7.6-27 サウスフォートレスでの戦い12
「あの……私、ササキでは……」
「えっ?……あ、すまない。私としたことが、名前を間違えてしまったようだ……」
妙な空気の中、必死になって弁明する狩人。
その隣では、彼女と同じく、魔女の名前が思い出せなかったワルツが、えっ、名前忘れちゃったんですか?、といわんばかりの表情を浮かべながらも……
(ナイス、狩人さん!そのまま名前を聞き出しちゃって下さい!って、佐々木って、随分と日本人っぽい名前の人が、アルクの村にいたのね……)
……内心では180度、違うことを考えていたようだ。
とはいえ、自分の家……即ち、アルクの村の工房の隣に住んでいる人物、という言葉で、彼女が何者なのかは判明したようだが。
つまり、目の前にいる魔女は、ワルツがミッドエデンの国教会に自身も魔女として捕らえられた際に、彼女と同じ檻の中に一緒に押し込められていた女性、ということらしい。
そんな彼女にワルツは何かを教えた記憶は無かったが……少なくとも、自身がいない間、アルクの村の工房(地上部分)について、簡単な管理を任せていた事については思い出したようである。
そんな彼女たちのことについて思い出せないというのは……最早、無責任の域を超越している、と言っても過言ではないだろう。
ワルツが彼女たちに関する記憶を思い出している間も……狩人の奮闘は続いていた。
「ワルツの家の隣ということは……あぁ、あの魔女2人で暮らしている……」
「はい、そうです。ようやく思い出していただけましたか。実はソフィーも一緒にこの街に来てるんですよ?」
「そ、そうか……」
名前の方は未だ一致していないようだったが、魔女の素性については、段々に思い出し始めた様子の狩人。
そんなやり取りをしながら、狩人が場の空気をどうにか修正しようとしていたその背景では……何故かワルツが、再び頭を抱えていた。
(……ちょっと待ってよ?ソフィー……ソフィー……。多分、ソフィアって名前だと思うんだけど、そんな名前だったっけ?まったく記憶に無いんだけど……)
自身のデータベースを検索しても、彼女の名前どころか、その相方であるソフィアの名前すら出てこなかったようで……ワルツは眼の前の女性が誰か、という疑問に輪をかけて、混乱を深めていたようだ。
この分だと、彼女自身の名前を直接聞いても、彼女の顔と名前との関連付けについては、結局、思い出せない可能性が高いのではないだろうか。
……まぁ、実のところは、今まで2人とも、彼女たちの名前を一度も聞いたことがなかったことが、その根本の原因だったりするのだが……。
ワルツがいつも通りのポーカーフェイス(?)を浮かべつつ、そんなどうにもできないことで頭を悩ませているその横で……名前を聞かずにいると、そのうち余計な火傷を負ってしまうような気がした狩人が、いよいよ白旗を上げて、直接名前を聞いてしまおうか、と考え始めた頃。
「……おっと。そろそろ我々は、用事があるので戻らせていただきます」
「ダメですよ?リーゼ。人の名前を忘れたりしたら失礼ですよ?」
部屋の壁にあった時計を見た後で、伯爵と夫人が、それぞれにそう口にしながら席を立った。
マギマウスたちへの対応が一段落していたとしても、魔物から街を守る結界が消えたことや、街にいる世界中から集まった冒険者たちへの対応など、2人にはやるべきことがまだ数多く残っていたようである。
ちなみに……。
夫人の言葉から推測すると、狩人の実の母である彼女には、娘が魔女の名前を思い出せなくて戸惑っていることが、かなり初期の段階から分かっていたようだ。
ただ、その夫人も伯爵も、魔女の名前を口に出さなかったところを見ると……もしかすると彼女をここへと招待した2人も、彼女の名前を忘れているのかもしれない……。
そんな2人に対して……ワルツは少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべながら問いかけた。
