7.3-17 メルクリオの影4
時間は少しだけ遡って・・・場面はエネルギアの中へと移る。
「・・・どうして皆さん、眠ろうとしないのですか?」
船内・・・それも外の景色を移すホログラムモニターの無い医務室にいたのでは、時間の感覚が麻痺してしまう、というのは、当然ことである言えるだろう。
なので、医務室では、日の出・日の入りに合わせて、ルームライトの強さや色温度を変えるタイマーのようなシステムが実装されていたのだが・・・それらを完全に無視して日夜研究をすすめるカタリナたちに、ユキは研究補助員の就任1目にして、早速、音を上げてしまったらしい・・・。
とは言え、サイボーグ化した彼女の身体に、そう簡単に疲れが蓄積するわけもなく・・・ユキは実験装置の操作の手順が書かれたマニュアルに、前の日の昼からずっと休みなく目を通していたわけだが・・・流石にその集中力が無限に続くことは無かったようで、息抜きを兼ねて、そんな問いかけを口にしたようだ。
そんな反則的な身体を持った元魔王の質問に対して言葉を返したのは・・・真っ赤な髪の上から、先端が白っぽい突起のようになっている狐耳が生えていたカタリナであった。
まぁ、彼女の場合は、滅多なことでは死ななくなっているので、ユキの比ではなく、生きているだけでその存在自体が反則的であると言えなくもないのだが・・・。
「いえ、ちゃんと寝てますよ?ところで、シリウ・・・ユキ様は、イルカという動物を知ってますか?」
「イルカ・・・ですか?」
「はい。この世界に同じような動物がいるという話は聞いたことがありませんが、ワルツさんの住んでいた世界では、海で豚が泳いでいるらしんですよ。その海洋性の豚のことをイルカといいます。ちなみに余談ですが、川で泳ぐ豚はフグと言うみたいで、毒を持っているらしいですね。食べる時は死ぬ覚悟が必要だけど美味しい・・・らしい、という話をワルツさんが言ってました」
「はあ・・・」
250年に渡るの雪女人生の中で、海や川で豚が泳いでいる姿を一度も見たことが無かったためか、マニュアルに目を通しながら戸惑いの表情を浮かべるユキ。
そんな彼女の頭の中では、豚に近い姿をした・・・オークが、海や川で泳いでいる姿が浮かび上がってきていたようだ・・・。
「それで・・・その海で泳ぐオークが、カタリナ様にどのような関係があるのですか?」
「オークではなく豚・・・じゃなくて、イルカです。ユキ様」
自分で何が言いたいのか分からなくなってきたためか、少しだけ混乱するカタリナ・・・。
それから彼女は、言いたかったことを思い出して、説明を始めた。
「イルカという動物は、寝ながら泳ぐことができるそうです。ただその際、頭は完全に寝ているわけではなく、右半分か左半分のどちらかの脳を動かして、そしてその反対側を眠らせながら泳ぎ続けているみたいですね。完全に寝てしまうと、息継ぎが出来なくなって、溺れてしまうらしいですよ?」
「なるほど。つまりカタリナ様は・・・」
「あの、ユキ様?それ以上は、何とおっしゃりたいのか予想できるので、言わなくても結構です。そう言ったジョークはワルツ様だけで間に合っていますからね」
「そうですか・・・それは残念です。一世一代の冗談をお披露目できるかと思ったのですが・・・」クスッ
「えっ・・・」
250年に1度訪れるかどうかのユキによる傑作ジョークを、余計なことを言ったせいで聞きそびれてしまったような気がして、少しだけ後悔するカタリナ・・・。
それから彼女は、気を取り直して、説明の結論を口にした。
「・・・えっと、つまり、そのイルカのマネをして、頭の半分を眠らせれば、起きていながらに眠ることができる、というわけです」
「それって・・・真似できるものなのですか」
「はい、無理です」
「へぇ、そうなので・・・・・・えっ?」
