7.0-18 別の王都の長い夜6
「(・・・こういう時、どう反応すれば良いのかしらね?)」
かつて姉が、自身の機動装甲を使って、多くの仲間たちを驚かせてきただろうその光景を想像するストレラ。
その際、仲間たちは一体どんな反応を見せていたのか・・・。
ストレラは、まさか自分に、その番がやってくるとは思っても見なかったようである。
・・・とはいえ、相手はもちろん姉ではなく、自身の前で静かに頭を垂れている巨大なドラゴンなのだが・・・。
「(・・・まぁ、ここは異世界なんだし、実はお父様がトカゲだった、っていう展開でも、全然、受け入れられなくはないんだけどね?・・・でも、どっちなのかしら?元は人だったのか、それとも最初からトカゲだったのか・・・)」
冷静なのか・・・それとも混乱しているのか・・・。
次の瞬間には反応のことなど忘れて、彼女の頭の中では、そんな現状には関係のない、どうでもいい考えが浮かんだり沈んだりを繰り返していたようだ。
そんな彼女の内心を悟った(?)のか、それとも単に、ぼーっとした視線を自身に向けてくることに対して気づいたのか・・・カノープスは、はっとした様子を見せると、ストレラからゆっくりとその4本の手足で後退った。
どうやら、彼女が自分のことを怖がっている、と思ったらしい・・・。
すると次第に、彼の真っ黒な全体像が、ストレラの眼に見えてくる。
「・・・やっぱり、大きなトカゲね」
その姿に、混沌とした思考ループの中から脱することに成功して、そう口にするストレラ。
しかし、その見た目だけでは、カノープスがなんという種類のドラゴンなのかまでは分からなかったようだ。
・・・いやむしろ、ドラゴンに興味の無かった彼女にとっては、例えどんなドラゴンだったとしても、単に巨大な爬虫類の一種にしか見えなかった、と言ったほうが良いだろうか・・・。
「いや、トカゲでは・・・・・・」
どこか安堵した様子で、そこまで言ってから・・・急に言葉を止めるカノープス。
それから彼は、急に態度を変えて、問いかけの言葉を口にした。
「っ!そんなことはいいんだ、ストレラ!身体に問題はないか?!」
「え、えぇ・・・。なにか塩辛い水を掛けられて水死しそうになったことを除けば、奇跡的に回復したみたいだから、今のところ問題は無いわね・・・」
「そうか・・・。本当に良かった・・・」
そしてカノープスは、その大きな鼻で、疲れたような溜息を吐いたのである。
そんな彼の瞳が、汗ではない何かで湿っている様子を見て、
「・・・・・・(全身がびしょ濡れなんだけど・・・これの理由、聞いた方が良いのかしら?)」
と、問いかけるかどうかを悩むストレラ。
もちろん、カノープスの眼から溢れ落ちただろう涙の雫(?)によって濡れたことは分かっていたので、彼女は、どうして涙まみれにする必要があったのか、と問いかけようとしたのだが・・・。
しかし、安堵している彼の姿を見る限り、その理由は明らかだった上、わざわざ聞くような内容の話でもない、と思ったらしく、彼女は結局、そのまま口を閉ざすのであった。
・・・そして再び沈黙の時間が訪れる。
それは・・・普段、ストレラとカノープスとの間に流れる静かで穏やかな空気とは異なっていたが、ストレラとしては、嫌いではない空気だったようで、その口元を小さく釣り上げた。
それから彼女は、自身の後ろにいたポチの呼吸が安定しているのを確かめると、自分から後退るように移動していたカノープスの顔の側まで近づいて・・・そして彼の鼻先に、静かに手を置きながら問いかけの言葉を口にする。
「・・・まだ、王城に帰るっていう選択肢は・・・私に残されているかしら?」
そんなストレラの言葉に、一旦は口を開いて、何かを言おうとしていたカノープスだったが・・・声が出る前に口を閉ざすと、溜息のような鼻息を彼女に当てて間を置いてから、ようやく話し始めた。
