7.4-09 王都のお祭り9
『鶴』の読み方を『クレイン』に変更したのじゃ。
まぁ、『クレーン』いい気がしなくもないのじゃが、マジョリティーを採用することにしたのじゃ?
「・・・どこかに除草剤は無かったでしょうか・・・」
巨大な折り鶴から伸びるその緑色の触手を眼にして、腰に手を当てて考え込んでしまうテンポ。
彼女の頭の中では、『緑色=植物』という構図が浮かび上がってきていたようだが・・・ここは地下工房であることもあって、除草とは無縁だったので、残念なことに除草剤は手元に無かった。
「(最悪、除草剤でなくてもいいのですが・・・まぁ、それはいいとしましょう。問題は・・・)」
・・・そして彼女は辺りを見回した。
「・・・何で今日に限って、誰も居ないのでしょうか?」
彼女の口から出たその言葉通り、今この地下大工房には、エネルギアの本体と、その中にいるだろう意識のないリアを除けば、テンポ一人しかいなかったのである。
エネルギアの意識(?)が本体にあれば、彼女が真っ先に反応して、警告を発するはずなのだが・・・彼女は今まさに、王城の通信室の中で、剣士にくびったけになっていたので、逆に本体の方は抜け殻同然の状態になっていたのだ。
それを考えれば、ここにいるのは、完全にテンポ一人だけと言っても、間違いではないだろう。
「工房のセキュリティを見直さなくてはなりませんね・・・」
この際なので、普段から王城にいるアトラスかコルテックス辺りへと、ついでに警備でも頼もうか、と考えるテンポ。
しかし、2人とも、すでに仕事で多忙な状態であることを考えて・・・結局、無理に追加の仕事を頼むのは止めておくことにしたようだ。
普段、姉に対しては随分な態度を取るテンポだったが、弟妹たちに対しても同じ、というわけではないようである。
「今回に関しては仕方がありません。ともかく、警報を発することにしましょう」
テンポはそう呟いてから、自身の髪色と同じ色をしたカジュアルドレスの、その魔法のポケットに手を入れると、そこからおもむろに無線機を取り出した。
とはいえ、無線機に何か特殊なボタンが付いていて、それを押すと、工房全体がサイレンの嵐に包まれる・・・というわけではない。
一応、王城と工房には非常ベルのようなシステムも設置されていたが・・・話はもっと穏便で、無線機にチャンネルのような機能が付いていないために、全員に通じてしまうという特性を利用して、無線機を持っている仲間たちに対し、口頭で警告を発する、というわけである。
サイレンやビープ音といった耳障りな機械音が嫌いなテンポらしい方法と言えるだろう。
そして彼女は、無線機の送話スイッチを押して、話し始めた。
『あー・・・皆様、緊急事態です。工房内に無数の触手が発生しました』
そこで一旦、言葉を区切るテンポ。
半二重の無線通信だったために、自身が話し続けていると、相手側からの言葉が聞こえないので・・・彼女は言いたいことを短く伝えて、仲間からの返信を待つことにしたようだ。
その結果、当然のごとく最初に返答をしたのは、この工房の持ち主であり、パーティーのリーダーでもある、姉のワルツであった。
・・・ただ、どういうわけか、
『ちょっ・・・カタリナ!それ食べ物じゃないわよ!ルシアも、それ薬品だって!あぁ・・・狩人さん、痙攣してるじゃない・・・』
テンポが口にしたこととは全く関係のない、まるで叫び声のような返答だったが・・・。
「・・・ついに、頭がおかしくなったのですか?お姉さま?」
期待とはあまりにかけ離れすぎていた返答が戻ってきたことで、無線機に対してジト目を向けながら問いかけるテンポ。
すると・・・
『ごめんテンポ!いま無理!触手が無数に発生したとか、そういう冗談は後にしてくれる?』
ブツッ・・・
・・・そんな言葉を残して、姉は通信を切手しまった。
