7.6-01 赤い珠01
それからさらに3週間が経った頃。
王都の中心部には、ようやく・・・と言うよりは、超速とも言うべき速度で完成した真っ黒な王城代替施設の姿があった。
内部の細かい装飾までが完成したわけではないが、ほぼ王都の人々の力だけで設備の全てが使えるほどに短時間で建設が進められたのだから、奇跡的な速度と言っても過言ではないだろう。
そんな施設では、今日から正式に業務が再開することもあって、正門から入ったすぐのところにある第一区画の大ホールで、施設職員に対するテレサの演説が行われていた。
『・・・水平対向12気筒エンジンは不慮の事故により残念ながら産声を上げる前に失われてしまったのじゃが・・・その代わりに、複列星形18気筒エンジンの基礎設計が完了したのじゃ!今度はVGターボ搭載で、低速回転から高速回転までフラットなトルク特性になっておるのじゃ?これを、製造するために、再びお主らの力を借りたいのじゃ!』
『うぉぉぉぉ!!』
・・・ただ、その内容は、新しい施設の落成式とはまったく関係のない話だったようだが・・・。
まぁ、皆、熱狂しているようなので、問題は無いのだろう・・・。
一方。
その施設の上部に建設されていたワルツたちの新しい工房も、徐々にその稼働率を上げていたようである。
地上から数えて、およそ60階に位置していたMEMS生産設備では・・・
「・・・どうかしら?エネルギア。新しい身体の調子は?」
と、今までは、真っ黒なミリマシンで身体を構成していたはずのエネルギアに対して、その調子を問いかけるワルツと、
『うわー。本物の人間みたい!』
一見すれば普通の人間にしか見えない少女エネルギアの姿がそこにあった。
どうやら彼女は、ワルツの新しい設備の恩恵を受けて、外見のリアルさを獲得するのに成功したようだ。
「でも、気をつけてね?そのマイクロマシンは、今までのミリマシンを単に小さくして、ホログラムの機能を付けただけだから、素子単体の移動速度は1000分の1に落ちてるはずよ?そんなわけだから、素子だけで流動的に移動するっていうのは、今まで通りには行かないはずだから・・・」
『んー、じゃぁ、試してみる』
すると、指先から液体状に見えるマイクロマシン群を分離して・・・そして床に垂らすエネルギア。
その結果・・・
『遅っ!?』
今まで毎秒1m程度の速度で動いていたミリマシンたちに対して、マイクロマシンたちはその1000分の1の速度・・・つまり、毎秒1mm程度の速度でしか動けなくなっていたようである。
ミリからマイクロへと1000分の1のサイズになっているのだから、相対的な大きさを考えれば、しかたのないことと言えるだろう。
「うん、つまりそういうこと。本当はリアルさを追求してナノマシンにしてあげたかったんだけど、そこまで小さくしたら、移動速度的な問題で、船体の修復に問題が出そうだから今回は見送ったのよ。いつまで経っても、修復現場に到達できないとか、何のための修復用素子か分からなくなるじゃない?」
『えっと、これで充分だと思う!ありがとうお姉ちゃん!』
ワルツが難しくて、そして耳の痛いことを言い始めたので・・・エネルギアはキリの良い所で、会話を切り上げることにしたようだ。
「あ、そうそう。これからは、ちゃんと服は着t・・・」
『じゃぁ、剣士さんのところに見せに行ってくるね!』ズサッ
「・・・服は着てね?・・・エネルギア・・・」
しかしワルツの言葉を最後まで聞かずに、裸のままで走り去っていくエネルギア・・・。
どうやら彼女は、人間の恥じらいというものについて、学ばなくてはならないようだ・・・。
「ま、いっか」
エネルギアのうしろ姿を見送ったワルツは、それから彼女のことについて深く考えるのを止めて・・・近くにあった一辺が1mほどの透明な四角い容器の中に入った極彩色の液体のようなものに、細めた視線を向けた。
それは、先程、意気揚々と走り去っていたエネルギアの新しい身体を構成していたマイクロマシンの残りであると同時に・・・今から4週間ほど前に判明した、遺伝子操作済みのマギマウスの脱走事件に対処するための代物でもあった。
これをサウスフォートレス南部にバラ撒いて、プログラムした通りに、遺伝子操作されたマギマウスをその体内から襲い、彼らを残らず死滅させる・・・。
それを考えたワルツは、自らマギマウスを処分しなかったことについて、後悔の念を抱いていたようだ。
彼らを島送りにせず、しっかり処分していたなら、処分する総数は、実験に使ったマギマウスと同数で済んだかもしれないのだが、対策が後手後手に回ってしまったために、自然繁殖して増えた分の新しい命までも奪わなくてはならなくなっていたのである。
ただでさえまったく罪の無いはずのネズミたちの、その子孫まで余計に殺めなくてはならない・・・。
それが、一体どれだけの罪の意識に苛まれることになるのか・・・筆舌に尽くしがたいとは、まさにこのことを言うのだろう。
(・・・でもヤらずに放っといたら、国中の皆が困るだろうし、近いうちに犠牲者も出ちゃうだろうから・・・)
そんな彼女のその考えは・・・しかし、数週間前における情報を元にした楽観的な推測でしか無かった。
コルテックスによる無線通信設備の普及政策が進んでいるとはいえ、辺境の村々までは、未だ充分に行き渡っていなかったのである。
