7.6-07 赤い珠07
それからカタリナの、言葉で表現するのも憚られるような折檻(?)を受けたヌルが、ただでさえ雪女だったせいで青白かった顔を、さらに漂白したような真っ白な色にして、まるで死体のように診察室のベッドの上で横たわった頃。
診察室を根城にするもう一人の人物が、木材と金属でできたトレジャーボックスを抱えながら、部屋へと戻ってきた。
・・・テンポと、その脇に抱えられたシュバルである。
どうやら彼女たちは、毎日恒例の散歩に出かけていたようだ。
ずっと建物の中に引きこもっているのではなく、定期的に太陽の光を浴びるべき・・・。
テンポはそう考えて、まだ赤子(?)のシュバルを、外へと連れ出していたのだ。
尤も、本来は土の中に潜んでいるだろう迷宮の子ども(?)に、日光浴の必要があるかどうかは不明だが。
まぁ、その話は置いておいて。
部屋の中に入ってきたテンポは、シュバルの定位置となっている診察台の上に、彼の入っているトレジャーボックスを置くと・・・近くにあったベッドに向かって、いつも通りのジト目を向けながら、口を開いた。
「カタリナ?コレは何ですか?」
「亡骸です」
「そうですか」
たったのそれだけの短いやり取りをしただけで、ベッドで眠るヌルから、興味を失くしたように視線を逸らすテンポ。
そんな彼女に対して、ヌルの妹であるユキが、何か言いたげな表情を浮かべていたようだが・・・結局、彼女は何も言わずに言葉を飲み込んでしまったようだ。
とはいえ、それは、元魔王であるユキであっても、常につっけんどんな態度を見せているテンポに話しかけるのが、非常に勇気のいる行為だったから・・・というわけではない。
テンポが、ワルツの妹で、コルテックスの姉である、という位置づけを考えて、何も言わずとも全てを把握しているのだろう、と考えた結果だったようである。
あるいは、テンポの身体の元となったのが、カタリナの体細胞であることを知っていたことも、その一因と言えるだろうか。
・・・ちなみに。
テンポがそのような行動に出たのは、シュバルにかまけていたために、本当にヌルに対して興味を失くしたからだった。
彼女にとってシュバルとは、姉妹にできた子どものような存在だったらしく、自分たちと姿・形・色は違えど、彼(?)に対して惜しみない愛情を向けていたようだ。
そんな彼女は、トレジャーボックスの蓋をゆっくりと開けて、その中から真っ黒な姿のシュバルを取り出すのだが・・・取り出されたシュバルは、1ヶ月ほど前までの形が定まっていない黒い影のような状態から、大きく姿を変えていたようである。
真っ黒い影のような見た目であることは未だに変わることは無かったものの、その形を変えて・・・まるで、人の赤子のような形に変わっていたのだ。
それはテンポの愛情がそうさせたのか、それともカタリナの面倒見が良かったせいか・・・。
少なくとも、ユキが、2人の眼を盗んで、彼に変なものを食べさせたことが原因・・・ではないはずである・・・。
「日に日に可愛くなっていきますね。シュバルちゃん」
「そうですね・・・。まるで本物の赤ん坊のようです」
カタリナとそんなやり取りをしながら、テンポが哺乳瓶でミルクを与えるのだが・・・ただ、シュバルは残念なことに、人なら口があるべき部分ではなく、頭と思わしき部分を縦に割って、そこに新たに口を作り、そこからミルクを飲もうとしていたようだ。
「あらあら、そんなに急いで飲まなくてもいいですよ〜?ちゃんと瓶を持っててあげるから、落ち着いて飲みなさいね」
そう言いながら、シュバルが飲みやすい角度に哺乳瓶を調整するテンポ。
すると・・・その様子を首を傾げながら見ていたユキが、おもむろに疑問を口にした。
「前から疑問に思っていたのですが、うn・・・排泄物はどこに消えているんでしょうか?」
普通の赤子ならオムツの中に貯まるはずのソレの事を考え、その行方について頭を傾げるユキ。
しかし、彼女の言葉通り、毎日ミルクを飲み続けているはずのシュバルからはソレが出てくる気配はまったく無く、それ故に、彼が身体を潜めているトレジャーボックスの中も、彼の身体も、汚れてしまうようなことは無かったのである。
そんなある意味、今更とも言えるようなユキの質問に対して、シュバルにミルクを与えているテンポの姿をすぐ隣から羨ましそうに眺めていたカタリナが返答した。
「そうですね・・・。確かに、それは気になるところです。このまま放っておいたなら、排泄できないシュバルちゃんの身体がいつかパンクしてしまうんじゃないか、って私も考えたことがあります。ですが、恐らくその心配は無いのではないでしょうか。迷宮の身体の中は、拡張された異次元空間のようなものなので、シュバルちゃんが食べたものなども、そこに貯まっているのでしょう。・・・とは言っても、私には、迷宮の身体がどのような作りになっていて、どんな仕組みになっているのかまでは分からないので・・・結局それも、推測でしかないですが」
