7.6-25 サウスフォートレスでの戦い10
グロ注……ではないかもしれぬ。
白い雪雲の隙間からサウスフォートレスの街に見え隠れしていた、燃えるような真っ赤な色の夕日。
それを白い外装に反射させながら、地面に突き刺さったように着陸していたエネルギアの、その船体の前部にあった昇降口が開くと……
シュコォォォ……
……まるで生物兵器から身を守る際に装備するような、丸いフィルターが顔の両サイドに付いたガスマスクを装備した者たちが4人(?)ほど、そこからゆっくりと降りてきた……。
『それじゃぁ、先に父様のところに挨拶に行ってくるよ』
『狩人さんも気をつけてください。例の殺鼠剤を浴びたら、マギマウスたちはすぐに死滅するはずですけど、少しタイムラグがあるので、最悪攻撃してくるかもしれませんからね』
『あぁ、分かった。……私の身体のことを心配してくれて嬉しいよ。ワルツ』
『あの……早く行って下さい』
そんなやり取りの通り、ガスマスクを付けていたのは、エネルギアの持ち主であるワルツたちであった。
どうやら彼女たちには、直接呼吸をしたくない何らかの理由があるらしい……。
ちなみに、ワルツもガスマスクを身に着けているように見えるのだが……そもそも彼女の場合は呼吸をしていないので、それは本物ではなくホログラムだったりする。
それからワルツは、自身の隣りにいた、黄色と白の毛で覆われた尻尾が特徴的な、少女らしき人物に向かって口を開いた。
『そんじゃ、ルシア?街の人たちに向かって、回復魔法を掛けてもらえる?』
『うんいいよー』
ドゴォォォォ!!
『終わったよー』
『相変わらず早いわね……』
まるで、すべての魔法と治療が無意味であると主張するかのように、圧倒的な出力の回復魔法を、サウスフォートレスの街全体に向かって掛けるルシア。
ただ、彼女の回復魔法は、血を止めたり、痛みを和らげたりすることはあっても、骨折などの重傷までは直さないようにしていたので、施療院などで行われている丹念な治療が無意味、というわけでは無かった。
もちろん、回復魔法を使いこなすことができれば、カタリナのように、ほぼ何でもありの治療を行うことが出来なくもないはずだが……専門的な知識なく、単に大出力なだけの回復魔法を掛けただけでは、治療とは真逆の結果を生じさせてしまう可能性があって、ルシアは魔法の出力を故意に下げていたようである。
例えを挙げるなら……折れた骨の角度が真っ直ぐではなかった場合。
または……杭のようなものが身体に刺さったままだった場合。
あるいは……あまり可能性は高くない話だが、ケガを負った2人以上の者が、重なっていた場合……。
そんな者たちの身体の細胞を活性化させて、急激に傷を再生させようとするとどうなってしまうのか。
……これ以上の説明は、諸事情により省略することにしよう。
なお、マイクロマシンにより死滅しつつあったマギマウスの一部に、ルシアの大規模回復魔法が、何らかの作用を及ぼしてしまったようだが……まぁ、微々たるもののはずなので、問題はないだろう……。
そんな魔法を行使し終えた後、ルシアはマスクの内側で笑みを浮かべると、ワルツに対してこう言った。
『それじゃぁ、私も、ちょっと行ってくるね?お寿司屋さんの分店が出来たっていう話だから……』
それからタラップを折り始めるルシア。
するとワルツは、彼女に対してどうしても言いたいことがあったようで……
『……ルシア?多分、この惨状なら、お寿司屋やってな……ううん。なんでもない……』
と口にするのだが……呼び止めたルシアの後ろ姿から、何とも言い難い青色のオーラのようなものが染み出してきていたような気がして、途中で言葉を止めてしまったようだ。
結果、ルシアは、姉のほうを振り返ること無く、一旦は止めたその足を再び動かし始め、町の方へと一人、トボトボと歩いて行った……。
そのうしろ姿を見る限り、ルシアも現状については理解しているようだったが……それでも彼女が足を止めなかったのは、恐らく、譲れない何かがあったから、ということなのだろう……。
それから、稲荷寿司屋サウスフォートレス支店(?)が、十中八九、臨時休業しているために、絶望的な表情を浮かべながら戻ってくるだろうルシアに対して、どう接したらいいか、とワルツが考えていると……
「……ねぇ、ワルツ様?」
身に着けている黄色を基調としたメイド服と同じような色をした黄色いクセ毛が、考え込んでいる彼女に対して話しかけた。
……メイドの姿をして、メイドらしい行動をしているにも関わらず、しかしメイドであることを否定しているイブである。
彼女はどういうわけか、ガスマスクを身に付けておらず、普段の素顔のままだったようだ。
……むしろ、ガスマスクを身に着けている他のメンバーがおかしい、と言うべきか……。
「どうしてみんな、そんな怪しげなマスクを被ってるかもなの?」
『そりゃ……あれよ。この土煙が、ただの土煙じゃなくて、私の作った小さなロボット……この世界で言うなら、ゴーレムって言えばいいかしらね?それが口の中に入ったら、内側から身体を蝕んで……そして大きな穴を開けちゃうからよ?……例えば、そこで苦しんでるマギマウスみたいに』
「ちょっ?!うがっ?!」
そして、涙目になりながら、両手で口を押さえて……苦しみ始めるイブ。
