7.4-26 王都のお祭り26
「む・・・?心に負った傷が大きすぎるせいか、部屋が傾いておる気がするのじゃ・・・」
スイーツコンテストで、審査員たちから受けた心無い一言(?)にダメージを受けた後、王城の議長室まで戻ってきて、寝転がってもお釣りが来るほどに大きすぎるソファーで不貞寝をしていた様子のテレサ。
そんな彼女が夜になって、ふと眼を覚まして・・・そして議長室の中に明かりをつけてみると、そこは異世界・・・というのは当たり前として、部屋全体が傾いているような・・・そんな違和感に襲われたようだ。
「ケーキ(?)を試食した際、少し混ぜておった果実酒に酔ってしまったかも知れぬのう・・・。しっかし、あやつら・・・後でコルに頼んで、しゅくせーしてもらうのじゃ!」
少しふらふらするような、あるいは世界が揺れているような・・・そんな感覚に囚われながら、テレサはデスクにあった水差しから、ぬるくなっていた水をコップに開けて、口の中へと流しこんだ。
それから彼女は、何故か部屋の片隅へと移動していたタイヤ付きのリクライニングシートに座ると、勝手に滑っていきそうなその座席を押さえて、どうにか議長室の自分の机に張り付こうとするのだが・・・。
その際、手を引っ掛けていたデスクの引き出しを不意に開けてしまう。
「・・・ん?なんじゃこれは・・・」
何やら見慣れない分厚い封筒が、引き出しの中に入っている事に気づいて、頭を傾げるテレサ。
「もしや・・・これが、世に聞くお年玉・・・というやつかのう?」にやり
ワルツやコルテックスからたまに聞く、彼女にとっての異世界である現代世界。
そこで行われている風習の話を思い出して、テレサは口元を釣り上げたようだ。
・・・まぁ、可能性の話をするなら、現代世界では絶滅危惧種になってしまったラブレターの可能性のほうが高いはずだが・・・。
ちなみに、この世界で流通している貨幣に、紙幣は存在しない。
なので、もしもお年玉として中に入っているなら、小切手のような紙切れ1枚だけのはずだが・・・その場合、複数の小切手を入れる意味は無いので、分厚くなることはありえないだろう。
むしろ、請求書の束、と言ったほうが、現実味はあるのではないだろうか。
・・・しかし、封筒の中身は、小切手でも、ラブレターでも、そして請求書の束でも無かったようだ。
「・・・超薄型モニター?」
封筒を逆さにした結果、大量に出てきた紙の束を見て、そんな感想を口にするテレサ。
その紙には、知り合いの顔や、見知らぬ景色が事細かく描かれていたようで・・・彼女にはその紙が、エネルギアの艦橋の壁に設置されているような高性能モニターのように見えたようだ。
・・・なお、言うまでもないことだが、この紙は写真である。
「机の中にこんなものを入れたのは・・・コルじゃな?」
どうやらテレサは、写真を置いたのが・・・執務の合間に、いつもよく分からない魔導系の道具を開発している、自身と同じ姿をしたホムンクルスの仕業、であると思い至ったようだ。
それから彼女は、写真へとゆっくり眼を通していく。
「・・・んー。見たままの景色を切り取る・・・たしか道具の名前は、カメラ・・・と言ったかのう?差し詰め、コルが、見た景色でも切り取ったのじゃろう。・・・それにしても、アトラスやイブ嬢の妙な表情ばかりが切り取られておるのは、どうしてなのじゃろうか・・・」
