7.6-09 赤い珠09
「ふーん・・・思ったよりも少ないですねー」
「えっ・・・」
自分としては、相当な量の紅玉だと思っていたのに、妹のユキの反応が思ったよりも薄かったためか、思わず自身の耳を疑ってしまった様子のヌル。
その後で彼女は、直接、妹に聞き返した。
「紅玉1個が出来るのに、いったいどれだけの人々の犠牲が必要になると思っているのですか?!」
と、口にするヌルの言葉の通り、1人が亡くなると1個の紅玉が出来る・・・というわけではなかった。
もちろん、2人や3人で1個、というレベルでもない。
「たしか、前に姉様から聞いた話ですと・・・6666人でしたっけ?だから、20個だと133320人ほどが亡くなった計算になりますね」
「け、計算が早いですね・・・。って、それが分かっているなら、どうして少ないなどという発言が出来るのですか?!まさか、ワルツ様かカタリナ様か・・・あの、テンポとか言う無礼な者が、大量に人々を殺戮したとでも?」
ヌルはそう言いながら、ユキに詰め寄った。
彼女自身も、施設が出来上がっていくその様子を毎日外から眺めていたこともあって、自身が目を向けていた施設の壁の内側で、まさか十数万人もの人々が短時間で虐殺されたとは思えなかったのだろう。
まぁ、それが正しいかどうかについては、わざわざ説明することでもないかも知れないが、一旦、端の方に置いておくとして・・・。
紅玉とは一体どういったものなのかを、ここで説明しておこう。
紅玉とは、魔王たちにとっての好物である・・・ということも含めて、人々の間では、あまり詳しいことは知られていない代物だった。
そもそも、紅玉を直接目視できる者が、魔王たちを始め、一部の『ある条件』を満たした者(魔物を含む)たちにしか見えなかったこともあって、紅玉の特性や発生条件などについて、詳しい調査ができなかったのである。
そういった意味では、一般的な人間側の王たちとは違い、紅玉を見ることの出来る魔王という存在は、人の枠組みから外れた位置にいるのかもしれない・・・。
・・・さて。
情報の少ない紅玉について、魔王たちの経験的な話を掻い摘んで説明すると・・・ユキたちの会話の内容通り、紅玉とは、大勢の人々が亡くなると、そこに生じる謎の『美味しい』物体だったようである。
まぁ、『美味しい』と言っても、味覚として『味』が優れているわけではなく、魔法を使う者たちにとっての第6感に相当する『魔感』ともいうべき感覚において、彼らが紅玉を体内に吸収する際に感じる感覚を表現する例えだったようだが。
そんな紅玉が、大勢の人が命を落とせば発生する、という認識には・・・実は、大きな間違いが含まれていた。
もしもそれが本当のことだとするなら、実際にこの施設では、短時間の間に大量の人々が虐殺されたことになるのだが・・・それがありえないことについては、わざわざ言うまでもないだろう。
そんな間違った認識が生じた背景には、いくつかの原因が考えられるが、一番大きかったのは・・・やはり、自分たちが普通の人間とは異なる特別な存在である、と自覚していた魔王たちにとっても、人が亡くなるということについては、心のどこかで自分たちの身に重ねて、共感してしまっている部分があったからではないだろうか。
もっと直接的に言うなら・・・紅玉は『人の魂が結晶化した物体』である、と魔王たちは考えていたのだ。
だが、人だけが特別な魂を持った生き物だという考え方は、個人の精神世界ならまだしも、現実の世界ではありえないことである。
それは異世界でも同じことで、物質が存在し、それが生物を構成している以上、必然的なルールであると言えるだろう。
どんなに逆立ちしても、人もまた、数ある生物の一種に他ならないのだから・・・。
つまり・・・紅玉の発生条件は、人が死ぬことだけがその原因ではなかったのである。
ある程度のばらつきはあるものの、正確には、『魔力をもった生物たちが死んだ際、一定量の魔力が身体から放出された場合に結晶化する物質』だった。
もちろんそれは、動物だけでなく、植物にも同じことが言え・・・この世界に生きる魔力を帯びたすべての生物が、紅玉を発生させる要因になり得たのである。
そして、この医療施設においては・・・ワルツとカタリナによるマギマウスの一件があってからというもの、実験に使われた大量のマギマウスたちが、彼女たちの手によって正しく処分されていた。
それも、そのほとんどが魔力特異体で、体内に多量の魔力を保有するマギマウスたちである。
1匹や2匹が死んだ程度なら、紅玉が発生することはまずありえないはずだが・・・どうやらこの施設では、人間換算で約13万人分以上に相当する魔力を保有したマギマウスたちが、すでに処分されていたようだ。
なお、それが具体的にどの程度の数だったのかについては、不明である・・・。
そんな細かい条件を知らなかったヌルの眼には、施設内に大量に存在していた紅玉が、魔神(?)であるワルツによって、人々の命を原料にして量産されているかのように見えていたようである。
