7.3-24 メルクリオの影11
「・・・で、なんで俺がこんなに事になるんだよ?!」
と喋るアトラス型サンドバッグ・・・。
いや、むしろ、袋に入れられたアトラスと言うべきか。
妹であり、上司でもあるコルテックスの背中を追って、扉が壊された部屋へと入り・・・そして、ストレラに捕まった結果、現在に至る・・・そんな展開である。
「ん〜、良いバッグですね〜。どこに吊るしておきましょうか〜?」
「いや、待って・・・」
ずるずるずる・・・
そしてコルテックスに引きずられていくアトラス・・・。
残念だが、彼の命運は、ここで尽きる流れにあるようだ・・・。
「とりあえず、面倒なのが、1匹片付いたわね・・・」
と、消えていった末の妹たちの後ろ姿に向かって呟くストレラ。
それから彼女は、依然その場で不機嫌そうな無表情を浮かべていたテンポに笑みを向けると・・・誰に宛てるでもなく、天井に向かって、こんな声を上げたのである。
「・・・最初から見てたんでしょ?さっさと出てきなさいよ!」
・・・その瞬間、ストレラたちの前に、
「・・・面倒くさいんだけど・・・」ブゥン
そう口にしながら、ホログラムのワルツの姿が急に現れた。
どうやら彼女は、ストレラの言葉通り、この部屋で繰り広げられていた全ての事を、透明になって最初から見ていたようである・・・。
そんな彼女に対して、ストレラはわざとらしく大きな溜息を吐いてから、口を開いた。
「全部、言葉足らずな姉さんが悪いのよ?少しくらい責任を持ちなさいよ!」
「・・・うん・・・自覚はあるわ。でも、一体、どうやって責任を取ればいいのか・・・分からないのよね・・・」
ワルツはそう言ってから、自身に向かって怯えているような視線を向ける元天使たちに、面倒くさそうな視線を向けた。
まぁ、それが、単に面倒だった・・・という言葉で片付けていいかどうかは別として、自身に対してそんな視線を向けられることが分かっていて、わざわざ姿を見せる者がいるとすれば・・・それは恐らく、極度のサディストか何かではないだろうか。
その上、ワルツは元より人が得意ではなかったので、より一層、輪を掛けて、姿を見せられない状態にあったに違いない・・・。
そんな彼女に、ストレラは呆れたような表情を浮かべると、鼻で溜息を吐いてから、こんな言葉を口にした。
「なーに、言ってるのよ?簡単じゃない?」
「へ?」
その言葉を聞いて、呆気にとられたような声を返すワルツ。
・・・しかし、ストレラの言葉は、ワルツにとって全く簡単な話ではなかったようだ。
「テンポ姉さんから、兵士たちの首が入ったシリンダーを奪い取って、元の場所に戻るように説得してくれれば、とりあえず彼らにとっては、万々歳だと思うわよ?」
「・・・なにそれ、もっと面倒くさい・・・」
元天使たちに本当のことを説明することと、無表情で憤っているテンポに対応することのどちらが簡単なのかを考え・・・その結果、前者の方が楽だという結論に辿り着いた様子のワルツ。
その直後、彼女の呟きを聞いていたテンポが・・・どういうわけか嬉々とした様子で、2本のシリンダーを素直にストレラへと渡すと、その口を開いた。
「そうですか。では、今こそ、刑を執行したいと思います。お姉さま?さっさと、機動装甲の制御権を放棄して明け渡して下さい。そうすれば、司法取引ということで、決して悪いことにはしませんから」
「私から身体を奪って、悪いことにはしないとか・・・私にとって、これ以上悪いことなんて無いじゃない。っていうか、機動装甲を何に使うつもりなのよ?」
「え?確か前にも言ったはずですが・・・この世界にいる酒場の店主みたいな醜い男性を皆殺しにするために使うのですよ?何か問題でも?」
「・・・・・・」
急に血なまぐさい展開になってきたわね・・・などと思いながら眼を細めるワルツ。
どうやら彼女は、これから長々と、テンポが認める男性観についての話を聞く羽目になりそうである・・・。
そんなこんなで、ワルツがいつも通り、テンポと雑談(?)をしていると・・・
「・・・エネルギアちゃん?呼びましたか?」
今度は、純白の白衣を纏ったカタリナが、タービン室へとやってきた。
すると、少女の姿に戻っていたエネルギアが、カタリナを見て、急いで声を上げる。
『ビ、ビクトールさんが息してないの!』
「・・・原因は?」
『僕が口を塞いじゃったから・・・』
「・・・ダメですよ?エネルギアちゃん。人は脆いものなんです。優しく扱ってください。特にそれが大好きな人だというのなら、尚更ですよ?」
『うん。ごめんなさい』
そう言って、カタリナに対し、頭を下げるエネルギア。
するとカタリナは・・・
「・・・頭を下げる先が違うのではないですか?」
短くそう忠告すると、チアノーゼが出て真っ青になっていた剣士に対して、強力な回復魔法を行使し始めた。
『・・・ごめんなさい。ビクトールさん』
それからエネルギアは、自身の手の2倍はありそうな大きな傷だらけの剣士の手に、自分の手を重ねると、その手を優しく握りしめるのであった・・・。
