7.6-11 赤い珠11
・・・イブが聞いた幻聴。
それは、子どもの泣き声だった。
最初は夜な夜な聞こえてくる、まるで悪夢か、文字通り幻聴のようなものだったようだが・・・今日になって気づくと、人前で会話をしていても聞こえてくる状態になっていたらしく、イブはいよいよ、幽霊などではなく、身の不調を疑い始めたのだという。
しかもそれは、イブに限ったことではなかったようだ。
例えば・・・狩人の場合。
『・・・聞こえるんだ・・・。今まで狩ってきた魔物たちの泣き声が・・・!』
彼女は、アトラスに対して、そんな言葉と体調不良を伝えると、一人、自室に引き籠もってしまっていた。
常日頃から殺生に慣れているはずの彼女だったが、それと幽霊とは、別の話だったらしい・・・。
今度は・・・水竜の場合。
『・・・子どもが・・・儂の耳元で子どもの泣き声が・・・!!』
子ども好きの彼女の場合、耳を塞いでも聞こえてくるその声は、精神的に大きな負担になっていたようである。
その身体の大きさを考えるなら、人の幽霊など、どうということは無いはずだが・・・もしかすると彼女の心は、その見た目よりもずっと小さく、そして繊細なものなのかもしれない・・・。
もう一方・・・。
アトラスたちは直接会えなかったが、カタリナも幻聴が聞こえていた一人だったようである。
『・・・え、幻聴?いつも聞こえていますよ?今更ですね』
どうやら、彼女の場合は、常に何か聞こえているらしい・・・。
恐らく彼女のケースでは、前例の者たちとは別の理由があるのだろう・・・。
・・・まぁ、それはともかく。
「どうしよう・・・。イブのことを診てくれる人、どこかにいないかな・・・」
そう口にしながら、診察室を離れて、エレベーターホールに向かってトボトボと歩くイブ。
カタリナに診てもらえない・・・というよりも、彼女のいる診察室に入る勇気の無かったイブは、現状の症状から、自分が病気になってしまったと思い込んで、悩んでいるようだ。
すると、彼女の横を歩いていたボロボロな姿のアトラスが、イブに対してこう言った。
「んじゃぁ・・・代わりに姉貴のところに行くか?」
「姉貴って・・・ワルツ様のとこ?」
「ああ」
「ワルツ様・・・病気が分かるの?」
「そりゃ、カタリナ姉に知識を教えたのって、姉貴だしな」
「そう言われれば、そうかもだよね・・・。だけど・・・」
そう言うと・・・何故か立ち止まるイブ。
その表情には、どこか落ち込んだような色が含まれていた。
「・・・どうしたんだ?」
彼女のそんな表情に気づいて、少しだけ眼を細めながら問いかけるアトラス。
するとイブは、そこから見える外の景色に眼を向けながら、ぽつらぽつらと話し始めた。
「ワルツ様・・・今、忙しいかもだからね・・・。あの地平線の向こう側にいるかもしれないネズミさんたちを殺すために頑張ってるんでしょ?」
「酷い言い様だな・・・。まぁ、違わないけどな」
「・・・イブだって分かってるもん。ネズミさんたちを退治しないと、人がたくさん死んじゃうかもってことくらい・・・」
「・・・・・・そうか」
そして、まるで癖のように、イブの頭の上に手をのせるアトラス。
ただ、頭をクシャクシャにしなかったのは・・・やはり、彼女が嫌がっていたことを自覚していたからだろうか。
それから彼は、手を載せても、特に嫌がる様子を見せないイブに対して優しく言った。
「なーに、大丈夫さ。忙しそうに見えても、姉貴のやつ、実は暇だったりするからな。イブの相談くらい、乗ってくれるって」
「・・・そうかな?」
「あぁ。ダメだった時は・・・俺が身体を張って、姉貴かカタリナ姉を振り向かせてやるから、安心しろよ?」
「・・・うん」
そして、小さく頷くイブ。
それは安堵から来るものだったのか、それとも恥ずかしさから来るものだったのか・・・。
イブはアトラスの言葉に、少しだけ頬を赤くしたようだ。
・・・まぁ、それも、アトラスの次に一言のせいで、真顔に戻らざるを得なかったのだが・・・。
「あとな、イブ。すごく言いにくいんだが・・・お前が見てる方向は、北だからな?」
そんなこんなで、顰めっ面の頬を膨らませたイブは、アトラスと共にワルツのいるMEMS生産設備のある階層までやって来た。
・・・だが、ここで、まさかの展開が自分たちを待ち受けているとは、2人とも露も思わなかったようだ。
「・・・何これ?」
「・・・さぁ?」
その様子を見て、思わず疑問の声を上げるイブとアトラス。
何故なら、そこから見えた強化ガラス製の窓の向こう側にあるクリーンルーム内で・・・
ゴゴゴゴ・・・!
