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7.6-14 赤い珠14

MEMS生産設備のある部屋の窓から見えていた、王都と大樹、それと地平線にまで及ぶ広大な緑色の景色。

そこから、夕日の色が徐々に抜けて、その代わりに真っ黒な色が辺りを支配し始めていた頃……。


「……ふぅ。どうにかなったわ……」


午前中から延々と端末を叩き続けていたワルツの手がようやく止まった。

傍から見るとその様子は、単にタッチパネルモニターを乱暴に連打しているようにしか見えなかったが……どうやらそれが、彼女の作った端末の正しい使用方法らしい。


(これで……マイクロマシンがハッキングされるようなことはないでしょ)


そう考えながら、大きな水槽のような透明な容器に入った、極彩色のミリマシンたちに満足気な表情を向けるワルツ。

ハッキングできるものならやってみろ……彼女のその視線には、そんな思いが込められていたようだ。


(それにしても、誰がハッキングしたのかしら……)


エネルギア、テンポ、コルテックス、ストレラ……。

思いつく中では、この4人しかハッキングするための妨害電波を発生させることの出来る者がおらず、ワルツはそのメンバーの中で、誰が何のためにハッキングしたのかを考えた。

しかし、いくら考えても、事情の『じ』の字も、そして具体的に誰がやったのかも、考えつかなかったようである。


(……まぁいいけどさ。次やるときは、私に一言断ってからやってほしいわね……)


ワルツは、いくら考えても思いつかない事は停止して……それから、追加のマイクロマシンを製造するために、壊れてしまったクリーンルームの窓を修復することにしたようだ。


そして彼女が、工房内にあった資材置き場に強化ガラス板を取りに行こうと、エレベータに乗ろうとした……そんな時である。


ゆらり……


エレベータ近くのライトが付いていない真っ暗な廊下の窓際に、何やら怪しい黒い影が浮かび上がったのだ……。


「……何やってんの?テンポ。『モニターから出てくる奴ごっこ』でもしてんの?」


その影の主に対して、幽霊という存在をまったく信じていないワルツが、そんな声を投げかけた。

……そう。

そこにいた人物は、黒く長い髪が印象的なテンポだったのだ。


ワルツに声を掛けられたテンポは、明るい頃にやって来た際と同じように、腕にシュバルの入ったトレジャーボックスを抱えていた。

どうやら彼女は、再びやって来たわけではなく……昼前からずっとこの階層にいた様子である。


そんな彼女は、得体のしれないシュバルを抱えていたためもあって、どこか不気味な雰囲気を出しながら、ゆっくりとワルツの方へと振り返って……そして普段とは異なる消え入りそうな声で、ワルツに返答した。


「はぁ……お姉さまですか……。世の中どうして……思い通りにならないんでしょうね……。早くお姉さまが壊れて、機動装甲が私のものになればいいのに……」


「いやいや、私が壊れる前に、どちらかと言うと、貴女の方が先に壊れそうになってるじゃない……」


周囲が暗かったためか、まるで空気に溶けるように、その姿の境界線が不鮮明だったテンポを見て、そう口にするワルツ。

発言こそ普段通りのテンポではあったが、雰囲気はまるでかけ離れたものに見えたらしく、ワルツはそんな妹に対して、怪訝な表情を向けた。


すると、そんな疑いの色を含んだ視線を向けられたことに気づいたのか……テンポは、ワルツの視線から逃れるように、窓の方を振り向くと……それから何を思ったのか、こんなことを口にする。


「……お姉さまは……どうして、私をお作りになられたのですか?」


何故自分を作ったのか……。

自身を含めて、すべてのガーディアンたちが持っている共通の疑問が急に飛んできたことで、ワルツはより一層、眉を顰めてしまったようだ。


……それは、彼女たちにとっては、『考えても分からない無駄なこと』のその代表例のような質問だった。

しかし、テンポを作ったのは、今では直接質問することの出来ないどこぞの科学者などではなく、紛れも無くワルツ自身だったである。

ワルツは、その質問を問いかける立場ではなく、逆に答えなければならない立場になる日がやってくるとは思っていなかったこともあって……テンポの質問に対して、すぐに答えることが出来なかったようだ。


その他にも、彼女の質問を答えにくいものにしていた原因がもう一つあった。

テンポとは何なのかを端的に言えば……カタリナとルシアに教育を施すための『教材』としての役割、そして、手が足りない自分の『補佐』としての役割を担ってもらうために、ワルツが中心になって作ったホムンクルス……それがテンポであった。

自身のコピーでありながら、自身とは180度近く異なる思考をもった存在。

ワルツにとってのテンポとは、当初はそういった存在だったのである。

もちろんそれについては、テンポ自身も理解しているはずだった。


しかし、今では、ワルツにとって忌々しく(くち)うるさい妹であり、カタリナの指南役兼ブレーキ役であり、シュバルのベビーシッターであり、そしてワルツの知らないところで……といったように、テンポという人物は、作られた当初とは大きくその役割を変えていたのである。

