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7.0-14 別の王都の長い夜2

「(・・・揉むか、揉ままいか・・・?ん?揉まないか・・・?どっちだろ・・・)」


執務に戻ったカノープスを前に、そんなことを考えながら、その場に立ちすくむストレラ。


「・・・どうしたんだ?」


山のようにつまれた書類に眼を通していたカノープスも、彼女の様子が何か怪しいことに気づいたようだ。

そんな彼の問いかけに対して、頭を悩ませていたストレラは憂鬱そうに小さくため息を吐くと・・・しかし、これを逆に好機と捉えて、直接、問いかけることにした。


「・・・率直に聞くわ。私に肩揉まれたい?」


「さっきの話か?いや、そこまでしなくてもいい」


「・・・そう・・・・・・」


そんな返答を聞いて小さく呟くように答えてから、長いスカートをいつも通り翻しつつ、カノープスに背を向けるストレラ。

一方でカノープスの方も、彼女の姿を見届けた後で、再び執務へと戻った。


「・・・・・・」


チックタック・・・


「・・・・・・」


チックタック・・・


「・・・んぁ、もう!」


それまでは、無言の時間が心地よかったというのに、エルメスの登場によって少しだけ変わってしまった部屋の空気。

カノープスならその程度の些細な近いなど気にしない、とストレラには分かっていても、彼女にとっては耐え切れないほどの変化だったようだ。


「ほら、肩出しなさい!」


彼女はそう口にしながら、まるで獲物を前にした魔物のごとく、両手を自身の顔の前で構えると、机の向こう側で座っていたカノープスの背後へと、ドンドン、と(かかと)で歩きながら移動した。

そして、彼の肩へと大胆に、かつ恐る恐る、手を置いたのである・・・。


「どうしたんだ、急に・・・」


「知らないわよ!」


そう言って、乱暴にカノープスの肩を揉み始めるストレラ。


「もう、こうなったら、柔らかい肉塊にしてやるんだから!」


「・・・頼む。それだけは勘弁してくれ・・・」


・・・と言いつつも、カノープスはストレラに対して、されるがままになるのであった・・・。




それからカノープスの肩が、柔らかい・・・肩になった頃。


「ほら、どう?所詮、人の身体なんて、単なる肉の塊に過ぎないのよ!その構造を熟知して要所要所を効率よくマッサージすれば・・・って、あれ?」


揉んだ側だというのに、何故か満足した様子で解説を始めたストレラだったが、カノープスの反応が全く無いことに気づいて、言葉を止めた。


「し、死んで・・・いや、寝てる?」


そしてようやく、まるで死んだように椅子に座ったまま寝ているカノープスの姿に気づくストレラ。

どうやら、彼女のマッサージが、疲労の溜まっていたカノープスにとっては、存外に心地よいものだったようだ。


「(・・・まったく。こんなところで寝てたら、風邪引いたり、あの女(エルメス)にイタズラされたりしちゃうんだから!)」


と、思いつつも、机の上に転がっていたペンに視線が向いてしまうストレラ。


「(おっとっと・・・。・・・そう、今の私は王姫という役割を演じているの。そんなワルツお姉さまや、テンポお姉さまがやりそうなイタズラをするわけにはいかないのよ!)」