「・・・ここまでが冗談です。実は、ワルツさんの授業って、いつもこんな感じなんですよ」
そう言いながら・・・まるで部屋の壁を覆い尽くすかのように並べられていたノートを、本棚から一つを取って、その中に向かって愛おしげな眼差しを向けるカタリナ。
そこには、ワルツによる冗談のような・・・本当の知識を分かりやすくまとめた授業の内容が書かれていて、彼女にとっては本物の宝物のようなものだったようである。
・・・なお、一応断っておくが、海豚と河豚については、ノートの中ではしっかりと、豚とは別の生き物であることが書かれてあったりする・・・。
「・・・このマニュアルを読み終わったら、そのノートを拝見させていただいてもよろしいですか?」
「はい。もちろん、自由に見ていただいても構いませんよ?ただ、とても大切なモノなので、大事に扱ってくださいね?この世界に1つしか無いものなのですから・・・」
「あの・・・はい・・・」
カタリナの言葉の中に、妙に強調されたアクセントがプレッシャーに近い形で含まれていたためか、思わずマニュアルに眼を向けながらたじろいでしまうユキ。
彼女の手の中にあったそのマニュアルも、また誰かの手によって作られたものなのだが・・・ユキはそれが誰なのかを必然的に察してしまったようだ・・・。
それからユキが、手にしたマニュアルに、汗が必要以上に付かないように、指先だけでそっと触れるような形でページをめくり続けていると・・・
ガション!
半ば、図書館と化していた医務室の扉が自動的に開いて・・・
「さて、そろそろシュバルちゃんのご飯の時間ですね」
シュバルの食事を作りに行っていたベビーシッターが、部屋へと戻ってきた。
「もうそのような時間なのですね」
面白い電子顕微鏡のマニュアル(?)に集中していると、いつの間にか朝になっていたことに気づいて、そんな声を上げるユキ。
なお、昨日、カタリナたちに無断で下船した彼女には、今日の朝食まで食事がお預けになっていたりいなかったり・・・。
何故、そんな中途半端な言い回しなのかというと、彼女には食事の代わりに、所謂栄養ゼリーが支給されていたからである。
彼女の口には、ヘルチェリーの果汁を加熱して劇物並に辛くした液体に、細菌サイズの魔物から抽出したキサンタンガムを混ぜた毒物のようなゼリーが合っていたらしく、この18時間で、すでに6食分、平らげてしまっていた。
・・・そして彼女は、テンポが戻ってきたこのタイミングで、まるで襲いかかる眠気をごまかすように、たった今、7食目を口にし始めたようである。
「ユキ様もこのゼリーが気に入ったのですね。私も好きなんですよ」
といいながら、加熱していない甘いヘルチェリーの果汁たっぷりのゼリーを、小さなバッグ状のチューブから直接口にするカタリナ。
日夜、研究を続ける彼女たちにとっては、これが主食になっているようだ。
そして、彼女たちと基本的に時間を共にしていた箱入り迷宮(?)シュバルも・・・
「ほーらシュバルちゃん?ごはんのじかんでちゅよー?」
彼女たちが口にしているものとよく似たゼリー状の食べ物を、テンポに食べさせられていた・・・。
・・・しかし、
「・・・・・・」ブルブル
と、真っ黒い闇のような体全体を身体を振って、無言の内に拒否するシュバル・・・。
どうやら彼(彼女?)の口には、ゼリーとも流動食とも言えない、得体のしれないその液体は口に合わなかったようである・・・。
元々、骨付きのスペアリブ(?)を、骨ごと食べていたシュバルにとっては、赤子に与える離乳食のような食事は、食事の内にはいらなかったのだろう。
なお、そのスペアリブ(?)が何の肉だったのかについては・・・まぁ、諸事情により説明を省略させていただこうと思う。
「これは、困りました。シュバルちゃん、ご飯に好き嫌いがあるようですね」
