7.2-06 予想外の海6
グロ注じゃないけど、グロ注かもだし?
「いやー・・・高温に対してはある程度幅を持って設計してたけど、低温側は-100度くらいまでしか考えてなかったわ・・・っていうか、普通、無いでしょ?外気温-220度とか・・・」
推進器内に取り付けられていた放熱器の極端な温度低下のために、熱交換用のナトリウムが固体化して、システム保護のためのスクラムが働いてしまったエネルギアの核融合炉。
普段なら、推進器のコンプレッサで断熱圧縮に近い状態で圧縮された高温の空気と、ナトリウムを液化に保つためのヒーターがあるおかげで、冷却経路が詰まるなどということはありえないのだが・・・この世界ではそのありえないことが起ってしまうようだ。
「あの・・・ワルツ様?ここにはワルツ様がいるので大丈夫だとは思うのですが・・・・・・本当に、大丈夫ですか?」
と、次第に近づいてくる冷たそうな黒い海に眼をやりながら、心配そうに問いかけるシラヌイ。
その質問に対して返答したのはワルツ・・・ではなく、彼女の横にいたイブであった。
「大丈夫だよ、シラヌイちゃん。だって、ワルツ様の作った船だし。まさか、落下するなんてありえないかもだもん!」
と、自身満々な様子で口にするイブ。
完全にワルツの技術力を信じきっている・・・そんな様子である。
するとシラヌイは、胸に手を当ててホッとした様子を見せると・・・
「・・・そうですよね。ワルツ様、すみません!疑ったりなんかして・・・」
そう言いながら頭を下げた。
一方、そんな言葉を向けられたワルツは・・・
(・・・何?もしかして、2人してハードル上げてきた?)
内心では、冷や汗を掻きながら、どう対応すべきか、と苦慮していたのだが・・・あえて隠すようなことでもないと思ったのか、これから起こるだろう出来事について話し始めた。
「あんね・・・冗談抜きに、海に落ちるわよ?」
『えっ・・・・・・』
ワルツがそんな言葉を口にした瞬間、眼を点にして、顔を真っ青にするシラヌイとイブ。
そんな彼女たちの反応に苦笑を浮かべながら、ワルツは言葉を続けた。
「ま、海に落ちたところで、別に問題はないけどね。本物の船になる・・・というか重くて浮かべないから、潜水艦になるって言えばいいかしら?」
『・・・・・・えっ?』
と、今度は違う意味で、眼を点にする2人。
そんな彼女たちの内、最初にワルツに対して言葉を返したのは、現代世界の知識をある程度持っていたイブであった。
「えっ?!海に潜るの!?」
と、嬉しそうに問いかけるイブ。
このままいくと、エネルギアの艦橋から水中の景色を眺めることができる、と思ったようで、彼女は、ワクワク、という言葉そのもののような表情をワルツへと向けた。
「えぇ、そうよ?そんなに深くは潜れないけど、この辺の水深ならどうってことはないわね(上がってこれるかどうかは別だけど・・・)」
「・・・ワルツ様?いま、なんか言った?」
「ううん。何でもないわ」
「ふーん。まぁいっか」
ワルツが何か聞き捨てならないことを言っていたような気がしたイブだったが、今の彼女の眼には、迫ってくる水面が、むしろ楽しみに映っていたようで、細かいことは気にならなくなっていたようだ・・・。
そして・・・
ドゴォォォォン!!
