7.0-17 別の王都の長い夜5
全力の回復魔法を行使したストレラ。
その次の瞬間、彼女の頭の中では、
(Error)
(Error)
(Error)
・・・・・・
と、びっしりと、思考空間を埋め尽くすかのように、真っ赤なエラーの文字が踊っていた。
いや、正しくは、『エラーの文字』ではなく『数字』と言うべきか・・・。
動力異常、視覚異常、聴覚異常・・・・・・。
頭の天辺から、足の爪先まで、文字通りエラーの嵐である。
幸いなことに、生命維持に関するエラーは出ていないようだったが・・・どうやら魔力を使いすぎたせいで、全く身体が動かなくなるほどに、ダメージを負ってしまったらしい・・・。
「(・・・もしかして、コルテックス。寝る時、こんな感じになってるんじゃないでしょうね?)」
ホムンクルスの兄弟の中で、ただ一人、睡眠を摂る彼女のことを思い出して、ストレラは唯一自由に考えることの出来た思考空間の中で、仮想的な頭を傾げた。
もしもそうだとすると、コルテックスは、毎晩、エラーの文字に苛まれながら寝ているということになるのだが・・・果たして・・・。
・・・彼女がそんなことを考えていると、残っていた身体の機能の一部が、断片的に彼女の感覚系に伝わってくる。
そして、最初に伝わってきた大きな信号は・・・
ドシャッ・・・
当然のごとく、硬い地面に身体が崩れ落ちる感触であった。
どうやら、すべての機能を失っているわけではなく、一部の『触覚』は残っているようだ。
「(痛っ!頭ぶつけたわ・・・。なんで、こんな余計なところの感覚が残ってるのよ・・・)」
ついでに触覚まで全て麻痺して、完全なブラックアウト状態に陥っていたほうが、余程、今の自分にとっては楽だったかもしれない・・・などと考えながら、彼女は内心で悪態を吐きながら、自身の頭をさすった。
とはいえ、そんな頭の中の想像だけでは、どんなにさすっても痛みが消えたり、和らいだりするわけではないのだが・・・。
そんな時、ぶつけた頭から、不意に硬い地面とは異なる感覚が伝わってくる。
暖かく、柔らかく・・・しかしどこか固いような・・・。
まるで、年老いた男性の手が、腕の動かない自身の代わりに痛む頭を撫でてくれているような・・・そんな感触が伝わってきたのだ。
「(お父様ね・・・)」
地面に崩れ落ちてしまっただろう自分のことを、介抱し始めただろうカノープスの姿を想像するストレラ。
恐らく、魔法を放った後で崩れ落ちる彼女のことを見て、抱きかかえようとしたはいいが・・・結局、間に合わず、その後で頭をぶつけてしまった彼女ことを、慌てて抱きかかえたのだろう。
「(・・・あーあ。お父様の役に立ちたくて、代わりにトカゲ退治に出掛けたわいいけど・・・結局こうなってるんじゃ、どっかの物語の中にいそうな、人騒がせなお嬢様と大差ないわね・・・。・・・・・・ふっ。あの女・・・エルメスの思う壺、だったわけね・・・)」
そんなことを考えながら、彼女は、今では何も見えなくなっていた瞳の暗闇の向こう側に、スズメのような茶色い翼を持った議長の女性の姿を思い浮かべた。
・・・ただどういうわけか、いつもなら単に目障りなだけであるはずのその姿が、今の彼女の心の眼には、普段とは少し違うように映っていたようだ。
「(このままだと、単に迷惑を掛けるだけじゃない・・・・・・)」
ストレラはそう考えて、内心で奥歯を噛み締めた。
・・・しかし、そのことに気づいたところで、すでに魔力が底を突き、そのせいか指先ひとつ動かせない自身の身体が、奇跡的に回復して動くわけでもなく・・・
「(不甲斐ないわね・・・)」
今の彼女には、自身のしたことを、暗闇に包まれた心の中で、ただ深く反省をすることしか出来ることがなかったのである・・・。
それからしばらくしたのか、それともその直後だったのか・・・。
それがどの程度の時間だったのかは、ほとんど全ての身体機能を失っていたストレラには分からなかったが・・・彼女は不意に頬をつたわる、何か冷たいものの感触を感じ取った。
「(ん?雨?・・・いや、まさか、お父様の涙とか?・・・物語のパターンとしてなら考えられるけど、実際にはありあえないわよね・・・)」
いつも大して感情を動かさないカノープスの表情を思い出して、そんなことを考えるストレラ。
実はそれ以外にも、彼女には、自身の頬を濡らしたものがカノープスの涙ではない、と確信できる理由があったのである。
