7.6-22 サウスフォートレスでの戦い07
微グロ注なのじゃ?
……勇者は絶望した。
地竜のブレスを防ぐ手段も無ければ、その流れ弾(?)による街への被害を回避する方法も……そればかりか、自身が生き残るマトモな手段すらも、思いつかなかったのである。
絶体絶命な状況下だった事もあって、彼にはマトモな思考が出来なかったようだ。
……いや、むしろこう言うべきだろうか。
治療のために塗布されていた麻酔成分が効いていたために、朦朧としていたその頭では、どう足掻いてもこの事態を予測できなかった、と。
もしも予測できていたなら、街を背にして戦うなどという愚行には及ばなかったはずなのだから……。
しかし、この期に及んでも、
「(どうすればいい!?どうすれば……皆を救える?!)」
自身の身体の心配は二の次にして、勇者は勇者らしく、人の心配を続けていた。
自分はどうなってもいいから、無関係な人々が傷つくことだけは避けたい……。
恐らくそれは、勇者だけでなく、この場にいる全ての者たちが皆、同じように考えていたはずだが……神から授かった力によって、人の先頭に立って戦ってきた経験しかなかった勇者の眼には、周りで苦痛に喘ぎながらも、その眼から闘志の炎を絶やしていなかった者たちの表情が、残念ながら写っていなかったようである。
それは、自己中心的、という言葉で簡単に形付けることも出来るかもしれないが……しかし、人々を救おうとして精いっぱい戦ってきた勇者のことを、一体誰が責められるだろうか。
故に彼は、いつも通り、他の者たちとは協力せず、そして誰かにそれを咎められることもなく……
「くそっ!アンバーさん!俺の背中に隠れろ!」
自身が盾になることで、手が届く範囲にいた者を、その命と引き換えに守ることにしたようだ。
彼は、近くにいたアンバーを、ブレスを放つためにチャージを続けていた地竜から完全に影になるよう自身の背中に隠すと……手にした相棒を構えて、魔力を練り始めた。
ドラゴンブレスのように強力な攻撃が防げるかどうかは、勇者でも経験は無かったようだが、何も展開しないよりはマシと考えたらしく、彼は武器を触媒にした防御魔法を展開することにしたようである。
そして、勇者の準備が整った……そんなタイミングで、
ドゴォォォォ!!
轟音と共に、真っ白な光の柱が、勇者に向かって真っ直ぐに伸びてきたのだ。
言うまでもなく地竜のブレスである。
それは……人の姿をしていた飛竜が口から漏らして、自身の顔を火傷してしまうものと同じ、高濃度の魔力の塊であった。
そんな飛竜の例のように、人がドラゴンブレスに触れると、皮膚はまるで酸を掛けたかのように焼けただれてしまうのである。
ただ触れただけでそうなってしまうのだから、流れる川のように速度があって、絶えず高濃度の魔力を運んでくるブレスに触れてしまったならどうなるのか……。
単に触れる以上のダメージを負ってしまうことは想像に難くないだろう。
それが分かっていて……しかし勇者は、決して避けるようなことはしなかった。
ドゴォォォォン!!
真っ白な閃光を、自身が作り出した防御魔法で、正面から受け止めたのである。
だが、彼が作り出した魔法は、カタリナが作り出す絶対的な結界魔法とは違い、所詮、簡易的な防御魔法。
隙間からはブレスが漏れ、それを支えている勇者の身体には、すぐに限界が訪れそうであった。
ジュゥ……
勇者の肌を焼き、肉を焼き……そして、彼の大事な相棒すらも、いとも簡単に赤熱させていったのである。
「うがぁっ!!」
その圧倒的な力を前に、勇者はいっその事、膝を付いて、何もかもを投げ出してしまいたかった。
もしも、投げ出して、力の流れに身を任せることが出来たなら、苦痛は身体を焼く痛みだけになるはず……。
あるいは、運が良ければ、地面の窪地にうまく身体が嵌り込んで、どうにか生き残ることが出来るかもしれない……。
そんな楽観的な妄想の類が、彼の脳裏を過ぎっても、彼がその選択を採ろうとしなかったのは……守れるかもしれない命を、諦めることで救えなくなってしまうことが、我慢ならなかったからだろうか。
彼の背中にいる女性は、どこかリアに面影が似た魔女……。
ただでさえ、掛け替えのない幼なじみを救えなかった勇者にとっては、2回も大切な女性を失いたくなかったのである。
「(リア……)」
せめてもう一度、顔が見たかった……。
勇者は振り向くことが出来ないドラゴンブレスの中で、薄れゆく意識に、最愛の女性の笑みを浮かべた……。
…………
「……くそっ!何も終わってないどころじゃなくて、始まってすらもいねぇ!」
魔物狩りのデート(?)にも誘っていない上、キスをしたことも、それどころか手を繋いだ経験も無いことを思い出す勇者。
しかも、リアは死んだわけでなく、眠っていて眼を覚まさないだけなのである。
たとえ地竜のブレスの中で死にかけていても、恋人(?)と何も始まっていなかった彼にとっては、死亡フラグなど、フラグの内にすら入っていなかったようだ。
「クソがァァァァァァ!!!」
全身に流れる魔力を、その手に握った真っ赤な鉄パイプに集めて……勇者は勇者らしからぬ、まるで獣のような雄叫びを上げた。
「お前に……お前に、俺の何が分かるってんだ!!絶対にブッ○す!!」
そして彼が、人生で初めて勇者としてではなく、一人の男性として吹っ切れて、そして彼の中で何かが変わろうとした……そんな時、
「あの……早くブレスをどうにかしてくれませんか?」
