7.6-15 赤い珠15
「……あなたには分かるのですね?この私の偉大さが……!」ゴゴゴゴ
「はいっ!」
「……ごめん。ちょっと2人の話が読めないんだけど?」
テンポとヌルの間で急に展開し始めた話に、まったく追いつけなかったワルツ。
一方で、彼女の隣りにいたユキの方は、何となく話の流れが掴めていたらしく、苦笑のような表情を浮かべていたようだ。
なのでワルツは、よく分からない空気を放っている2人のことはとりあえず棚上げにして、事情を知っていそうなユキに対して問いかけることにした。
「ユキは何か知ってるわけ?」
「えっとー……ワルツ様は、紅玉というものはご存じですか?」
「こうぎょく……?いえ、知らないけど……。音の感じからすると赤い玉ってところ?」
「はい。大勢の人々が命を落とすと、世界の狭間から現れる『黄泉の果実』と言われている代物です」
「黄泉の果実ね……あ」
そこでワルツは何かに気付いたようだ。
「赤い珠……。アレのことね」
……アルクの村にあって、自身には見えなかったために監視用の魔道具と思い込み、そして飛竜に破壊させた物体。
その際、ワルツが見たものは割れてしまった残骸だけだったが、その代わり彼女は、飛竜たちの赤い珠に関する説明のことを思い出したらしい。
ワルツがそれを思い出して納得したような表情を浮かべていると、それを見たユキが口を開く。
……ただし、少々、的はずれなものだったようだが。
「やはり、紅玉はワルツ様が作られていた……えっとー、養殖されていたものなのですね?」
「果実なのに養殖って……ま、いいけど。でも、その紅玉とか言う奴は、私には見えないものだから、養殖とか生産とか関係ないわよ?」
と、ワルツが口にすると……なぜか、
「えっ……そ、そうでしたか……。するとやはり、テンポ様が作られていたもの、ということなのですね……」
そう口にして、残念そうに眼を伏せてしまうユキ。
どうやら彼女にとっては、ワルツに紅玉を集めていてほしかったようだ。
なお、彼女がどうしてそう思っていたのかについては、定かではない、と言っておこう……。
……まぁ、それはさておいて。
ユキがワルツに対して、紅玉とは何なのかを説明している間にも、テンポとヌルとの間では、よく分からない話が展開し続けていたようだ。
「……ヌル様は、どうお考えになりますか?この有り余る力を……!私はこの力を使って、何をすれば良いのでしょう?」ゴゴゴゴ
「そうですね……。やはり、魔王料理専門の飲食店を開かれるのがいいと思います」じゅるっ
「そうですか、そうですか。魔王料理専門の…………えっ?」
「商売繁盛は、私が保証しますよ?開店したあかつきには、多分、1日3食、毎日行くと思います!」
「…………」にゅるにゅる
急に戸惑い始めたテンポに対して、熱い視線を向けながら、詰め寄るヌル。
テンポの腕の中にいたシュバルも、真っ黒な身体を盛んに動かしているところを見ると、ヌルの言葉に賛成なのだろう(?)。
……そんな折。
ようやくユキから事の次第を聞いて、今現在2人の間で交わされていた会話以外のことを大体把握したワルツが、話がおかしな方向に進み始めていたせいで頭を抱えていたテンポ……ではなく、彼女に対してキラキラとした視線を向けながら詰め寄っていたヌルに向かって、疑問を投げかけた。
「ねぇ、ヌル。テンポの周りには、何個くらい、その紅玉とか言う奴が浮かんでるわけ?」
「何個……」
そういえば数えていませんでした……と言わんばかりの表情を見せた後、廊下のいたるところに目を向けて、1個2個と、紅玉のあると思わしき場所を指をさしながら、何個あるかを数えていくヌル。
……そして、30秒が経過して。
どこか焦った様子で、顔を赤くしながら、同じ場所を数え始めたヌルに対して……ワルツは苦笑を浮かべながら、その口を開いた。
「……要するに、たくさんあるのね?」
「えっと……はい」