「・・・・・・」メキッ
その言葉を聞いて、力任せに無線機を握りしめて・・・そして、壊しそうになるテンポ。
しかし、どうにか、心の中に平静を取り戻して、無線機が壊れる寸前のところで、我慢することに成功したようだ・・・。
「ふぅ・・・もしもシュバルちゃんがいなければ、危うく無線機を壊してしまうところでした」
彼女は、心の平静を保つために頭の中で浮かべたシュバルの姿に対して、そんな感謝の言葉を口にした。
まぁ、シュバル自身も、身体が黒いだけで、触手そのものと言っても過言ではないような表現しがたい形状をしているのだが・・・。
・・・ちなみに。
そのシュバルは、今ごろ、カタリナの白衣の中にいるはずである。
おそらくは、今もなおワルツが叫んでいるだろう厨房の中で、カタリナから何らかの毒b・・・自作スイーツを食べさせてもらっているに違いない・・・。
「それにしても・・・お姉さまには困ったものです。本当に危機的な状況だというのに、これを冗談扱いするとは・・・」
テンポは眉を顰めながらそう呟いた後で、今もなお成長(?)を続けていたテンタクルクレイン(?)を見上げたのだが・・・その時点で、触手はすでに、壁一面へと根のような身体を張り巡らせており、一部は個人の部屋や、ホムンクルス用のメンテナンスルームのある区画へと入り込んでいるようであった。
しかもその身体は、眼に見える部分が全てではないようで、硬い壁の中にも、身体の一部を潜りこませているようである。
その本体は、触手に引きずられるような形で、地底から100mほどの高さまで引っ張り上げられていた折り鶴のようだが・・・ここまで身体が大きく広がってしまうと、果たして本当に折り鶴が本体かどうか、疑わしい状態であると言わざるを得ないだろう。
「・・・気持ち悪いですね・・・」
自身が溺愛している真っ黒なシュバルの事は棚に上げて、緑色の樹の根のような触手に対し、嫌悪を抱くテンポ。
それから彼女が、エネルギアの兵装を使って触手を攻撃しても、天井を崩落させずに駆除できるか、と考えていると・・・
『・・・何か面白そうなことを言ってましたね〜?テンポお姉さま〜?』
ワルツから相手にされなかったテンポのことを慮ったのか、議長室にいるだろうコルテックスから無線電波が飛んできた。
「面白そう、ですか・・・。そんなつもりはさらっさら無いのですがねぇ?コルテックス」
と、少しだけイライラした様子で返答するテンポ。
するとコルテックスの方は・・・何を思ったのか、こんな言葉を口にする。
『そうでしたか〜。それは失礼しました〜。まぁ、どのようなことがあってもいいのですが、王城が吹き飛んでしまうようなことだけはしないでくださいね〜?例えば、小さなG〜・・・この場合は触手でしたか〜?そんな小さな蟲に対して、エネルギアのレールガンを連射するとか〜・・・』
「・・・分かりました、コルテックス。今から議長室に向かって、ピンポイントでマイクロウェーブを照射することにしましょう。そうすれば、少なくとも、この国の無能な管理者を、建物に被害を与えること無く、抹殺できるはずですからね」
・・・テンポがそう口にした瞬間、
『・・・?!』ガタガタ
と、何やら無線機の向こうが騒がしくなった。
どうやらコルテックスたちは、本気でテンポが攻撃してくると思ったようで、急いで議長室からの待避を始めたようだ・・・。
「・・・・・・」メキメキッ
姉妹たちが、揃って話を聞かないことに不満を募らせ、再び無線機を潰しそうになるテンポ。
しかし今回も、手の跡が付く程度で抑えられたようで、どうにか無線機を壊さずに済んだようだ。
「・・・はぁ・・・心の支えとは、やはり素晴らしいものです」
再び、彼女の心を救ったのは・・・やはりシュバルだったようである。
