7.6-24 サウスフォートレスでの戦い09
一方的な絶望をもたらす筈だった地竜の侵略に対して、勇者とアンバーが作り出した、小さくはない時間的な余裕。
その時間を利用して街の至る場所から現場に集まった者たちから、魔法の攻撃を受けた地竜は……
「グ、グオッ?!」
視界の確保も、それどころか呼吸すらもマトモに維持できないほどに、人々から魔法が殺到するとは思ってもいなかったようで、身を小さくして防御態勢に入ってしまった。
特に顔周辺を重点的に覆っていたところを見ると、やはり呼吸できなかったことが辛かったのだろう。
それは、彼の失念が原因で生じた結果だった、と言えるだろう。
ここが単なる街ではなく、サウスフォートレス、という戦争のために作られた要塞都市であること。
そして、そんな都市に住まうものが、単なる弱くて何も出来ない人間たち……であるはずがないことを、彼は失念していたのだ。
あるいはもしかすると、ここへと共にやって来た黒い甲冑姿の男性から、何も聞かされていなかった可能性も否定は出来ないだろう。
「(……てっきり、またブレスが飛んで来るかと思ってたけど、中々飛んできませんね……。残念ですけど、それまでは出来ることは無さそうです……)」
普通の都市と比べて、魔法使い人口が数倍以上高かったこの街の住人たちが、物陰や窪みに身体を隠しつつ、小さな魔法を大量に放っている姿を眼にしながら……アンバーは何処か安堵の色を含んだ表情をその顔に浮かべていた。
一人で戦ったなら、圧倒的な戦力を誇るだろう相手を前に、戦い方すら分からないはずの状況だが、皆がお互いに足りない部分を補いながら戦うことで、どうにか乗り切ろうとしている現状に対して、何か思うことがあったらしい。
彼女の足元に転がっている勇者とも、無関係ではないだろう。
……しかし、である。
アンバーにしても、街の者たちにしても、眼の前の地竜と同じく、失念していることがいくつかあった。
それは、戦う相手も自分自身も、同じ生物である以上、仕方のない事かもしれない。
では一体、彼女たちは何を失念していたのか、というと……
「グ……グオォォォォォ!!」
……それほど強い魔法を放てない人々が千百人集まって攻撃を集中させた程度では、地竜を完全に沈黙させるほどの攻撃力には至っていなかったという事実を、である……。
ドラゴンを相手に戦ったことのある冒険者なら、難攻不落の要塞のような地竜の防御力が如何ほどのものか、ある程度は知っていたはずだが……そもそも戦った経験のある者がいなかったためか、それを注意喚起する声が、まったく上がらなかったのだ。
故に、岩石で出来た装甲の表面に多少の亀裂は入っていても、身体本体にはダメージの通っていなかった地竜が再び動き始める。
暫くの間、おとなしく攻撃を受け続けていた彼は、急に雄叫びを上げると、尻尾を振り回し、周囲の者たちを吹き飛ばしながら……何故か街とは逆の方を振り向いたのだ。
その尻尾を振り回す攻撃自体は、アンバーや勇者が来る前も来た後も、何度も繰り返されてきたことのように思えるのだが……
『……?!』
そんな地竜の行動に、町の人々は戸惑いを隠せなかったようだ。
それは、地竜の反撃によって、少なくない仲間たちが、何処かへと吹き飛んでいったから……というわけではなかった。
振り向いた地竜が……何故か街の外に向かって、その大きな口を開いたからである。
それは即ち、ドラゴンブレスを放つ予兆だったのだが……その方向には誰もおらず、そして標的らしきものは何も無かったために、彼のその行動の理由を、誰も理解できなかったのだ。
もちろんそれは、アンバーにとっても同じであった。
「何をしてるんだろう……?」
そう口にしながら、首を傾げるアンバー。
もしも、自分自身や、町の子ども、あるいはその場にいたすべての者たちに対して、地竜がブレスを放とうと言うのなら、逆にそのブレスを利用して反撃しようと考えていた彼女だったが……そのブレスの射線に誰もいない上、街にも関係の無い方角を向いていたので、わざわざ大きな魔力を消耗する転移魔法を使って、阻害する気にはなれなかったようだ。
故に彼女は、今回は何もせず、ただ様子を見るだけにしたようである。
すると……どこからともなく、兵士と思わしき男性の声が上がった。
「誰か、あいつを止めろ!結界を破ろうとしてるぞ!」
『……え?』
その声に……結界の外にいたマギマウスたちの存在をすっかり忘れていたアンバーを含めて、複数の人々が声を上げる。
……その瞬間だった。
ドゴォォォォ!!