今まで普通に呼吸してきて、一切の痛みは無かったのだから、いまさら口を押さえたところで何かが変わるわけではないはずだが……それを分かっていても、現在の状況が、彼女の身体に幻痛をもたらしたようだ。
そんなイブの様子を見て、何故か満足気な表情を浮かべたワルツは、自身の顔からガスマスクのホログラムを消すと……彼女の頭にの上に手を置いて、ただでさえクセ毛でクシャクシャだった彼女の頭を、更にクシャクシャになるように撫で回しながら、その口を開いた。
「……冗談よ?」
「んが〜〜〜〜!!」
すると今度は、自身の頭を撫でてくるワルツの手から、真っ赤な顔をして逃れようとするイブ。
どうやら彼女は、死んでしまうかもしれない可能性などよりも、頭を撫でられることの方が嫌だったようだ。
何故、彼女が頭を撫でられたくないのかは定かでないが……以前の彼女は、そのような反応をしてなかったところから推測すると、ごく最近から、嫌いになったようである。
具体的なタイミングとしては……アトラスを自由にしていい、という権利を、コルテックスに譲ってもらった当たりからだろうか……。
ちなみに。
先の狩人とルシアが、どうしてガスマスクを付けていたのかについてだが、可愛さ半分(?)でイブを混乱させようと考えていたワルツに加担するため……というわけではない。
あるいは、ワルツの言葉通り、マイクロマシンが人体に有害だったから……というわけでもない。
まぁ、強ち、そうとも言い切れないのだが……。
ルシアの場合は、マイクロマシンの摂取が、間接的な原因で引き起こされるアレルギー症状を予防するためであった。
現代世界で言うPM2.5のような浮遊粒子状物質と、ワルツが作ったマイクロマシンのサイズがほとんど同じであることを考えると、散布したマイクロマシンを吸い込んだ際に引き起こされるだろう現象も、また似たようなものであることが予想されたのだ。
要するに、元々、身体の強くはない方だったルシアのことを考えたワルツが、念のために体内にマイクロマシンが入らないよう、ガスマスクの装着を勧めたのである。
……なお、ワルツに頭を揉みくちゃにされているイブの場合は、非の打ちどころがない健康体だ。
一方、狩人の方は、ルシアとはまったく異なる理由からガスマスクを付けていた。
彼女曰く……
『ガスマスクか……。なんか……カッコいいよな!』
という、どうにもならない理由から、ルシアが装着していることを口実に、無意味に身に着けていたようである。
軍属であったことによる職業病だろうか……。
……といったように、3人がガスマスクを付けていたのは、それぞれに異なる理由があったからだった。
そんな彼女たちが突然現れて、強大な回復魔法を使ったり、辺り一帯のマギマウスたちを一瞬にして苦しめたり……そして、何やら姦しく騒いだりしていたことに対して、それを遠くで眺めていたサウスフォートレスの人々がどのような思いを抱いたのかは……こんな声を紹介すれば、分かってもらえるのではないだろうか。
『うおぉぉぉぉ!!』
まるで、光ってから遅れて聞こえてくる花火の音のように、ワルツたちがやって来たことを見てから、かなり遅れて勝ち鬨を上げる人々。
都市結界の消失によって絶望していた彼らは、最悪な状況を回避できたことを知って、喜びの声を上げたのだ。
そんな嬉しそうな人々の声が、自分たちに向けられていることを聞いていたワルツは……しかし当然のごとく、
「うわぁ……伯爵の所、行きたくないわね……。帰っていいかしら……」
嫌そうな表情を浮かべながら、本来の姿を隠すために黒狐娘の変装をしつつ、そんな言葉を呟いていた。
助けたことに礼は言わなくていいから、とにかく放っておいて欲しい……。
彼女の表情と態度からは、そんな内心が見え隠れしていたようだ。
……だが、彼女のそんな行動は、一部の人物には通用しなかったようである。
「あ!やっぱりワルツ様だ!」
縦に停泊しているエネルギアのユニバーサルジョイントような昇降口のところまで、大きな杖を持った女性……魔女が一人近づいてきたのだ。
そして、黒いシワシワの魔女帽子を頭から取った彼女は、ワルツに対してこう言った。
「お久しぶりですワルツ様!」
「えっ?お、お久しぶり……」
前に何処かであった気がしなくもない魔女の呼びかけに、戸惑いの色を隠せない様子のワルツ。
どうやらワルツは、彼女の名前を思い出すことが出来ないようだ……。
……イブ嬢だけが、ガスマスクを付けておらぬ的な表現を書くのが大変だったのじゃ……。
こんな思いをするなら、皆、ガスマスクを付けておるという設定にしておけばよかったのじゃ……。
でもそれじゃと、イブ嬢をイジれぬしのう……。
……まぁ、どうにか書けた故、別に良いかの。
というわけで……本編とはあまり関係ないのじゃが、サイドストーリーの方で、何故、妾たちの家にガスマスクがあるのか、その理由が一部、明らかになったのじゃ。
なお、妾の場合は、また別にあるのじゃが……それが本編の中で語られる可能性は、40%くらいかのう?
ちなみに、ルシア嬢の花粉症とは関係ないのじゃ?
乞うご期待なのじゃ。
さて……今日も特に補足することはない故、早めにお暇させていただくのじゃ?
今日は……昼間、凄まじく眠かったのじゃ……。
そして今も……。
じゃから、ちょっと試しに、枕に頭を沈めてみようと思うのじゃ?
…………zzz。




