7.6-02 赤い珠02
そして、ワルツが向かったのは・・・工房の下部に位置する六角形型をした王城代替施設のうち、テレサが演説をしていた場所の反対側にある、第4区画の議長室だった。
彼女がそこへと到着すると、そこには先客(?)の姿があった。
「アトラス様!イブのことを妹みたいに扱うのやめて欲しいかも?むしろ、お姉ちゃんって呼んで欲しいかもなんだけど?」
と抗議の声を上げる、犬の獣人のメイド(?)と、
「よーし、よーし!いい子だぞ?イブ。お姉ちゃんになりたいんだな?がんばれよ?応援してるぞ?」ワシワシ
と、彼女の頭を揉みくちゃにするアトラスである。
どうやらイブは、1ヶ月間、アトラスを自由にしていいという権利を行使中らしい・・・。
ただ、その見た目はむしろ、逆にイブのほうが、アトラスにイジられているようだが・・・。
「ちょっ・・・か、髪の毛がぐちゃぐちゃになるかも!?」
「何言ってるのよ・・・。クセ毛のくせに・・・」
「・・・ワルツ様、それダジャレ?」
「・・・言われて初めて気づいたわ」
アトラスの撫でに嫌がっている割には、やって来たワルツの発言に対して冷静に反応するイブ。
どうやらイブは、どんなに乱しても元に戻ってしまう自身の髪のことを思い出したようだ。
なお、やって来たワルツに反応したのは、何もイブだけではない。
この部屋の半分の主で、先程の通信では威勢のよかったコルテックスも、同様に反応を見せた。
「来ましたか〜・・・」
しかし顔は上げずに、議長専用デスクに両肘を付いて、頭を抱えている様子のコルテックス・・・。
「・・・どうしたの?貴女らしくない・・・」
「いや〜・・・悩ましいことが多すぎて、頭が重いんですよ〜。分かりますか〜?この頭の重さ〜」
「んー・・・確かフレームだけで42kgだったっけ?」
「今は42kg+心の重さなので、無限大ですよ〜?1/(+δ)ですよ〜?こんなにいらないので、半分、分けましょうか〜?今ならタダです。大安売りですよ〜?」
「発散してるのに、半分とか無いじゃない・・・。っていうか、タダでもいらないわ・・・」
「はぁ〜。お姉さまには理解できない繊細な心の重み、ってやつですね〜」
そう言うとコルテックスは・・・おもむろに天井の方へと眼を向けて、声を上げた。
「・・・ユリア〜?例のメイドをここに連れて来て下さい」
すると・・・
『承知しました』
と、1秒後に返ってくるユリアの声。
新しくなった議長室では、電信か魔信(?)を使って、少し離れた場所にあった情報局の局長室と、即座に会話できるようになっているようだ。
・・・と、まぁ、それ自体は、新しく建てた王城代替施設の機能そのものなのだが・・・新しく雇い始めたメイドというのは、どうやら電子や魔素の通信がどうこうという次元の話を超越した人物だったようで、ユリアが話し終えた1秒後には・・・
コンコンコン・・・
・・・議長室の扉を叩く音が響き渡ってきた。
尤も、無線機を持ったユリアと共に、扉か天井の裏で、呼ばれるまで待機していた可能性も否定はできないが・・・。
「・・・ずいぶん早いわね・・・」
「お姉さまにも見習って欲しいところですね〜」
「え?速度の話?」
「・・・ノックのことです。はいどうぞ〜?」
と、ユリアに声を描けてからノックの音がするまでの時間よりも長いやり取りを姉としてから、声を上げるコルテックス。
すると、その声を聞いて・・・
ガチャッ・・・
「・・・失礼します」
まさに恭しいという言葉がぴったりな様子で、新しいメイドが1人、議長室の中へと入ってきた。
身長はカタリナたち長身組と同じくらいなので、170cm前後といったところだろうか。
「・・・彼女が件の新しいメイドですよ〜。とても仕事が丁寧で、将来有望のメイドさんです」
「さっきまで言ってたこと違うじゃない・・・」
「だから、言ったではないですか〜。私の大切な『隠れメイド』の趣味を、台無しにしてくれたハイスペックなメイドだと〜・・・」
「・・・・・・はぁ」
コルテックスの趣味の話を聞いて、大きな溜息を吐くワルツ。
ただ、その溜息は・・・何もコルテックスの発言によるものだけが原因ではなかったようだ。
それは・・・どうやらイブも同じだったようである。
「んー・・・この人、どっかで見たことがある気がしなくもないかも・・・しれないかも?」
「ん?イブの知り合いか?」
「ううん。見たことがあるっていうだけで、直接のつながりは無いかもなんじゃないかなー?思い出せないし・・・」
「そうか・・・」
アトラスも、そしてコルテックスも、知らない人物。
逆に、ワルツとイブが知ってる人物で、メイドとなれば・・・だいたい限られてくるだろう。
するとそんな折、イブに半ば姿を忘れかけられていた新しいメイドが・・・何故か、プルプルと増えながら、その口を開いた。
・・・ただし、忘れていたイブに対してではなく、ワルツに対して。
「・・・わ、ワルツ様・・・!ご無沙汰しておりました・・・!」ぶわっ
そして彼女は・・・まるで離れ離れになっていた恋人を見つけたかのように、一歩二歩とワルツに向かって駆け出し、そして抱きつこうとして・・・
ドゴォォォォン!!
