?本当ですか!?……でも……」
アンバーはそれを聞いて、一瞬だけ嬉しそうな笑みを浮かべたものの……しかし、直ぐに俯いて何かを悩んでいるような表情を浮かべてしまった。
その様子を見て、ワルツは言葉を追加する。
「えーと……もちろん、ずっとアルクの村……じゃなくて、今は町になってたわね。これからもアルクの町にいてもらっても構わないわよ?だって、町になるくらいに村を大きく成長させたのは、貴女方のおかげって言っても過言ではないんだから」
どうやらワルツは、アンバーがアルクの……町を追い出されると思っている、と考えたらしい。
もちろん、ワルツにその気はなかったので、彼女はわざわざ否定したわけだが……
「あの……ありがとうございます……」
それでも何故か、アンバーの表情は冴えなかった。
故に、ワルツは逆に問いかけることにしたようだ。
「……アルクの町で何かあったの?例えば、酒場の店主……じゃなくて、村長……でもなくて、町長さんと喧嘩して、腹いせに街の半分を焼きつくしたとか?」
「し、しないですよ!そんなこと……」
「そう……。なら、どうしたの?」
「……あの……すごく言い難いのですが……」
そこで一旦、口を閉じるアンバー。
その様子から察するに、相当に言い難いことがあるらしい……。
それからもワルツが、黙ってアンバーが話し始めるのを待っていると……彼女はようやく説明することを決心したのか、覚悟を決めたような眼をワルツに向けながらその口を開いた。
「じ、実は……ワルツさんの家の地下に、とんでもないものを見つけてしまったんです!」
『あっ……』
アンバーのその言葉に対して、その意味を理解できる4人が同時に何かを察したような声を上げた。
要するに……
「地下工房を見つけちゃったのね……」
ということになるだろう。
「あの……今まで黙っていてすみません!実は……それだけでなくて、カタリナさんが書き留めただろう研究ノートとかも見つけちゃって……」
「あー、それで、私たちの教えが何とか、って言ってたわけね?(あと、私の名前の後に、いつの間にか”様”が付いてる理由も……)」
「はい……」
そして再び、申し訳無さそうに俯いてしまうアンバー。
どうやら彼女たちは、その研究ノートの中身を見て……いわゆる禁断の果実を取り入れてしまったらしい……。
もしかすると、彼女たちが施療院で一時的に働いているのも、そういった背景があったからなのかもしれない。
そんな彼女に対して、ワルツは……
「んー……あの知識を断片でも知っちゃったら、本当は……命を奪わなきゃならないところだけど」
「えっ?!」
「ま、見つけちゃったなら、仕方ないわね」
ニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。
そして続けざまに、こうも口にする。
「ま、それはいまさらで、どうしようもないことだから……これからは地上部分だけでなくて、地下の工房についても自由に使っていいわよ?だけど、ちゃんと大切に使ってよね?あと……信頼できる魔女以外に見せないこと。特に店主さんには知られちゃダメよ?酒場の地下まで、穴を掘ってることがバレると、あとで怒られそうだから……」
「あっ、そ、それは、大丈夫です。まだ、一部の魔女にしか知られてませんから!」
どこか慌てながらそう口にしつつ、身体の前で両の手のひらを振るアンバー。
もしかすると、もう少しで、酒場の店主(町長)に対して、打ち明けてしまうところだったのかもしれない……。
そんなこんなで、ワルツはアルクの町の地下にある、彼女がこの世界に来て最初に作った工房を、魔女たちに使わせることを承諾したのである。
その結果、アルクの町は……いや、その話はいずれすることにしよう。
ともあれ。
こうしてワルツは、自ら招いたミッドエデン崩壊の危機(?)を、どうにか食い止めることに成功したのである。
ただそれは一時的なものに過ぎず、根本的な解決とは言いがたかった。
故に彼女は、サウスフォートレスにエネルギアを置いたまま、一旦、王都へと戻って、マイクロマシンと無線電力伝送装置の量産を進めることにしたのだ。
それがまた、大きな問題の始まりになるとも知らずに……。
なお、これは余談だが……ワルツの機動装甲の背に乗って、ルシアとイブがサウスフォートレスを離れた後、彼女たちの背中に向かって、ボソッと呟く男性が1人いたようである……。
「あの……ワルツさん?俺のことを仲間にしてくれるっていう話は……どうなったんだ?」
……どうやらワルツは、勇者が仲間になりたいと言っていた話を、完全に忘れていたようだ……。
久しぶりに、5000文字以上、書いたのじゃ。
中々、キリの良い所まで書き終わらなくてのう……。
最後に、ボソッと書いた勇者殿の話も、本当はもう少し長く書くつもりだったのじゃが……まぁ、どうせ勇者殿の話じゃから、適当でよいじゃろ。
さて。
そんなわけで……ようやく7.6章が終わったのじゃ。
早く8章に行きたいと思うのじゃが、『あやつ』の登場がまだ終わっておらぬから、まだ7章なのじゃ?
元を辿れば、『あやつ』の登場は、1年ほど前まで遡るのじゃが……中々、登場させる機会がなくてのう……。
この物語を終えるためにも、必要じゃから、さっさと出したかったのじゃが……バランス(?)を考えると、後になってしまったのじゃ。
じゃから……7.7章こそは、その目標を達成するのじゃ!
そのための布石は、もう既に整っておる……かもしれぬからのう?
ところで……。
一つだけ、補足しておきたいことがあるのじゃ。
……魔女の身の安全について。
国内にいる限り、どこに行っても安全……というわけではないのじゃ?
国の裏面とも言えるようなアンダーグラウンドな場所や、辺境の旧態依然とした思考を持った者たちばかりで構成された村や町、あるいは国の中枢に不信感を持った領主によって統治されておる地方などは、その限りではないのじゃ。
たとえコルが恐怖政治(?)を敷いていたとしても、すべての人間が同じ方向を向いておるわけではないからのう?
……まぁ、それについては言うまでもないことかの?
要するに、ワルツが言った言葉には、『良識の範疇で』という前提がついておったのじゃ。
旅先の情報については事前に情報提供するから、それをご覧ください、的なやつなのじゃ?
よくあるじゃろ?どこぞの国の外務省が出しておるやつ。
あれと大体同じなのじゃ?
というわけで……ここで妾の頭がシャットダウンを始めてしまったのじゃ。
そこで枕が呼んでおるのじゃ。
布団乾燥機でふっくらと乾燥したまくr……うわなにするzzz。なのじゃ。zzz……。




