7.6-16 サウスフォートレスでの戦い01
景色はグロ中なのじゃ?
想像できれば、の。
……雪、雨、泥水、そして……血しぶき。
そんな液体とも固体とも言えない『何か』で覆われてぬかるんでいた平原の高台には……
「くそっ!何て酷い戦場だ……」
……そう毒づく勇者の姿があった。
ここは、サウスフォートレスの街からほど近い、マギマウス討伐のための仮設前線基地である。
マギマウスを駆除するための戦いに参加していた兵士や冒険者たちが、休息と補給を摂るための施設だ。
そこには、ミッドエデン政府から高額の報奨金が支払われるということもあって、全国どころか、全世界から報奨金を求めてやって来た人々が集まっていた。
政府から資金をばら撒いて、臨時で傭兵を雇うというのは、この世界でも一般的なことで、足りない兵士を補うための常套手段だったのである。
故にその様子は……さながら戦争のそれであった。
ただし戦いの相手は、人ではないのだが……。
相手は言うまでもなく、魔力を操る齧歯類の動物……マギマウスである。
尻尾の長さを含めても、成体で体長20cmにも満たない小型種であることもあれば、逆に体長60cmにも及ぶ中型種である場合もある所謂ネズミである。
……つまるところ、マギマウスとは、魔法を使うという共通点を一括りにして、複数の種類の齧歯類を指して言う通称だったのだ。
その中でも、今回、勇者たちが相手にしていたマギマウスは……大きくても体長20cm前後の、最も小型と言っても過言ではない種だった。
そのせいもあって……物理的な攻撃を主として戦っていた者たちは苦戦していた。
剣や斧、弓などでマギマウスを狙おうとしても、殺意を向けた途端、彼らはその小さな身体を巧みに使って、草むらや木の影、あるいは地面に掘った穴の中へと姿を消してしまうのである。
相手がもしも、ドラゴンのように大きな獲物なら、眼を瞑っていても、何も考えずにとにかく武器を振り下ろせば、勝手に当たるはずだが……相手は魔物の中でも、最小の部類。
たとえ注意深く狙ったとしても、攻撃を当てることは容易ではなかったのだ。
その上、マギマウスたちは、全てが例外なく魔力特異体で、そのために超強力な魔法を使ってくることもあって、20人がかりでようやく1匹を仕留められるかどうか、という化け物揃いだった。
そんな彼らに、一瞬でも隙を見せればどうなってしまうのか……
ドゴォォォォン
『うわぁぁぁぁっ!!』
……情け容赦など人間の心情などあるわけもなく、ただひたすらに吹き飛ばされるのである。
その圧倒的な魔力の前では、重甲冑を身に着けて、分厚い盾で身を守ったとしても、命の保証は無い、と言えるだろう。
「くそっ!」
みぞれが降り注ぐ平原に上がった叫び声と轟音……そして実際に犠牲者が横たわっているその姿を目視で確認して、震える手で地図にバツ印を書き込む勇者。
「戦闘前に、アレほど至近距離で戦うなって言ったのに、何で誰も聞こうとしないんだ……!」
彼は悔しそうにそう口にしたあとで、思わず頭を抱えてしまった。
……1匹辺り、8万ゴールド。
これがミッドエデン政府……コルテックスの設定した追加特別報酬である。
その金額自体は、魔力特異体のマギマウスの討伐の報酬として、飛び抜けて高いもの……ではなかった。
かと言って、安いわけでもなく、相場の上限ギリギリの金額設定だったのである。
あまりに高すぎる金額にしてしまえば、裏に何かあるのではないか、と警戒して、誰も参加しようとはしない。
逆に安すぎる場合も、言わずもがなである。
そんな絶妙な金額……むしろ、少し高いと言っても過言ではない金額を設定した背景には……コルテックスなりの考えがあったようだ。
『えっ?報酬が高すぎる〜?そうかもしれませんね〜。ですけど〜……大国たるもの、慈善活動には、それなりの金額を投入すべきだと思うのですよ〜。せっかくの《大掃除》なのに、人が来ないなんて、残念すぎますからね〜。そう、《大掃除》なのですから〜……なのじゃ〜?』
……これは、彼女が議会に対し、特別予算としてマギマウス対策費を計上するよう提案した際、金額が高過ぎると反論した議員たちに対して、コルテックスが口にした一言である。
一体、なぜ彼女は、『大掃除』などという言葉を使ったのか、議員たちには分からなかったようだが……その言葉を聞いた途端、皆、急に押し黙り、一斉に賛成に回ったようだ。
そんな彼女の笑みと言葉が、いつか自分に向けられるような気がした……そう語る議員は多い。
まぁ、実際に、そうなるかどうかはさておいて。
その半数が荒くれ者で構成されていた、勇者の忠告を聞かない冒険者たちは、まるで自滅するかのように、マギマウスに敗れて、ぬかるんだ地面へと文字通り沈んでいっていたようである……。