「まだ……忙しいんですね?」
2人の忙しさは……即ち、自分に原因があることは明白だったのである。
それを思って、謝罪の一つでもしておくべきか、とワルツは思ったようだが……そこから先の言葉が彼女の口から出てくることはなかった。
まさか、手伝います、とも言えない上、賠償金代わりの予算は既に追加で交付されることは決まっていたので、それ以上、彼女には何も言えなければ、何も出来なかったらしい。
それを察したのか……伯爵と夫人は、部屋の扉を開きつつ振り返ると、苦笑を浮かべながら、ワルツに言葉を返した。
「……領主である以上、国家的な事業に協力するというのは仕方の無いことです。まさか、ソファーに座ってふんぞり返っているだけで、どこからともなくお金が降ってくるわけではないですからね」
「たまには前線に戻るというのも悪くありませんから、ワルツ様もあまり気になさらないで下さい。久しぶりの夫との二人三脚、みたいなものですから。……ねっ?あなた?」
「そうだな……。キャサリン」
「えーと……はい。お気をつけて……」
自分たちの眼の前で、腕を組みながら、ピンク色の空気と共に部屋の外へと姿を消した2人に対し、どんな表情を向けていいものか悩んでしまったワルツ。
狩人も、そんな両親の姿を見て、眉をひそめつつ顔を真っ赤にしていたところを見ると……娘である彼女にとっても、両親の行動には、恥ずかしさを感じてしまったようだ。
ただ……その際、何かを掴むような仕草を見せながら、チラッチラッとワルツの方に視線を向けていた理由については、まったくもって不明だが……。
……そんなこんなで、伯爵邸の門から外へと出てきたワルツたち一行。
一応、狩人の実家でもあるので、もうすこしゆっくりしていっても問題は無いはずだが……伯爵たちが忙しいのとを同じく、ワルツたちも暇ではなかったのである。
サウスフォートレス以南の地域で、マギマウスたちがまだ多く生息していることを考えるなら、やるべきことはまるで山のようにたくさんあるのだ。
……要するに、マイクロマシンの増産と散布である。
尤も、ワルツの場合は……
(さて……どうしようかしら?この魔女の名前が、どうしても思い出せないのよね……)
マイクロマシンどころではなく、未だ解決してない大問題について、頭を悩ませていたようだが……。
それを考えていたせいで、不自然な無表情を浮かべていたワルツに対し……稲荷寿司が買えなかったために絶望に打ちひしがれていて、ここまで沈黙を守っていた(?)ルシアが、おもむろにその口を開く。
「お姉ちゃん……また変なこと考えてるでしょ?」
「……分かる?」
「うん……。お姉ちゃん、もしかして……」
「ダメよ?ルシア。それ以上言ったら、挽回できるものも挽回できなくなるわ……」
「う、うん……。でも、もう……手遅れなんじゃないかなぁ?」
「……えっ?」
それからワルツは、ぎこちない動きで……魔女の方へと顔を向けた。
するとそこでは……
「…………ぐすっ」うるうる
目尻いっぱいに涙を貯めた魔女の姿が……。
「も、もしかして、ワルツ様も……私の名前を忘れてしまったんですか?」
「えっ、いや、あの…………う、うん……」
『…………』
魔女に詰め寄られた結果、名前を思い出せないことを認めてしまうワルツ。
その結果、場の空気は、再び微妙な雰囲気にとらわれてしまったようだ。
魔女の反応は、絶望、の一言に尽きるだろう。
尊敬していた者に、名前を忘れたことを知った……そんな様子である。
狩人の反応は驚愕……ではなく、安堵、であった。
あるいは、仲間を見つけて喜んでいる、とも言えるかもしれない……。
ルシアの反応は、納得、だろうか。
多くの時間を姉と行動を共にしている彼女にとっては、今更なことだったようだ。
そして最後に、イブの場合は……
「……あ。おせんべい屋さん、見つけたかも!」
