7.6-08 赤い珠08
ヌルが眼を覚まして、両肩を粉砕骨折して・・・それからカタリナの治療を受けて、心の傷以外が全快してから。
「その子・・・随分と姿が変わったようですね。人間らしくなったといいますか・・・」
カタリナの治療が終わってベッドに腰掛けていたヌルが、トレジャーボックスの中に入れたシュバルを左腕であやしながら超高速でデータ整理を行っていたテンポに対して、おもむろに問いかけた。
それ自体は、些細な一言だったはずだが・・・
「・・・渡さないですよ?」ゴゴゴゴ
テンポはその身体から、目には見えない真っ黒なオーラを放ちながら、恐ろしげな視線をヌルに向けたようだ。
・・・ただし言っておくが、無表情はいつも通りである。
「いえ、要りません・・・」
「えっ・・・いらない子!?」
「言ってません・・・」
まるで呼吸するかのように、常に相手の揚げ足を取るように会話をするテンポに対して、どう対処していいのか困っている様子のヌル。
テンポには、まったく悪気はないので、普通に話せばいいだけなのだが・・・今回が、彼女とマトモに話す初めての機会だったヌルには、少々取っ付きにくい人物に見えたようである。
元は好戦的な魔王だったヌルなので、もしもコルテックスの一件が無かったなら、もしかすると彼女は『気に食わない』などと言ってテンポに突っかかっていくところなのかもしれないが・・・やはり、痛い目を見たせいか、彼女はそれ以上、反論するようなことは無かった。
面倒なら、関り合いにならなければいい・・・。
第一印象が最悪な状態とは、このことを言うのかもしれない。
・・・しかし、相手はテンポである。
ワルツの妹にして、彼女のことを虐げる(?)存在なのである。
そんな彼女のことを無下に扱うとどうなるのか・・・
「・・・もういいです」
「メイドのくせに随分態度が悪いですね?・・・カタリナ?折檻が足りなかったのではないですか?」
逆に絡まれるのである。
だが流石に、そんなテンポの行動は、カタリナの眼にも余るものだったようで・・・
「駄目ですよ?テンポ。ヌルさんが困っているではないですか」
と、釘を刺されてしまった。
「そうですか・・・。カタリナが言うなら仕方ありません。仕方ないので、代わりにユキ様にでも、八つ当たりをしておきますか」
「えっ、ちょっ・・・なんでボクなんですか?!」
「それは・・・可愛い後輩だからですよ?・・・別に、私たちの知らないところで、シュバルちゃんに対してミルクではないご飯を与えてるとか・・・関係ないですからね?」ゴゴゴゴ
「んぐっ?!(ば、バレてる?!)」
バレていないとでも思ったか、と言わんばかりのテンポの無表情を前に、内心でも、外見でも、冷や汗を掻いてしまうユキ。
先程、姉に重傷を負わせた件もあったので、彼女の心の中は、まさに針の筵状態だったようだ。
・・・まぁ、大体いつものことなので、深くは気にしていないようだが。
その様子を見て、いい気味だと思ったのか、それとも標的が変わったことに安堵したのか・・・。
ようやくベッドから立ち上がったヌルは、再びテンポに関わられることを避けるようにして、医務室の入り口へと足を向けた。
すると・・・
「あ、ヌル姉様?おかえりですか?なら送りますね」
その様子を見ていたユキが、姉のことを通り過ぎて、その先にあった扉を開いた。
「・・・いいのですか?随分、忙しそうでしたが?」
「えっとー・・・この建物、ヌル姉様も来るときにご覧になられたとは思いますが、迷路みたいになっているんですよ。姉様、帰り道は分かりませんよね?」
「いえ、そんなことは・・・」
そこまで言ってから、ここまで連れて来てくれたユリアが、やたらめったらと扉の横についたスイッチのようなものを連打していた事を思い出すヌル。
それが扉を開けるギミックだったということを、今更になって気付いた彼女は、ユキの提案を受け入れることにしたようである。
「・・・扉の操作方法が分からないので、お願いしましょうアインス。いえ・・・ここではユキと言ったほうがいいのでしょうか?」
「いえいえ。あまり気にしなくてもいいですよ?ユキちゃんでも、ユキ様でも、ユキエモンでも、好きなように呼んで下さい」
「では、アインスで」
「えっ・・・あ、はい・・・」
それから、ヌルは一旦後ろを振り向き・・・
「あの・・・カタリナ様方。お世話になりました。これ以上、皆様方の邪魔をしないよう、持ち場に戻らさせていただこうと思います」
と、カタリナたちに挨拶をした後で、ヌルはユキと共にその場を立ち去っていった。
そんな2人の後ろ姿が、自動ドアの向こう側に消えた後で、部屋に残っていたカタリナとテンポが・・・
「・・・ヌル様、『持ち場』には帰るようですが・・・国には帰らないのですね・・・」
「・・・恐らくコルテックスも、ヌルさんに帰ってもらいたくて、冷たく当たったのだと思いますが・・・思った通りにはならなかったみたいですね・・・」
・・・などといったようなやり取りをしていたようだ。
2人とも、ワルツ目当てにやってきただろうヌルに対しては、色々と懸念すべきことがあったようである・・・。
カタリナたちがそんなやり取りをしているとはいざ知らず、医療施設の中をエレベーターホールに向かって歩いて行くシリウス姉妹。
ヌルは、妹のユキに対して、色々と言いたいことがあったようだが・・・中でも一番言いたかったらしいこんな一言を、最初に口にした。
「ここは随分と・・・美味しそうなモノがあるようですね?アインス」
「えっ?医療用ガスバーナーですか?」
「・・・いえ。何のことを言っているのか分かりませんが、そちらではなく、私たち魔族の王が好物にしているもののことです」