その様子を見て、コルテックスの考えなど知る由もなく、切羽詰まったような表情を浮かべた勇者が、仮設基地の指揮所で声を上げた。
「このままじゃ、ジリ貧だ!……賢者。街の防衛隊の陣形を崩して、前線の奴らが後退できるだけの時間を稼げないか?」
そんな危機の色を含んだ声の先では……今では勇者のたった1人だけの仲間であった賢者が、拠点を守るための都市結界展開用の魔道具の調整を行っていた。
それはかつて、カタリナと共に調査を行っていた魔道具である。
今では、彼にとって使い慣れた道具のようになっていたらしく、エンデルシアの国王から授かった天使モードと合わせて使用することで、いつでもどこでも好きなように、魔物たちを一時的に凌げる安全地帯を作り出すことが出来るようになっていたようだ。
その魔道具に手を当てていた天使モードの賢者は、勇者からの呼びかけを聞いて魔導具から手を放すと、天使モードから戻りながら首を振りつつ、勇者に対して返答した。
「……諦めろ、レオ。彼らに作戦を話したところで、そもそも話を聞いていないんだから意味が無いだろう。それよりも、何よりも、自分たちの身の安全を優先的に考えるべきだ。この結界だって、いつまでも持ち持ち堪えられるものじゃ……」
賢者が、そんなフラグを立てるような言葉を口にした……その瞬間だった。
ミシミシ……バリッ……
そんな、何か軋むような……あるいはビビが入ったような音が聞こえてきたのである。
「……早速だが、限界だ」
「ちょっ……マジか……」
賢者の言葉が意味するところは……即ち、この拠点に展開した都市結界が限界を迎えてしまい、マギマウスの侵入を抑える結界の効果が無くなってしまった、ということである。
魔法で作り出した結界も、科学で作り出したシールドも、許容できる限界を迎えれば、呆気無く消え去ってしまうことに変わりはないのだ。
今回の場合は、結界表面に押し寄せたマギマウスたちの魔力の総量が、まるで水槽のガラスで抑えることのできる水圧を超えるように、結界の魔力耐圧ともいうべき定格の強度を超えてしまったようである。
その結果……
ドゴォォォォン!!
今までとは比べ物にならないほどに近くで魔力が爆ぜて、それに応じた轟音が聞こえ……
「うわぁぁぁぁっ!!」
「に、逃げろォォ!!」
「ど、どこへ!?」
叫び声、怒鳴り声、戸惑いの声といったような阿鼻叫喚が、前線基地内を埋め尽くしてしまった。
どうやら基地の内部に、マギマウスたちが侵入してきたらしい。
「賢者!ここを放棄して後退するぞ!俺は殿を務m」
「いいから、レオも、皆と一緒にさっさと後退しろ!俺が『天使』になって食い止めるから!」
「…………ぐっ!」
賢者に諭された結果、何かを我慢するかのような表情を浮かべながら、口をへの字にして、その場を後にする勇者……。
彼が一体何をどうして我慢していたのかについては、その泣きそうな顔を見れば、自ずと伝わってくるのではないだろうか……。
……しかし、彼は勇者である。
すぐに気を取り直すと、一目散に逃げ出した者たちの所……ではなく、ケガをしていたために直ぐに逃げられなかった者や、そんな彼らに手を貸すために逃げなかった者たちがいたテントへと姿を見せて、剣(?)を抜きながら声を上げた。
「お前たちの後ろは俺たちが守るから、早く逃げろ!」
そして、彼らに背を向けて、テントの外を振り向く勇者。
……しかし彼はそこで、固まってしまった。
何故なら、彼が振り向いたその先に……
チュゥ……
……小さく真っ赤な瞳をした、全長10cm程度の小さなネズミが、不意にその姿を現したからである……。
何時の世も、そしてどの世界でも、争いごとというものは、様々な側面を持っておるのじゃ。
武力による優劣の明確化、生存を賭けての戦い、経済活動・政治活動の一環などなど……。
今回の場合は、マギマウスの一件がきっかけとなって、様々な思惑が動き始めたようなのじゃ。
……主にコルの中で、じゃがの?
そういう複雑な話を妾が書けるかどうかは別として、駆け引きの話を書いても悪くはないのじゃが……この物語はそういう話ではない故、他の連中の動きについては、あまり詳しく触れないのじゃ。
それだけで、8章が極端に遠退いていくからのう……。
まぁ、そんなこんなである意味、『始まりの話』が始まったのじゃ。
さっさと次の話に進みたいのじゃが……あまりに飛ばしていくと、ただでさえ中身の無い話が、余計にスッカスカになって、夏毛の狐みたいになってしまう故、ゆっくりと書いていくのじゃ?
……まぁ、狐は毛がなくなっても、中身はしっかりと詰まっておるがの。
……主に骨が。