赤い紐で縛られ、身動きの取れない状態でホルスタイン・・・もといミノタウロスと戦っている様子のアトラス。
洞窟の中をビクビクとした様子で歩いていたところを、後ろから驚かされたせいか、全身の毛を逆立てながら・・・言葉に言い表せないような凄まじい表情をカメラに向けるメイド姿のイブ。
その他、武具屋と思わしきところで剣に恍惚な表情を向けるシラヌイや、何を食べたのか口の周りを真っ赤に染めている飛竜など・・・先のコルテックスの休暇に付いて行った者たちの表情が、景色と共に切り取られている写真を眺めて、テレサはその眼を細めた。
「・・・次に行くときは、妾も行きたいものじゃのう・・・」
今回はコルテックスの休暇ということもあって、本人も影武者(?)も同時に休みを取るわけにはいかなかったので、テレサは王都で留守番をしていたわけだが・・・写真に映る変顔の仲間たちの姿を見て、自分も行きたかった、と思ってしまったようだ。
と、そんな時。
ガチャッ・・・
ノックもなく、部屋の中のクローゼットが開いて、その中からユリアが現れた。
どうやら彼女は、クローゼットの奥で繋がっている情報部のある部屋からやって来たらしい。
「ん?ノックも無しとは・・・随分と不躾ではないかのう?ユリア」
現れた彼女に対して、当然の質問をぶつけるテレサ。
・・・そう。
ここは、この国のトップである国家議会議長の部屋なのである。
普段から不躾な行動が標準のワルツや、一部の傍若無人な仲間たちを除けば、何人たりとも失礼があってはならない(?)特別な部屋と言っても過言ではないだろう。
まぁ、対外的には、の話だが・・・。
しかし、そんな部屋の主人が冗談半分に凄んだにもかからわず、ユリアはまったく気にかけることなく・・・どういうわけか、逆に声を上げた。
「な、何やってるんですか!」
「・・・えっ?」
何やってるって・・・議長やってるのじゃ?、と言おうかどうかを悩んで・・・しかし、それを口に出すことなく、首を傾げるテレサ。
彼女が口を噤んでしまったのは、ユリアのその様子が、妙に慌ただしいものだったからのようだ。
「王城にはもう誰もいないんですよ!?テレサ様も早く!」
「・・・は?」
「いいから!」
そう言ってユリアが、テレサの手を掴もうとした時の事だった・・・。
ズズズズ・・・
テレサの座っていたリクライニングシートが、ゆっくりと横方向へスライドを始めたのだ。
「・・・!このシート、電動式だったのじゃな・・・。いつの間に改造しおった、コルめ・・・」
「はぁ?何言ってるんですか。ともかく、ほら!」
そしてユリアは、半ば無理矢理に、テレサの手を掴んだのである。
「なんか・・・懐かしいのう。こうしてユリアに手を取られるというのは・・・」
「ダメですよ、テレサ様!そんなフラグみたいなことを言ってると、本当に死にますよ?」
「・・・えっ?一体何が・・・」
そしてテレサが、ユリアに手を引かれる形で、椅子から立ち上がった瞬間だった。
ゴゴゴゴ・・・!!
王城全体が明らかに傾いて、議長室の中にあった全てのものが横へとズレ動き始めて・・・。
そこでようやくテレサは、事態がとんでもないことになっているのだと気付いたようである。
「・・・!?」
「はぁ・・・。ちょっと、失礼しますよ?」
ユリアはそう言ってテレサを・・・リアルお姫様抱っこすると、幻影魔法のような謎魔法を使い・・・
ドゴォォォォン!!