「それはもちろんだが・・・何も聞かないのか?」
「え?何か聞いてほしいの?こっちだって何も聞かれないから、わざわざ聞かなくていいかなぁ、って思ってたんだけど・・・」
「・・・そうか。ならいい・・・・・・」
「あ、でも、一つだけ聞いておきたいかも」
「・・・?」
「お父様って・・・なんの種類のトカゲなの?」
「いや、トカゲでは・・・」
そう言ってから、あまり表情の動かない顔で無理矢理に苦笑を浮かべたカノープスは、巨大な上半身を起こしてから、ストレラの質問に短く答えた。
「・・・魔法を操るドラゴン・・・闇竜だ」
「(名前が1等星なのに、『闇竜』ってシュールね・・・。っていうか、単なる黒竜じゃないの?)」
真っ黒な身体と、真っ黒な翼、それとは別にある真っ黒な腕と、真っ黒な足、それから真っ黒な尻尾・・・。
ストレラから見て、カノープスはどう見ても黒竜だったが、本人曰く『闇竜』だというので・・・
「(もしかして100歳超えても厨二病って治らないのかしら・・・)」
そんなことを考えながら、彼女は難しい表情をカノープスへと向けるのであった・・・。
その後。
カノープスがこの場へと持ってきていた鞄の中から、彼に言われるがままに、小瓶に入った何か透明な液体を取り出すストレラ。
それから彼女がその蓋を開けて、中身を彼の口の中へと流しこむと・・・その直後、カノープスは元の人間の姿へと戻った。
そして彼は、破れてしまった服の代わりに、恐らく、いつも持ち歩いているだろう替えの服を身に付け・・・そして、何事も無かったかのように、転移魔法を行使したのである。
なお、彼が口にしたその液体は、液化した魔力である『マナ』だったのだが、ワルツから水竜や飛竜に関する報告を受けていないストレラには、その中身の成分が何なのか分からなかったようだ。
なので彼女は、移動の最中・・・
「(変身するための魔法の液体?飲めば、好きな姿に変身できるのかしら・・・)」
などと思いながら、空になってしまった小瓶に、怪訝そうな視線を向けていたようだ。
まぁ、それはさておき。
彼女たちは一体どこへ転移したのかというと・・・
『くぅん・・・』
三つ首の巨大な犬であるポチを、彼女の小屋(?)の中へと押し込むために、カロリスの王城にある中庭へとやってきていたのだ。
そう、『押し込む』ために、である。
「ほら、お父様。腰が抜けてるわよ?」
「人の姿では力が出せん・・・」
麻痺毒のせいで動けなくなった大きなポチ(20m)のことを、真っ暗な王城の中庭で、どうにか小屋の中へと押そうとする国王と王女。
もちろん、ストレラが本気を出せば、ポチの1匹や100匹くらい、どうということはなかったのだが・・・無理矢理に押し込もうとすると、ポチの巨体に比べたら針のようなストレラの腕に途轍もない力が加わり・・・その結果どうなるのかについては、詳しく説明しなくても分かるのではないだろうか。
あるいは、強大な風魔法を使って、『面』で押しこむ、という方法も考えられたのだが、兵士たちが即席で作ったポチの小屋(?)がその強風に耐えられるか・・・甚だ怪しかったのである。
故に、彼女たちは腕力だけで、どうにかポチを押し込もうとしたわけだが・・・全くもって、上手くいっていなかったようだ・・・。
「なんか無理やり押すとメキメキって音がするから、これ以上押したくないんだけど・・・・・・というわけだから、お父様?転移魔法を使って、ちょっと30mくらい先にポチを送ってくれない?」
「いや、無理だ。そんな芸当はできん・・・」
と、ストレラの提案に首を振る、人の姿をしたカノープス。
どうやら彼の転移魔法は、長距離向きの魔法らしい。
「でも、このままじゃ無理よね・・・」
「仕方ない。助けを呼ぶか・・・」