そんな彼女が、自分の作られた理由を知りたい、と言うのだから……何か特別な理由があることは間違いなかった。

まさかそんな複雑な意味合いを持った質問に、本人でも知っているような率直な答えを口にするわけにもいかないだろう。

まぁ……ワルツの場合、その当初の理由自体を忘れている可能性も否定はできないが……。


故に……


「……急にどうしたのよ?」


ワルツはすぐに質問に答えるのではなく、まずはテンポに対して、質問の意図を問いただすことにしたようだ。


するとテンポは、自身の質問に対して逆に質問が飛んできたことに……しかし、普段とは違い不機嫌になることなく、ワルツに対して短く返答した。


「……お姉さまの言う通りですよ。もしかすると、私は……壊れそうになっているかもしれません」


(本当に壊れそうになってる人物の発言とは思えないけどね……)


「これはもしかすると……お姉さまを今まで虐めてきたツケが回ってきたのかもしれませんね……」


「虐めてた自覚はあったのね……」


どこか疲れているような様子はあるものの、それ以外に異常は見当たらないテンポの言動や行動、仕草に目を向けながら、小さくため息を吐くワルツ。

それから彼女が、より詳しく、テンポに何があったのかを問いかけようとした……そんな時である。


……キンコーン


ワルツとテンポが話し合っていた場所から数メートルと離れていない場所にあったエレベーターの、その到着を知らせるベルがなって……


「うわぁ……。ここがワルツ様のお宅なのですね?」


と、ワルツの根城は闇に包まれていて当然、と言わんばかりの様子で、そんな声を上げるヌルと……


「て、テンポ様〜?一体どこに行ってしまわれたのですか〜……。カタリナ様が、シュバルちゃん成分不足で、ご立腹ですよ〜……」


カタリナの怒りのせいで、不気味な暗闇など、どうでも良くなった様子のユキがその姿を現したのだ。


そして2人がエレベーターから出た直後……


『……あ』


と、暗闇の中にいたワルツとテンポの姿に気付いて、同時に声を上げるシリウス姉妹。

そんな2人のうち、最初に言葉を口にしたのは、ユキの方だった。


「えっと……取り込み中でしたか?」


暗闇の中で、2人揃ってライトも付けずに佇んでいるのだから、何か特別な理由がある……。

そんな状況を察したユキが問いかけると……それに対して、テンポよりも手前にいたワルツが返答する。


「いいえ?そんなことはないけど……何か急ぎの用事?」


「急ぎではないですが……カタリナ様が、シュバルちゃんを欲しておりまして。シュバルちゃんとテンポ様を連れて帰らないことには、私も帰れないんです……(もしかすると部下たちは、皆こんな思いをしていたのかもしれませんね……)」


「そう……。なら、診察室のある階で待っててもらえないかしら?話が終わったら、そのうちテンポを行かせるから」


「あ、はい。分かりました。……では、ヌル姉様?帰りますよ?」


と、ワルツが目的でここへとやって来たはずの姉に、30秒も掛からずに帰ることを宣言するユキ。


そんな彼女の視線の先にいたヌルは、目的のワルツに対して恍惚な表情を浮かべ、怪しげな視線を向けて……いなかった。

それどころか、彼女はワルツにすら視線を向けておらず……代わりに何故か、その先にいたテンポに眼を向けて、驚愕したような表情を浮かべていたのである。


「何やってんの?ヌル」


「どうしたのですか?ヌル姉様?」


そんな彼女の表情を見て、思わず問いかけてしまうワルツとユキ。


するとヌルは、何を思ったのか、急にテンポに駆け寄ると、彼女の前に(ひざまず)いて、こう言った。


「て、テンポ様!やはり、貴女様は只者では無かったのですね!」


『……は?』


いきなり何を言い出すのか……。

皆に背を向けていたために、テンポがどう思ったのかを(うかが)い知ることは出来なかったが……少なくともワルツとユキは、事情が分からなかったために、呆れた様子で思わず聞き返した。


結果、跪いたままのヌルが、自身の行動の理由を口にするのだが……彼女のその言葉は、その場にいた全員にとって、理解できないものだったようだ。

何故なら……


「これほどの数の『紅玉』……!テンポ様は、これまでに一体どれほどの屍を積み上げられて来られたというのですか?!」


……という、他の3人には見えない代物について言及したものだったからである。

どうやら、テンポの周りには、デジタルの眼を持つワルツやユキやテンポ自身には見ることの出来ない紅玉が、、いつの間にか大量に纏わりついていたようだ……。

うーむ……。

早くこの章を書き終わりたいのじゃが……終わるまでには、まだ前途多難なのじゃ。

1時間で3行を書くのが精一杯な部分もあったしのう……。


でもまぁ、時間があるときは、ゆっくりと考えながら書くというのも悪くはないのじゃ。

とは言っても、消費する時間の半分以上は、ストーリーではなく、言い回しの言葉を考えることに費やしておるのじゃがの?

表現したい言葉はあっても、中々出てこない……。

そのせいで、たった1行のために、何十分も費やすこともあるのじゃ。

雰囲気としては……使った道具を片付けずに放置しておって、次回使うとき、それがどこに行ったのか探すところから始めねばならぬ……そんな感じかもしれぬのう。


さてさて。

それでは補足に入ろうか……と思ったのじゃが、特に大きな補足事項は無い故、今日も補足は無しなのじゃ。

前にも言ったかも知れぬが、補足をせねばならぬ文章はいかがなものかと思うのじゃが、まったく無いというのも考えものなのじゃ……。

この辺のバランスを考えて書けるようになりたいところなのじゃが……常に頭の中が混乱しておる狐には、少々難しい話かもしれぬのう……。

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