7.4-08 王都のお祭り8
昼下がりで賑わう王都や王城の中とは対照的に、ただひたすらに同じ音だけが響き渡る空間が、城の地下に存在していた。
その音は、この世界の者にとって・・・まるで小鳥のさえずりのようにも、あるいは高音を発する弦楽器の音のようにも聞こえていたようだが・・・冷たく硬そうなその音は、そのどちらとも言えなさそうである。
その音に対して、どうにかこの世界の住人たちにも分かるような表現を充てがうなら・・・機械音。
それ以外に的確な言葉は、恐らく見つからないことだろう。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
一分間におよそ74回の間隔で鳴り響く、甲高くて耳に付くその音は、部屋の中にいた人物が原因で鳴り響いていたようだが・・・
「・・・うるさいですね」
その原因となっていた人物・・・テンポ自身も、耳に障るビープ音には、少し辟易としていたようだ。
「(切る方法、無いんでしょうか・・・。・・・耳障りなので、この際、壊しましょうかね)」
無数の配管やケーブルで自分の身体と繋がっていた、メンテナンスを行うための大きな四角い装置。
そこから鳴り響く、自身の心拍数に合わせたビープ音が、少々大きすぎて耳障りだったらしく、テンポはウンザリとした無表情を浮かべながら、そんな悪態を頭の中で呟いた。
「(何か尖ったもので、圧電スピーカーの金属板を刺せば、少しは静かになるでしょうか・・・)」
主人を起こす気のない目覚まし時計のように、中途半端な大きさのビープ音を発生させている機械に向かって・・・メンテナンス用の大きなリクライニングシートの上から、ジト目を向けるテンポ。
そんな彼女の視線の中には・・・その装置を作っただろう人物に対する恨みのようなもの(?)が、大体120%程度含まれていたようだが・・・まぁ、それはいつものことなので、いまさら取り立てて言うほどのことでもないだろう。
しかし、そのいつも通りのはずのテンポの視線の中に、普段とは異なる不可視の力でも含まれていたのか・・・
ピッ・・・ピッ・・・ブツッ・・・・・・
と、何故か急に沈黙する、ホムンクルス用の簡易メンテナンス装置。
・・・なお、言っておくが、メンテナンス装置ではなく、テンポの心臓が止まってしまったために静かになった・・・というわけではない。
「・・・はぁ。流石、お姉さまの作ったガラクタ。故障率曲線を無視して、製品の寿命が訪れましたか・・・。作られてからまだ2ヶ月少々だというのに、もう壊れる・・・・・・」
そこまで呟いてから・・・しかし、何故か黙りこむテンポ。
普段通りのはずの彼女の無表情に、少しだけ陰りのようなものが見えていたのは・・・同じくワルツに作られた自身のニューロチップが、ある日突然、急に壊れてしまうのではないか、という不安が、彼女の脳裏に浮かび上がってきたためだろうか・・・。
「・・・対策を考えましょうか」
そして彼女は、自分の命に関わる重要なシステムについて、自身を作成した姉に全てを頼るのではなく、可能な限り自分で管理することを心に決めたようだ。
「(ですが・・・まぁ、今回はいいとして、どうして急にメンテナンス装置がダウンしてしまったのでしょうか?)」
ほぼメンテナンスを終わりかけていたテンポは、少なくとも3つ以上の理由で溜息を吐きながら、身体に接続されていたコネクタを全て外すと・・・溜息の1つ目の理由であるメンテナンス装置の急なシャットダウンの原因を探るために、おもむろにシートから立ち上がった。
そして、座席から少し離れた位置にあった、メンテナンス装置へと歩み寄ろうとした・・・その瞬間である。
ドゴォォォォン!!
装置が・・・急に爆ぜたのだ。
「・・・?!」
その様子を見て、流石に驚愕の表情を浮かべてしまうテンポ。
それから彼女は、姉が作ったモノはその生涯を終えるとき、どこかの特撮番組のように爆発するのか、と不安になったらしい・・・。
「・・・私もダメージが蓄積したら、こんな風に吹き飛んでしまうのでしょうか・・・」
彼女は、急に火を吹いて真っ黒になってしまったその装置に自分の姿を重ね、普段とは異なる不安げな表情を浮かべたのだが・・・その際、テンポは、あることに気づく。
「・・・ん?なんでしょうか、これは・・・?」
今もなお、残り火を燻らせていた装置の中にあった、直径70mm程度の見覚えのない緑色の配管が、彼女の目に入ってきたのだ。
「こんなもの無かったような気がするのですが・・・」
2ヶ月前に、姉と一緒にこの装置を組み立てた際は、間違いなく、緑色の配管など使っていなかったはず・・・。
しかし、眼の前にある配管は、まるで、その存在自体が、装置の中における重要なシステムの一部であるかのように、縦横に伸びていたのである。
テンポはその姿を見て・・・自身の記憶領域が、不良を起こして、その中に貯めておいた記憶が、勝手に消え始めたのではないか・・・と、不安になってきてしまったようだ・・・。
「拙い・・・これは拙すぎますね・・・。急いで対策を考えなくては・・・」
そして、姉のワルツが度々見せる仕草と同じように、頭を抱えるテンポ。
どうやら彼女の本来の性格は、ワルツとそれほど大きく変わらないようである。
・・・とはいえ、ワルツとは大きく違って、テンポが今のように狼狽えている姿を他人に見せるようなことは、まずありえない話なのだが・・・。
その後でテンポが、半導体製造設備を始めとしたクリーンルームなどを、1から全て自分で作り直すべきか・・・と悩みながら、王城の地下大工房の一角にあったホムンクルス用メンテナンスルームの扉を開けて、外へと出ようとした時のことである。
その場にあった扉を開くために、彼女は持っていたカードキーをリーダーに翳すと・・・
ピッ・・・
と、どこかで聞いたことのあるビープ音がその場に鳴り響いて、ドアは自動的にスライドして開く・・・はずだった。
しかし・・・
「・・・あれ?開かないですね・・・」
エネルギアの船体が停泊しているだろう大きな空間へと繋がっているその扉は、開こうとしているような音を上げるものの、一向に動く気配を見せなかったのである。
「何ですかこれ・・・?もしかして・・・お姉さまの新手の嫌がらせですか?私の普段の小言を、そんなに気にされていたとは・・・懐の小さい方ですね・・・」
扉が開かないことだけでなく、メンテナンス装置の爆発や、記憶が消されている(?)ことも、実は全てワルツからの陰湿な嫌がらせなのではないか・・・と考えて、再び溜息を吐くテンポ。
彼女がそんなことを負のスパイラル的に考え始めていると、心の中にあった『ストレスゲージ』が段々と上昇してきたようで・・・
「・・・本来こういった荒事をすべきでないことは、分かっているつもりなのですが・・・」
開かずの扉に対して、その手をおもむろに重ねると・・・
「・・・お姉さまのバーカ!」
誰かが近くにいたなら、絶対に口には出さないだろうそんな心の中のモヤモヤを口から吐き出しながら・・・
ドゴォォォォン!!