・・・相当な勢いで、無垢の超合金板に顔から沈み込んでしまったようだ。
彼女が何故、急に転んでしまったのかについては・・・これまでの前例があるので、言うまでもないだろう。
「なんでこんなところに魔王がいるのよ・・・」
「え〜?私のことですか〜?」
ワルツの呟きに、どういうわけかコルテックスが反応していたようだが・・・ワルツはそれを軽く無視して、床に沈み込んで痙攣していた魔王・・・ヌルに対して問いかけた。
「貴女、自分の国で、王座に戻ったはずよね?」
すると、ワルツが重力制御を解いた瞬間に、ヌルは、ガバッ、と勢い良く起き上がると、ぶつけたせいで真っ赤になっていた顔を、それとは違う理由で紅潮させながら、ワルツの問いかけに返答する。
「国の政は放りn・・・妹たちに任せてきました!」
「・・・今、何か聞こえt・・・」
「妹たちに任せてきました!」
「・・・そう」
「ワルツ様のことが忘れられず、日々、寂しい思いをしながら、夜な夜な枕を濡らす日々。もう耐えられないと思い、仕事のすべてを妹たちに放り投g・・・任せて、遠路遥々、海を凍らせながら愛馬で駆けて、ここまでやって来たのが・・・今から3週間前のこと」
「えっ・・・」
「それから街に入って、どうやってワルツさまに近づくかを考えあぐねていると、丁度、スイーツコンテストなる催し物が開催されていましたので、そこでボレアス氷を振舞っていたら、何故か入賞して・・・。そして気づいたら、新しくできる施設のメイドとして採用される権利を運良く獲得しまして、現在に至る、というわけです」
「・・・つまり、私たちがボレアスから帰ってから、ほとんど間をおかずに追いかけてきたってこと?」
「ほとんどではありません。当日です」
「それ、枕を濡らす暇なんて無いじゃん・・・」
「いえいえ、当日は本当に枕を凍らせましたよ?硬すぎて寝れませんでしたけどね」
と、冗談なのか本気なのか、嬉しそうに説明するヌル。
それから彼女は・・・
「・・・ふっふっふ・・・。これで、ワルツ様とのバラ色の日々が・・・」
などと口にして、引き気味の表情を浮かべたワルツに、怪しげな笑みを向ける・・・のだが、ここが議長室であることが、彼女の運の尽きだったようだ。
「ふっふっふ〜。遂に正体を現しましたね〜?古き魔王よ〜。ここが誰の部屋で、そして誰が治めるの国なのか〜・・・貴女は知っていますか〜?お姉さまではないのですよ〜?」ゴゴゴゴ
と、ニッコリとした笑みを浮かべながら、怪しげな気配を出しつつ問いかけたコルテックスに対して、
「ん?この期に及んで、人間の国の王ごときが、魔王である私に楯突こうと言うのか?愚かな・・・」ゴゴゴゴ
本来の魔王のものともいうべき、恐ろしげな表情を浮かべるヌル。
そんな二人が対峙して、殺伐とした雰囲気が議長室に立ち込めてきたことを感じたワルツたちは・・・
「・・・さーて、ちょっと用事を思い出したから、私、帰るわね」
「・・・あれ?奇遇だね、ワルツ様。イブもお買い物に行かなきゃならないの忘れてたかも」
「・・・よし、イブ。一緒にいこうか」
「・・・来なくていいかもだし・・・」
とそれぞれそんなことを口にしながら、その部屋を、そっと後にしたようだ。
その後で、議長室からは何やら爆音が響いていたようだが・・・新しい施設が揺れたり、壊れたりするようなことが無かったのは、やはりルシア製の鋼板で作られていたからだろうか・・・。
予定調和なのじゃ〜?
殺伐としておるがの〜。
てなわけで、ヌル殿が湧いて出てきたのじゃ。
その結果、ボレアスがどうなっておるのかは・・・どうなっておるんじゃろうのう?
その辺の話は、追々していくのじゃ。
それで、なのじゃ。
この施設の名称なのじゃが・・・もう暫く先で出てくる予定なのじゃ?
この時点ではワルツたちも何という名前にするかは考えておらぬのじゃ。
彼女たちにとって、『工房』は『工房』じゃからのう。
・・・ただ、王都民にとっては、『王城』に変わる名前が必要なのじゃ。
それを決めるのが・・・いや、なんでもないのじゃ。
・・・はぁ・・・もう駄目かも知れぬ・・・。
眠いのじゃ・・・。
夕食を取ったのがついさっきで、そのせいで血中糖度が上昇して満腹中枢が以下略なのじゃ・・・。
てなわけで、今日はこの辺で御暇するのじゃ!
・・・え?361部目に余計なものが追加されておる?
そりゃ・・・まぁ、気のせいなのじゃ!