と、大きな音と白波を上げつつも、殆ど振動無く、エネルギアの船体は水面に着水した。
それからエネルギアは、次第に沈み、そして水中へと吸い込まれるように、沈んでいったのである・・・。
「うわぁ〜・・・初めてかも!」
と、そもそも海に来ること自体が初めての経験だったイブは、エネルギアの艦橋に映しだされた海中の様子を見て、そんな感動の言葉を口にした。
彼女のすぐ隣で同じように海中の景色を眺めているシラヌイも眼をキラキラと輝かせていたところを見ると、彼女にとっても、海中散歩は初めての経験だったらしい。
現代世界に当てはめるなら、生まれて初めて大規模な水族館に来た少女たち、といったところだろうか。
「そりゃ、初めてでしょ。私だって、エネルギアを海中に沈めるの初めてだし・・・」
そう口にするワルツの方は、海中の光景を楽しむどころではなく、停止した3機の核融合炉の再起動と、海水に浸かった事によって生じるだろう錆について頭を悩ませていたようだ。
・・・まぁ、それよりもなによりも、別に心配事があったようだが。
ワルツは、その心配事の内容を確かめるために、無線通信システムを起動した。
そして問いかける。
『カタリナー?今、水中だけど、息してる?』
そんないつも通りの問いかけをすると、ややあってから・・・
『なるほど、水中だったんですね。道理で、エネルギアちゃんが息してないわけです』
医務室にいるだろうカタリナから、そんな言葉が帰って来た。
『あれ?エネルギアって、普段、息してたっけ・・・まぁいいけど。で、彼女、やっぱりダメージを負ってそう?』
ワルツはエネルギアの船体に起こっている様々な不具合の影響が、ミリマシン集合体の方の少女エネルギア(?)の方に出ていないかを心配していたのだが・・・どうやら、その不安は的中してしまっていたようだ。
『つい先ほどのことですが、急に苦しみ始めて・・・そして今は、ビクトールさんと一緒に眠っています。意識を失っても手を離してくれないので、同じベッドで無理やり寝かせてるんですよ・・・はっきり言って、邪魔です』
と、不満そうな声を電波に乗せるカタリナ。
『ごめんね。邪魔だったら・・・そうね・・・エネルギアの方をどうにかするのは難しいと思うから、剣士の腕の方をぶった切って、横の方に退けておいてもらっても構わないわよ?』
『それ、もう試したんですけど、エネルギアちゃん意外に重いので、無理矢理に動かすのは諦めました』
『あ、もうやったのね・・・』
冗談のつもりで言ったワルツだったが、カタリナの方は至って真面目な様子で答えていたので・・・恐らく彼女は、本当に剣士の腕を、一度切断したのだろう・・・。
まぁ、再び繋げるのは、彼女にとって手間ではないはずなので、問題無いといえば問題ないと言えるだろうか・・・。
『・・・わかったわ。それじゃぁ、他に何か起ったら、連絡ちょうだい?』
『はい。分かりました』
こうして、まるでマッドサイエンティスト同士の会話のようなワルツとカタリナとの通信は終了したのであった。
そんな通信が行われていた背後では・・・コルテックスたちの会話が別に進行していた。
「知っていますか〜?ここは、水深100m付近だと思うのですが、外の圧力は、海面付近の圧力(大気圧)に比べて、およそ11倍の圧力になっているんですよ〜?なので、何かあって、この船の外に逃げ出そうと思っても、イブちゃんあたりなら一瞬で水に潰されて、ぺちゃんこになっちゃうと思うんですけど〜・・・それでも試しに泳いでみますか〜?」
と、半ば脅かすような内容の話をイブにするコルテックス。
するとイブは・・・どういうわけか眼を輝かせながら、彼女に言葉を返す。
「じゃぁさ、あの魚は、何で潰れないの?」
「ほうほう。そういった疑問を持つメイドは嫌いではないですよ〜?」
艦橋のモニターの向こう側を通りがかった、沢山の触手が生えたサケガシラのような深海魚を眺めながら問いかけてくるイブに対して、コルテックスは満足気な表情を浮かべながら言葉を続けた。
「あれらの魚は、実はすでに潰されているんです。潰されていることが当たり前の世界で生きている、特別なお魚ですね〜」
「ふーん・・・」
「今、ここで捕獲するのは大変ですが、捕まえて海上まで持ち上げると〜・・・普段、潰されている分、逆に膨らんで、内臓が破裂したり、眼が飛び出したりするんですよ〜?浮袋などが口から飛び出すことも多いでしょうか〜」
「・・・・・・やっぱ、海で泳ぐのやめておくかも・・・」
一体どれほどの深さまで泳いでくるのかは不明だが、イブは魚と自分を姿を重ねたらしく、嫌そうな表情を浮かべた。
そんなタイミングで、彼女たちと同じように、艦橋の外の薄暗い海中を眺めていたシラヌイが口を開く。
「あー・・・そういうことだったんですね。昔、おじいちゃ・・・祖父に、釣りによく連れて行って貰ったのですが、その時に釣った|ブラスティックパッファ《爆発フグ》が、釣り上げた瞬間に、よく爆発していたんですよ。つまり彼らは、このような深い深い海の底で、普段から水に潰されていた、ということですね?」
