7.3-18 メルクリオの影5
「一体何が爆発したのでしょうね?」
果たして本当に爆発したのかどうか、直接見たわけではないにも関わらず、伝わってきた音と振動だけで爆発だと断定するテンポ。
しかしどうやら、爆発であることを疑っていなかったのは、彼女だけではなかったようで・・・
「やはり・・・この2日間、ビクトールさんと再会出来て、浮かれていたエネルギアちゃんが・・・」
「えっと・・・あの、カタリナ様?その言葉だけでは、どうしてエネルギアちゃんが爆発したのか、理解できないのですが・・・」
カタリナも、そしてユキも、何かが爆発してしまった事自体には、疑う様子を見せていなかった。
まぁ、カタリナの場合は、その爆発の原因まで断定していた(?)ようだが・・・。
「そうですね・・・。最近まで魔王をされていたユキ様は、市井の不文律について詳しくご存じないかもしれませんが・・・異性同士が生物学的に親交を深めようとすると、ある種の死亡フラグの確率が急激に上昇し、社会的に不可逆的な力が発生して、2人の仲を無理矢理に引き裂こうとするんですよ」
「あの・・・その話、聞いたこともないですし、理解もできないのですが・・・」
「えぇ・・・私も最初、ワルツさんから聞いた時は、自身の耳を疑いました。ですが・・・よく考えてみると、心当たりが沢山あったんですよ」
「えっ・・・?」
「例えば、戦場に向かうボーイフレンドが『帰ってきたら結婚しよう』といったような内容の約束をガールフレンドと交わすと・・・彼がいなくなることを聞いていた他の兵士が、そのガールフレンドに対して猛烈なアッタクを仕掛け、彼が返ってくる前に彼女と結婚して・・・その結果、約束を破った報復で家ごと燃やすとか・・・」
「・・・・・・」
「あるいは、酒場の一人娘に手を出そうとすると・・・常連客やギルド関係者に目をつけられて、村八分に遭ったりする・・・と言う話も、よく耳にしますね・・・」
「あの・・・それ、単なる妬みなのではないですか?」
「はい。紛れも無く妬みでしょう。しかし、平常時において町や村の中でそんな反社会的なことをすれば、自浄作用のように、周りの人間が黙っていないはずなのです。ですが・・・異性の交友が関係してくるシチュエーションにおいては、不思議な事に、誰も止めようとはしない(ことがたまにある)んです」
「はあ・・・」
「人の心理というのは・・・とても難しいものなんですよ・・・」
と、ままならない人の心のことを慮ったためか、眉を顰めて深く頷くカタリナ。
一方、ユキの方は、カタリナがあまりにも真面目に説明するために、どうにか理解しようと、眠い頭を回そうとしているようであった・・・。
それからユキは、話を今回の爆発(?)の件へと戻し、カタリナに対して問いかける。
「では・・・今回のエネルギアちゃん爆発(?)の件については、一体どのような原理が働いたのでしょうか?」
「そうですね・・・。今回は非常に稀なケースだったと思います。何しろ、ビクトールさんに好意を寄せたのが、人間どころか生物ですらない、エネルギアちゃんだったのですから。ビクトールさんとエネルギアちゃんが仲良くしていたとしても、それで妬む人間なんて、誰もいないですからね・・・。それでも爆発したのは・・・」
「したのは・・・?」
「まぁ、単なる偶然でしょう」
「・・・・・・」
勿体ぶって言った割には、特にヒネることもなく、偶然であると言い切ったカタリナに対して・・・残念そうに眼を細めるユキ。
どうやら彼女には、ここまでのカタリナの話が、実は冗談の続きであることを最初から分かっていたようだ・・・。
それからユキが、マニュアルにこぼしたヨダレのことを正直にカタリナへと打ち明けて、冗談では済まされない殺意のようなプレッシャーを受けた後で・・・。
「・・・あの、皆さん?船内の様子を見に行かれないのですか?」
爆発の瞬間だけ反応して・・・しかし、すぐに元の作業に戻ってしまった2人に対して、これ以上ヨダレが落ちないようにマスクを付けられていたユキが、おもむろに疑問を口にした。
そんな彼女の問いかけに対して返答をしたのは、自身の手元に鋭い視線を向けながら何やら細かい作業をしていたカタリナ・・・ではなく、シュバルに与えた食事の後片付けをしていたテンポである。
「ユキ様。この爆発は、いつも通りのことなのです」
「いつも通り・・・ですか?」
「えぇ。お姉さまがエネルギアを建造された際、トルクレンチでボルトの締付けトルクを確認しなかったために、船体のところどころでネジが緩んでいる部分があるのです。たまにそのせいで、ターボ分子ポンプが吹き飛んだり、重力制御システムのリファレンスセンサ外れたりして・・・墜落しそうになったり、ネジを閉めようとした剣士様の腕が吹き飛んだりしているのですよ。そんな危険が潜んでいるかもしれない船内にノコノコと出て行って・・・果たして、無事に戻って来られるとお思いですか?」
「えっと・・・ターボなんたらというのはよく分からないのですが、危険というのは冗談ですよね?」
「もちろん、冗談・・・だと思っていただいても一向に構いませんが、その場合の責任は負いかねますよ?ですが、ユキ様の身体なら大丈夫かもしれませんね。たとえ、主機のある部屋に入って、毎分15万回転している重さ5t程はありそうなタービンブレードが、何かの拍子でシュラウド(外装)を突き抜けて吹き飛んできて、運悪くユキ様に直撃したとしても、恐らく即死することは無いでしょうからね。ただし、身体は原型をトドメないほどにバラバラにされてしまいそうですが・・・」
「・・・・・・」
カタリナとは違って、冗談のような本当の事をオブラートに包まず口にするテンポに対して、言葉を失うユキ。
そんな彼女に対して、流石に言い過ぎた、と思ったのか・・・
「・・・9割方、冗談ですよ?」
テンポは取って付けたかのように、そう口にした・・・。
「・・・この船、実は怖い船だったんですね・・・」
轟音を上げながら空に浮かぶ鉄の塊が、飛ぶためにどれほどの危険をはらんでいるものなのか・・・。
ユキは改めてそれを考え、大きくため息を吐くのであった。
すると、テンポが、補足の言葉を口にする。
「・・・しかしです。この部屋にいる限りは、安全だと言えるでしょう。近くには危険な動力装置もなければ、弾薬庫も無いですから」
と、隣の部屋で、魔力特異体ばかりのマギマウスたちを眠らせて隔離していることを失念している様子のテンポ。
医務室は、船体の中でも、確かに機械的には安全な場所に設置されていたが、生物学的には、むしろ危険極まりない場所だったりするのである・・・。
「それは・・・安心ですね」
テンポの言葉を信じ込んで、危険な場所にいるとも知らずに、安堵したような表情を浮かべる新米研究補助員のユキ。
その際、作業を続けながら静かに2人のやり取りを聞いていたカタリナが、人知れず苦笑を浮かべていたのは・・・進めていた作業がうまくいったから、というわけではなさそうだ・・・。
と、そんな時である。
ガション!
