1.2-14 町での出来事5
町に来てから2日目。
この日、ルシアは、これまでの人生の中で、最も清々しいとも言える朝を迎えていた。
ガチャッ……
「うーーーーんっ……!」
薄暗かった部屋の窓を開け、東の空にあった太陽の光を取り入れて、気持ちよさそうに背伸びをするルシア。普段は朝が弱いはずの彼女だったが、今の彼女にその様子は見られず。まさに朗らか、といった様子でルシアは朝の空気を深く吸い込んだ。彼女に、一体、何があったというのか……。
その一部始終を眺めつつ、いつの間にか起き上がって自身のベッドに腰掛けていたワルツは、ルシアの後ろ姿に向かって、おもむろにこう話しかけた。
「あら、おはよう。ルシア?昨日は、よく眠れた?」
「おはよう、お姉ちゃん!すっごく、よく眠れたよ?」
「それは良かったわ。でもね……早く着替えて、下にいかないと、宿で出される朝の食事の時間を過ぎちゃうわよ?」
「…………え゛っ!」
どうやら、知らず知らずのうちに旅の疲れが溜まっていたらしく、ルシアの起床時間は、いつもよりもかなり遅かったようである。ようするに彼女は寝坊してしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってて!いますぐ、準備するから!」どたばた
「あ、うん。まだ少し余裕があると思うから、ゆっくりでも大丈夫よ?あと、ルシアが準備してる間、ちょっと用事があるから、私は外で待ってるわね?」
「う、うん?分かった」
寝起きで混乱していたためか、頭から逆さにスカートを被り始めたルシアに対し、生暖かい視線を向けながら、その場を立ち去るワルツ。
ちなみに、同じ部屋に泊まっているはずの狩人はというと、彼女はルシアが寝付いた深夜ころに宿へと戻ってきて、そして朝方、ルシアよりも早く起き、すでに出かけてしまっていた。その姿をワルツは出迎えて、そして見送ったようだが、狩人がどこで何をしているのかは、ワルツが聞いてもはぐらかされてしまい、結局、聞けずじまいだったようである。
それからワルツは部屋から外へと出ると、そこにあった廊下を進んで、その先にあった階段の縁で立ち止まった。そこで彼女は、その場にしゃがみ込むと、変質者よろしく、階段の下を覗き始める。
「(えーと?おー……いるわね……)」ちらっちらっ
そこにいたのは、ワルツとルシア以外の宿泊客たち。彼らは1階にあった食堂で、朝食のサービスを受けていたようである。どうやらワルツは、その様子を、隠れながら観察していたらしい。
「(ふーん……。ビュッフェじゃなくて、カウンターで受け取る形式か。狩人さんが言ってた通り、美味しそうね……)」
そこに並んでいた朝食の様子を眺めながら、その食事がどこから運ばれてくるのかを観察するワルツ。
すると、そんな時。彼女の後ろから不意に声が飛んできた。
「……お姉ちゃん、何してるの?」
どうやらルシアが超速で、朝の準備を終えたらしい。
「あ、あら……お、思ったより早かったわね?」びくぅ
「うん。頑張ったから……。それで……お姉ちゃん、何してるの?」じとぉー
「見つかっちゃったかー……仕方ないわね」
妹からの痛い視線に耐えきれなくなったのか、ワルツは小さく溜息を吐くと、何故そこで怪しげな行動をしていたのか、その事情を話し始めた。
「そうね……ルシアはこういう宿屋に泊まったことある?」
「えっ?ううん?今回が初めてかなぁ?」
「あら、そう。奇遇ね?実は私も初めてなのよ。じゃぁ聞くけど……ルシアは、どうやって、朝食を貰えばいいと思う?」
「えっ……下に行って、朝食ください、って言えばいいんじゃないの?」
「そうよね?そう思うわよね?でもさ……ここに来た時に手続きしてたのって、狩人さんじゃない?しかも狩人さん、ここの常連みたいだから、店主さんから説明らしき説明を受けてなかったし……。ということはよ?実は、私たちが知らないルールか何かがあるって可能性、考えられない?それを破っちゃったりすると……追い出されるとか……。絶対にそんなこと無い、って言い切れる?」
「えっ……」
姉から判断を委ねられても、すぐに返答できなかった様子のルシア。直前まで、ワルツの話を聞いて懐疑的な表情を浮かべていた彼女だったが、いざ、判断を任せられると、自信を持って自分の考えを断言できなかったらしい。
それを見たワルツは、どこか納得げな表情を浮かべると、そのまま言葉を続けた。
「まぁ、そんなわけだからさ、他の人たちの様子を見てたのよ。みんなの様子を見てたら、何か分かるんじゃないかなーって思って」
「そっかぁ……」
その結果、ワルツと同じ結論に至ったのか、彼女と共に階段の縁にしゃがみ込むと、その隙間から下の階を覗き見ようとするルシア。こうして2人は、姉妹並んで、客たちの同行を観察することになったのである。
なお――
「(……狩人の姫さんが連れてきた嬢ちゃんたち……ここで何やってんだ……?)」
――2人のさらに後ろから、その様子を怪訝そうに眺める者がいたのだが……。彼女たちがその存在に気づくのは、もうしばらく先のことである……。