そして彼女は首をブンブンと横に振った。

・・・なお、余談だが、ペットのポチ(ケルベロス)の眼の上に、何故か黒い線が合計6本入っている、という噂は、王城の騎士たちの間で有名な話である・・・。


まぁ、それはさておき・・・。


「(仕方ないわね・・・。このままここにお父様を寝かせておくと、せっかく肩を揉んでほぐしたのに、寝違えとか起こされて、元に戻っても困るし・・・)」


ストレラはそう考えてから・・・椅子に座っていた寝ていたカノープスのことを、


ひょいっ


と、自身の肩へと持ち上げた。


「(流石に、お姫様抱っこは拙いでしょ。なんか、男性って、自尊心とかいうどうでもいいものを大事にするらしいから・・・)」


そう思いながらも、肩にグッタリとしたカノープスを軽々と抱きかかえつつ、廊下へと繋がる扉の方へと向かうストレラ。


すると、そんなタイミングで・・・


コンコンコン・・・ガチャッ・・・


「あ、すみません。もう一つ書類がございまして・・・」


・・・何故か、エルメスが戻ってきた・・・。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


そして、固まる2人。


それから最初に口を開いたのは・・・エルメスの方だった。


「・・・大胆・・・」ポッ


「いや、何が?!」


急に顔を赤らめて、恍惚な表情を浮かべつつ、頬に手を当てるエルメスに対して、ストレラは思わず問いかけてしまう。

普通は肩に担がれた国王の姿を見れば、誘拐か、死体遺棄か、どこかその辺の犯罪じみたモノを連想してもおかしくはないのだが・・・


「(・・・あ、そっか。『大胆に誘拐』しようとしてるとか、『大胆に死体を遺棄』しようとしているとか、そんな感じに見えてるわけねー。そうよねー・・・)」


と、返答を聞く前に、無理矢理自分を納得させるストレラ。

なお、納得する前に何を考えていたのかは、不明である・・・と言っておこう。


一方でエルメスから帰って来た言葉は・・・


「もちろん、娘と父親の禁断n」


「ちょっと、あなた、頭おかしいんじゃない?絶対、何か湧いてるわよ!?」


・・・ある意味、ストレラ自身も予想していた言葉だった・・・。


「いえいえ。隠す必要はありません。最近、巷では、そう言った創作物が出回っているようですし・・・。それに、私も、この件は見なかったことにしておきますので・・・」


そんなエルメスの言葉に、


「(この際、どさくさに紛れて、サクッ、と()っちゃおうかしら・・・)」


などとストレラが考えていると、


「・・・冗談です」


彼女の殺意を感じたのか、エルメスのほうが先に鉾(?)を収めた。


「今、とても怪しげな表情を浮かべておられましたよ?」


「そりゃ、本気で、あなたのことを消そうかどうか考えてからね」


「あらあら、こわいですねー」


と、言いながら全く怖そうな素振りを見せずに、頬に手を当てるエルメス。


「・・・で、何しに来たわけ?」


「・・・化けの皮が剥がれていますよ?」


「あ、そう。じゃあ、もとに戻すわね・・・。・・・どうしたのですか?議長。こんな夜遅くに・・・」


「実は、カノープス様に、追加で確認していただきたい事案がございまして・・・」


「・・・・・・うん。白々しいから、止めましょ」


「私はどちらでも構いませんよ?」


「・・・・・・(思った通り、面倒な女ね・・・)」


そう考えながら、エルメスに対してジト目を向けつつ、溜息を吐くストレラ。

どうやら、彼女が被っていた猫は、エルメスには見えなくなっているらしい・・・。


「・・・まぁ、いいわ。で、用事って何よ?って言っても、お父様は今、こんな感じだから、今日の営業時間はもう終わっちゃってるけどね」


そんな素の喋り方で話し始めたストレラに対し、特に気にした様子も無く、エルメスは持っていた書類に眼を通しながら口を開いた。


「・・・困りましたね・・・。この仕事、この国だとカノープス様くらいしか請け負える方がいないと思うんですよ・・・。しかも、今にも集落が襲われそうだというのに・・・」


彼女はそう言ってから、持っていた書類をストレラへと向けて見せた。


「ん?・・・『デンキトカゲの討伐依頼』?」


「・・・雷竜です」


「似たようなもんじゃない?」


彼女はそう言ってから、開いていた左手で、その紙をエルメスの手から取り上げる。


「・・・?一体何を・・・」


「いいわ、この依頼。私が片付けてきてあげる」


「・・・・・・」


そんなストレラの態度に、彼女が普段、影で何をしているのか知らないエルメスは、思わず頭を傾げた。

もしかするとエルメスは、高飛車なお嬢様が、身の程を弁えず、我儘を言い始めた、と思ったのかもしれない・・・。


「・・・そうですか」


しかし、彼女は、否定的な言葉は口にしなかった。

それはストレラが、強大な魔法を行使するカノープスの娘であることを考えたからなのか、それとも、今なお、軽々とカノープスの身体を持ち上げ続けている彼女を見て、その力を信じることにしたからなのか・・・。


