7.1-23 勇者と・・・・・・1
男女(?)が向かい合って交わす願い事。
それは、おおよその物語において、ロマンスのワンシーンと言えるだろう。
そしてこの異世界でも、勇者と魔神との間で、似たような展開が繰り広げられていた。
「仲間にして欲しいんだ!」
「あ、そう」
・・・しかし、ロマンスは全く関係ないようだ。
「っていうか貴方、7割方、身内じゃないの?そりゃ確かに、エネルギアを渡した後で、勇者たちがどっかに姿を消せば、それまでかもしれないけどさ?」
勇者が訳の分からないことを言い出した、と言わんばかりに、彼に対してジト目を向けるワルツ。
逆に、勇者の方は・・・
「いや、そうじゃなくて・・・強くなるための方法を学びたいんだ。そのためなら・・・この際、勇者を辞めても構わない!頼む!」
隣国の国王(故?)から託された役割を放り投げてまで、ワルツたちの仲間になりたかったらしく、彼は地面に伏せたまま・・・土下寝した。
よほど、力が欲しいらしい。
「勇者に任命された者として、任を放り出すのはどうかと思うけど・・・。・・・ちなみに理由を聞いてもいいかしら?」
仲間になったところで力が身につくとは限らない、と思ったワルツは、勇者を仲間にした結局、彼の思い通りにならなくて・・・そして面倒なことになる前に、その頼みを突っぱねようと考えていた。
・・・しかし、彼の必死さを前に、何も理由を聞かずに断るというのも如何なものか、とも思ったらしく、話だけは聞くことにしたようだ。
「理由は沢山あるが・・・一番はリア。そして仲間たちのためだ」
額を地面につけたまま、理由を口にする勇者。
彼はそのままの体勢で、話し続けた。
「ミノタウロスにすら勝てない勇者なんて、エンデルシアじゃ歴代で俺だけだけらな・・・。弱くて傷つくのが俺一人なら、どんなことを言われても後ろ指をされても、そして身体が傷つくのも構わないが・・・俺が弱いせいで仲間に危害が及ぶのだけはどうしても避けたいんだ」
「でもそれは・・・別に身体を鍛えればいいだけなんじゃないの?これまでの勇者たちがそうしてきたようにさ?」
勇者の言葉を聞いて浮かび上がってきた疑問を、眉を顰めながら、率直に問いかけるワルツ。
そんなワルツの隣で、元魔王のユキも、静かに勇者の言葉に耳を傾けていたのだが・・・。
勇者に対して、彼女が見せるその視線は、蔑むものではなく・・・むしろ、同情の色を含むように細められていたのは、単なる偶然なのだろうか。
他、まだ幼いイブはともかくとして、狩人も似たような表情を浮かべていたところを見ると、どうやら彼女も同じようなことを考えているようである。
そんな女性たち4人から、複雑な色を含む視線を向けられた勇者は、ワルツの疑問に対して・・・少しだけ間を置いてから、顔を上げて話し始めた。
「・・・女神の加護の話は知っているか?」
「え?いえ、詳しくは知らないけど・・・パターンで行くなら、何か未知の力で強くなる、ってやつでしょ?」
「まぁ・・・大体、そんな感じだ。正確には、勇者に選ばれたものは、女神から様々な力を貸し与えられるんだが・・・」
そう言って、一旦、口を閉じる勇者。
彼の話は、ごくありきたりなものだったので、ワルツは・・・
(どーせ、どうでもいいような使えない能力を貰ったんでしょ?ランダムで。・・・例えば・・・行く先々の町や村で、宿代がゼロになる・・・とか。いや、それが能力かどうかは知らないけどさ?)
