7.3-19 メルクリオの影6
再び時間は・・・カタリナの住処にスチール缶が投げ入れられる1日前の夜まで遡って、エネルギアがこの王城へと着城し、乗っていたワルツたちが下船した直後まで戻る・・・。
船首部分だけを王城の屋上へと載せて、まるで『やじろべえ』のようにバランスを取りながら停泊していた巨大な飛行艇エネルギアのその中へと、見た目の姿が兵士の男たち・・・いや、中身もまた本物の兵士である彼らは、躊躇すること無くその足を進めていった。
そして、真っ先にタラップからエネルギアの船内へと乗り込み、入ってすぐのところにある格納庫で、リーダーと思わしき兵士が足を止め、後ろからついてきていた他の兵士たちへと振り向くと、その口を開いて短く告げる。
「・・・これより内部構造の確認を始める。各自、手筈通りに・・・」
『・・・了解』
そして、リーダーから離れて、船内へと足を進めていく4人ほどの兵士たち。
彼らもまた、以前、この国で天使をしていた者たちであった・・・。
そんな彼らは、他の反政府的な元天使たちとは少し毛色が違っていた。
この国の現状にある程度満足し、カノープスやストレラの行動にも一定の理解を示す元天使たちの一派。
自分たちから全てを奪った現行の政府に、真っ向から対立するのではなく、自分たちもこの国を治める政府側に加わって、法の内側からこの国を守っていきたいと思っていた者たちだ。
とはいえ、彼らは、最初からそういった柔軟な考えを持っていたわけではなかった。
前王が亡くなってから、自身の姿を見た者の意識をすり替える特殊な魔道具を使い、見知らぬ父娘がこの国の新しい王族を名乗り始めた当初・・・彼らは志を同じくする議員たちと協力しながら、議会という民衆の力を使って、新しい王族たちに奪われたこの国を、自分たちの手に取り返そうと考えていたのである。
しかし・・・意外にも優れた執政をするカノープス(とストレラ)を前に、彼らは『この国に自由と平和と尊厳を取り戻す』という、本来の目的を失ってしまう。
それ自体は彼らにとって決して悪いことではなく、言い換えるなら、彼らとカノープスたちの志の方向性が同じであるとも言えたので・・・いつしか彼ら元天使たちは、カノープスたちに心を開いて、その執政に協力しようという姿勢に考えを改めていたのだ。
・・・そんな中、のうのうと再び姿を見せた、巨大な飛行艇エネルギアとワルツたち。
たとえ、現王に心を許した彼らであっても・・・前王を殺害して、この国を混乱の渦中に落とそうしていたようにしか見えないワルツたちのことまでは、流石に許すことはできなかったのである。
しかも、飛行艇を所持している魔神(?)ワルツは、これまでこの国の民に対して、表立って説明も釈明もしていなかった。
その為もあって、彼らの心の中には、ワルツやエネルギア・・・ひいてはミッドエデン共和国全体に対する反感が燻っていたのだ。
「・・・例え、カノープス様やストレラ様に罵られることになろうとも、何としてもこの船だけは没せしめてみせる!」
奥の歯を噛み締め、そして握りしめた手に爪が食い込んで流血しても構わない様子で・・・恨みや憎しみといった感情を瞳に浮かべながら、その視線を船内の奥へと向けるリーダーの兵士。
それから彼は・・・限られた装備だけで、この船に対して効果的にダメージを与えるための方法を探るために、向けていた視線の先へと、その足を進めていったのである・・・。
そして、夜も深まり・・・しかし何故か、王城や城下町が騒がしくなった頃。
散らばっていた5人の兵士たちは、予定通りに、再び大きな格納庫で顔を合わせていた。
「・・・おかしい」
船体後方の調査を担当していた兵士が・・・どういうわけか、頭を抱えながらおもむろに口を開いた。
すると、船体右舷側の調査を担当していた兵士も、眉間を指でつまみながら口を開く。
「俺もそう思ってた・・・。どうして冬なのに、この船には女性物の・・・それも少女が着るような水着ばかりが干してあるんだ・・・?」
そう言いながら、自身の頭上に、細めた眼を向ける男性・・・。
そこには、どこかの工場にありそうな天井クレーンがところどころにあって、そのフックの間を通すように長いロープが繋がれ、そしてそれにぶら下げられたハンガーに、濡れた水着が10着前後、干されていたのである・・・。
「まるで、遠足の帰りって感じだな・・・。確かに、この船から降りていった者たちは、みな少女だったから、女物の水着しか無いのは当たり前かもしれないが・・・まぁいい」
吊るされていた水着に『こるてっくす』と書かれている様子を見ながら、次々と湧き上がってくるくだらない疑問を振り払うかのように、首を振って話題を元に戻すリーダーの兵士。
それから彼は、この船の・・・特に中央から上部を歩きまわって調査した結果について説明を始めた。
「この船の操舵室の位置を確認しようとしたんだが・・・すまないが、どこにあるのか解らなかった。使用用途が全く分からない真っ暗なドーム状の部屋くらしか、それらしき部屋は見つけることが出来なかった。・・・他に、操舵室らしき部屋を見かけた者はいないか?」
とリーダーが口にしてからしばらく経っても、首を振ったままで返答を口にしない一同。
どうやら、そこにいた誰もが、操舵室らしき部屋を見つけることはできなかったようである・・・。