ポチのことを小屋の中に押し込むことを諦めた2人は、このケルベロスの問題を解決するために、援軍を要請することにしたようだ。
・・・と、その際、ストレラは何かを思い出したかのような表情を浮かべてから、兵士たちを呼びに行こうとしていたカノープスに対して口を開いた。
「あ、そういえば・・・あの液体。アレを使えば、ポチを小さく出来るんじゃない?」
「マナか?・・・いや、それはあり得な・・・」
カノープスはそこまで言って、言葉を止めた。
あり得ない・・・。
この世界・・・特に自身の周りにおいて、『あり得ない』という言葉が、全く無意味な言葉であることに気づいたらしい。
「・・・試しに飲ませてみるか?」
「えっと・・・お父様が良くて、貴重なものじゃなきゃ、試してもいいかもね?」
「あぁ。大丈夫だ。サウスフォートレスで湧いている単なる飲水だからな」
「・・・・・・え?」
もしかして、サウスフォートレスの水道水(?)は、飲むと変身できるの?、と思ったのか、言葉を失っている様子のストレラ。
その理屈で考えると、サウスフォートレスの住人は、大半が人に化けている何か、ということになるだが・・・もちろん、そんなことは無い、ということだけは明記しておこう。
「・・・どうした?残念そうな顔をして・・・」
そう言いながら、バッグから別の瓶を出して、ストレラに渡すカノープス。
「・・・いいえ、何でもないわ・・・。・・・早速、飲ませてみるわね」
瓶を受け取ったストレラは、先ほどカノープスに飲ませた際と同じように蓋を開けて・・・そしてポチの真ん中にあった首の口の中に、瓶ごと腕を突っ込んだ。
そして逆さにする。
「・・・薬だってさ?」
と、いましがたポチの目の前で、湧き水だの単なる飲水だのというやり取りをしていたことを、一切合切無かったことにして、そう口にするストレラ。
まぁ、ポチの方は、そんなことを気にしている頭脳が無かったためか、あるいは体力的にそこまで余裕がなかったためか・・・ストレラにされるがままに、マナを飲み込んだのである。
「さぁ・・・何になるのかしら?」
「さぁな・・・」
「さぁな、って・・・あ。さっそく、変化が始まったみたい」
どうやら、ポチにマナを飲ませても、何やら変化が起こるらしい・・・。
「(どんな姿になるのかしらね・・・)」
ストレラは、頭の中で、3つ首のポチが・・・例えば『人間の姿』に変身した後の姿を想像した。
・・・結果。
「ちょっ・・・これ、拙い気しかしないんだけど・・・」
どうやら、彼女の頭の中では、首から先が・・・・・・いや、こう言ったデリケートな話は止めておこう。
・・・しかし、現実は、彼女の想像とは少し・・・いや、大きく異るものだったようだ。
ポチが変身し終えた後のその姿に・・・何故か、頭を抱えるストレラ。
対して、納得げに頷くカノープス。
なぜなら、そんな彼女たちの前に・・・
「・・・どうして数が増えるの?」
ストレラと同じくらいの大きさになった・・・3人の元はポチと思わしき少女たちが、グッタリと寝そべっていたからである・・・。
どうしようかのー。
このままこの話を終えても良いんじゃがのー。
で、次回、ストレラたちが登場した時に、黒犬三姉妹(?)がドタバタ・・・という手もあるんじゃよなー。
・・・エルメスがどんな反応を見せたとか・・・別に言わんでも良いじゃろー?
うん!よし!なのじゃ!
この話はここで、一旦お開きにする、ということにするのじゃ。
その理由は・・・カタリナがここにいない以上、ポチ嬢たちの治療ができないために、彼女たちの自然治癒に任せねばならず、夜の内に全てが終わらない・・・ということにしておこうかのう。
いや、書くのが面倒になったとか、そんなことは無いのじゃぞ?
まぁ、他にも言いたいことはあるのじゃが、この話はここでとりあえず終わりなのじゃ!