なお、シュバルのどこに、彼女の心を癒やす成分が含まれているのかは・・・全くもって不明である。
「しかし、どうしましょう・・・」
再び平静を取り戻したテンポは、そこにいる自分のことを無視して広がっていく触手のことを、近くでじっくりと観察することにしたようだ。
その結果、明らかになったことがある。
「・・・これは、やはり・・・植物の根のようですね」
葉緑体によるものと思わしき緑色の表皮、縦に伸びる筋状の繊維、硬い地面と擦れた際にできた傷から滲み出る透明な水分・・・。
ゆっくり動いているということを除けば、眼に見える全ての特徴が、植物のそれと同じだったのである。
どうやら、この緑色の触手は、凄まじい速度で成長をする植物の根の部分、と言っても過言ではないようだ。
「・・・やはり、除草剤がほしいですね。何処かに転がってないでしょうか・・・」
触手の正体が、植物の根であることが分かって、溜息を吐きながら、ないものねだりをするテンポ。
しかし、一人だけで嘆いていたのでは、何も好転することはない、と思ったようで・・・彼女は、壊れかかっている無線機を使って、もう一度だけ声を電波に載せようとした。
「誰か、除草剤をm・・・」
しかし、彼女が言い終わる前に、
ボフンッ!
と、煙を吹いて壊れる無線機。
「・・・除草剤を持ってきて欲しいのですがね・・・」
そしてテンポは、自身が握りしめたために壊れてしまった無線機に対して、微かに後悔したような表情を浮かべてから・・・工房の半分を埋め尽くさんとしている緑色の植物の根を見上げて、一人だけで深くため息を吐くのであった・・・。
・・・え?妾の書いておる触手に美学を感じない、じゃと?
それはのう・・・妾自身、触手派ではなく、スライム派だからなのじゃ!
何を言っておるのか分からない者は・・・ロボット工学についてもっと勉強すべきだと思うのじゃ。
決して、卑猥なことではないのじゃぞ?
むしろ、夢のある・・・いや、夢しか無い話なのじゃ!
まぁ、そんなどうでもいいことは置いておいて。
今日の補足に入るのじゃ?
・・・と思ったのじゃが、今のところ追記すべきことは無さそう故、今日は省略させてもらうのじゃ?
で、その代わり。
この世界の魔物とは何なのか、という飛竜の疑問に答えるコーナーに突入するのじゃ!
まず・・・この世界の動物は、大きく分けて3種類に分けられるという話をするのじゃ。
肉食、草食、植物・・・では無いのじゃぞ?
『魔法が使える』か、『使えない』か、あるいは『すごく魔法が使える』か、の3種類なのじゃ?
で、それぞれについて説明すると・・・
1、『魔法が使える動物』=魔物
2、『魔法が使えない動物』=普通の動物
3、『魔法がすごく使える動物』=魔力特異体の魔物
と言った感じになるのじゃ。
しかしのう。
シルビア殿や勇者殿のように、魔力を感じ取るための獣耳が生えておらぬために、その動物が魔力を持っておるのかどうか判断が付けられない者も少なくない故、人々の間では一般的に、1〜3をひっくるめて、全て『魔物』と呼ばれておるのじゃ。
流石に、家畜などの全く魔力を持っておらぬことが保証できる動物については、『動物』と呼ばれておるのじゃが・・・まぁ、彼らの場合は、動物と呼ばれるよりも、『家畜』と呼ばれることのほうが多いかもしれぬの。
と言った感じの解説で分かってもらえたかのう?
そんなわけで、飛竜。
主は、歴とした魔物なのじゃ!
・・・てなわけで、次回の質問は・・・
『後輩ちゃんが食べ過ぎで死にそうなんです!魔力と魔法の関係を教えてくれれば助かるかもしれません!だから教えて下さい!よろしくお願いします!』
・・・というユリアの質問に答え・・・たくないのじゃが、そういうコーナーなので仕方なく答えようと思うのじゃ・・・。




