7.0-15 別の王都の長い夜3
ポチ注意なのじゃ。
未だ月の沈んでいなかった薄暗い夜空の下を、颯爽と駆け抜ける黒い影。
ストレラを背中に載せたケルベロスのポチである。
彼女たちは今、王都の背後にあった山岳地帯を超え、丘陵地帯を超え・・・そして、その向こう側にある黒い闇のような森へと足を進めていた。
そんな森の中を走っている際、自身の姿が何かに似ているような気がして、ストレラが徐ろに口を開く。
「まさか、自分が犬に乗って長距離を移動することになるとは思わなかったわ・・・」
と、全長20m(尻尾込み)のポチの背中で揺られながら、感慨深げに呟くお嬢様姿のストレラ。
すると、自分の背中で、主人が何かを呟いたのが聞こえたのか、三つ首の・・・黒いラブラドールレトリバーのようなポチは、走りながら彼女の方を振り向いた。
『くぅん?』ハァハァハァ・・・
「ううん、何でもないわ。気にしないで・・・。っていうか、前、見なさいよ?」
『くぅん・・・』
ドゴォォォォン!!
『キャンッ?!』
「(バカ犬・・・)」
前を見ずに走っていたためか、大木にぶつかるポチ。
それでも、彼女は、木をなぎ倒しながらも走り続ける・・・。
「全く・・・」
ストレラは、そう口にしながら、ポチに回復魔法を掛けた。
すると、
『ウォン!!!』
と、嬉しそうな鳴き声を上げるポチだったが・・・
ドゴォォォォン!!
『キャンッ?!』
「・・・あなた、学習する気無いのね・・・」
回復魔法を受けて、無事に回復したというのに、再びよそ見をして怪我を負ってしまうポチ・・・。
そんな運転手のいない重機のような愛犬(?)に、ストレラはその背中から生暖かい視線を向けながら、移動の間、回復魔法を行使し続けるのであった・・・。
それから、2時間半ほど走った頃。
「ここが・・・例の村ね」
森をまっすぐに抜けて、山をまっすぐに超えて、川をまっすぐに渡って・・・。
そして辿り着いたのは、山脈に挟まれた場所に作られていた小さな村落だった。
近くには大きな川があるので、山から切り出した木々を川に流して、下流の都市へと送るような・・・いわゆる林業を営む者たちによって作られた村なのだろう。
そんな村には・・・しかし、一切の明かりが灯っていなかった。
その代わりに、村の外・・・それも木の無い開けた小さな丘に、ちらほらと松明の灯りが点在しているようだ。
恐らく、村から避難した者たちが、そこへと集まって、避難所のようなものを作っているのだろう。
「・・・ということは、村の中か、彼らと村を直線で結んだ先辺りに、例のデンキトカゲがいるってわけね?」
『ウォン?』
「大丈夫よ?あなたに戦えなんて言わないから」
『くぅん・・・』
ストレラがそう話しかけると、残念そうに俯くポチ。
「(確かに、ポチの巨体を考えるなら、噛み付いて一撃で終わりそうだけど、下手なことして帰りの『足』が無くなったら、あの女の思う壺だしね・・・)」
それからストレラは、頭の中に浮かんできたイラッとする女性の姿を、一瞬で脳裏の片隅(?)にあったゴミ箱の中へダストシュートしてから、何事もなかったかのようにポチの背中を優しく撫でて・・・その場の地面に風魔法を使いながら舞い降りた。
「さてと。それじゃぁ行ってくるから、ポチはここでお留守番しててね?『待て』、よ?出来るでしょ?」
『ウォン!』
そう短く吠えて・・・何故か『伏せ』を始めるポチ。
「(・・・何となく不安だけど、もしも追いかけてきたら、その度に『待て』をすればいだけだから・・・大丈夫よね?)」
一応、『伏せ』も『おすわり』も、『待て』の上位互換(?)であることを考えながら、ストレラは自身のスカートを翻しつつ、村の方へと視線を向けた。
「(さ、お父様の安眠を妨害するトカゲを退治しに行きましょうか)」
そして彼女は、その場の小高い丘の上にポチを残して、暗くて険しい山道を、村の方へと向かって歩き始めたのである・・・。
それから間もなくして、ストレラは村へとやってきた。
「(あー、腰痛い・・・。これ、運動不足かしら・・・)」
ポチの背中に乗っての慣れない長距離移動だったためか・・・あるいは、お嬢様を演じるあまり、いつの間にか運動不足になっていて、その上、不慣れな山道を歩いたせいで足腰に限界が来たのか・・・。
彼女は左手で腰の痛い部分をセルフマッサージをしながら、ドレスを着たお婆ちゃんのように腰を曲げつつ、村の中の様子を見て回った・・・。
そして、しばらく回った結果。
「(あれ?いないわね・・・)」
どうやら村の中に何かが潜んでいる気配は無いようだ・・・。
「(全く何の気配って、ちょっとおかしくない?トカゲはもちろんだけど、小動物や家畜の気配もないって、一体、どういうこと・・・?)」
ストレラが、村の中の気配に違和感を感じていると・・・
ザクッ!
