1.1-03 HelloWorld 3
ナンバリングを変更したのじゃ。
少女が泣き止んで落ち着いた頃には、2つの太陽の内、1つが完全に沈み……。
そしてもう1つの方も、その半分以上を、地平線の向こう側へと沈めていた。
「……あなたのお名前は?」
泣き止んだ少女に、問いかけるワルツ。
すると少女は、眼をこすりながら、短く自分の名前を口にする。
「……ルシア」
「そう……。じゃぁ、ルシア。あなたのお父さんやお母さんはどこ?」
「おとうさんも、おかあさん……も…………」ぶわっ
ルシアと名乗った少女は、再び涙を零すと。
燃えて真っ黒になってしまっていた瓦礫の方を指さした。
おそらくは、つい先日まで、自分の家だっただろう、その黒い塊へと……。
その姿を見て――
「えっとー……ごめんね?(あー、これアレね。子供だけ残されたパターン……)」
ワルツは何と言葉をかけていいのか分からなかったらしく……。
ただ謝罪する他、出来ることが無かったようだ。
そんな彼女は、この村に来た時点で、少女ルシアと、先ほどのゴブリン(?)以外から、生命反応が出ていないこと確認済みだった。
つまり、村の者たちはルシアを除き、全滅してしまった、ということである。
それでもワルツが、ルシアに対し、両親のことを問いかけたのは、偶然彼女がこの村へと遊びに来ていただけ、という可能性を考えてのことだったようである。
もしもそうだとするなら、ルシアには帰る場所がある、ということになるのだから……。
しかし、残念ながら、彼女が帰るべき場所は、もうここには無かったようである。
「わたしをもう……一人にしないで……」ぐすっ
そう口にすると、まるで縋り付くように、ワルツの手を掴もうとするルシア。
そんな彼女の手に、ワルツは思わず、ビクッ、と反応して、手を引っ込めそうになるのだが……。
ルシアの手が震えていたのを無視するわけにも行かず……。
ワルツはその小さな手を、優しく包み込むことにしたようである。
「(さーて。どうしたものかしら?)」
異世界に来て、まだ半日程度しか経っていないのに、最初に出会った女の子に助けを求められてしまい、ワルツは頭が重くて仕方なかったようだ。
そんなワルツは、実のところ、この世界でも、人とそれほど深く関わり合いを持たずに、生きていくつもりだった。
それにはいくつかの理由があったのだが……。
一番の理由は、彼女自身が人ではなかったことだろうか。
彼女は機械。
人と共に生きるようには作られていないのである。
たとえそれが、無垢な子どもが相手でも、例外ではない。
とはいえ、それが、目の前の少女をここに放置する理由になり得るかというと、答えは否だが。
何しろ、ルシアは、10歳前後の少女。
このまま放置しておいたらどうなるか……。
想像に難くないのだから。
「(孤児院に預けるのが正しい判断だと思うけど、いま直ぐは無理よね。どこにあるかも分からないし、『預かって』って頼み込んで、すぐに預かってもらえるとも限らないし……っていうか、そもそも孤児院自体、あるかどうか分かんないけど……)」
そんなことを考えて、暫くの間、ルシアと行動を共にすることに決めた様子のワルツ。
ルシアのことを放置するわけにもいかないので、それ以外に選択肢が無かったようである。
こうしてワルツは、異世界に来た途端、予想だにしない問題に襲われてしまったのであった。
◇
それから数分経って。
遂に2つ目の太陽も、完全に沈んだころ。
ようやくルシアが落ち着きを取り戻したようである。
「……一人にしないから、とりあえずここで、どこか泊まれる場所を探そ?」
「……うん」
ワルツがそう提案すると、ルシアは小さく首を縦に振って、彼女の提案を受け入れることにしたようだ。
ちなみに。
ワルツは、廃墟と化したこの村で、ルシアと共に一晩を明かすつもりだったようだ。
彼女だけなら飛んで移動することも出来るのだが、出会ったばかりのルシアに、自分の能力をあまり知られたくなかったようである。
まぁ、自分の特殊性を知られて喜ぶ者など、余程の性格破綻者くらいのものだろう。