と、サウスフォートレスや、王都で勇者たちが受けている扱いを思い出して、そんなことを考えていたようだ。
・・・ところが勇者は、ワルツにとって意外なことを口にした。
「・・・聖剣」
「聖剣?・・・あぁ、あのやたら綺羅びやかな飾りばかりのナマクラの剣?」
「ナマクラって・・・・・・俺が、女神から賜ったのは、能力ではなく、あの聖剣だけだったんだが・・・。切れないものはこの世界には無い、というお墨付きで貰った剣で、実際、鉄でも岩でも、切ろうと思えば何でも切れていたんだ。・・・ワルツを切ることだけは出来なかったけどな・・・」
「・・・・・・」
初めて彼と出遭った時に、ワルツに対して振り下ろされた勇者の聖剣。
その際、機動装甲に当たった聖剣は、粉々に砕け散ってしまったのである。
それも、偶然、砕けたのではなく、ワルツが機動装甲を、聖剣の共振周波数に合わせて高速で振動させたために・・・。
つまり、聖剣を壊したのは・・・ワルツだったのである。
「そ、そう。で、でも、この前、2本目を貰ってなかった?」
すると勇者は首を振って言った。
「多分、その話は、上の街の外で、俺が姐さんにコテンパンやられた時の話だと思うんだが・・・あの剣は、先代の勇者が使っていた、女神の加護が掛かってるなんてことはない、単なる切れ味の良い剣だ。だが、その剣も、ミッドエデンの王都を襲った・・・あの、アルなんとかっていう魔王の作り出したホムンクルスと戦った際にヒビが入って・・・その後で簡単に折れてしまったよ。・・・つまり、今の俺は、ただ体力があって、勇者という名前が付いているだけの冒険者、ってことだな」
そう言って、小さく溜息を付く勇者。
彼の今の心境は・・・万策尽きて、これからの未来に悲観している、といったところだろうか。
「・・・・・・」
そんな勇者の話を聞く限り、自分に原因があるような気がして、言葉を失うワルツ。
もしも自分さえこの世界に来なければ・・・恐らく勇者は、聖剣を使った戦い方を洗練させ、名実ともに『勇者』として名を馳せていただろう、と考えたようだ。
まぁ、それも一瞬の事だったが。
・・・それには、理由があった。
パァンッ!
そんな、ワルツのネガティブな思考を中断させるような音が、トンネルの中に響き渡ったのである。
その音は・・・勇者の頬が打たれたことで生じた音であった。
そして、彼のことを打ったのは・・・元魔王であるユキである。
「・・・あ、すみません。なんか、殴っておかなくてはならない気がして・・・」
『・・・・・・』
一見すると、特に感情を動かした様子は無く、単に手がぶつかっただけ、といった様子で勇者を平手打ちしたユキ。
しかし、彼女の言葉に含まれていた副音声を感じ取った仲間たちは、すぐに驚いたような表情を元に戻すと、2人からそっと眼を背けた・・・。
「えっ・・・なん・・・」
自身の置かれた状況にして、悲観していたことについては自覚のあった勇者だったが、どうして見ず知らずの白髪の女性に打たれたのかまでは分からなかったのか、彼は手形がついて赤くなった頬を押さえながら、唖然とした表情を浮かべたまま混乱していたようだ。
そんな彼に対して、ユキはすまなそうに、追加で口を開く。
「・・・差し出がましいことをしてしまい、申し訳ありません。なんとなく・・・弟を見ているような気がして、ついつい手が出てしまいました。ですが・・・勇者様なら、その程度のことで怒られるようなことはありませんよね?だって、ボクが知っている勇者たちは・・・」
そして、彼女は・・・ニッコリとした笑みを勇者に向けながら言った。
「いつも前向きに、全力疾走してる人たちばかりですから(例えば、ルシアちゃんとか)」
すると・・・
「・・・・・・」ポッ
と、何故か顔を真赤にする勇者。
どうやら、彼の中にある、変なスイッチが入ってしまったらしい・・・。
「えっと・・・どうしたのですか?」
急に様子がおかしくなってしまった勇者に対して、そんな声を掛けたり、手を振ったりして、彼の反応を確認するユキ。
