7.1-08 伯爵からの報告2
敬語の関係と、親子の会話の関係で、ワルツと狩人と伯爵の口調が乱れておるのじゃ。
ご注意下さいなのじゃ。
カチッ・・・カチッ・・・カチッ・・・
部屋の中を包み込む重苦しい雰囲気の中で、静かに時を刻み続ける、大きなゼンマイ時計。
そんな時計があったのは・・・もちろん、ワルツたちのいた、応接室の中である・・・。
一体何故、部屋の中が、そんな異様な空気に包まれていたのかというと・・・
「・・・・・・」
町の主である伯爵が、腕を組みながら、難しそうな表情を浮かべて眼を閉じ、そして考え込んでいたからである・・・。
彼の思慮の中心にいるのは、恐らく元魔王のユキだろう。
「・・・・・・」チラッ
「えっと・・・・・・何かありました?」
「・・・・・・」
時折、片目を開けて、ユキの姿を眼に入れる伯爵。
しかし、ユキが問いかけても、伯爵が返事を口にすることは無かった・・・。
「えっと・・・何か粗相をしてしまったでしょうか?」
ユキは両隣にいた2人に問いかけるも・・・
「いや・・・・・・そういうわけではないと思うな・・・」
狩人は、難しそうな表情を浮かべて、曖昧な回答を口にし・・・
「えーと・・・・・・うん。政治的な問題ってやつね・・・」
ワルツの方は、後悔しているような、納得しているような・・・表現に困る表情(苦笑)を浮かべながら、そんな言葉を返してきた。
「そうですか・・・。そうですよね・・・」
2人の言葉を受けて、目の前の伯爵に対して失礼にならないように、口の中だけで小さく溜息を付くユキ。
彼女は、自分が魔族(それも『元』という文字が付くとはいえ、魔族を統べる王)であることが、一般的(?)な人間側の住人にどう見られるのかを考えて、容易く超えることのできない壁を感じ取ったようだ・・・。
それからユキは、伯爵に対して、誤解を解くために、言葉を選びながら話し始めた。
「狩人様のお父様・・・いえ、ベルツ伯爵。ボクは、確かに魔王でした。ミッドエデンの北方にある『大河』を超えたその向こう側のボレアスという国で、魔族である民を総ていたのです。ボクが王座についてから250年間、確かに、訳あって、人間側の国と戦火を交えることもありましたが、少なくても今・・・そしてこれからもずっと、ミッドエデンと戦争をするつもりも敵対するつもりも、ボクたちにはありません。・・・口だけで言っても、伝わらないかもしれませんが、どうか、ご理解いただけると幸いです・・・」
そう言って、頭を下げるユキ。
すると今度は、何故か伯爵が少々慌てた様子で話し始める。
「ユキ様。どうか顔をお上げください。娘やワルツ様が連れてきたお方が、悪い方ではないことは重々承知しております。ただ・・・私的なことで申し訳ないのですが、1つだけ混乱してしまうことがございまして・・・」
そう言ってから、言葉を一旦区切る伯爵。
それから彼は、考え込んでいた理由を、申し訳無さそうに口にし始めた。
「・・・貴女様のお姿が、この国に伝わる女神の姿に酷似しているのですよ・・・」
『・・・あ、そういうことですか』
伯爵の言葉に反応したのは、自分の姿が女神に似ている、という話を聞いていたユキ・・・だけでなかった。
彼女の今の姿を造って、更には女神の話をした本人であるワルツも、同様に納得したような様子を見せたのである。
「こんなところで、副作用が出るなんて・・・。本当にごめんね、ユキ」
『えっ・・・』
ワルツの言葉に、違う種類の『えっ』を口にするユキと伯爵と、そして狩人。
伯爵と狩人の方は、ワルツの言葉の意味が分からないために漏らした疑問の声で、ユキの方は・・・まぁ、わざわざ説明することでもないので省略しよう。
「一体どういう・・・」
「・・・なんでもありません。単に伝承に似てるだけで、赤の他人ですので気にしないでください」
「は、はぁ・・・・・・」
特に理由を話すこと無く、無理やりにその話を切り上げようとするワルツ。
そんな彼女の態度に、伯爵は困ったような表情を浮かべつつも・・・しかし、彼は、それ以上、問い質すようなことはなかったのであった。
恐らく、ヤブをつついた結果、魔王か魔神か女神が出てくると思ったのではないだろうか・・・。
それから部屋の空気が元に戻ったところで。
ワルツは、伯爵がこの部屋に入ってきた時から持っていた疑問を口にした。
「そういえば、奥さんはどうしたんですか?」
その言葉を聞いて、獣耳をピンと張る狩人。
その耳で音を聞くことはできないはずだが、自分の母親がいないことについては、ワルツと同様に気になっていたらしい。
「キャロル・・・妻は、今、アルクの村に出向いています。なにやら最近、かの村は大きく発展しているらしく、この町の自宅が完成するまでの間、私の代わりに査察に出ているところです」
その言葉に最初に反応を返したのは、アルクの村に長いあいだ派遣されていた狩人であった。
