7.1-19 ミノタウロス4
地底湖のあった大きな空間を中心に広がる無数の洞窟(人工)。
その中の一本、最寄りの地上出入り口へと向かう通路にワルツたちが入って、最初の角を曲がったところで・・・
「あの、ワルツ様?」
一同の最後尾にいたユキが、その足を止めること無く、悩ましげな表情を浮かべながら、先頭を歩いていたワルツに対して問いかけた。
「封印の結界魔法ですが、ミノタウロスを全て殺してしまえば解けるのではないですか?」
「・・・ダメよ?ユキ。女の子がそんな危険な発言を軽々しく口にしたら・・・」
少々、ユキの言葉遣いが拙かったためか、そのことを指摘するワルツ。
するとユキは・・・
「えっと・・・はい。申し訳ございません」
そう言って言葉通りの表情を浮かべた後・・・
「では改めて・・・・・・おっほん。・・・ミノタウロス共を一族郎党皆殺しにすれば、結界は解けるのではないですか?」ゴゴゴゴ
と、何故か凄んだ・・・。
「・・・・・・何か・・・あさっての方向に向かってない?」
「そうですか・・・この程度ではお気に召しませんでしたか・・・」
そう言いながら、両手で自身の顔に触れて、表情がちゃんと動いているかどうかを確認するユキ。
どうやら、彼女は表情に凄みが足りていなかったせいで、ワルツが満足しなかった(?)と思っているようだ・・・。
すると今度はイブが口を開く。
「皆殺しって・・・せっかくぎゅーしゃを作ったのに、ミノタウロスさんたち全部殺しちゃうの?」
そんな彼女の問いかけに、ワルツは悩みながら言葉を返した。
「そうねぇ・・・。伯爵・・・えーと、上の町の一番偉い人からは、全部退治して欲しい、って言われてるし、殺さないと外に出られないっていうなら、それも仕方ないと思うのよね・・・」
「そっかー・・・。じゃぁ、タローやハナコは殺処分にされるかもなんだね・・・」
「・・・・・・(・・・コルテックス、牛舎を作る時に、一体何をイブに教えたのかしら・・・)」
恐らく、120頭(?)いるミノタウロスの内のどれかに、太郎や花子という名前を付けられているのだろう、と想像して、頭を抱えるワルツ。
コルテックスによる・・・所謂、『生命の大切さを教える授業』というやつだろうか・・・。
「・・・イブ的には、やっぱり、ミノタウロスを生かしておいてほしかったりする?」
ワルツはミノタウロスを退治することで、イブに対してトラウマを植え付けるような事にならないか心配になって問いかけた。
するとイブは、首を振りながら、即答する。
「ううん。ヤっちゃっていいと思う。牛舎の中身がいなくなるのは寂しいけど、別にミノタウロスじゃなくてもいいかもだし」
「・・・あ、そう」
どうやら、イブにとっては、牛舎の中身のほうではなく、コルテックスと協力して作っただろう牛舎のほうが大切だったようだ・・・。
それからトンネルの中をしばらく歩いて・・・そして、ワルツが直角に曲がりくねった2つ目のコーナーを曲がった時・・・
ムォォォォ!!
