7.6-12 赤い珠12
避難したエレベーターの中で、イブとアトラスが、ワルツに対して事情を説明したり、逆に説明を求めたり……。
そんなことを初めて、およそ5分が経過した頃。
ブゥゥゥン……
ボタンを押していなかったエレベーターが、不意に降下を始めた。
「も、もしかして、さっきのアレが……!」ブルブル
「いや、階が違うんだから、誰かが呼んだんでしょ?」
「確かに、しばらく話し込んでたからな……」
と、それぞれに、予想と推測を口にするイブとワルツとアトラス。
それからまもなくして、エレベーターが止まった階層は……
「……あれ?カタリナん所ね?」
と、口にするワルツの言葉通り、先程、イブたちが門前払い(?)にされた医務室のある階層だった。
そんなエレベータのパネルに表示されていた数字に眼を向けて……
「うわぁ……」ガクガク
と震えに加えて、冷や汗を掻き始めるイブ。
アトラスも……
「……これは、嫌な予感しかしないぜ……」
と口にしていたところを見ると……どうやら2人には、先ほどのマイクロマシンの暴走とは別に、嫌な展開が脳裏を過ぎってようだ。
「テンポ様じゃありませんように、テンポ様じゃありませんように!」
実際にそう口にしながら、祈る様子のイブ……。
「テンポったら……随分と嫌われてるわね」
「俺が吹き飛ばされたところを眼の前で見てたからな……」
そんな、年端もいかぬ少女の祈っている姿には、ワルツだけでなく、先ほどテンポに吹き飛ばされた本人であるアトラスも、流石に微妙な表情を浮かべざるを得なかったようだ。
……だが、現実は無情だったようである。
キンコーン
という音がエレベーターの扉から聞こえ、そして扉が開き……
「……おや、お姉さまと愚弟と……可愛い可愛いイブちゃん。奇遇ですね」
イブが願っていた通り(?)の人物が、エレベーターへと入ってきたのだ。
そう、テンポである。
彼女のその腕には、シュバルの入ったトレジャーボックスがあって、2人(?)で再び何処かへと出かけるつもりだったらしい。
……その結果、
「……?!」びくぅ
と、眼を丸くして、尻尾を股の間に縮こませながら、ここまで一緒にやってきたアトラス……ではなく、ワルツの背中に隠れるイブ。
やはり、彼女は、テンポのことが怖かったようだ。
「ダメよ?テンポ。イブのことをイジメたら……」
「いえ、まだイジメては……ではなく、イブちゃんくらいの年齢の子どもを、なぜ私がイジメなくてはならないのですか?」
「確かに、まだイジメてないかもしれないけど……現にイボンヌが、怖がってるじゃない?」
「イ、イボンヌじゃなくて、イブ……ひぃっ!?」
ワルツの発言に対して抗議の声を上げようとしたイブだったが、常に目が笑っていないテンポの無表情が自身に向いていることを察して……彼女は、小さな叫び声を上げながら、再びワルツの背中に隠れてしまった。
どうしてそこまでテンポのことを怖がる必要があるのか、詳細は不明だが……苦手な人物がいるというのは誰しもに共通して言えることなので、もしかするとイブにとってテンポは、そのどうしても苦手な人物、ということなのかもしれない。
そのことに気づいたのか、テンポは無表情のままで目を細めると、その場にいた姉弟たちに対して言った。
「……仕方ありません。お姉さま……ではなくて、アトラス?シュバルちゃんのことを、少しの間、預かっていて下さい」
「えっ……なんで、私じゃダメなのよ?」
「えっ……なんで、姉貴じゃダメなんだ?」
「……わざわざ説明しなくてはいけませんか?」ゴゴゴゴ
『……いえ、結構です……』
そして結局、大人しくシュバルを預かるアトラスと、シュバルのことを抱くのを諦めた様子のワルツ……。
どうやらアトラスは、シュバルを預かりたくなかったようだが……それは、シュバルに何かあった時に、テンポやカタリナたちに消されることを嫌がったからなのか、それともトレジャーボックスの隙間から自身のことをジーっと見ている気がするシュバルのことが苦手だったからなのか……。
ただ言えることは、ワルツに預けた場合、ろくな事にはならない、ということだろうか……。
それから、トレジャーボックスを持っていたアトラスの腕が、箱から首だけ外に出したシュバルに齧られているのを横目に見ながら……テンポは肩から下げていたバッグの中に手を入れて、その中から甘そうな飴……ではなく、王都で人気のせんべい屋から購入してきたと思わしき一枚の大きな煎餅を取り出した。
恐らくテンポはイブの好物を知っていたのだろう。