「アルクの村ですか・・・。長いこと行っていないような気がしますが、大きく変わってしまったようですね・・・」
「あぁ。俺の方も直接行ったわけではないから詳しいことは分からないが、最近、斬新な道具や魔法を使って商いをする者が増えているらしく、急に人口が増えていらしいぞ?」
「そうですか・・・。機会があったら、一度行ってみたいものです・・・」チラッ
と、ワルツに対して、視線と共に副音声を送る狩人。
「・・・いや、良いですよ?行っても。でも、コルテックスが首を縦に振ったら、ですけどね?」
「無理にとは言わないさ。例えば、明日の帰り際とかな」
「それなら・・・多分、良いんじゃないでしょうか?」
2人が、スク水すがたのコルテックスを想像しながら、『村に寄りたい』とどのタイミングで言ったら、彼女が嫌な顔せずに了承するか、などと考えていると・・・会話を聞いていた伯爵が、ワルツに対しておもむろに問いかけてきた。
「あの・・・ワルツ様?もしかして、外に停泊している巨大な飛行艇は・・・」
「え?あぁ、うちのエネルギアですか?そういえば、まだ説明してなかったでしたね」
「やはり、ワルツ様方の飛行艇でしたか・・・。兵士たちや町の人々の間で、大問題・・・いえ、大きな話題になっていたんですよ」
「でしょうね・・・」
そう言いながら、船を降りた瞬間に自分たちに向けられてきた多くの視線を思い出すワルツ。
彼女はそれと同時に、伯爵がこの部屋にやってきた際に息を切らしていたことも思い出して、言葉を続けた。
「もしかして、伯爵が忙しかったのって・・・それが原因だったりします?」
ワルツは、実は自分たちが、伯爵たちを振り回す原因を作ったのではないか、と思ったらしい。
その場合、何の連絡もなく急に押しかけて、街中を混乱の渦に叩きこみ、町の伯爵を呼び出して、元魔王を紹介した・・・ということになるだろうか・・・。
しかし、そんなワルツの予想に反して(?)、伯爵は首を横に振ってから言った。
「・・・否定はしませんが、飛行艇に関しては大体予想が付いていたので、大した問題ではありません」
「・・・え?じゃぁ、もしかして、何か重要な式典をしていたとか、重要な客人を迎えていたとか、重大な問題が生じていたとか・・・?」
すると伯爵は、彼女の最後の言葉に反応して・・・どこか、諦めたような表情を見せながら口を開こうとした。
恐らく、ワルツたちには言うつもりの無かった言葉なのだろう。
「実は・・・」
と、伯爵が説明を始めようとした時だった。
ドゴォォォォン・・・
町の何処かで何かが爆発したような、低い音と振動が響いてきたのである。
「・・・・・・」
その音の正体が分かっているためか、特に慌てた様子を見せずに席についたまま、眉を顰める伯爵。
「もしかして、アトラスたちじゃ・・・」
ワルツは別れて行動している弟たちが何か仕出かしたのではないか、と考えたのだが・・・どうやら、そういうわけではないようだ。
「実は・・・」
再び同じ言葉を繰り返すように口を開く伯爵。
・・・そして彼は言ったのである。
「・・・地下のトンネルに魔物が住み着いて、それを駆除するために、勇者様と共に戦っていたのです・・・」
「えっ・・・。あの・・・なんか、すみません・・・」
エネルギアによって迷惑をかけたのかと思いきや、以前作った避難壕、兼、大規模トラップが原因でトラブルが起こっていることを知って、頭を抱えるワルツ。
どうやら、この町は今、目には見えない危機に瀕していたようだ・・・。
タイトルを間違えた感で、胸が一杯なのじゃ。
それはもう、張り裂けんほどに、の?
・・・おっと。
妾のこんぷれっくすの話はここまでなのじゃ!
さて。
そんなこんなで、地下での戦闘が始まりそうなのじゃ。
問題は・・・誰をどう戦わせるか、なのじゃ。
・・・ちょっとその後で事情がある故、あまりここから飛ばすわけには行かないのじゃ・・・。
まぁ、その点についてはどうにかする算段じゃがの?
さて。
1点だけ補足するのじゃ。
狩人殿が普段とは異なる口調で、『長いこと行ってない』と言ったアルクの村。
なお、前回行ったのは・・・ボレアス編が始まる前、まだサウスフォートレスが健在だった頃なのじゃ。
じゃから・・・大体、1ヶ月くらい前かのう?
この1ヶ月が、長いか短いか、という話は、人によってマチマチじゃと思うのじゃが・・・生活の中心をアルクの村にしておった狩人殿にとっては、随分長いことのように思えておったのじゃろうのう。
まぁ、それも、半日も立ち寄っておらぬから、実質、3・4ヶ月ぶりと言ってもいいかも知れぬがの?
・・・狩人殿の家・・・まだ残っておるのじゃろうか・・・。
今日はそんなところかのう。
あとは・・・ユキの『えっ』が何を意味しておったのか・・・まぁ、これについては別に説明せんでも良いじゃろう。
何か、理不尽を感じておったんじゃろうのう。
どんな理不尽を感じたかについては・・・知らぬがの?