で、なのじゃ。
さっそく、補足していくのじゃ。
今日の文は、諸事情により穴だらけだったのじゃ。
上手く書けんかった・・・というか、変に語ると蛇足になって語れなかったというか・・・。
いつかは、その辺のバランスを上手く見極めて、ギリギリのラインまで攻められるようになると良いんじゃがのう・・・。
というわけで。
まずは・・・『ドラゴンの涙』について、かのう?
様々な物語で、『ドラゴンの涙』というのは、特別な意味を持っておるのじゃ。
宝石だったり、貴重な材料だったり、不老不死の薬だったり・・・。
この物語では・・・そうじゃのう・・・ドラゴンの種類によって、効果が異なる、と言っておこうかのう。
今回の場合、カノープスは、『魔法を操るドラゴン』の闇竜と言っておるから、その眼から溢れる涙は、魔法そのものを具現化したような液体、ということになるかのう。
つまり、全魔力を失ってしまったストレラにとっては、MP(?)を全回復するための特効薬だった、というわけなのじゃ。
ちなみに、水竜と飛竜の場合は・・・いや、これ以上は語らないでおくのじゃ!
で、次。
結局、カノープスは、人になったドラゴンなのか、ドラゴンになった人なのか。
そのついでに、彼の兄・・・アルクの村の酒場の店主は何者なのか・・・。
これらについては、その内、本文の中で出てくるはずじゃから、そっちで説明することにするのじゃ。
流石にソレをここで書くとネタバレになるからのう・・・。
で、どうでもいい補足はこれ最後になるかのう・・・?
闇竜と飛竜と水竜と地竜の見た目の違いについて。
4種類ものドラゴンが出て来たんじゃが・・・ドラゴンと言っても、一緒くたにしてはいけないと思うのじゃ。
じゃから、違いを述べたいのじゃが・・・簡単なのは、水竜と地竜かのう。
水竜はシーサーペントドラゴンじゃから、巨大な海蛇のような姿をしておるのじゃ。
で、地竜の方は、翼を持たず、ゴツゴツとした岩で覆い尽くされておる巨大なトカゲ・・・といった雰囲気なのじゃ。
じゃがのう・・・。
カノープスと飛竜は・・・形状の見た目が似通っておるのじゃ。
二足歩行出来る太い足があって・・・
モノを掴むことが出来る腕があって・・・
身体本体と同じくらいの長さの尻尾がついていて・・・
背中には腕と一体ではない、独立した翼が生えていて・・・
・・・そこまで一緒なのじゃ。
その他の見た目の違いは・・・細いか太いかくらいなのじゃ。
飛竜は空を飛ぶことを主とするから、すまーとでなければ大変なのじゃ。
一方、闇竜の方は・・・・・・おっと。
詳しい生態は、まだ伏せておこうかのう。
要するにじゃ・・・
細い飛竜→飛竜
太い飛竜→闇竜
・・・ということにしておこうかのう?
当面は、じゃがの?
で、問題は、なのじゃ・・・ストレラと、カノープスの間で、本来なら交わされるべき会話があるはずなのじゃが、ソレが幾つかショートカットされておる点なのじゃ。
省略ではなく、ショートカットなのじゃぞ?
例えば・・・
・ストレラが向こう見ずに魔力を全部使ってしまったことに対して
・ストレラが周囲の全てを破壊してしまうほどの魔力を持っていたことに対して
・カノープスが変身していたこと(?)をこれまで隠していたことに対して
・カノープスが自身の変身の話を他者に教えないで欲しいと口にしなかったことに対して
まだまだあるんじゃが、あえてこれらの話は書かなかったのじゃ。
・・・まぁ、言わずとも、2人がなんでそれらのやり取りをしなかったのかについては分かってもらえるんじゃなかろうかのう。
・・・むしろ、お察しください、なのじゃ。
今日はこんなところかのう?
・・・ストックが・・・無い・・・のじゃ。
明日・・・辛い・・・のじゃ。
うむ。
また今日も、これから書くのじゃ!