すると勇者は、ややしばらくあってから・・・
「・・・はっ?!」
とした様子で、我に返った。
現在も医務室で眠っているだろうリアや、今、自分が置かれている状況を思い出したのだろう。
そんな2人のやり取りを横から見ていたワルツが、そのタイミングで、少し呆れたような表情を浮かべながら口をはさむ。
「・・・ユキ。今、『魅了』を使わなかった?」
「いえ。使っていませんよ?・・・もしも、他の雪女たちみたいに魅了が使えたなら・・・250年間以上、春が来ない
なんてことにはなっていないはずですからね・・・」
そう言いながら、自虐的な笑みを浮かべるユキ。
すると、その会話を聞いていた勇者が、驚いたような表情を見せながら同時に声も上げる。
「ゆ、雪女?!」
「はい。雪女です。ワルツ様やカタリナ様方に新しい身体を作ってもらったので、もう、雪女と言っていいかどうかすら怪しいですけどね」
ユキはそう言うと・・・自身の真っ白な髪のことを思い出して、苦笑を浮かべた。
なお、彼女がただの雪女だった頃の髪の色は、白っぽい水色である。
そう言う意味では、余計に、雪を連想させる見た目になった、と言えるのかもしれない。
それからユキは・・・おもむろにワルツに問いかけた。
「あの・・・ワルツ様?どうしましょう?今後の関係のことを考えるなら、ここでボクの正体を明かしておいたほうがいいと思うのですが・・・」
「・・・貴女がそれで良いって言うなら・・・私に、否やはないわよ?」
「では・・・・・・まだ分からないですけど、これから仲間になるかもしれない殿方に、ボクの自己紹介をさせていただきましょう」
ユキはそう言って、いつも通りの整った姿勢で勇者の方を向くと、恭しく自身のお腹に両手を添えた。
そんな彼女の言葉に、勇者は、『なぜ、急に自己紹介なんか・・・』などと思ったようだが・・・それも、短い時間の話だったようだ。
「勇者様。意識があるうちでは、これが恐らく初めての顔合わせになると思いますが・・・ボクは、この国の北方にあるボレアス帝国から来た、雪女のユークリッド=E=シリウスです。皆からはユキ、と呼ばれています。でも・・・勇者様にはこう名乗った方が良いですよね。・・・魔王シリウス」
「・・・?!」
「以降、お見知りおきを」
そう言って、しとやかに頭を下げるユキ。
一方で、地面に這いつくばったまま、上半身だけを上げて、言葉を失い固まる勇者。
・・・こうして、色々な意味で、天と地ほどの差はありそうな2人の初顔合わせ(?)が行われたのであった・・・。
なお、ミノタウロス編は終わっていないのじゃ?
まだ、宝(?)を見つけておらんからのう。
で、なのじゃ。
タイトルの『・・・・・・』の部分。
最初は『魔王』と書こうと思ったのじゃが、よく考えると、その場におるのは魔王だけではないことに気づいて、・・・・・・にしたのじゃ。
そこには、魔王以外にも魔神も狩人も他一名もいるからの。
恐らく、この話は、もう1話だけ続くのじゃ。
さて。
それでは、今日の補足をするのじゃ。
今日は2点あるのじゃ。
まず、1点目。
雪女の『魅了』について。
これについては、サキュバス≒雪女じゃから、双方が同じような術を使えても、おかしくはないのじゃ。
・・・ちなみにじゃ。
遠い昔(6章前半?)でも言ったと思うのじゃが、サキュバス≒雪女という構図は、なにも、この物語に限ったことではないのじゃぞ?
詳しくは・・・ggrなのじゃ!
で、次。
ユキの弟について。
これは、喩え話で言っただけなのじゃ。
実際には、姉と妹しかおらぬのじゃぞ?
・・・多分の。
てな感じなのじゃ。
さて、今日も恒例の次回予告をするかのう。
・・・正直なところ、面白いことを書かねばならぬ、という強迫観念に駆られておるような気がしなくもないのじゃが・・・それでも書くのじゃ!
・・・次回、『今度は私に勇者を殴らせて欲しいかもだし!』乞うご期待!なのじゃ。
・・・あれ?そんな話なら、書いても問題ないような気がしてきたのじゃ・・・。