「・・・申し訳ありません、ヌル姉様。おとぎ話などで出てくる人の『キモ』というものがどのような一品なのか、私には分かりかねますので、好物かどうかという話についてはお答え出来かねます。そういったお話は、恐らく水竜さまや飛竜さまの方がお得意かと・・・」
「・・・アインス。もしかして貴女、私が人の肝を好んで食べると思っているのですか?食べませんよ。昔は貴女もよく食べていたモノの話です」
「えっ?私が人を食べていた・・・?」
「・・・・・・はぁ」
いつまで経っても妹が理解しないような気がして、大きな溜息を吐くヌル。
一体どこで、妹の思考は、自分と大きくかけ離れてしまったのか・・・。
それを考えて、1秒絶たずに結論に辿り着いたヌルは、仕方なさそうに、何の話をしているのか、その品の名前を口に出した。
「・・・紅玉の話です」
「こーぎょく・・・・・・あ」
そして固まるユキ。
姉のその一言を聞いて、ようやくユキの頭の中から、ガスバーナーと肝の話が抜けて出て行ったようだ。
・・・むしろ、そこまで言われなければ分からなかった原因が、ユキにはあった。
「・・・今、思い出しました。申し訳ありません、ヌル姉様。ボク、カタリナ様に身体を作り変えられてから、紅玉や、魔力といったものを見ることができなくなっているのです」
と話すユキの言葉通り、彼女の眼は、コルテックスやテンポたちと同じような『デジタルの瞳』になっていたので、必然的に魔力を見ることができなくなっていたのである。
それは困るだろう、ということで、彼女は以前、カタリナから眼の交換を打診されたこともあったようだが・・・痛くて辛くて怖い思いをするのは嫌だったらしく、魔法が使えなくなっても構わない、と断っていたのだ。
身体を作り変えることで得られた力もあったので、彼女にとっては、魔法が無くても困ることは無かったのだろう。
それ以外にも、本来なら好物であるはずの『紅玉』のことを、ユキが忘れていたのには理由があった。
結論から言ってしまえば・・・ソレはユキの好物ではなかったのである。
『紅玉』が何であるかの話はひとまず置いておいて、魔王のような魔力に敏感な者たちが、『紅玉』を好んで口にするという話自体は本当のことであった。
だが実際には、ヌルのコピーとして作られたA〜Eのユキたちが、『紅玉』を口にすることは・・・殆ど無かったのである。
例えば、『紅玉』が、あるエリア内で一定量しか存在しないとして、そこに通常の6倍もの捕食者が存在したとすれば、単純計算では、1人あたりの消費量が1/6になってしまうことについては言うまでもないだろう。
だが・・・それを元々そこに住んでいた捕食者が潔しとするかどうかは、数式を超えた別の話なのだ。
・・・要するに、ヌルは誰にも言わずに一人で紅玉を独占して・・・・・・もう、これ以上は説明しなくても、詳細は分かってもらえるのではないだろうか。
とどのつまり、ヌルは、自分が好きだから、自身のコピーであるユキも好きなはず・・・そう考えていたのである。
まぁ、ユキも、紅玉の味をまったく知らないわけではなかったので、紅玉は好物ではないと、言い切ることは出来なかったようだが・・・前述の通り、好物だったわけでもなく、美味しい食べ物がある、程度の認識でしか無かったようだ。
・・・さて、そろそろ話を元に戻そう。
ユキの身体に起こった変化の話を聞いた姉のヌルは、残念そうな表情を浮かべながら、その口を開いた。
ただし、自身が妹たちに紅玉を渡そうとしなかったことについては棚に上げて・・・。
「そうでしたか・・・。記憶力に何か異常があるのか疑ってしまいそうでしたが、それなら仕方ありませんね」
「それ、つまり、ボクの頭がおかs・・・いえ、なんでもありません」
「それにしても・・・コレほどの数の紅玉。ワルツ様が放置しているのには、何かお考えでもあるのでしょうね・・・。勝手に食べたりすると、あとで叱られそうです」
「えっ・・・そんなにあるんですか?」
「はい」
ユキの言葉に首肯しながら、不意に何もない空間に手を向けるヌル。
そして何かを掴む素振りをして、胸元に引き寄せながら・・・彼女はこう言った。
「このフロアだけでも、20はありそうですね。余程、多くの人々が、この地で亡くなったのでしょう・・・」
そして、ユキには見えないその赤い珠に向かって、細めた視線を向けるヌル。
彼女の言葉通りなら・・・どうやら、新しく作られたはずのこの医療施設では、既に多くの人々がその命を落としていたようだ・・・。
これが言いたかったがために、ヌル殿をメイドにして、ミッドエデンに召喚したのじゃ。
水竜や飛竜たちでは、臆病すぎて、話にならぬからのう・・・。
・・・という設定なのじゃ?
まぁ、そんなことはさておいて、今日もやらねばならぬことがある故、早めにお暇させていただくのじゃ?
来週は、最大で2日ほど、書けぬ日があるやもしれぬからのう。
そのためには、ストックを用意する必要があるのじゃが・・・なんと驚くべきことに、残存ストック話数は0。
・・・丸でもオーでも無いのじゃぞ?
ゼロなのじゃ。
大体はいつもゼロ故、今更、驚くことでもないんじゃが・・・少しくらい、妾にも余裕が欲しいのじゃ。
というわけで、2話ほど早急に書かねばならぬのじゃ。
・・・え?教皇の『家に帰りたいから王都の地図がほしい』という質問についてはいつ答えるのか?
・・・いつか、のう。
まぁ、急がなくとも大丈夫じゃろう。
もういい加減・・・教皇のやつは、お星様になっておる頃のはずじゃからのう。
・・・主に、熱中症で。




