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7.6-13 赤い珠13

「……前略、とーちゃん。イブはもう駄目かもしれません……」


「なに、ワケの分からないことを言ってるのよ……」


とイブに対してツッコみつつ、テンポが押したMEMS生産設備のある階へと到達する前に、途中の階でエレベータが止まるようにと、別の階のボタンを押そうとするワルツ。

しかし……


ピッ……


「あっ……」


一瞬だけ、エレベータの動くタイミングの方が早かったらしく、残り1階分だけあった余裕は、無情にも、ワルツたちの眼の前を通りすぎて行ってしまったようだ。


「まったく……。最近、お姉さまは、反応速度が落ちているのではないですか?もしや、経年劣化では?」


「んなわけないじゃない……」


ワルツはそう言いつつも……しかし、反応が遅れたこと自体は否定できなかったようだ。


そんなやりとをしている間にも、エレベータは減速を始め、いよいよ目標の階に到着しようとしていた。


「おい、姉貴!もう、マイクロマシンを壊すとか、壊さないとか、そんなこと言ってる余裕は無いぞ!この際、一思いにヤるしか無いって!それとも、このエレベータを破壊するか?」


「んー……エレベーターを壊す位なら、手のつけられないマイクロマシンの方を破壊するわよ。エレベータを作ったの、私じゃないし……」


ワルツはそう口にすると、シラヌイがルシア製の魔導超合金を使って作った、所々に職人技(?)が物理的に光るエレベータの壁に、そっとその手を当てた。

流石の彼女でも、自分の作った以外の物を、簡単に壊そうとは思えなかったようである。


「と、扉を抑えることも出来ないかもなの?!」


「それはできなくないけど……無理矢理に抑えたら、多分、扉を開閉するための油圧シリンダーが破裂するんじゃないかしら……。そのときに、勢い良く漏れでた油を、もしもイブが浴びたなら……そりゃもう、一瞬で、カタリナところ送りでしょうね」


「えっ……」


「まさか、こんなところで、扉の適当に油圧シリンダーを使った弊害が出るなんて思わなかったわ……。ま、でも、このままマイクロマシンを放っておくっていう選択肢は無いから、堂々と正面から打って出るしか無いんだけどさ……」


イブの質問に残念そうに答えたワルツは、その後で、エレベータの扉付近に陣取っていたテンポとアトラスを押しのけて、皆の前へと出た。

彼女はようやく、自身の重力制御を使って、マイクロマシンを排除する腹づもりを決めたのである。


「さーて、どんなのが現れるのかしらね?」


「そりゃ……姉貴の作ったマイクロマシンだろうよ?っていうか、それ以外の何かが出てきたら、それはそれで逆に怖いだろ……」


「……確かに」


窮地のはずなのに、ワルツとアトラスが、いつも通りのやり取りを交わしていると……


キンコーン


……遂に、エレベータのベルが、目的地の到着を告げた。


『…………』ごくり


ベルが鳴っても、すぐには開かないエレベータの扉に向かって、生唾を飲み込むイブとアトラス。

……だが、それも一瞬のこと。


カコン……


そんな扉のロックの外れる小さな音がして……


シュゥゥゥゥ……


と、エレベータの扉がゆっくりと開き始めたのである。

妙な霧が発生することはなかったが、その開閉の音は、妙に不気味な雰囲気を醸し出していたようだ。


『…………っ!』


その様子を前に、思わず身構えてしまう一同。

突いたヤブの中から何が現れるのか、4人ともそれぞれに扉の隙間から見える、向こう側の景色に視線を集中していたのだが……


「……あれ?」


「……おかしいわね?」


「……ん?」


「……まさか、3人揃って、狐か狸に化かされたのでは?うちのメンバーには、たくさんいますからね」


と首を傾げたり、疑問の声を上げたりしている4人のそんな反応の通り、扉の向こう側に変わった様子は無かった。

割れてしまったクリーンルームのガラスはそのままだったが、ワルツが先程まで叩いていた端末も、その他の機器も、3人がここから逃げた際とすべて変わらぬ様子で……マイクロマシンたちが暴れている姿や、それどころか、彼らが暴れた痕跡すらも無かったのである。


その上、さらに……


「……あれ?マイクロマシンが全部、元の容器の中に戻ってる……」


クリーンルームの窓を突き抜けて、周辺に散らばっていたはずのマイクロマシンも、何故か元の立方体のガラスケースのような箱の中に戻っていたようだ。


その様子を見て、無表情の中に怪訝な色を含ませながら……


「これは、一体、どういうことなのでしょうか?……お姉さま?まさか本当に……」


と、口にするテンポ。

ワルツは、彼女にそのまま言わせておいたなら、ほぼ間違いなく不良品扱い扱いされるような気がしたらしく、


「いや、ガラスが割れてるんだから、何かあったっていうのは分かるでしょ?イブとアトラスも、私と一緒に見てたわけだし……」


と、必死になって釈明した。

とは言え、彼女がその言葉とともに視線を向けた先にいたイブもアトラスも、不思議そうに首をかしげていたところを見ると……結局、ワルツを含めて3人とも、何が起ったのか理解できなかったようである。