曲がり角の先から、狩人待望の、野生のミノタウロス(?)が、こちらに走ってくる姿が見えてきた。
「おっと!狩人さん!ミノタウロスですよ!」
先頭を歩いていたワルツは、そう言うと、真後ろにいるはずの狩人に道を譲ろうとして、トンネルの縁に身を寄せる。
ワルツのその様子を見れば、長いこと一緒にいる狩人なら、その意味を理解して、自ら、ミノタウロスへと駆けていく・・・そのはずだったのだが・・・
しーん・・・
ワルツのことを追い越して、先に出て行く人影はいつまで経っても現れなかった。
「・・・?」
急に人の気配が無くなった気がして、ワルツが後ろを振り向くと・・・
「・・・あれ?誰もない・・・」
そこには、つい数秒前まで話をしていたはずの仲間たちの姿がどこにも無かったのである。
「おかしいわね・・・」
迫り来るミノタウロスを完全に無視して、いま曲がったばかりの角に戻って・・・そして、その先に視線を向けるワルツ。
するとそこでは・・・
「あれ?ワルツどこ行った?」
「急に消えましたね?」
「わ、ワープかも?!」
3人が、その場で、そんな会話をしながら、ワルツがどこへと姿を消したのかについて、話し合っていた。
それから彼女たちは・・・
「まぁ、そのうち、姿を見せるだろ」
「そうですね。では先に進みますか」
「二人とも薄情かもだし?」
などと言ってから・・・何故か、来た道を地底湖の方へと戻り始めたのである・・・。
「あー、なるほど。ここに結界があるわけね」
と言いながら、眼には見えない透明な結界に対して、関心したような表情を浮かべるワルツ。
仲間たちの様子から推測すると・・・この封印の結界魔法は、思考操作系の魔法を応用したものらしい。
結界魔法の境界部分に人がやってくると、認識を鈍らせて、進行方向の前後を逆さしてしまうような効果を持っているようだが・・・魔力音痴(?)なワルツにとっては、全く効果の無い魔法だったようだ。
「はいはい!みんな?こっち見えるー?」
そう言いながら、その場で手を振ってみるワルツ。
すると・・・
「ん?今、ワルツの声が・・・」
「確かに聞こえましたね?」
「あ!後ろにいるかも!」
ワルツの声に反応して、一斉に振り向く仲間たち。
どうやら、この結界魔法は、通過する光や音に対しては、特に影響を及ぼすことは無いようだ。
それから彼女たちは・・・急に顔を真っ青にすると、一斉にワルツのことを指差した。
『う、うしろっ・・・!』
「え?」
ドゴォォォォン!!
そんな爆音を立てて、ワルツの額に沈み込もうとする、ミノタウロスの巨大なラブリュス。
・・・まぁ、斧が彼女の額に当たった瞬間、運動エネルギーが『爆音』という形の音のエネルギーへと変化している時点で、何が起ったのかは説明せずとも明白だろう・・・。
「・・・あぁ。狩人さんが狩るかなーって思いまして、そのまま生かして連れて来ました。どうぞ遠慮無くヤっちゃってください!」
「え?お、おぉ・・・。すまん、恩に着るよ!」
狩人は少々戸惑い気味な様子でそう言うと・・・自分の斧が、少女に沈み込んでいかない原理が全く分からない様子で混乱していたミノタウロスへと、2本の相棒たちを使って斬りかかろうとした。
そして、狩人が、ワルツの目前5m付近まで近づいてきた時のことである。
フイッ・・・
彼女は、そんな効果音がしそうな体捌きで、まさに不意に180度方向転換すると、イブたちの方へと戻って行ってしまったのだ。
『えっ・・・』
その様子に、思わず驚いたような表情を見せる一同。
そこに、ミノタウロスに斬りかかろうとしていた狩人自身も含まれていたことについては、言うまでもないだろう。
「あれ?」
自分の身に何が起ったのか全く分からず、首を傾げる狩人。
それから狩人は・・・彼女の視点から見ると、いつの間にか後ろに来ていたワルツとミノタウロスに向かって、再び突進する。
・・・が、
フイッ・・・
「あ、あれ?おかしいな・・・」
狩人は再度、軽快なステップを踏むようにして、逆の方向を振り向いてしまった。
その後も、幾度と無く、ミノタウロスに向かってアプローチをかけようとする狩人。
しかし、どんなに繰り返しても、狩人の相棒たちがミノタウロスへと沈み込むことは決して無く・・・彼女の表情はみるみるうちに崩れていった・・・。
そんな狩人のことが、いい加減、可哀想になってきたのか、ワルツは両手を胸の前まで上げて、『待って!』のポーズを取ると、彼女に対して言葉を掛けた。