「いや、そんな落ち込まなくてもいいわよ。テンポの周辺に漂ってるってことは、多分、動いてるってことなんでしょ?それじゃぁ、数えにくくても仕方ないしね」
「申し訳ございません……」
ワルツが落ち込まなくてもいいと言っているのに、そう口にして、メイドらしく、丁寧に頭を下げるヌル。
そんな彼女の態度について、とやかく言い始めると、恐らくエンドレスでやり取りが続いていく気がしたためか……ワルツは、努めて気にしないことにして、それからようやくテンポに対して言った。
「ユキの話だと……その紅玉とか言うやつは、人の魂でできているみたいよ?もしかしてテンポが、壊れるかもしれない、なんて言ってたのも、それが原因なんじゃないの?『憑かれてる』的なやつ。イブたちの話も同じく、ね?」
するとテンポは……ワルツの隣にあった何もないはずの空間に眼を向けて、いつも通り無表情ながらも、悲しげに口を開いた。
「そうですか……。そうかもしれませんね……。でも、憑かれてるのは、私ではなくて……」
「えっ……なにその視線……」
「……いえ、なんでもありません。原因が何となく分かって安心しました。それでは、私は御暇させていただくとしましょう。カタリナも心配しているようですしね」
「ちょっ……」
「……テンポ様?紅玉はここに置いてお帰りになるのですか?」
「はい。元はすべて、お姉さまのものですから。なので……勝手に採ったりしてはダメですよ?むしろ、ここに置いておくと、お姉さまが喜ぶと思います」
「やはりそうだったのですね!あ、私も帰ります!」
そんなやり取りをしながら、晴れやかな表情を浮かべたテンポを中心に、エレベータの扉の向こう側に姿を消す3人。
扉が閉じる瞬間、テンポがワルツに対して、ジト目のままでニヤリと口元を釣り上げた表情を送っていたのは……もしかすると気のせいではないかもしれない……。
そして、
「…………」
3人がいなくなった後で、真っ暗なフロアに一人だけ取り残されるワルツ。
今までは真っ暗な部屋の中で作業することも厭わなかった彼女が、それからは誰もいない部屋までルームライトを付けて作業するようになったのは……果たして、どんな心境の変化があったからなのだろうか……。
ともあれ。
この日を境に、ワルツの新しい工房からは、謎の泣き声は消えたのだという。
ただ、その声は完全に無くなったわけではなく、その代わりに、まるでいたずらを企んでいる子どもの笑い声のような声が響くようになったというのは、何とも奇妙な話である……。
さて……。
場面は再び、工房の下部にあった、王城の代替施設へと移る。
場所をより具体的に言うなら……コルテックスが執務を続けていた議長室だ。
ガチャッ……
夜になって、ノックも無しに開かれる議長室の扉。
ただし、その正体はワルツ……ではない。
この部屋にノックも無しに入れる者が、世の中には2人いるのである。
「おや〜?随分と遅いお帰りですね〜」
と口にする、ネグリジェ姿のコルテックスと……
「……も、もう、ダメかも知れぬ……」
満員電車に揉まれて帰宅したサラリーマンのような疲れきった姿になっていたテレサだ。
表向き1人しかいないことになっているが、実際には2人いる議長の、その2人である。
まぁ、そのことについては王城の関係者の皆が知っていることなので、最早、秘密でもなんでもないのだが……。
「今日も妾は随分とお疲れのようですね〜?」
「いやのう?例の……この施設をなんと呼ぶかという議論を、議員たちとしておったのじゃが、それが中々決まらなくてのう?」
「そうだったのですね〜。でも、妾だったら、言霊魔法を使って、気に食わない議員たちを皆、だまらせることが出来るではないですか〜?そうはしなかったのですか〜?」
「3人までなら良かったんじゃが、アレだけ大量に色々な案が出ておったら、さすがの妾でも、手も足も出ないのじゃ……」
「随分と紛糾していたみたいですね〜?ちなみに……どんな命名の案が出ていたのですか〜?」