と言いながら、嬉しそうで・・・そして悩ましそうでもある表情をシュバルへと向けるカタリナ。
その彼女の表情を見て、もしや・・・、と思ったユキは、再び疑問を投げかけた。
「えっと、もしかしてカタリナ様は・・・迷宮がどんな構造になってるのか調べてみたいとか思っていたりしますか?」
「無い・・・と言い切れば、嘘になるでしょうね。でも、流石に、シュバルちゃんの身体で調べる、などということはしませんよ?もしも解剖するなら・・・その辺の野原に出来た、野良の迷宮にしておきます」
「・・・なるほど」
運悪くカタリナに見つかった結果、解剖されるかもしれない哀れな迷宮のことを想像して、眼を細めてしまうユキ。
ただ、その犠牲が、所謂モルモット的な存在として、シュバルが病気になった際に少しでも役立つなら・・・とも考えたようで、ユキには迷宮の解体に否やは無かったようである。
・・・ちなみに。
迷宮研究の進んでいるボレアス帝国にある国立図書館の禁書管理室内には、迷宮の『解体新書』とも言える文献があったようだが・・・ユキはその存在をすっかり忘れているようだ。
まぁ、図書館のある首都のビクセン自体、壊滅的な被害を受けて、図書館もほぼ全壊している状態なので、今もなお書籍が無事かどうかは不明なのだが・・・。
ユキたちがそんな迷宮に関するやり取りをしながら、シュバルを愛でつつ、今日もマギマウスの遺伝子操作に関する実験の結果をまとめていると・・・真っ白になっていたヌルが、ようやく色を取り戻したようだ。
・・・要するに、眼を覚ましたらしい。
「うぅ・・・」
「あ、ヌル姉様!起きたのですね?」
「・・・・・・zzz」
そして、再び静かになるヌル・・・。
どうやら彼女が薄眼を開けた際、恐ろしいカタリナの姿と、何やら得体のしれない真っ黒な物体と戯れるテンポの姿が眼に入ってきたらしく、彼女は再び意識を失ったことにして、この危機(?)をやり過ごすことにしたようだ。
・・・まぁ、妹のユキには通用しなかったのだが。
「はぁ・・・安心しました。てっきり、精神に回復できないくらいの大きなダメージを負って、二度と眼を覚まさなくなるかと思いましたよ。カタリナ様のお怒りは凄まじかったですからね・・・。・・・あれ?駄目ですよ?ヌル姉さま。そんな狸寝入りをしても、ちゃんと分かってるんですからね?ここで眠る狸の獣人は・・・リアさん一人で十分ですから」
そう言ってから、
ガクガク・・・
と、姉の肩を揺するユキ。
その力は、ユキにとって、それほど大きな力ではなかったようだが・・・大型重機にも勝るとも劣らないサイボーグ化されている彼女の力は並大抵ではなかったようで・・・
バキバキ!
揺らされたヌルの肩からは、何の音かは分からないが、そんな破滅的な音が上がっていたようだ。
例え魔王とはいえ、その身体の構造は、生物の枠組みからそう外れたものではなかったのだろう・・・。
・・・結果、
「うぎゃっ?!」
思わず飛び起きようとするヌル・・・。
しかし、
「ようやく起きましたね。まったく心配しましたよ」バキバキ
何気なく肩に置かれていたユキの手の下からは、どんなに藻掻いても逃げられなかったらしく・・・
「や、やめ・・・!」
「いいではないですか?久しぶりの姉妹同士のスキンシップくらい・・・」バキバキ
「ぎゃっ!」
・・・っという声を上げることくらいしか、ヌルに抵抗の意思を表現する方法は無かったようだ。
どうやら、彼女の受難は、このミッドエデンにいる限り、しばらく続いていきそうだ・・・。
・・・眠いのじゃ。
何故眠いのかは・・・お察し下さいなのじゃ。
いや、別に、夜寝ないでゲームをしておったとか、そういう非生産的な行為をしておったわけではないのじゃぞ?
・・・まぁ、こうやって執筆しておることが、非生産的ではないかと問われれば、なんとも否定するのは難しいのじゃがの・・・。
それで、お察し・・・するのは難しいと思う故、眠い原因を説明すると・・・要するにちゃんと寝れておらぬからなのじゃ?
それもこれも、アメの実家に行って来たからなのじゃ。
車で片道・・・・・・5時間。
・・・朝っぱらから3件も立て続けに事故があって、高速道路が大渋滞だったのじゃ。
予定では、その半分の半分ちょっとの時間で到着するはずじゃったのにのう・・・。
そのせいで、昼に到着した故、外の気温が高くなりすぎて・・・鳥居を15%程度通過した辺りで、妾がおーばーひーとを起こして、限界を迎えてしまったのじゃ。
本当に、アメには申し訳ないと思っておるのじゃ・・・。
まぁ、それでも、ルシア嬢の方は満足しておったようなのじゃ?
稲荷ずしを、たらふく平らげておったようじゃからのう。
日本三大稲荷寿司制覇まで・・・あと一件とか言っておったのう。
まぁ、そんなわけで、今日は殆ど眠れておらぬ上、熱中症気味で具合も悪い故・・・眠いのじゃ。
じゃから・・・今日は、色々とサボらせてもらおうと思うじゃ。
その代わり、明日は頑張ろうと思うがの?