急に医務室の自動扉が開いた。
『・・・?』
爆発が起ったことで、下船しているワルツたちが戻ってきたのか、と思い、それぞれに扉の方を振り向く3人。
エネルギアの廊下には、主要ブロックごとにセキュリティーを兼ねた隔壁があるため、この医務室へと自由に来ることができる人物が、この場にいる3人(+シュバル)の他に、ワルツとホムンクルス3兄妹たちとエネルギア本人しかいなかったこともあって、カタリナたちはみな同じことを考えたようだ。
・・・しかし、
「・・・誰もいない?」
「振動でドアが壊れましたか?・・・まったく、この船はどこまでもポンコツですね」
「ちょっと、今、集中しているところなので、手元が狂うと大変ですから、誰か閉めてください」
3人が扉の方へと眼を向けても、そこには何もなければ、誰もいなかったのである。
・・・いや、正確には、何も無いわけではなかった。
カランカランカラン・・・
まるで、350mlサイズのアルミ缶のような見た目の何かが、廊下から医務室の中へと転がってきたのだ。
『・・・!?』
その姿に、思わず作業の手を止めてしまうカタリナと・・・そして、驚きのあまりシュバル用の食器(?)を落としてしまうテンポ。
ユキには、その缶の正体が分からず、ただ見つめるだけだったようだ・・・。
・・・その直後である。
ガシューーーー・・・
何やら白い煙が吹き出して・・・部屋の中へと充満したのだ。
どうやら、医務室の中へと転がって入ってきたアルミ缶は・・・アルミ缶ではなく、どちらかと言うとスチール缶。
それも、スモークグレネードか・・・あるいは化学兵器や生物兵器の類に分類される、特殊なガスを散布するグレネードだったようである・・・。
直径5mほどのタービンが、超高温の中を15万[rpm]で回る・・・。
物理的に考えれば、遠心力に耐えられずに吹き飛ぶのは目に見えておるのじゃが、重力制御システムがある以上、遠心力など、皆無じゃから、何でもありなのじゃ。
問題はベアリングの耐久性なのじゃが、流体塾受けの一種の動圧軸受けを使って浮かせておる故、その辺のしがらみもまったくないのじゃ?
じゃが・・・今でも悩んで居おるのは・・・スラスト方向の圧力を、どうやって逃がしておるか・・・なのじゃ。
まさか、スラストベアリングにも流体軸受を使っておるとは思えぬしのう・・・。
インレットとアウトレットで、実は圧力勾配が・・・いや、何でもないのじゃ・・・。
そんな駄文はさておいて、明日も朝から忙しい故、さっさと補足を書いてしまうのじゃ。
今日は2点あるのじゃ。
まずは1点目。
シュバルの食事について。
前回、離乳食、あるいは流動食のようなモノと取り上げたのじゃが、ちゃんと、固形物も食べさせておるのじゃ。
例えば、ミッドエデンで調達した・・・稲荷寿司やとり串を小さく切ったモノなど、なのじゃ。
言い方を変えれば・・・大量に調達したはいいが、食べる人間が来ておらぬゆえに、余っておった代物、とも言えるかのう。
ちなみに、とり串の方は、ホムンクルスたちの好物だったりするのじゃ?
で、そんな食事を持って来て、そして空になったその皿を、グレネードを見たテンポは・・・実は故意に床に落としたのじゃ。
・・・グレネードを握って投げ返そうとして、の。
じゃが、結局、間に合わなかったようなのじゃ。
とはいえ、爆発していたとしても、その場に怪我を追うような者は・・・・・・いや、そういえば、シュバルがおったの。
もしも、グレネードが爆発性のものであったなら、テンポはその身体を張って、シュバルを守ったのじゃろうのう・・・。
で、次。
カタリナは何をしているのか。
・・・もうしばらく秘密なのじゃ?
ヒントは、すでにいくつか出ておるがの?
まぁ・・・今日はこんなところかのう。
次回、『スモークグレネードで、スモークサーモンを作って見るかも!』乞うご期待!なのじゃ?
・・・もしも、それが可能なら・・・一家に1つ、スモークグレネードがあっても、悪くないかもしれぬの。
・・・色々な意味で・・・zzz。