すると……その質問を投げかけられたテレサは、ソファーにぐったりとしながら沈み込むと、天井を虚ろげに眺めながら、その口を開いた。
「……釈然としないのじゃが、魔王城なのじゃ」
「……魔神城ではなかったのですね〜」
「もちろん、魔神城にしよう、という声もあったのじゃ?じゃがのう……議員の連中、ワルツがいるから魔王城やら魔神城やらという名前をつけようとしたわけではなかったのじゃ。じゃから『魔王城』なのじゃ」
「……?では、どうして魔王なのですか〜?」
「……妾とコルがおるから、らしいのじゃ」
「あの〜……議員の方々は、一体何を言ってるのでしょうか〜?まったく分からないのですが〜……」
「妾も分からぬのじゃ。あやつら、議論のし過ぎで、頭でもおかしくなっておるんじゃなかろうかのう?別に、魔王が1人や2人くらい王城に紛れ込んでおったところで、大した問題ではないと思うのじゃが……そういったことに寛容的な妾たちの態度が拙かったのかのう?」
「もしかして〜……ヌル様をメイドとして雇うのにゴーサインを出したのは〜……」
「うむ。妾なのじゃ?今更、魔王ごときが1匹増えたところで、大した問題ではなかろう?」
「そ、そうかもしれませんね〜……」
と、苦笑を浮かべながら、昼間、自分に対して戦闘を仕掛けてきて……そして呆気無く散っていったメイド姿の魔王のことを思い出すコルテックス。
ただし、その苦笑は、ヌルに対して向けられたものではなく……実際、魔王が3人ほど紛れていたとしても、何の問題もないだろうテレサに対して向けられたものだったようだ。
一度使えば、思想も、記憶も、性格も、自由自在に全てを書き換えてしまう精神魔法の一種、『言霊魔法』。
それが発動してしまえば、例え、この国最強の魔法使いであるルシアであっても、勝つことはできないのだから……。
まぁ、それがないと、あまりにも貧弱すぎて、遥かに年下のはずのイブにすら勝てない可能性も否定はできないのだが……。
そんな微妙すぎる存在であるテレサことを考えた後で、コルテックスは、最初の疑問に戻ることにしたようだ。
「それで〜……この施設の名前は、決まったのですか〜?」
「うむ。もちろん、決まったのじゃ?むしろ、こんな面倒で身の無い話し合いを何日も続けたくはないのじゃ!じゃから最後は、議長権限で無理やり決めてきたのじゃ!」
「……そ、そうですか〜」
「それで、名前なのじゃが……」
そう言うとテレサは一旦言葉を止め、ニンマリと笑みを浮かべてから……その名を口にした。
「……『コルテックス』なのじゃ!」
「……嫌です」
「えっ……コ、コルt……」
「嫌です。また明日、話し合ってきて下さい」
「う……うむ……」
そしてズルズルと、ソファーを滑っていくテレサ……。
こうして次の日、再び不毛な会議が開かれ、結局、施設の名前は無難なところで『王城』になるのだが……その『王』が誰を指した言葉なのか、コルテックスは薄々感づいていたとか、いなかったとか……。
なお、テレサもまた然り、である……。
……イブ嬢にあとがきを書かせようと思っておったら、ネタが無いことに気づいたのじゃ。
15分くらい悩んでおったのじゃが、イブ嬢のやつ、その間に寝てしまったのじゃ。
まったく、困ったやつなのじゃ。
妾も寝たいのに……zzz。
……おっと、もう少しで、ひんやりとしたタオルケットに捕まるところだったのじゃ。
じゃが、枕に顔を埋める前に、やらねばならぬことがいくつかあるのじゃ。
このあとがきも、その一つなのじゃ?
補足は……今日も無いのじゃが、それだけじゃと寂しい故、予告をしておこうと思うのじゃ。
明日からは、王都を離れて、サウスフォートレスの話になる予定なのじゃ。
どういった形で、サウスフォートレスに行くのか、まだこの時点では決めておらぬが、ワルツがミリマシンたちを使って何かをする……ということだけは確かなのじゃ。
それと、勇者たちの話も、のう?
……どんな展開にしていこうか……目的地はあれど、そこまでの道のりが険しいと思う今日このごろなのじゃ。