と、渦巻く砂のような物体と、
「ちょっと!なんで急に制御出来なくなるのよ!もう・・・」
それを見ながら、部屋の外にあった端末を乱暴に叩いているワルツの姿があったからである・・・。
「・・・ごめん、イブ。やっぱり、さっきの話は無理そうだ・・・」
「・・・うん」
そんなワルツの様子を見て、イブに対して姉を振り向かせると言った先程の前言を撤回するアトラス。
イブの方もアトラスの言葉には同意見だったようだ。
事情を知らない2人にとっても、今のワルツが手を離せない状態にあることは、否が応でも感じ取れたのだろう。
・・・それほどに、眼の前で展開されている状況は、イブたちにとっても深刻なものに見えたようである。
「・・・ねぇ、アトラス様?これ、大丈夫かな?」
「・・・ダメだと思うな」
「・・・だよね」
イブとアトラスが、見たこともない極彩色の砂によって彩られていくクリーンルーム(?)に、微妙な視線を向けた・・・そんな時であった。
メキッ・・・・・・
ドゴォォォォ!!
クリーンルームのガラスが一瞬で割れて、ダムが決壊するかのように、部屋の中から砂のような物体・・・マイクロマシンが、飛散してきたのである。
「んはっ?!」
「おいおい!」
その様子を見て、いましがた乗ってきたばかりのエレベーターに向かって飛び乗るイブとアトラス・・・。
そしてすぐに『閉』ボタンを連打するのだが・・・その際、何故か・・・
「ちょっ!私も乗るから待って!」
端末を叩いていたワルツも急いで飛び乗ってきた。
そして、彼女が乗った瞬間、タイミングよくエレベーターの扉が閉まる。
「姉貴!得意の重力制御はどうした!?」
「え?いや・・・あるにはあるんだけど、小さくて力のあるマイクロマシンに対して使っても、あまり効果が無いのよ・・・。推力重量比の兼ね合いもあるし・・・。それでも止めようと思ったら、超重力を掛けて破壊するしか無いんだけど、時間を掛けて折角作ったものだし・・・ねぇ?」
「ねぇ、じゃねぇだろ・・・」
そして、再び、重い頭を抱えてしまうアトラス。
姉に同意を求められても、破壊しろ、としか言いようがなかった彼にとっては、それ以外に返答の言葉が無かったようである・・・。
「はぁ・・・何でこんなことになったのかしら。さっきまでは、ちゃんと動いていたはずなのに、全てが急に制御できなくなったのよね・・・。何か意思のようなを持って動いているというか・・・」
「単に、不良品だったんじゃねぇのか?」
「いや、おかしいでしょ?何百何千何万と量産しているマイクロマシンが、急に全部おかしくなるとか・・・。それが1個2個なら分かるけどさ?それに・・・エネルギアに少し分けた時は、問題なく動いていたんだし・・・」
「じゃぁ・・・そのエネルギアの仕業か?」
「いや、それがさ・・・あのクリーンルームの中は、電磁遮蔽を施してるから、そう簡単には外部からハッキングとか出来ないはずなのよ。だから、それは無いと思うんだけど・・・」
「なら一体・・・」
ワルツたちが、この世界には似つかない、そんな工学的な会話を繰り広げていると・・・それを傍から見ていたイブが、不意に微妙な表情を浮かべ始める。
そんな彼女の様子に最初に気づいたのは・・・ここまで彼女と一緒にやってきたアトラスであった。
「・・・どうした?」
と怪訝な表情を浮かべながら、問いかけるアトラス。
するとイブは・・・頭に付いていた、クセ毛にしか見えない獣耳を両手で押さえながら、こんなことを口にした。
「さっきまで聞こえていた泣き声が・・・急に笑い声に変わったかも・・・」
そう言って、嫌そうな表情を浮かべながら、身を震わせてしまうイブ。
どうやら、彼女たちが聞こえているという子どもの声は、マイクロマシンの動きと何らかの関係があるようだ・・・。
ようやくここまで来たのじゃ・・・。
問題は・・・予定しておる展開から足を踏み外さないか・・・。
それだけが、気がかりなのじゃ・・・。
・・・で、じゃ。
今日と明日と明後日は、あとがきをハイパー簡略化させてもらうのじゃ?
・・・魔の金曜日が迫ってきておるからのう・・・。
つまり、今日明日で明後日分の話も書かねばならぬ故、これから大変になるというわけなのじゃ。
というわけで、さらば〜、なのじゃ〜。