全てを台無しにするような、そんな最近聞いたことのある声が、自身の後ろから飛んできたのである。
「……えっ?なんだって?」ドゴォォォォ
「……いえ、なんでもないです」
ブレスの轟音の中では、アンバーの声は勇者に届かなかったらしく、二人の会話は成立しなかったようだ。
故に……ただ守られるだけの存在としてその場所に来たわけではなかったアンバーは、埒が開かない勇者の攻防とは別に、自身も行動を始めることにしたようである。
そして、これまで勇者の背中にいて、短くはない詠唱を唱えていた彼女は、おもむろにその魔法の名前を口にした。
「…………シンクホール」
その瞬間、
ブゥン……
何度も聞き慣れた低い唸りのような音が、勇者の面前で聞こえ……そして閃光が、不意に途絶える。
「……!?」
「あの、すみません。熱くなってるところ申し訳ないのですが、転移魔法の準備が整いましたので、ブレスを転移させていただきました」
「えっ……?」
「あー……勇者様、耳をやられたのですね?えっと……『聞こえますか!?私、転移魔法を使って……』」
「いや、聞こえてる」
「あ、そうですか……」
そして何故か残念そうな表情を浮かべたあとで、どこか恥ずかしそうに口をギュッと結んで俯くアンバー。
それでも魔法が途絶えることが無かったのは、彼女が優れた術者だったから、だろうか。
「転移魔法……使えたんだな……」
「……はい。他の魔女を村からここに連れてきたのも、私ですから」
「そうか……」
そう口にして、幼なじみの魔法使いも、転移魔法を使うのが得意だったことを思い出す勇者。
それから彼は……
バタッ……
急に力を失うようにして、その場に倒れてしまった。
どうやら彼は、魔力切れと体力の限界を迎え、そして同時に緊張の糸も解けてしまったようだ。
「あー、やっぱり無理してたんですね」
「……正直、辛い……」
勇者はそう口にしながら、仰向けに身体を転がして、空から降り注ぐ真っ白な雪を、気持ちよさそうに受け入れた。
彼のその表情には苦痛の色が浮かんでいたが、同時に嬉しそうな色も含まれていたのは……やはり、町並みの姿を守ることに成功したためか、あるいは……別に特別な理由があったからなのか。
「あとで、ソフィーに痛い痛い秘薬をさしてもらわなくてはいけませんね。……お尻から」
「……マジか……」
もしかして、生き残ったほうが地獄だったのではないか、と思いながらも……まるで溶けてしまうかのように、意識を手放す勇者。
彼が安らかな表情を浮かべながら意識を失ってしまったことと、彼の焼け爛れていた上半身に、いつの間にか白い大きな絆創膏のような物が貼り付けられていたことは、無関係では無いだろう。
そして、それを貼り付けただろう人物である魔女アンバーは……勇者のその表情に小さく笑みを向けてから、今もなおブレスを放ち続けていた地竜に向かって視線と共にその手のひらを向けながら、こう言った。
「…………ソースホール」
……その瞬間、空に巨大な穴が開き、どこかで見たような純白の柱が、真っ直ぐに地竜に向かって降り注ぎ、そして彼の背中の上で……一気に爆ぜた。
アンバーの魔法によって何処かへと消え続けていた、地竜自身のブレスである。
ドゴォォォォン!!
「グォォォォ!!?」
流石に、自分自身のブレスを喰らうとは思っていなかったのか、突然背中に生じた激痛に、ブレスを止め、悲鳴を上げる地竜。
そんな彼に対してアンバーは、どこからともなく取り出した大きな杖の先端を向けながら、こう宣言したのである。
「……ワルツ様に救われたこの命!無駄ではなかったことを、今ここで証明してご覧にみs」かぶっ
そして噛んだ舌を痛そうにしながら、口を押さえて涙目になるアンバー……。
どうやら、彼女は、命の恩人だというワルツと同じく、何処か抜けているところがあるようだ……。
難しい……。
難しいのじゃ。
ナレーターの文による解説だけを書くなら、問題は無いのじゃが……キャラクター同士の会話の間に、ナレーターの文を挟むのが大変なのじゃ……。
そう言う意味では、サイドストーリーの方のキャラクター視点の文が、会話間の解説を入れやすいのじゃが……そうなると、本編のように解説を書くのが大変になるのじゃ。
じゃからこそ、破綻しておらぬ価値観を持った主人公が、ナレーターと共に会話の間の解説も行う、という書き方が好まれる傾向にあるのじゃろうのう……。
……主に妾の中で。
まぁ、それを言ってもどうにもならぬし、それを真似るつもりもない故、これまで通りの書き方で、延々と書いていくほか無いのじゃがの?
というわけで、今日も補足にはいろうと思うのじゃ。
今日はこれまで言って無かった……はず、の話を、1点だけ補足させてもらうのじゃ。
ある意味、『今更シリーズ』と言ってもいいかも知れぬの。
で、何の話かというと……技名について。
……前に言ったような気がしなくもないような……まぁよいか。
もしかすると、魔法の名前についてだけ言ったかも知れぬのう。
この世界には様々な魔法があるのじゃ。
そもそも、魔法を魔力から記述する回路が、人の頭の中にしか存在しないのじゃから、限りなく近い魔法はあっても、同じ魔法は存在しないのじゃ。
じゃから、術者たちは……自分の魔法に、好きな名前をつけるのじゃ。
それは体術も同じなのじゃ?
エンドオブライフ、マギブースト、グリーディーフレア、シンクホール……。
…………命名するの、毎回、大変なのじゃぞ?
まぁ、この話は、妾の羞恥ゲージが危険域に入る前に、ここいらでお開きにしておこうかのう……。




