1.2-13 町での出来事4
黒く輝く金属。風を往なす流線型の身体。人とは比べものにならないほど高い身長……。ルシアの方を振り返ったワルツの背後に、そんな”バケモノ”が現れた。
それはワルツの機動装甲。そして彼女の本体である。
「……改めまして。こんにちは、ルシア。私の名前はワルツ。この世界に迷い込んだ、人ではない――バケモノよ?」
ワルツはそう言いながら、ホログラムの姿と、機動装甲の姿を連動させて、ルシアに挨拶した。
ただしそれは、そこまでの話。その言葉を最後に、ワルツのホログラムの姿は、空中に溶けるように消えてしまう。
「まぁ、自分で自分のことをバケモノ呼ばわりするとか、頭おかしいとしか思えないけど……でも、これが紛れもない私の本当の姿よ。貴女は、こんなにも醜い私の……妹になんかになりたいと思う?」
機動装甲に内蔵されたスピーカーから、いつも通りの声を発声して、そんな自嘲的とも言える質問を、自身の目の前に立っていた小さな少女へと投げかけるワルツ。
この時、彼女は、実を言うと、頭部のカメラから映像を遮断して、眼を瞑っているのと同じ状態にあった。ルシアがどんな表情を浮かべているのか、そしてどんな視線を自分に向けているのか、ワルツはその様子を見たくなかったのである。それを見てしまったなら、きっと自分は後悔する……。彼女はそんなことを考えていたようだ。
そしてワルツが、いつまでも返事を戻さないルシアの沈黙から、彼女がどんな返答を考えているのかを察して、次の言葉を口にようとした――そんな時である。
ペタッ……
「……温かい」
ワルツの脚部に、小さな手の感触が伝わってきたのだ。彼女の脚部の、お世辞にも温かいとは言えないはずの装甲板に、ルシアがそっと手を触れたのである。
それを感じて、思わずカメラからの映像をオンラインにして、足元を見下ろしてしまうワルツ。その結果、彼女の眼に入ってきたのは――
「どんな姿をしていたとしても……お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだもん!」
――そう口にしながら、真剣な表情を見せて、自分の脚部に抱きつくルシアの姿だった。
「……私のこと、怖くないの?」
「うん。これっぽっちも怖くないよ?それより私は……逆にお姉ちゃんに聞きたい」
ルシアはワルツの脚部に抱きついたままそう口にすると、何かを隠すかのようにして、その額を装甲板に当てると、その小さな口で再び言葉を紡ぎ始めた。
「……私みたいに、モノを壊しちゃうような危険な魔法しか使えない悪い子を……妹にしちゃってもいいの?お姉ちゃん。”バケモノ”って言われて……今まで、お友だちすら出来なかった私なんかを……」
そう言って、顔を伏せて、小さく震えるルシア。
すると、そんな彼女の姿を見ていて、段々と居たたまれなくなってきたのか、ワルツは再びホログラムの姿を見せると――
ギュッ……
――と、彼女のことを抱きしめた。
そしてワルツは、自身の胸の中にいたルシアに対し、こう口にしたのである。
「なら、ちょうどいいわね?バケモノはバケモノ同士、仲良くやりましょ?あ、でも、あまりバケモノバケモノって言ってると、本当にお化けみたいになっちゃうから、自分たちで自分たちのことをバケモノなんて呼ぶのは、これっきりよ?」
そう言って、自身の右手の小指をルシアの前へと差し出すワルツ。
一方――
「……うん?」ぐすっ
――その小指の意味が分からなかったのか、いつの間にか涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていたルシアは、顔を上げると同時に首を傾げてしまう。
それを見たワルツは、優しげな笑みを浮かべると、もう片方の手でルシアの涙を拭き取って、そして彼女に対し、その小指の意味を説明し始めた。
「お互いに小指を絡ませて、魔法の言葉を唱えるのよ?そして指を離すと……約束が叶う、っておまじない。知らない?」
「……初めて聞いた」
「あらそう。じゃぁ、実際にやってみる?」
そう言って、ワルツが再び小指を差し出すと、そこに自身の小指を絡ませるルシア。それを見たワルツは、繋がった指を振りながら、日本人なら誰もが知っているわらべ歌を歌い始めた。
「〜〜〜♪指切った!」ひょいっ
「…………?」
「え?今のがどんな意味を持ってたかって?そりゃ、もちろん……ルシアの泣き虫が治りますように、っていう願掛けよ?」
「えっ……」
「だって、2人でする約束事って、お互いに同意がないとできないじゃない?私がどんなに言っても、それは私が勝手にやったことでしかないからね。だから、今のは一方的な願掛け。本番はこれからよ?もしも姉妹になることに同意できるなら……ルシアも今の歌を歌って、指を離してくれるかしら?」
その言葉を聞いて――
「……うん。分かった」
――と言って、再びワルツの小指に、自分の小指を絡ませるルシア。
そして2人は歌い始めたのである。
地平線の下に沈みゆく真っ赤な太陽に照らされた空の下、誰もいない町の中で紡がれる2人のわらべ歌。それは、一見すれば、明日、再び会って、遊ぶことを約束する少女たちが交わす、一日の最後の戯れのようにも見えていた。
しかし、それは、終わりの歌などではなく、始まりの歌。これから先、はるか未来まで、違わない思いを誓う詠唱である。魔力を持たないワルツでも、唯一使うことのできる魔法――そう表現できるかもしれない。
そして――
「「〜〜〜♪指切った!」」
――その言葉と共に、2人の小指は離された。
この瞬間、彼女たちは、姉妹になる約束を交わしたのである。