「・・・テンポ?手を齧られてますよ?」
「私のオリハルコン製の手をいくら齧っても、ダシが出てくることなど無いのですが・・・流動食ではなく、人の手をかじるところを見ると、やはり形のある硬いお肉のほうがいいのでしょうかね・・・」
結果としてチューブの中身を全部飲み込んだシュバルに対して、満足気な表情を浮かべつつ、大量の歯型が付いた自身の手を彼(彼女)の口の中から空になったチューブごと引き抜きながら、そんな言葉を漏らすテンポ。
すると、そのやり取りを見ていたユキが・・・呆れた様な表情を見せながら、その口を開いて言った。
「もしもシュバルちゃんが迷宮だとするのなら・・・好き嫌いなく、液体でも、人の手でも、オリハルコンでも、何でも食べると思うのですが・・・」
「一体何ですか?!その食欲旺盛なとんでも生物は。まるで豚ではないですか!」
「あの・・・多分、迷宮です・・・」
と言いつつも、豚と迷宮の違いを考えて・・・実はそう大差が無いのではないか、などと考え始めるユキ。
それから彼女が、手に持っていたマニュアル越しに、シュバルへと視線を向けて・・・その影のような姿が豚、ではなく、羊のような毛むくじゃらの魔物か何かに見え始め、不意に意識が遠くなり始めた頃・・・。
「(・・・んあっ!?おっと危ない、よだれが・・・)」
危うく大切なマニュアルに、彼女の口からよだれが滴り落ちようとしていた・・・そんな時のことであった・・・。
ドゴォォォォン!!
そんな爆音とともに、エネルギアの船体が大きく揺れたのである。
「んあ゛っ?!」
「爆発?!」
「うるさいですね・・・」
その出来事に、それぞれに口を開くユキ、テンポ、カタリナ。
特にカタリナは、自身の研究・・・というよりは、とある作業を邪魔されたことで、とても不機嫌になってしまったようだ・・・。
むしろ、ただでさえ不機嫌になるような作業だったというのに、それを邪魔されたがために、余計に不機嫌になってしまったと言うべきか・・・。
そんなカタリナの様子に・・・
「(拙い・・・拙すぎます・・・!)」
顔を真っ青にしながら・・・シミの付いたマニュアルをゆっくりと持ち上げて、自身の顔を隠してしまうユキ・・・。
どうやら彼女にとっては、船体で起った事件よりも何よりも・・・どうやっても避けることのできなさそうな危機が、その身に迫っているようだ・・・。
あと777文字・・・。
どうにかして書こうと思ったのじゃが、眠気の壁を超えることができなかったのじゃ・・・。
やはり、夕食に炭水化物を多く含む食品を摂取すると、血中糖度が上昇して幸福感が・・・いや、何でもないのじゃ。
朝食はそれでもいいかもしれぬが、夕食は野菜中心の生活にした方がいいのかもしれぬのう・・・。
意外にこれが、日々の生活の中で、モチベーションや眠気やヤル気やQoLに大きく関わってきたりするのじゃぞ?
まぁ、そんなことはさておいて。
今日の文は、勢いで書いた感がある故、普段とは異なる書き方だったような気がするのじゃ。
雰囲気的には、普段からこんな感じで書きたいとは思っておるのじゃが・・・猛烈な羊の群れが、妾の行く手を遮るのじゃ・・・。
もう駄目かもしれぬ。
・・・というわけで、羊に轢殺される前に、今日の分の補足を済ませてしまうのじゃ・・・zzz。
んはっ?!な、無いのじゃ!
何か無いかと思って探してみたのじゃが、骨付き肉が何の肉かという半ばグロ注的な補足しか無さそうだった故、今日は何も無し、で終わろうと思うのじゃ。
ちなみに、何の肉かは・・・以前にチラッと述べた故、言わずとも分かるじゃろう。
というわけで。
次回、『エネルギアちゃんは、いい加減、爆散すべきですね〜。もちろん冗談ではなく僻みですよ〜?』乞うご期待?したくなのじゃ・・・。
なお、今回の犯行に、コルは関係しておらぬ模様、なのじゃ?