「えーと、狩人さん?ちょうどここに結界の境目があるみたいなので、それ以上、無理はしないほうがいいと思います。多分、思考を鈍らせたり書き換えたりしてしまう効果があると思うので・・・」
「えっ?・・・そ、そういうことか・・・」
そう言いながら、ダガーを胸に抱えて、大きな溜息を吐く狩人。
恐らく彼女は、ワルツに指摘されるまで、しばらく狩りをしていなかったために自分の感覚がおかしくなってしまった・・・と思っていたに違いない。
「そういうわけで、私の方からそっちに行きますね」
自身が動いて結界の内側に入れば、ミノタウロスも自ずと付いてくる・・・。
ワルツはそう思って、5m先にいる狩人のところへ歩み寄ろうとした。
その結果、特に何かが起こるわけでもなく、彼女は難なく結界を超えることに成功するのだが・・・今度は、
フイッ・・・
と、何故かミノタウロスの方が、180度方向転換して、後ろを振り向いてしまった。
その際、彼(?)が、いなくなってしまった得物を探すように辺りに視線を向けていたところを見ると・・・この結界魔法は、ミノタウロス自身にも効果を発揮する、外からも中からも超えることの出来ない透明の壁、ということになるようだ。
『・・・・・・』
そんなミノタウロスに対して、微妙な視線を向ける一同。
その中で狩人だけは違う表情を浮かべていたようだが・・・まぁ、どんな表情を浮かべていたかについては、説明に大きな困難を伴うので割愛しようと思う・・・。
「・・・まぁ、良いわ」
そう言って、ミノタウロスに指を向け、
クイッ・・・
と、指につけた見えない糸のようなもので、ミノタウロスを引っ張る素振りを見せるワルツ。
要するに彼女は、重力制御システムを使って、ミノタウロスをこちら側へと引っ張ろうとしたのである。
(狩人さんの手が届かないなら、無理矢理にこちら側へ引っ張っちゃえばいいのよ。・・・まぁ、みんなで向こう側に行くっていう手もあるんだけどね?)
そう考えながら、実際に重力制御システムを起動して・・・そしてミノタウロスにこちら側へ落ちるように加速度を加えるワルツ。
するとミノタウロスの身体が、不自然に動いて・・・彼女の思惑通り、自分たちの方向へと向かって落ちてきた。
・・・だが、そこで、誰も予期していなかった事態が起こってしまう。
カランカラン・・・
・・・ミノタウロスが手にしていたラブリュスが、ワルツの近くの地面に落ちたのだ。
それ自体に何か問題があったわけではなく、単にミノタウロスが自身の得物を手放しただけなのだが・・・そんな音が、トンネルの中に響き渡った直後、
『・・・・・・え?』
何が起ったのか分からず、その場にいた者たちは思わずそんな音を口から漏らした。
それは・・・眼の前にある結界魔法が効かなかったワルツも同じである。
そんな彼女たちの前で何が起ったのかというと・・・
「あれ?もしかして、ジロー消えちゃったかも?!」
そう口にするイブの言葉通り・・・水平方向の自由落下によって結界を越えようとしていたミノタウロスが、どこか虚空へと姿を消してしまったのである。
どうやら、この結界は、無理に越えようとすると、生体を排除するような仕組みになっているようだ・・・。
軽度の修正かと思いきや、全然軽度じゃなかったのじゃ・・・。
というか、使わないor使いたくない言葉が多すぎて、二進も三進も行かないのじゃ・・・。
全く、困ったものじゃのう・・・。
・・・縛りというのは。
で、随分と時間が遅くなってしまったが故、さっさと補足に入らせてもらうのじゃ。
一個だけあったような気がしたのじゃが・・・何じゃったかのう・・・。
・・・あ、そうだったのじゃ。
どうでもいいことなのじゃが・・・ミノタウロスの身体が何処かへと消え去って、そしてラブリュスはその場に残された。
つまり・・・褌はどうなったのか、という疑問が、本文の中ではなくて、あとがきの中で生じると思うのじゃ・・・多分の。
これはのう・・・あまりいいたくないのじゃが、もちろん、その場に落ちておるのじゃ。
アイテム『ミノタウロスの褌』か、アイテム『使い込んだ褌』・・・という、多分売っても1ゴールドにすらならないゴミじゃの。
・・・とはいっても、少なくとも、ワルツの視点からは、アイテムという概念は関係ないのじゃ。
というわけで、本文には全く関係ないのじゃ!
と、今日はこんなところかのう。
次回は・・・『イブ、肉食獣の目覚め』乞うご期待!なのじゃ!
・・・本当は、封印関連の駄文が続くだけじゃがの・・・。