あるいは、歩いてこの場を離れるという選択肢も無くはなかった。
しかし、その場合、先程現れたゴブリンのような動物たちが、夜になって移動するワルツたちを、道の岩影から襲いかからない、とは言い切れなかったのである。
尤も、ゴブリン程度が相手なら、生体反応センサーで場所を特定して、会敵する前に殲滅してしまえば、何の問題にもならないはずだが――――しかし、ここは異世界。
何が住んでいるか分かりきっている地球とは、まるで事情が違うのだ。
最悪、突然、どこかのRPGに出てくるような隠しボス級のバケモノが出てくるとも限らないのである。
ましてや、ワルツが連れて歩かなければならないのは、小学生のような齢の少女。
それを考えれば、夜間に歩いて移動するというのは、少々危険が過ぎる行為と言わざるを得ないだろう。
それらを考えて、ワルツはこの村で野営することにしたのである。
残念ながら周囲には、まともに使えそうな家は1件も残っていなかったが……。
瓦礫を漁れば、食事や毛布などの野営に必要なものや、これからの移動に必要となるだろう道具を確保できることだろう。
「あの納屋なら……いいかしらね?」
しばらく廃墟の中を彷徨って、使えそうな家が無いかを探した後。
ワルツは壊れていない小屋を見つけて、そこで一晩を過ごすことに決めたようだ。
「ごめんね、今日はもう遅いから、他の町に移動する余裕は無いと思うの。だから今日はここで一泊してから、明日の朝、誰かいる所に行こう?」
「うん……。お姉ちゃんと一緒なら……どこにでも行く」
そう言って、安心しきった笑みを浮かべながら、ワルツの腕に顔を埋めるルシア。
そんな彼女の行動を見て――
「(誰かに預けたいなんて……ルシアの前では言えないわね……)」
ワルツはそんなことを考えていたのだが……。
折角笑みを取り戻したルシアから、再び奪ってしまうような言葉は、間違っても口にはできなかったようだ。
◇
その後、崩れそうになっている家を回ること6件目。
ワルツたちはようやく、この日の晩ごはんを確保することに成功する。
どうやら、先客たちによって、既に粗方の食料が奪われた後だったらしく……。
彼女たちが見つけた食料は、見つけにくい位置――具体的には、倒れた棚の陰に落ちていたものだった。
そして、食料を見つけてから。
2人は、夜寝る際に使えそうな毛布を探し始める。
幸いなことに、金目のものではなかったせいか、毛布は手付かずの状態でその場に残っていて……。
ワルツたちは難なく、寝具の確保に成功した。
「(緊急事態だし、家主もこの世に居ないみたいだから、空き巣じゃないわよね?だから……犯罪には当たらないはず!…………多分)」
そして、屋根の落ちた、廃墟同然の家から出てきた――そんな時。
ドシャァァァァン!!
という大きな音を立てて、かろうじて家の形を保っていた廃墟が、今度こそ瓦礫と化してしまった。
「お、お姉ちゃん、大丈夫?!」
「え、えぇ、大丈夫。全然平気よ?(ちょっと落ちてきた柱が頭に当たったくらい?)」
「危なかったね……。もう少し遅かったら……巻き込まれてたんじゃない?」
「う、うん。そうね。でも心配しなくても、本当に大丈夫よ?こういうの慣れてるから……」
「…………?」
「ううん。気にしないで?独り言だから」
と、ルシアに視線が合わせられず、目が泳いでしまうワルツ。
それは、家が崩れてしまう原因が、彼女の機動装甲にあったためか……。
「(入るときには気にしていたのに、出るときにぶつけるなんて……ホント何考えてんのかしら、私……。せめて、今日泊まる予定の納屋は、壊さないように注意しなきゃね……)」
ワルツは1人顔を赤くしながら、頭の中でそう考えて、溜息を吐くと……。
首を傾げるルシアと共に、確保した食料と寝具を持って、これまた今にも崩れそうな納屋へと向かうのであった。
実を言うと……この話を書き直しながら、ニヤけておったのじゃ。
ルシア嬢にもこんな時期があったのじゃと思うと、思わず笑みが……いやなんでもないのじゃ。