と遠慮無く、テラスに繋がる窓を吹き飛ばし、自身の背中にあった真っ黒な翼を使って、外へと飛び立った。
「・・・?!」
「えっと・・・何か、さっきから驚き過ぎじゃないですか?」
「いや、何が起こっておるのか、サッパリ分からぬのじゃ!まさか、アレではなかろうな?一国の姫を城から連れ去るやつ・・・」
「んー・・・ちょっと何言ってるか分かりませんが、大体そんな感じかも知れないですね。まぁ、見てくださいよ」
そう言って、空中でホバリングし、今さっき飛び上がってきた王城の方を振り返るユリア。
するとそこでは・・・
ゴゴゴゴ・・・
と、砂埃を上げながら崩壊していく王城の姿が、空に浮かぶ大きな月に照らし出されていた・・・。
所々で見え隠れしている緑色の大きなパイプのような物体が、崩れていく王城に食い込んでいるところを見ると・・・どうやら、王都近くに生えた巨大な植物の根が、王城を破壊してしまったようだ。
「・・・・・・」
その姿を見て、言葉を失っている様子のテレサ。
そんな彼女に対して、ユリアは・・・
「・・・心中お察しします」
余計な言葉を口にすることなく、短くそう呟いた。
まぁ・・・
「ん、んなっ?!せ、せっかく作った、水平対向12気筒12000cc魔導ターボエンジンが台無しになってしまったのじゃっ!B12じゃぞ?B12!しかもターボ!」
「はあ・・・」
・・・どうやらテレサは、王城が崩れてしまったことに自体に対しては、ショックを受けていないようだが・・・。
それから地上へと降りてくる際、ユリアから、王城内にいた市民たちや職員たちの待避は完了していることを知らされたテレサ。
ユリアの話を聞く限り、どうやらテレサは、ソファーにすっぽりと隠れて寝ていたため、避難を呼びかけに来た誰にも気づかれることなく・・・そして気づくこともなく、眠り続けていたらしい。
だが、眼を覚ました際、部屋の明かりをつけたことで、避難の最終確認をしていたユリアの眼に止まり・・・そして、運良く助けだされたようである。
運が悪かった、と言うべきなのかもしれないが・・・ケガをすることもなく脱出には成功したので、結果としては運が良かったと言えるだろう。
「はぁ・・・。我が家が無くなってしまったのじゃ・・・」
王城の中庭の地面に降りてから、崩れてしまった王城の姿を見て、大きな溜息を吐きつつ、肩をがっくりと落とすテレサ。
空中から見たのでは現実味がなかったためか、今になって精神的なダメージに襲われているようだ。
そんな彼女に対して、最初に声を掛けたのは・・・こうなってしまった原因であるワルツであった。
「・・・ごめん。テレサ・・・。多分、原因は私だと思う・・・」
「・・・どうしてワルツが謝るのじゃ?」
「あの大きな植物の種なんだけど・・・多分、私がボレアスから持ち帰ったやつだと思うのよ。でも、どこかで無くしちゃって、それが芽を出しちゃったみたいなのよね・・・。ホント、ごめん・・・」
「そういうことだったのじゃな・・・」
テレサはワルツの告白を聞いて、納得したような表情を浮かべた後・・・しかし、彼女の責任を追求するような発言をすることなく、こんなことを口にした。
「・・・ということは、つまり、新しい城を建てる、ということじゃな?」
「うん・・・。元通りにするつもり・・・」
テレサの言葉に『当然じゃろ?』という副音声が含まれているような気がして、彼女と同じく肩を落としながら、返答するワルツ。
するとテレサは、どういうわけか首を振ってから、こう口にした。
「いや、この際じゃから、元通りでなくても良いのじゃ。別に元の城の形に未練があるわけでも、思い入れがあるわけでもないからのう。それに・・・一度は自ら抜けだした城なのじゃ。どうするかは、ワルツに任せるのじゃ!」
「・・・本当にいいの?」
「・・・妾の個人的な部屋と、趣味の部屋と・・・できれば自分専用の工房があると助かるかのう?」
「えーと・・・それは多分、問題ないと思う・・・」
そう言ってお互いに苦笑を浮かべるテレサとワルツ。
テレサの場合は、もしかすると、苦笑ではなく・・・純粋な笑みだったのかもしれない。
「・・・そう。じゃぁ、早速、今から再建を進めさせてもらうわね?」
「えっ・・・。随分と仕事を急ぐようじゃのう?」
「んー、色々と問題があるのよ・・・コルテックスの部屋とか、コルテックスの部屋とか、コルテックスの部屋とか・・・」