……いつものこと過ぎて、気にすらしていなかったようである。
それからイブは、辺りに立ち込めていた妙な空気も、しばらくすれば元通りになると思ったのか、近くにいたルシアに提案した。
「ねぇ、ルシアちゃん?よかったら一緒におせんべい屋さんに行かない?」
「え?急にどうしたの?」
「なんか、修羅場って感じがして、私たちがここにいても仕方ない、って思ったかも?それに、おせんべいが私のことを呼んでるかもだしね」
……なお、その言葉を直訳すると、おなかが減った、である。
「んー……そうだね。うん、いいよ?」
それからルシアは、眼が泳いでいる姉と、嬉しそうな狩人と、今にも滝のような涙をこぼしそうになっている魔女の方を向いてから、こう言った。
「お姉ちゃん?ちょっと、イブちゃんとお買い物に行ってくるね?……ちゃんと、アンバーさんに謝らないとダメだよ?」
『……?!』
そして、いつも通りに黄色と白の尻尾を振りながら、颯爽とその場を後にするルシア。
そんな彼女に対して、隣りにいたイブを除いた全員が、驚愕の視線を向けていたようだが……それをルシアが知ることは無かったようである……。
注:普通のあとがきに飽きた妾が、ナレーターバージョンで書いておるのじゃ?
眠い……。
その言葉以外に、『とある狐娘』の今の状況を説明する言葉があるとすれば……もうダメかも知れぬ……その言葉に尽きるのではないだろうか。
……そう。
彼女は、今、限界を迎えているのだ。
毎晩のように繰り返される駄文の追記。
数えきれない三点リーダーの嵐。
そして、パターン化してしまいがちな地の文の言い回しの修正……。
そんな、読む者にとっても書く者にとっても、地獄のような文字の中で、今日も彼女は溺死しかかっていたのである。
もしも、文字の海の中を行く船のようなものがあって、ウトウトしながらも漕ぐことが出来る魔法のオールのようなものがあったなら……彼女がこれほどまでに苦しむことは無かったのではないだろうか。
だが、世の中、そんな楽な話があるわけもなく……。
彼女は毎日夜9時になると、自らが記す駄文の中で溺れていた。
それでも、彼女が書くことを止めなかったのは……そうせざるを得ない、何らかの理由があったからなのだろう。
……自身の存在を証明する唯一の手段。
キャラの濃い彼女には似つかない言葉かも知れないが、それは意外に的を得た表現なのかもしれない……。
……と、思わなくもないのじゃが、妾が絶望しておるのは、毎日の駄文で溺れそうじゃから……というわけではないのじゃ。
日々書いておって、作文能力が向上しておることを実感しておる故、あながちマイナス面だけ、というわけではないからのう?
1年くらい前の話を読み返しておると、ヒシヒシと感じられるのじゃ?
では、妾のやる気を、
ドゴォォォォン!!
と、爆散させておるのは何か、というと……先の話にも関連するのじゃが、数百話に上る過去の黒歴史をどうやって修正すればいいのか、という問題なのじゃ。
話の内容が薄っぺらいとか、下らない、というのは今更どうしようもないのじゃが……読めないレベルで文が酷いことだけは、どーにかして修正せねばならぬのじゃ……。
じゃがのう……ここで冒頭に戻るのじゃが、文の修正というのは、簡単な話ではないのじゃ。
何度も同じ文を読み返しては、意味的に、そして音的にも読みやすくなるように、微調整を繰り返すという作業が、どれほどに時間と集中力を消費して、苦痛を伴うものなのか……。
筆舌に尽くしがたい、とは、このことを言うのじゃろうのう。
これと同じような話は、数ヶ月に1回の割合で書いておると思うのじゃ。
じゃが、不思議なことに、時間が経過する度、何故か問題が増えていくという不可解な現象が確認されておる故、書かずにはおられなかった、というわけなのじゃ?
1年前には、50話くらい。
その半年後には、100話くらい。
そして今では……。
……もうダメかも知れぬ……。