転移魔法を使った伝達手段もあるにはあるのだが・・・広い地域に渡って点在する全ての村や集落への情報伝達は、魔力的なコストが高かった上、そもそも転移魔法を使える者が殆どいなかった時点で、非現実的なことだったのだ。
まぁ、それだけが問題なら、最悪、ワルツ自身が直接ひとっ飛びして、直接情報収集に向かえばいい話である。
だが、彼女は・・・まるで臭いものに蓋をするかのように、サウスフォートレスの南部で何が起こっているのか、積極的に調べるようなことはしなかったのだ。
結果、彼女の耳には、4週間前に自らサウスフォートレスの南部に調査に出向いた時から今日までのマギマウスに関する情報が、まったく入ってきていなかったのである。
・・・マギマウスを処分しなかった件を、彼女は本当に後悔しているのか・・・。
甚だ疑問である、としか言いようが無いだろう・・・。
・・・ともあれ。
ようやく重い腰を上げたワルツは、おもむろに自身の無線通信システムを起動した。
通話の相手は・・・この国の情報と政治の管理を一手に引き受けているコルテックスである。
いよいよマギマウスたちをどうにかする準備が整ったので、ワルツはようやく情報収集をする気になったらしい・・・。
『コルテックスー?生きてるー?』
と、コルテックスに対して問いかけるワルツ。
対してコルテックスからの返答は・・・どういうわけか、マシンガントークという形で、直ぐさま戻ってきた。
『・・・哲学ですか〜?ホムンクルスが生きてるかどうかの議論は、おそらく当事者であるホムンクルス自身ができるものではないと思いますよ〜?生きてるかどうかという判断については、基本的に、外部から、その生物を観測する者の主観的な判断に任せられることが多いですからね〜。自分が生きてると主張しても、誰も認めてくれなければ、単なる戯言にしか過ぎないってことですよ〜?・・・だからそう言った無意味な質問は聞かないで欲しいですね〜』
『・・・なに言ってるの?』
『嫌味ですよ〜?それで、何の用ですか〜?忙しいんですけど〜』
と、どこか刺々しい様子のコルテックス。
どうやら彼女は、ご立腹状態らしい・・・。
『・・・何かあったの?』
『何かあったの、じゃないですよ〜?施設が大きくなったから、新しいメイドを追加で雇おうと思って、募集を出してみたら〜・・・何か変なのが来たんですよ〜?これ、お姉さまが私に対する嫌がらせとして仕組んだんですよね〜?それに、名目GDP(国内総生産)が低下した件も〜・・・』
『いや、GDPの件は前に言ったじゃない。急激な経済活動の変化は、バブル経済の原因になったり、貧富の格差の拡大につながったりするから、財産を共有する共産主義とかの社会主義国家でもない限り、大変なことになるって・・・。一応、ウチの国、建前上は民主主義国家で資本主義なんだから、その辺、ちゃんと考えなさいよね・・・。っていうか、メイドって何?』
『この期に及んでしらばっくれますか〜?お姉さまやユキ様の名前を語って、無理やりメイドの審査をパスした、やたらめったらスペックの高い新しいメイドのことですよ〜?私の大切な趣味を台無しにしたあんなBBA、どこで見つけてきたんですか〜?!』
『は?え?ちょっと、何ってるか分からないんだけど・・・』
『・・・いや、まさかとは思うのですが〜・・・本当に知らないのですか〜?』
『うん、知らない』
『・・・・・・』
威勢よく良く言ったものの、ワルツが本当に知らなかったために、無線機の向こう側で恐らく首をかしげているか、頭を抱えているだろうコルテックス・・・。
その結果、ワルツは・・・
『・・・まぁ、いいわ。なら、今から直接そっちに様子を見に行くわね。色々と聞きたいこともあるし・・・』
と言ってから無線機を切って、その言葉通りにコルテックスの元へと直接出向くことにしたのであった・・・。
安定のコル、なのじゃ?
いや、不安定とも言うかも知れぬがの?
というわけで、新章(?)が始まったのじゃ。
まだ王都の中の出来事ゆえ、7章のままじゃがのう。
ただ、ここまでの7章とは違って、内容は大きく変わっていく予定じゃから、もしかするとナンバリング的にも変えても良かったかも知れぬのじゃ。
・・・まったく変える気は無いがの。
さて・・・。
先週、王都の子どもから受けた質問に答えようと思うのじゃ。
質問の内容は・・・『エネルギアの内部構造について』。
じゃがのう・・・内部の構造を細かいところまで考えるというのは、すぐに出来なかった故、とりあえず外見だけ描いてみたのじゃ。
ただ流石に、1話目のメンバー紹介に書くわけにいかなかった故、361話前後にある『メンバー紹介(7.0章まで)』に追加させてもらったのじゃ。
詳しくは、そちらを御覧ください・・・的な感じなのじゃ!
というわけで、言葉で説明することを完全に放棄したところで・・・次の質問。
『・・・儂はのう。子供の頃からこの王都に住んでおるんじゃが・・・最近、物忘れが激しくてのう・・・。だから、王都の町の作りについて、教えてもらえんかのう?そうでないと、家に帰れんのじゃ・・・』
・・・妾でもアメでも水竜でもなく、国教会教皇からの質問なのじゃ?
・・・教皇のやつ・・・もう駄目かもしれんのう・・・。