その様子を見て・・・
「・・・一体何なんだ、ここは・・・」
「・・・もう何がなんだか・・・」
混乱状態のピークを迎えた様子の元天使たち2人。
そんな彼らと共に、エネルギアたちの様子を見ていたストレラは、暑そうにしながら自身の顔に向かってわざとらしく手を振ると・・・その場所から少し離れていた場所に転がっていた元天使であるクリスのところまで歩いて行き、その血まみれの身体を適当な様子で引きずってきて・・・そして、剣士の治療を行っているカタリナの近くにこれまた適当に転がした・・・。
そして、カタリナに対して口を開く。
「・・・カタリナ様?もしも面倒でなければで結構なので、こいつと・・・それにこの二人の身体も、元に戻してはいただけないでしょうか?」
と言って、生首の入った2本のシリンダーもカタリナの側に置くストレラ。
するとカタリナは、シリンダーに対してジト目を向けると、剣士の治療を続けたまま、おもむろに言葉を返した。
「・・・正直、嫌です。見殺しにするようなことはしませんが、そのまま元の身体に戻すというのは・・・あまり気が進まないですね」
自分たち、そして無力(?)なシュバルに対して危害を加えようとしてきた彼らの事を思い出したためか、カタリナが口にした言葉は、ストレラの思った通りに硬いものだったようだ。
・・・故にストレラは、こう言葉を返した。
「そうですよね・・・。では、対価として、この国でしか取れないキノコなどの粘菌、あるいは細菌サイズの魔物の試料を提供する、というのはいかがでしょうか?例えばこんな感じの・・・」
と言いながら、自身のポシェットから、透明な容器に入った・・・光るキノコを取り出すストレラ。
それを一瞥したカタリナは、剣士の息が戻ったことを確認した途端、
「・・・仕方ありませんね」にっこり
・・・重症を負って、息も絶え絶えだったクリスと呼ばれていた元天使の治療を、すぐさま始めたのである・・・。
どうやらカタリナは、光るキノコ・・・もとい、粘菌に目がなかったようだ。
この分だと近いうちに、彼女の自己再生する白衣は、純白を超えて、神々しく輝くことになるのではないだろうか・・・。
「ありがとうございます。カタリナ様」
そう言って、すっと容器をカタリナに渡すストレラ。
その結果、カタリナは、その容器を受け取るのだが・・・それを白衣の内側に仕舞い込んだ際、彼女は一瞬だけ眼を細めると、こんなことを言い始めた。
「ですが・・・このまま元通りの身体にしたのでは、腹の蟲が収まらないですね・・・。なので、少し人体改造してもいいでしょうか?」
「・・・?!」
「・・・?!」
ここに来てカタリナから、まさか『人体改造』という言葉が飛び出すとは思わなかったのか、自身の耳を疑っている様子のリーダーとコリンズ。
彼らの頭の中では・・・まるでキメラのような姿になってしまった仲間たちの悲痛な表情が、浮かび上がってきていたようだ・・・。
そんな彼らの想像と、大体同じような想像をしていたものの、大した反応を見せていなかったストレラが、ニッコリと笑みを浮かべながら、こんな冗談を口にする。
「えぇ、それは構いませんよ?でも、日常生活に支障が出そうな改造はやめてくださいね?例えば触手人間とか・・・」
「あぁ・・・その手もありましたね・・・。今度、試してみようと思います。でも今回は、実験的にそれとは異なる改造を施そうと思ってるんですよ。リアの研究も大分進んできていることですし、その成果を兼ねて、ですね・・・」
「・・・何をするつもりですか?」
「それは・・・治療が終わったらの、お楽しみです」
そしてカタリナは、多くを語ること無く、その長い睫毛を揺らしながら、ストレラに対してウィンクを返したのであった・・・。
終わらぬ・・・。
終わらなかったのじゃ・・・。
でもまぁ、次回こそ、終わらせるのじゃ?
で、それはそうと。
ちょっと今日は急ぎの用事がある故、さっさと補足だけ済ませて、あとがきを終えてしまうのじゃ?
・・・1点、悩んだことがあるのじゃ。
怯えた視線を向けられることで喜ぶのは、サディストなのか、それともマゾヒストなのか・・・。
もしかすると、そのどちらでもなく、単なる精神疾患者の可能性も否定出来ないのじゃが・・・とりあえず今話では、被害を受けている(?)のが相手側なので、サディストということにしておいたのじゃ。
と言っても、それでいいのか・・・と、未だに悩んでおるんじゃがの。
で、次。
カタリナ殿が要救護者の元天使たちにどんな処置を行うのか・・・。
それについては、次回、語る予定なのじゃ?
いくつか選択肢は考えておるのじゃが、一発ギャグで終わるネタではなく、今後の展開を考えて・・・いや、なんでもないのじゃ。
乞うご期待!ということにしておくのじゃ?
こんなところかのう。
というわけで。
次回、『だ、誰だ!?肘と膝を取り替えたやつ!』乞うご期待!なのじゃ?
そういうの・・・止めてほしいのう・・・。