何かが肩に当たる感覚が伝わってきた。
なので、そちらの方に視線を向けると・・・
「・・・矢?」
・・・自身の肩に、金属製の細い矢が刺さっていたのである。
と言っても、強化された自身の皮膚を貫いていたわけではなく、単に服に刺さっていただけだが・・・。
彼女がその光景に面倒くさそうな表情を浮かべながら、大きく溜息を吐いていると・・・
「これは思いの外、良い獲物が迷い込んできたようですね・・・」
「この真夜中にお姫様とか、普通じゃないと思うけどな・・・」
「まぁ、いいさ。カノープスとか言う神の紛い物を引きずり下ろすためのだしに使ってやる・・・・・・その前にやることがあるけどな」
『へっへっへっへ・・・』
と、わらわらと、到底村人とは思えない装備をした者たちが、家の影や中から湧いて出て来た。
その数・・・およそ50。
装備は冒険者のものでも、兵士のものでもない、どこか近代的な真っ黒な装備をしていて、その手には・・・
「(拳銃ね・・・)」
・・・ストレラとしては、この世界であまり見たくない武器が握られていた。
一応、他にも、ボウガンや剣を持っている者もいたようだが、大半が拳銃を持っているようである。
そんな闇に紛れるような装備を身に着けている彼らに対して、どう対処していいものか、とストレラが考えていると・・・
「おっと、嬢ちゃん。変な気は起こさないほうが良いぜ?って言っても、そろそろ麻痺毒が回ってくる頃だろうけどな」
と話す、中肉中背の男。
そんな彼に対して・・・ストレラは内心で笑みを堪えながら、演技をすることにした・・・。
「こ、こんなことをして、タダで済むとお思いかしら?」
と言いながら、矢が刺さった(?)肩が痛むかのような素振りを見せつつ、同時に具合が悪いかのような雰囲気を出すために、本当に痛んでいた腰を、よっこらせ、とより一層、曲げるストレラ。
一方、相手側はそれに付き合うつもりはないのか、
「ふん。タダでもタダじゃなくても、我らがやることは変わらんよ。・・・ヤれ」
そう男が言った瞬間、
『うぉぉぉぉーー!!』
眼の色を変えた男たちが、彼女へと群がってきた。
そんな彼らに対して、ストレラは自身の演技がこれ以上、無意味だと察したのか、
「・・・どう料理しようかしらね、じゃぁこれ」
と、ろくに悩んだような素振りを見せずに、痛む腰をとりあえず伸ばして・・・そして、地面に土魔法を行使した。
その瞬間、
ドゴォォォォ!!
ストレラの立っていた部分を残して、深さ5mほどのドーナッツ型の大きな穴が地面に開いた。
「ちょっ、やめっ、押すな!」
「うはっ?!」
「うわぁっ!!」
ドゴゴゴゴゴ・・・
そして、ゴルフボールのように、ホールへと吸い込まれていく男たち。
「これで一件落着ね」
大した土魔法ではなかったが、それだけで、ほとんど片が付いてしまったことに、満足気な表情を見せるストレラ。
そんな彼女に、当たり前のごとく・・・
パァン!!
と乾いた音と共に、鉛の玉が飛んできた。
しかし、言うまでもなく、
パシッ・・・
と、ストレラは、まるで蚊か何かを手で握りつぶすかのように銃弾を捕まえると、
「これ、飛んできたから返すわ」
ドゴォォォォン!!