というのも、いつの間にか彼女の背中と頭からは、カノープスの感触が消えていて・・・今、彼女は、どこか固い地面の上に寝かされていたのである。
要するにカノープスは、彼女の頬にその涙を当てることの出来るような位置にはいないはずだったのだ。
現状の雰囲気としては、カノープスが転移魔法を行使して、ストレラのことを移動させたか、していないか・・・どこかその辺りのはずなのだが・・・
「(・・・あれ?そういえば、今どこにいるの?)」
・・・転移魔法を行使していたとして、ここがどこなのか、ストレラには皆目見当が付かなかったようだ。
いや、正確には、状況と時間的に転移魔法を行使した、と判断しているだけで、彼女の眼や耳が使えなかった以上、本当に移動したのかを断定することは出来なかった、と言うべきか・・・。
「(少なくとも、カロリスの王城ではないわね・・・。普通、自分のベッドに寝かされるだろうし・・・まさか、床に寝かされているとか無いでしょ。となると・・・ホムンクルスの整備施設のあるミッドエデンのお姉さま方のところかしら?・・・・・・え?じゃぁ、ポチは?)」
まさか、傷ついたポチごと運んで、ミッドエデンの王都の中へとやってきたのか・・・。
それとも、ポチを森深い山の中にそのまま放置して、移動したのか・・・。
ストレラは、自身のことを二の次にして、先に愛犬のことを心配してしまうのであった。
・・・そんな時である。
ポトッポトッ、と彼女の頬をつたわる水滴の量が増えたかと思うと・・・
ドバシャッ!
「(んはっ?!)」
・・・突然、まるでバケツに入った水を掛けられたかのような感覚が、彼女の顔全体を襲った。
「ん?!何これ拷問?!負傷者を殺す気?!もしかして、トドメ!?」
彼女は思わず、必死になってそんな声を上げながら・・・飛び起きた。
「あ・・・」
それからどういうわけか、突然、全てのエラーコードが無くなり、自由に動けるようになったことに、ようやく気づくストレラ。
しかし・・・
「・・・あれ?暗い・・・。まだ眼の機能が戻ってないのかしら・・・?」
あたりの景色が、妙に暗かったことに、彼女は頭を傾げた。
それから彼女が、ふと横を見ると・・・全力の回復魔法を行使した際に、最後に見えていた景色が、その眼に入ってくる。
どうやら、カノープスは、転移魔法を使って、どこかに移動したわけではなかったようだ。
「じゃぁ、何で暗・・・」
そこまで言って、空の方を向こうとして・・・・・・彼女は、そこにあった空を覆い尽くす黒い影に言葉を失った。
なぜならそこに・・・
「無事で良かった・・・・・・ストレラ」
そんなことを口にする、一匹の巨大なドラゴンが、彼女に向かって頭を垂れつつ・・・その大きな眼から涙を流していたからである・・・。
ちょっと少なめじゃが、気にするでない、なのじゃ。
この話は、明日で区切りを迎える予定なのじゃ。
じゃから、キリの良い所で切ったら、こうなった・・・的な感じなのじゃ。
それとはそうと。
カノープス、おまっ・・・!、と思った者もおるかも知れぬが、もとよりこの展開を考えておったのじゃぞ?
問題はどこで正体を見せるか、だったのじゃが、中々見せる機会がなくて、登場から半年ほど経った今日になってしもうた、というわけなのじゃ。
その証拠に・・・カノープスはりゅうこつ座で一番明るい星、と言えば信じてもらえるかのう?
・・・いや、『りゅうこつ』ってドラゴン関係なくない?、という異論は認めるがの?
まぁ、そんなところで・・・補足に入るとするかのう。
・・・うむ、今日は多分無いのじゃ。
理由は・・・文が短かったゆえに、修正する時間が大量にあったから、なのじゃ。
・・・妾の眼が腐ってる可能性も否定はできぬがのう?
あ、そうそう。
一つだけ言いたいことがあったのじゃ。
今話の最初の方にあった『エラーの文字』。
書いておって思ったのじゃが・・・何となく『エラーの文学』に見えなくもないのじゃ・・・。
もしも『小説家になろう』にアップロードされておったのなら・・・きっと403や404、それに500や503といった数字だらけの小説なのじゃろうのう・・・。
あるいは、0xFFFFFFFF(-1)や、INVALIDも多用されていそうじゃのう・・・。
まぁ、そんな呪文はどうでもいいのじゃ。
今日はこれから・・・またストックを作る作業に戻らねばならぬのじゃ。
・・・要するに次話を書く、ということじゃのう。
というわけで、あとがきはここで終わりなのじゃ。
それでは・・・さらばかもだしなのじゃ!