しかし、ワルツのそんな釈明も(むな)しく……テンポは当然のごとく、イブとアトラスを無視して、姉の方だけに微妙な視線を向けながら、その口を開いた。

……だが、


「……良くない傾向ですね、お姉さま?そろそろ、残念な事件が起こる前に、機動装甲の制御権を私に譲s」


……喋っている途中で、どういうわけか、急に口を噤んでしまうテンポ。

それは、まるで、無視できない何かに気づいて、そのまま固まってしまった、といったような雰囲気である。


「……?何かあったの?」


またイジられると思っていたワルツは、その矛先が急に外されためか、どこか安堵した様子を見せながら、テンポの視線の先に目を向けたり、他の2人の反応に変化がないことを確認した。

彼女の他に、テンポの腕の中に抱かれていたシュバルも、義母(?)に当たる彼女の様子に違和感を感じたらしく、彼(?)はトレジャーボックスの中で不安げに蠢いていたようである。


……しかしである。


「……いえ、なんでもありません」


ややあってから、テンポは首を横に振って、何かを誤魔化すかのように、ワルツから眼をそむけてしまった。

急に態度を変えた彼女の様子や、この場所で何があったのかを考えるなら、逆に何もない方が不自然なので……ワルツはこの機会を待ってましたと言わんばかりに、


「……もしかして、私より先に壊れた?」ニヤリ


そんな問いかけとともに、意地の悪そうな笑みを向けたようだが……テンポから帰って来た言葉は、自身が予想した答えとは、大きく異なるものだったようだ。


「……ところでお姉さま?当たり前のことを聞くかもしれませんが……何も、変わったことは無い……ですよね?」


「は?何よ、急に……」


「例えば、子どもがいるとか……」


「そりゃ、ここにはイブと……シュバルがいるわね」


「……それ以外には?」


「……え?いるわけないじゃない……」


「……そうですか……」


「何……?貴女、本当に壊れたの?」


「……いえ。なんでもありません」


そして、何事もなかったのように、この階をぐるっと取り囲むようにして設置されていた、ガラス張りの廊下の方へと歩き始めるテンポ。

診察室での仕事を超速で片付けた彼女は、カタリナとユキとヌルが、魔王談義(?)に花を咲かせているのを邪魔しないように、この高層階にある景色の良い窓際の通路をシュバルと散歩をするためにやって来たようだが……急に態度が変化したテンポの後ろ姿を見る限り、どうやら嬉しそうな散歩では無さそうである。


「急にどうしたのかしら?」


「……さぁ?」


「何か……寂しそうというか、悲しそうというか……表現に困る感じかもだね」


どこか肩を落した様子で、シュバルを抱えて歩いて行くテンポの後ろ姿に、どう声を掛けて良いの分からず、ただ見送るだけの3人。

皆、余計なことは何も言わずに、ただ見送ったほうがいい、と思ったのだろう。


それから、廊下の先に彼女の姿が見えなくなってから……ワルツは、ハッ、とした表情を見せつつ、両手を合わせて、おもむろに声を上げた。


「おっと、こうしてはいられなかったのよ!念の為に、マイクロマシンのアクセスキーのセキュリティを上げて、今のうちにハッキングされないように対策しないと!ファームウェアの再インストールも必要だしね!」


そう口にしてから、そそくさと、その場を立ち去っていくワルツ。

先程までマイクロマシンのことを諦めかけていた彼女だったが、今ならまだどうにかなりそうだったので、再び暴走しない内に、急いで作業に戻ることにしたのだろう。


そんな彼女のことも様子を見送ってから……


「あ、そうだ!テンポ様がいないから、診察室は平和かもだね!」


「そう言われれば……そうかもしれないな」


「カタリナ様にイブのことを診てもらうなら、今しかないかも!」


そう言って……何故か、アトラスの手を握って、エレベータの中へと引っ張っていくイブ。

それは、アトラスのことを表向き嫌っていても、実は側にいて欲しかったからなのか、あるいは……テンポがいないとはいえ、診察室の主であるカタリナのことが怖かったからなのか……。

いずれにしてもイブは、もう間もなく1ヶ月の所有期限(?)が切れるアトラスを連れて、意気揚々と、診察室へと向かうことにしたようである。


……ただ、再び呼んだエレベータの中に乗って、その扉が閉まりかけた際、彼女が……


「……あれ?そう言えば、げんちょーが聞こえなくなっているかも……」


ガション!


と、カタリナのところに行く意義が薄れてしまうような、そんな一言を口にしていたのは……今回のテンポのおかしな態度や、元の場所に戻っていたマイクロマシンたちと、何か関係はあるのだろうか……。

そして、魔の金曜日……。

妾は、クタクタになって帰宅したのじゃ。

すると、時間は……まだ夜の9時……。


……む?

これ、普通に書けたのではなかろうか?

あとがきを書いておった妾はそんなことを思ったのじゃ。


そんな時、ルシア嬢がこんなことを口にしたのじゃ。


『……少し小腹がすいたね?テレサちゃん?』


そう言って妾に対して笑みを向けるルシア嬢。

この感じ……妾に何か買って来いと?!


……というわけで、早く帰って来た故、買い物に出かけてくるのじゃ〜?

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