「・・・つまり、実質的に、コルの部屋を吹き飛ばした事になる故、あとでコルからの仕打ちが怖いのじゃな・・・」
「・・・うん」
と、2人がそんなやり取りをしていると、遠くの方から・・・
「・・・お姉さま〜」
ニッコリと微笑みながら、ボロ雑巾のようになったアトラスを引きずりつつ、2人の方へと近づいてくる件のコルテックスの姿が見えてきた。
その後ろを、メイド姿のイブが、何か抗議の声を上げながら付いてくるのはどうしてだろうか・・・。
「うっわ、やっば!・・・んーじゃ、そういうわけで、コルテックスの対応は、テレサに任せたわね?」
「えっ・・・い、いや、それはいいのじゃが・・・」
「じゃ!行ってくるわ!」
そして、その場からソソクサと退散していくワルツ。
「・・・まったく、ワルツには困ったものじゃのう・・・」
それから、急いで逃げていったワルツの後ろ姿を見送ってから、コルテックスの魔王のような恐ろしい微笑みを正面から受けつつも、それをどうにか往なして・・・。
テレサには、夜が深まっても、コルテックスの他に、王都民たちへの対応や、職員たちの安否確認など、残業のような仕事が山のようにあったようだ。
・・・だが、そんな彼女の表情に、笑みが絶えることが無かったのは・・・きっと、写真の中で同じように笑みを浮かべていた仲間たちの姿が、今は自身を取り囲むようにすぐ近くにあったから、ではないだろうか・・・。
もう、7章はここで終わりでいいかのう・・・。
むしろ、これから書こうとしておる話が、コルの休暇やスイーツコンテストとは、大きく関係ない故、章を分けてもいいかと思っておるのじゃ。
ただ、一点懸念があるとすれば・・・しばらくは、ミッドエデン国内の話が続く、ということなのじゃ。
それを考えれば、7章のままでもいいかと思うのじゃ。
・・・まぁ、次回からは8章でよいか。
そんなわけで、今日も補足に入るのじゃ。
・・・多分、無いのじゃ?
妾の熱い趣味の話を書いても仕方あるまい?
というわけで、質問に答えるコーナーに突入しようと思うのじゃ。
前回の狩人殿からの質問は・・・サウスフォートレスの歴史について。
サウスフォートレスの成り立ちについて語って欲しいと言う話じゃったから、てきとーに書いていこうと思うのじゃ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その大昔、まだミッドエデン王国ができる前の話。
後にサウスフォートレスと呼ばれる町が作られる場所には、広大な森が広がっていたのじゃ。
所々に川が流れる以外に、見渡すかぎりの深緑の森。
そんな場所に、ある日、アレクサンダーという名の、猫の獣人の青年が入植したのじゃ。
彼は・・・正直な話、村八分にあって、近くの村・・・アルクの村(の前身の村)から、森に入ったのじゃ。
昔の日本で言う、島流しみたいなものかも知れぬのう。
ちなみに、村八分に遭った理由は・・・隣の村の女子に手を出したから・・・つまり、不倫をしたからだったようじゃ。
まぁ、詳しい話は知らんがのう。
そんな彼には、特殊な才能があったのじゃ。
・・・土魔法を巧みに操ることのできる能力。
果たして彼が、魔力特異体だったのかどうかは分からぬのじゃが・・・いずれにしても彼は、その魔法を使って、森の中で、自分と一緒に村八分に遭った不倫相手と共に、『楽園』を作り上げたようなのじゃ。
村を取り囲むように、ヘルチェリーを始めとした果実のなる木を植えて、魔法で畑を耕し、近くの川から人工的に水路を引いて畑の用水とする・・・。
その結果、村八分にされたはずの彼の作った集落へと、その住みやすさを聞きつけた人々が、周りの集落から徐々に流入し、比較的大きな村へと短時間で成長していったようじゃのう。
ここまでは、どの世界においても、よくあるパターンの村の興りなのじゃ。
・・・じゃがのう。
いつの時代も、この世界では、領地を巡る争いが繰り広げられておったのじゃ。
しかも、この当時は、人間側の国と魔族側の国を隔てる真っ赤なマグマ・・・所謂『大河』がなかった故、今とは比べ物にならないほどに、頻繁に戦争が起こっていたようじゃのう。
結果、アレクサンダーの興した村は、当然のごとく戦果へと巻き込まれてゆくのじゃが・・・その話は次回へと回そうかのう?
・・・つ、疲れたのじゃ・・・。
全てを書き終わるのは、いつになることやら・・・。