そして彼女は、ワルツの影に隠れているイブの眼の高さと同じくらいの高さになるようにしゃがみ込むと……手にした煎餅を、怯えているイブに差し出しながら、ゆっくりと話し始めた。
「……すぐに仲直りをするというのは難しいかもしれませんので、まずは、お近づきの印に、この煎餅でもいかがですか?」
「……くれるの?」
「お姉さまみたいに、眼の前で食べるような意地悪はしませんよ?それに、まだありますからね」
「なら……」
テンポの顔を伺いながらそう口にして……ワルツの背中に隠れたまま、煎餅を受け取るイブ。
怖がるまま逃げ続けていたのでは何も進展しないことを彼女は分かっていたらしく、テンポの差し出すその煎餅を、自身の小さな手で恐る恐る受け取った。
そして彼女は、警戒した表情は緩めることはなかったものの、受け取ってからすぐに……
「……美味しいかも」バリボリ
と、今なお香ばしい香りのしていた煎餅に齧りついたのであった。
一旦開いてしまった彼女とテンポの間の距離が、すぐに縮まるようなことは無さそうだが……幸いなことに、決して縮まることのない決定的な溝、というわけでも無さそうである。
「もしも、まだ食べたいのでしたら、診察室に来ればいくらでも差し上げますよ?」
「えっ……う、うん……」バリボリ
テンポの提案に、イブは不明瞭な返答しかできなかったが……もしかすると、近いうちに、イブは一人でも、診察室に出向ける日がやってくるのかもしれない。
まぁ、その前に、聞こえてくる幻聴(?)をどうにかしなくてはならないのだが……。
「……さて。そう言えば、お姉さま方は、一体何故こんなところに?ボタンが押されていないところを見ると、何処か行く場所があった、というわけではなさそうですが……」ピッ
と、言いながら、エレベータのボタンを押すテンポ。
そんな彼女の質問に、アトラスがシュバルを返しながらおもむろに返答した。
「いや、実は……姉貴が実験でやらかして、マイクロマシンのバイオハザードを作り出したんだ。それで急いで逃げてきたんだけど、エレベータの中に避難するまでは良かったんだが、どこに行くかまではまだ決めてなくてな……」
「なるほど、そうでしたか。いつかお姉さまは何かしでかす方だと、ずっと前から思っていましたよ。それで……ゾンビ化した王都民たちはどこですか?」
そう口にすると、テンポは、ワルツに対していつも通りのジト目を向けるのだが……
「……ちょっ?!」
……どうやらワルツの方は妹たちの話を聞いていなかったらしい。
それ自体は、元々の彼女の性格によるもの、と言っても過言ではないだろう。
ただ、今回の場合は、別段の理由があったようである。
では、一体、何があったのかというと……話を聞いていなかったワルツの眼が、テンポの押したエレベータのボタンに向かっていた、と言えば、理由は大体把握してもらえるのではないだろうか……。
「なんで、よりにもよって、その階に行かなきゃならないのよ……」
他の2人も、彼女のその言葉で、何があったのか気づいたらしく……
『……?!』
イブとアトラスは、まるで兄妹のように、全く同じ驚愕の表情を浮かべていたようだ。
……そう。
テンポの押したボタンは、今まさに、マイクロマシンによって地獄が展開されているだろう、MEMS生産設備のある階層に向かうボタンだったのである……。
……お気づきじゃろうか?
イブ嬢の背後に、怪しげな影が忍び寄……ではなく、『・・・』が『……』に変わっておることに。
これはのう……妾のMacb○○kじゃと、『・・・』のほうが所謂三点リーダーっぽく見ておったから、『・・・』を多用しておったのじゃ?
じゃがのう……携帯端末や、Wind○wsマシンで見ると、『・』が妙に面積を専有しておって、すごく見難いことに、今更になって気づいたのじゃ。
というわけで、まじょりてぃーと、文字のバランス的な読みやすさを考えるなら、『……』の方が良いという結論に、妾たちの間で辿り着いたのじゃ。
故に、本話以降は、『・・・』の代わりに、『……』を使うことにするのじゃ?
妾と同じような環境におる者には、申し訳ないのじゃが、ご理解くださいなのじゃ?
……ちなみにのう。
Wind○ws側じゃと、どう見えておるのかは、実際に見ておらぬから分からぬのじゃが、妾のラップトップじゃと、『……(三点リーダーx2)』は『......(ドットx6)』に見えておるのじゃ?
さっき確認したら、携帯端末(Andr○id)でも『......』だったのじゃ。
正直なところ……すごく見難いのじゃ……。
もしや……『・・・・・・』に慣れ過ぎてしまったせいかのう……。
……もう駄目かも知れぬ……。
………………………………zzz。