一方で、ワルツと1ヶ月ほどの時間を共にしていたユキにとっては、ワルツがそのようなことをする者ではないことは分かっていたので・・・彼女はそれとは異なる別の可能性を口にし始めた。
・・・ただし、その内容は、
「そうですね・・・テンポ様ならやりかねません」
少々、カオスなものだったようだが・・・。
「ヌル姉様は・・・テンポ様の武勇伝を聞いたことがありますか?たった一人で、かのメルクリオ神国の数十万にも及ぶ天使たちを全滅させ、同国の神を倒し、そこに妹のストレラ様を新しい国王として置いたという話です。もしかすると、紅玉もその時の戦利品かも知れません。それに・・・あのコルテックス様ですら、実姉のテンポ様には太刀打ち出来ないとか・・・」
と、恐らく、テンポ自身から聞かされただろう脚色済みの物語の話を口にするユキ。
なお、その内容に嘘はなく、一言だけ言葉が足りない物語だったようだ。
・・・『エネルギアを使って』という言葉が。
しかし、そんな妹の話が、まさか最初から色の付いている話だとは思っていなかったのか、あるいは『実姉』であるという言葉に反応したのか、
「・・・・・・」
閉口して、顔を青ざめ、そしてその場で足を止めてしまうヌル。
テンポに対して、もう少しで喧嘩を売ってしまうところだった・・・ということだけならまだしも、既に自分は彼女に対して無礼を働いてしまっていた、という自覚がヌルにはあったようで・・・
ギギギ・・・
という音が聞こえてきそうな、ぎこちない動きをしながら、歩いてきた廊下の方を振り返ると、おもむろにその口を開いた。
「・・・今から戻って、謝ってきます」
「えっ・・・」
そして来た道を戻り始めるボロボロなメイド姿の魔王ヌル。
姉が何を考えて謝罪に戻ろうと思ったのか、妹のユキには分からなかったようだが・・・覇気の無い彼女の後ろ姿をそのまま見送る理由は無かったらしく、トラブルの匂いしかしない姉の後ろを、ユキは仕方なく付いていくことにしたようだ・・・。
もう、ダメかも知れぬ・・・。
何が駄目って・・・この本文自体は、昨日書いたものなのじゃ?
じゃが、今日見返してみると、あまりにも混沌としておって・・・もしかして、これまで書いた文も、やはり駄目なのではないかと、思ってしまったのじゃ・・・。
いや、ほぼ間違いなく駄目なんじゃがの?
・・・まぁ、それは今始まったことではない故、もうどうにもならないと諦めて貰えると助かるのじゃ。
そんな、覆水盆に返らず、どころではなくて、最初から盆の上に載っていなかった茶のようなボヤキは、この辺で切り上げて・・・。
今日の話の補足に入ろうと思うのじゃ。
今日は1・・・いや、2点ほど補足すべき点があるのじゃ。
その全てが、魔王に関する話なのじゃ?
まずのう。
紅玉を見ることの出来る『魔王』とは、一体どんな存在なのか、という話なのじゃ。
以前、人と魔族は、生まれた場所が違うだけで同じ種族、という話をしたと思うのじゃ?
それは、魔族の王である魔王も、そして人間側の国を治める国王も、基本的には同じなのじゃ。
じゃが、魔族の国家と、人間の国家には、明らかに大きな違いがあるのじゃ。
・・・・・・。
・・・やっぱり、書かないでおこうかのう・・・。
・・・うむ。
やはり、この件については、その内のネタにさせてもらうのじゃ。
ともかく、なのじゃ。
『魔王』という存在は、単純に魔族を統べる存在ではない、ということなのじゃ。
・・・その逆もまた然りなのじゃがの?
ちなみに。
では何なのか、という話についてのパーツは、これまでの物語の中で出揃っておるのじゃ?
この話は・・・恐らく8章か、7章の後半で語られるのではなかろうかのう?
というわけで、説明を放棄して次に進むのじゃ。
魔王たちが自分のことを特別な存在じゃと思っておる・・・ということは、元魔王であるユキ殿も同じく自分のことを特別じゃと思っておるか、という話なのじゃ。
これには、いろいろ複雑な事情があるのじゃが・・・結論から言えば、そうではない、ということになるかのう。
その内、機会があれば詳しく語ろうと思うのじゃが・・・ユキ殿の場合は、本来の魔王である姉のヌル殿という存在がおる故、少しばかり他の魔王たちとは異なる立場にあるのじゃ。
その上、カタリナ殿の下で医療を学んでおる点からも、彼女はレールを外れた位置におる特殊な元魔王なのじゃ。
それに、魔法も使えなくなっておるし、元々の性格が天ねn・・・いや、なんでもないのじゃ。
そんなこんなで、辛いものにしか眼のない元魔王のユキ殿は、自分が特別な存在じゃという自覚など、この世界に生まれた瞬間から持ち合わせていない、ということなのじゃ。
それこそが、ユキ殿がユキ殿たるアイデンティティーの一つなのじゃ?
てな感じで、あとがきを延々書いておったら、とんでもない時間になってしまったのじゃ。
というわけで、今日はここいらで御暇させてもらうのじゃ!
ドゴォォォォ!!......zzz