「となると・・・この船には、まともな操舵室は無いのか?一体どうやって、操舵してるんだ?」
全く窓のないこの船のことを慮りながらリーダーがそう呟くと・・・船体前方を調査していた兵士が、眉を顰めながら口を開いた。
「見たところ、エンデルシアにあるような魔導飛行艇とはまるで異なる原理で推進しているようです。今も船体の後ろ半分は宙に浮いている状態のはずなのに船体からは浮遊のための魔力を感じない点からも、それは間違いないかと思われます。そうなると・・・操舵の方法も、我々が考えているようなものとは大きく異なるのではないでしょうか?」
「魔神専用の特殊な操舵方法・・・というわけか?」
「あるいは・・・」
と言いながら、ゆっくりと首を縦に振る兵士。
すると、その話を聞いて、船体後方の調査を担当していた兵士が、顎に手を当てながら、悩ましげに口を開いた。
「そう言えば、1つ・・・いえ、正確には2つ気になった点があります」
「・・・なんだ?」
「どうしても回避して通ることのできない開かずの壁が幾つかあったことと・・・一部の扉の向こう側に、弱いながらも魔力を感じたことです」
「ほう?開かない扉か・・・」
リーダーが興味深げにそう口にすると、他の兵士も・・・
「俺も開かない扉を見かけました」
「あぁ、俺も見た。確か、扉の横に四角い魔道具のようなものが埋め込まれたやつだよな?」
「あれか・・・。近づくと勝手に光るやつ」
「そうそう、それです」
といったように、船体中央を調査していたリーダー以外の兵士たち全員が、開かない扉を見かけたようだ。
それは、エネルギアの内部にあるブロックを分ける隔壁と、そのアクセスパネルなのだが・・・生体認証によって開閉するその隔壁を部外者である彼らが開けられるはずもなく、兵士たちには文字通り開かずの扉に見えていたようである。
「セキュリティー・・・というやつか・・・」
開かずの扉についてやり取りをする部下の前で、ひとり呟くリーダーの兵士。
彼は隣国エクレリアの武器商人の話の中に、部下たちの言っているような扉の話があったことを思い出したようだ。
その話は・・・武器屋なのに、そういった近代的な扉を売っている・・・などといったものではなく(?)、最近、別の一派の元天使たちに売ったという水中に沈むことのできる最新鋭の船に、そういったシステムが搭載されている、という半ば商売の宣伝のような話であった。
そんな船を買って、他の天使たちは一体何をしようとしているのか・・・。
政府側について、兵士たちのリーダーをしている彼には、単に予想することしかできなかったが・・・
「(もしも、他の連中も我々と同じようなことを考えているなら・・・今頃、魔神の飛行艇に太刀打ちできるような最新の兵器が載った船を近くの湖にでも沈めて、隠れながら攻撃でも仕掛けよう、なんて企んでのかもしれんな・・・)」
などと、全くその通りなことを考えているのであった・・・。
その後で彼が、『・・・そんなデカブツ、すぐに見つかって沈められそうだから、俺は乗らないな・・・』などと思っていると、
ドォォォン・・・
と遠くから大きな音が響いてきたのは、果たして何の音だったのだろうか・・・。
・・・ともあれ。
歩き回れる範囲の中で、エネルギアの船内の調査の終えた彼らは、一旦下船してから装備を整えることにしたらしく、エネルギアの入り口の警備(?)をしていた別の夜勤の兵士に普段通りの挨拶をすると・・・そのまま、王城の武器庫兼会議室になっているいつもの持ち場へとその姿を消したのであった・・・。
朝方、シラヌイ殿が目を覚まして、エネルギアに戻ったのを、危うく忘れそうになったのじゃ。
もう、寝不足すぎて、ボケボケの狐になってしまったようじゃのう・・・。
こういう時はさっさと寝てしまいたいところなのじゃが・・・あとがきを無闇にサボりたくはない故、眠気眼を無理やり開きながら・・・zzz。
・・・おっと、危なかったのじゃ。
そんな駄文はこの辺にして、補足に入るのじゃ?
1つだけ補足しておくのじゃ。
時刻に関する設定なのじゃ。
どういった時系列なのか書いておかねば、少々分かりにくいかもしれぬからのう。
というわけで・・・
PM9
・ワルツたち下船
・その直後に兵士たち乗船
・ユキ殿、4個目のゼリーを加熱
AM0
・会議室爆発、ワルツたち移動
・兵士たち船内を調査中
・ユキ殿、5個目のゼリーを加熱
AM1
・兵士たち格納庫に再結集、一旦下船
・潜水艦爆発
・冗談を言えなかったために実は後悔しているユキ殿
AM5
・ワルツたち王城へ帰還
・シラヌイ鍛冶開始
・ユキ殿、6個目のゼリーを加熱
AM6
・ベビーシッター登場
・ユキ殿、7個目のゼリーを完食
AM7
・エネルギア爆発
・ユキ殿、よだれを垂らす
・医務室発煙
要約すると、こんな感じなのじゃ?
で、今日の話、PM9〜AM1の話なのじゃ。
次回は・・・AM6前後の予定なのじゃ。
この時刻に関しては予告なく変更する(中略)なのじゃ?
ご了承くださいなのじゃ?
・・・多分、変更することはないと思うがの。
というわけで。
次回、『正義って何?まさよし?』乞うご期待!なのじゃ?
・・・イブ嬢は正義云々以前に、そもそも漢字が読めぬ模様、なのじゃ・・・。
・・・むしろ、まさよし、と何故読めるのか・・・そっちの方が疑問なのじゃ・・・。