銃弾を指先で弾いて返した。
その際、銃弾は、あまりの衝撃に耐え切れなかったのか、まるで散弾のように分解して、周囲の家々、そして村に生えていた木に当たって、それらを粉々に吹き飛ばしてしまう。
ただ、幸いなことは、それが人に当たらなかったことだろうか。
もしも当たっていたなら、彼女に肩を揉みほぐされること無く、文字通り柔らかい肉塊になっていたはずなのだから・・・。
『ひぃっ?!』
「あ、今更、後悔しても無駄よ?」
ドゴォォォォ!!
残っていた者たち(10名)の足元にも、土魔法を使って、深さ5mほどの穴を穿つストレラ。
その内部から呻き声のような音が聞こえてきているところから推測すると、皆、穴に落ちた瞬間に、足を挫くか、骨折してしまったようである。
「あとは、明日やってくる騎士たちに任せようかしらね・・・」
彼女は、村の中に残った気配がないことを確かめて、満足げに呟くと、風魔法を使って、ステップを踏むように、自身の開けた穴を軽々と飛び越えた。
そして、その場を後にして、ポチの待つだろう小高い丘陵地帯へと歩いて戻っていったのである。
「(それにしても、何でこんな所に、あんな変な人たちがいたのかしら・・・。しかも拳銃持って・・・)」
ワルツからの連絡が無いために、この世界に拳銃が持ち込まれていることを知らないストレラ。
彼女は、そんな解せない事実を前に、一人首を傾げながら、歩いてきた山道を戻っていた。
「(まぁ、拳銃は作ろうと思えば、いくらでも作れるから良いとして・・・問題は、トカゲがいなくて、暴漢(?)がいたってことよね・・・。何か、お父様のことを勘違いして、『紛い者の神がなんとか』って言ってたし、それにこの前の反政府組織の件もあるし・・・・・・。つまり、この依頼自体、罠だったってことよね。嫌になるわ・・・・・・)」
彼女はそんなことを考えながら、その場からチラホラと見えていた、松明の明かりが灯る開けた場所へと視線を向けた。
「(あの明かりの下にいる人たちも、もしかしたら暴漢だったりして・・・。確かめには行かないけどさ)」
エルメスには、化けの皮が剥がれた姿を見られてしまったが、それでも、彼女の『お嬢様ロールプレイ』は続いていたのである。
なので、ストレラには、わざわざ兵士たちや村人のところへと顔を出す気は無かったのだ。
・・・とそんな時、明かりが灯っていた覚えのないはずの場所に、松明の明かりがあることに彼女は気づいた。
「うわ・・・ヤバっ・・・」
心の声ではなく、実際に声を出してしまうほどに、慌てるストレラ。
そこは・・・ポチが『待て』をして、大人しく自身のことを待っているはずの場所だったのだ。
「あちゃー・・・」
それから彼女は、ポチを見つけただろう者になんと言い訳をしようかと考えながら、慣れない山道を急いで登っていた。
しかし・・・ストレラを待っていた状況は、彼女の想像と大きくかけ離れたものであった。
「・・・・・・」
・・・その光景を目の当たりにして、腰の痛みも、肩に刺さる矢のことも・・・そして、自身がお嬢様の役割を演じていることも忘れてしまうストレラ。
そして彼女は・・・・・・口を開いた。
・・・それも、あらん限りの力を込めて。
「ぽちぃぃっ!!!」
そんな悲痛とも言える声を発したストレラの眼に映っていたのは・・・
「んあ?何だあいつ・・・」
「さぁ?・・・ドレスを着た幼女か・・・。この地方に伝わる化け物類だったりしてな」
「未だ幼いが・・・問題はない」
・・・そう口にする者たちに、長い槍のようなもので突き刺されていた、愛犬の姿であった・・・。
いやの?
ふつーの展開で、エルメスを『ギャフン!』と言わせようかと思っておったのじゃが・・・おっと、これ以上、余計なことを書くのは空気を呼んで止めておこうかのう。
詳しい話は明日書くのじゃ。
この感じじゃと、本話の補足についても、明日書いたほうがよいかも知れぬの。
あ、そうそう。
それとは関係無いことを一つだけ。
(暫定)7章の頭に、そこまでの主要メンバーの紹介を書いたのじゃ。
主要ではない人物の紹介については・・・勘弁なのじゃ・・・。
じゃが、近いうち同じ場所に、国の紹介も書かねばならぬかも知れぬのう。
いや、書くんじゃがの?
ただ、大陸の形までは・・・難しいかも知れぬのう。
陸地の形状を描くのに、センスが無いからのう・・・。
その辺は気が向いたら描くのじゃ。