力任せにその扉を吹き飛ばしたのである・・・。
「ふぅ・・・。たまにはこういった方法でストレスの発散もいいですね。今度、またストレスが溜まってきたら・・・コルテックスがアトラスに対してするように、お姉さまのことを直接吹き飛ばしてみましょうかね・・・」
テンポはそう口にすると、満足気に・・・無表情を浮かべ直すのであった。
しかし、彼女のその鉄仮面は・・・次の瞬間、脆くも崩れ去ってしまう。
「・・・?!」
扉を吹き飛ばした結果、見えてきた景色を前に、彼女は今日2回目の愕然とした表情を見せたのだ。
「どうして・・・こんなことに・・・」
その様子を見て、思わず頭を抱えてしまうテンポ。
もちろんそれは、扉を吹き飛ばした結果、運悪く近くを歩いていた仲間にあたって、大怪我を負わせてしまった・・・という理由からではない。
扉を吹き飛ばしたこととは関係のない、あまりにも予想外過ぎる光景が、彼女の眼に飛び込んできたからである。
では、その光景とは一体どんなものだったのか、というと・・・
「・・・シラヌイ様・・・折り紙で本物の『触手』を作ってしまったのですね・・・。これが異世界クオリティーというやつですか・・・」
そんな呆れた様子のテンポの言葉通り・・・以前、シラヌイが作成した巨大な万羽鶴(?)から、何故か緑色の触手が無数に生えていて・・・そして、猛烈な勢いで地下大工房の中を覆いつつあったのだ。
・・・どうやら、シラヌイは、折り鶴を作る際に参考にしたというこの世界固有の鶴のことを、その圧倒的な手先の器用さを利用して、どこまでも忠実に再現してしまったようである・・・。
次回、『迸る触手!』乞うご期待、なのじゃ!
・・・嘘予告ではないのじゃぞ?
歴とした予告なのじゃ!
問題は・・・ちゃんとそれをネタにして書けるかどうか・・・常にそれが問題なのじゃ。
起承転結をある程度守って書けるようにしたいのう。
・・・そう、ある程度、のう?
まぁ、なるようになるのじゃ。
で、補足に入るのじゃ?
今日も2つ。
早速、説明していくのじゃ。
まずは、バスタブカーブについて。
詳細についてはggってもらうとして・・・簡単に言うと、作った製品の初期不良と経年劣化で壊れる可能性が高いことをグラフ化すると、バスタブの断面のようなカーブになる、という現象(?)から、製品の故障確率のことを例えた言葉なのじゃ。
で、今回、テンポは装置が2ヶ月で壊れたのは、バスタブカーブの一番下の部分、すわなち、最も壊れる可能性の低い期間だった故、そもそものワルツのものづくりのクオリティーがおかしい、と皮肉ったのじゃ。
じゃがのう・・・それはそれで、補足するほどのことではないと思うのじゃ。
では何が問題なのか、というと、2ヶ月は初期不良に入るのではないか、という話なのじゃ・・・。
・・・まぁ、コルを除いて、アトラスたちもたまにこの装置は使っておるから、初期不良とは言い難いとは思うのじゃが・・・なんとも難しいところなのじゃ・・・。
うむ。
テンポのご都合主義的な解釈じゃと考えていただけると幸いなのじゃ?
で、次。
テンポ自身について。
この物語において、テンポの登場回数(割合?)は、他のメンバーの中でも、極端に少ないのじゃ。
もしかするとこの傾向については、以前にも述べたかも知れぬのう。
で、その理由についてなのじゃが・・・別に狩人殿のように影が薄すぎて、妾が存在自体を忘れておるわけではないのじゃぞ?
テンポにはテンポの・・・いや、なんでもないのじゃ!
ここまで書けば、理由も大体分かるじゃろう。
まぁ、こんなところかのう。
で・・・本来なら、ここで質問に答えるコーナーを持って来たかったのじゃが、今日も諸般の事情により、お休みさせてもらうのじゃ。
明日、余裕があれば書きたいと思う今日このごろなの・・・zzz。