今日、2回目の閃光が、街を包み込んだのだ。
それは、真っ直ぐな軌道を描きながら、途中に障害物など何も無かったかのように、赤く染まっていた地平の彼方に消えていく……。
そこには多くのマギマウスたちも含まれていたはずだが……全体から見れば、まさに微々たるものだったことは言うまでもないだろう。
……こうして、サウスフォートレスの街をマギマウスから守っていた結界は、地竜の強大な魔力によって作られていたブレスをその内側から受けて、呆気無く消え去ってしまったのだ。
やろうと思えば、最初から出来たはずなのに、これまで地竜が結界を攻撃しなかった理由は不明だが……結果として消え去ってしまったのだから、もしかすると彼なりの演出のようなものだったのかもしれない。
そんな、所々に行動の違和感が見え隠れしていた彼は、再び尻尾で周囲を乱暴に薙ぎながら振り返ると、アンバーのことを……いや、その向こう側に見えていた街の、さらにその向こう側に向かって……
クオォォォォォ……
今までとは少し異なる鳴き声を上げた。
それから……
ブゥン……
と、転移魔法のようなものを使って、不意にその場から姿を消してしまったのである……。
一瞬だけ地面に巨大な魔法陣のようなものが浮かび上がっていたようだが……そのことと、転移魔法を行使するという報告のない地竜が転移してしまったことの間に、何か関係はあるのだろうか。
……しかし、その矛盾と現象に気付いた者はいなかったようだ。
皆、この1週間の間、休みなく歩哨を続けていたので、疲労が蓄積していたこともその一因と言えるかも知れないが……それよりも何よりも、別に大きな理由があったようだ。
……あまり聞きたくない小さな魔物の声が、一気に当たりから響き渡ってきたのである……。
どうやら、このサウスフォートレスでは、食物連鎖のピラミッドは逆さの形をし始めたらしい……。
「……逃げてもいいかな?」
村に帰れば自身のことを待っているだろう、居心地の良い我が家のことを思い出すアンバー。
だが……その言葉とは裏腹に、彼女が逃げることは無かったようである。
彼女が何故逃げなかったのかについての説明は、どうして彼女はこの戦場にやってきたのか、という言葉があれば充分ではないだろうか。
それからアンバーが、
「(この際だから、町ごと、転移させちゃいましょうか?)」
などと、ルシアみたいなことを考え始めた……そんな時であった。
ドゴォォォォン!!
爆音と振動と暴風と閃光が、何の前触れもなく街全体を包み込んだのである。
「けほっ!けほっ!……な、何?」
夕日によって照らし出されている割に、随分と妙な色で輝いていた土煙の中で、周囲を見渡すアンバー。
彼女から見える範囲では、皆がその状況を理解できなかったらしく、警戒しながら状況を確認しようとしていた。
その殆どは、姿を消した地竜がまた戻って、何かを始めたのではないか、と疑っていたようだが……どうやらそういうわけではなかったらしい。
ソレに最初に気付いたのは……先程、果敢にも、地竜に対して攻撃を放った少年だった。
「あ!このまえ、ママに買ってもらったのと同じ船だ!」
その直後、薄っすらとだが土煙が晴れ……その向こう側の光景がアンバーたちの目にも入ってくる。
街の正門から少し離れた草原。
その平地のど真ん中に……
「飛行艇、エネルギア……」
全長300mにも及ぶ巨大な柱のようなエネルギアが……いつも通りというべきか、船首から地面に突き刺さるように、着陸(?)していたのである……。
……いやの?
妾は思うのじゃ。
もしもこのサウスフォートレスでの話が無かったなら……マギマウスの話は、いったいどうなっておったのか、と。
多分……こうなっておったのではなかろうかのう?
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ユリア「あの……ワルツ様?マギマウスの件は、あれから如何なされたのですか?」
ワルツ「え?もう終わったけど?」
ユリア「えっ?」
ワルツ「えっ?」
ドゴォォォォン!!
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……まぁ、爆発するかどうかは分からぬが、多少の誤差はあれど、こんな感じになっておったと思うのじゃ。
ついでに、勇者たちは放置されて、ミノタウロスたちも無かったことにされて……。
魔女たちも、もしかすると、忘れ去られ……は、無いのう。
まだ、言わねばならぬことがあるからのう……。
そんなわけで、なのじゃ。
今日は2点だけ補足しておくのじゃ?
まずは、変な色をした土煙について。
……いや、補足するほどのことでもないかのう?
マイクロマシンなのじゃ?
この辺の話は……次回辺りで詳しく触れられるじゃろう。
それ以外に書くことが思い付かぬしのう……。
で、次。
……今がいつなのか。
これは、2週間くらい前の話で、ワルツが『明日』と言っておったその日なのじゃ?
MEMS生産設備のクリーンルームを直して、マイクロマシンの増産と、ファームウェアのアップデートを終えてから、次の日にエネルギアでここまで運んできた、というわけなのじゃ?
その辺も、明日の話で語ることになるかのう。
以上なのじゃ?
さて……今夜もこれから明日の話を書き始めようかのう。
やはり、時間ギリギリで考えるよりは、前日からネタを温めておいたほうが、マシな文になっておる……はずじゃからのう。
……マシになっていて……欲しいのじゃ……zzz。