「・・・はい。多分違うと思いますよ〜?」
「えっ・・・」
肯定なのか否定なのか分からないコルテックスの発言に、戸惑いの声を漏らすシラヌイ。
なお、言うまでもないことかもしれないが、ブラスティックパッファは・・・その名の通り、刺激を与えると爆発するフグである・・・。
「んー、やはり、具体的な例がないと、分かりにくいですよね〜」
一応、イブもシラヌイも水圧についてはある程度理解できたようだが、コルテックスは実際に目で見て確かめることの出来る具体的な例があったほうがより分かりやすいと思ったようで、そんな言葉を口にした。
それから、手に持っていた新しい赤い紐を引っ張りつつ、嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。
「というわけで、アトラス〜?一肌、脱いではくれませんか〜?」
というコルテックスの言葉に・・・何故か顔を真赤にして、視線をあさっての方向へと向けるイブとシラヌイ。
何やら彼女たちは、誤解をしたようだが・・・しかし、アトラスの方は正しく意味を理解していたようだ。
「・・・俺に死ねと?」
「はい」
「全く、オブラートに包む気は無いんだな・・・」
本当なら、『お前が行けよ』と言いたかったアトラスだったが、100m程度の深海で、コルテックスがダメージを受けるとも思えなかったのか、その言葉を口にすることは無かったのだった。
とはいえ、彼女とほぼ同型のアトラスも、その程度のことで機能を停止してしまうようなことは無いのだが・・・。
と、そんな時。
「さてと・・・ちょっと困ったことになったわ」
カタリナとの会話を終えた様子のワルツが、エネルギアのステータス画面に目を向けながら、おもむろにそんな言葉を口にする。
「ん?どうしたんだ?姉貴」
「いやさ、核融合炉、全部、止まってるじゃない?で、ここ水中じゃない?ってことは、本来なら空冷のはずの放熱器が水に浸されてるってことでしょ?つまり、ナトリウムを加熱できないから、核融合炉を起動できないなー、って思って」
「なるほど・・・」
「そういえば、そうですね〜・・・」
ワルツの断片的な言葉で、現状を把握して・・・そして、目を細めるアトラスとコルテックス。
他、イブとシラヌイは、核融合炉についても、そしてエネルギアについても理解がなかったので、『ん?』といった様子で首をかしげていた。
そんな彼女たちにも分かるように、ワルツが現状を説明しようとした・・・のだが、結局、それを口にすることはなかった。
何故なら・・・
ガション!
艦橋の扉が急に開いて、昼食の片付けをしに厨房へと姿を消していた狩人が、顔を真っ青にしながらやってきたからである。
そして彼女は慌てた様子で言った。
「わ、ワルツ!厨房で、水漏れが・・・」
『えっ・・・』
狩人の言葉が何を意味しているのか理解して、彼女と同じような顔色になるワルツ他2名。
・・・どうやら、今、このエネルギアは、核融合炉を再起動することも出来なければ、水漏れも始まっているという最悪の状況にあるようだ・・・。
・・・ここいらで白状しようと思うのじゃ・・・。
・・・狩人殿の存在を忘れておったのじゃ・・・。
いやの?
今、始まったことではないんじゃがの?
やはり狩人殿は、影が薄すぎるのじゃ・・・。
流石は、影の薄さを利用して戦う戦士じゃの。
まぁ、彼女の存在は、あまり本章には関係ない・・・はずじゃから、問題はないのじゃ。
少なくとも、海編では、活躍の機会が無いからの。
あっても・・・駄文でスペースを埋めるために、ちょっと協力してもらうくらいかのう。
それはさておき、なのじゃ。
今日の補足に入るのじゃ。
外気温が-220度まで下がった理由については、説明せんでもよいじゃろうか?
マギマウス(?)の氷魔法の直撃を受けて、気温・・・というよりは、エネルギアの船体表面の温度が、極端に下がってしまったのじゃ。
もしも、エネルギアの外装に、一般的な鋼材を使っておったらなら、あまりにも冷たすぎることでクラックか何かが入って、壊れていたかもしれぬが・・・幸い、ワルツが作った外装の材料に問題無かったようじゃのう。
じゃが、核融合炉の放熱器までは、その範疇ではなかったようじゃがの。
で、次は・・・無いと思うのじゃ。
・・・無いと思いたいのじゃ。
・・・精神と肉体の限界を超えて、枕に衝突事故を起こしてしまう寸前なのじゃ。
というわけで、今日のあとがきはこんなところにしておくのじゃ?
・・・次回、『尻尾は水圧で圧縮されないかもだs・・・ブクブク』乞うご期待!、なのじゃ?
・・・回を重ねるごとに、イブ嬢の死亡フラグが蓄積されていくような気がせんでもないのじゃが・・・中々、予告通りにならぬのう?
いや、未来永劫、予告通りにはならぬがの?