「・・・随分とあっさりしてるわね?こういう時って、普通、説得する場面じゃないの?」


「では、説得されたいんですか?」


「・・・・・・じゃぁ、お父様を部屋に置いたら行ってくるわ」


言葉ではエルメスと争えない気がして、白旗を挙げるストレラ。


「(この分だと、後々、お嬢様の尻拭いとか称して、援軍送ってくるんでしょうね・・・。で、後で、ピンチに陥っている時に助けに入って、こっちに赤っ恥をかかせると・・・。完全にパターンね・・・)」


そんなことを考えながら、部屋の取っ手に手を掛けて振り向くと・・・ニコニコしながら小さく手を振るエルメスの姿が眼に入ってきて、なおさら機嫌を悪くするストレラだったが・・・


「(ふんっ・・・。今に見てなさい?すぐに吠え面をかかせてやるんだから・・・!)」プイッ


逆に、その全ての予想を裏切ってやる、と心に決めたのであった。




「じゃぁ、行ってくるわね・・・お父様」


真っ暗な国王の寝室のベッドに、カノープスを寝かせた後。

寝室からテラスへと繋がる縦長の大きな窓を開けて、月の光が輝く空の下に出てから、振り返るストレラ。


そして、ベッドの中で安らかな寝息を立てているカノープスを一瞥した後・・・彼女はテラスから風魔法を使って飛び立ち、そして中庭へと降り立った。


シュタッ!


「ルシアちゃんみたいに重力制御魔法が使えれば、自由に空が飛べるんだけど・・・あれ、教えてもらっても、全然仕組みが理解できないのよね・・・」


風魔法を駆使しても、せいぜい高いところから降りることくらいしか出来ない自分の魔法にもどかしさを感じてから・・・悩んでいても仕方ない、と彼女は頭を切り替えると、(うば)った書類に改めて眼を通し始めた。

・・・そして気づく。


「うわっ・・・これ、国境近くの村じゃない・・・。あの女・・・さては、お父様の転移魔法が目当てだったわけね。で、私が出掛けた後で、それに気づいてノコノコ帰ってくると思ってると・・・。・・・そんなんで私が帰るわけないじゃない!」


予め、ちゃんと書類を確認していなかった自分の不手際を棚に上げて、彼女はそんな言葉を呟くと・・・ニヤリ、と怪しげな笑みを浮かべて、とある者の名を口にした。


「ポチっ!」


その瞬間、


『ウォン!!!』


3つの音が共鳴したような・・・そんな獣の鳴き声が、中庭へと響き渡って、どこからともなく1体の黒い影が、彼女の前へと姿を現した。

・・・かつて彼女が、反政府組織から助けだして、妙に気に入られてしまったケルベロスである。


「こら!大きな鳴き声で鳴くと、お父様が起きるでしょ?!シーッ・・・」


『くぅん・・・』


ストレラに叱られたと思ったのか、揃って元気なく俯く3つの首・・・。


「いや、別に怒ってるわけじゃないのよ?ちょっとあなたにはお願いしたいことがあってね」


『くぅん?』


「・・・散歩」


『?!』ビクンッ


・・・魔法の言葉、『散歩(さんぽ)』。

これを口にするだけで、魔力を消費せずとも、イヌ科の動物が元気になるという、不思議な言葉である。

なお、言うまでもないことかもしれないが、同様の効果を持つ魔法言葉として『おやつ』という言葉もあることを紹介しておこう・・・。


まぁ、それはさておき。

そんな魔法の言葉を掛けられたポチ(ケルベロス)は、条件反射のように、ハァハァと荒い息を吐きながら、地面に伏せた。

つまり、ストレラに背中に乗って欲しい、の合図である。


「うん、いい子ね。でも、今日の散歩は、すごく遠くまで行くから、覚悟しなさいよ?」


『くぅん?』


ストレラの言葉が理解できなかったのか、それとも『散歩』という魔法の言葉が頭の中で渦巻いて、他の言葉を理解する余裕が無かったのか・・・。

ポチは背中に乗ったストレラの言葉に首を傾げた。


「ううん。気にしないで。さ、行きましょう!」


『ウォン!!!』


ドゴォォォ!!


そして、背中に乗ったストレラが落ちないように気を使いながらも、地面を力強く蹴りつけるポチ。


こうしてストレラとポチの、雷竜退治の旅(?)が始まったのである・・・。

・・・今更になって、サブタイトルが『夜』であることに後悔の念を覚えた妾。

このままじゃと、夜中に国境の村まで行って戻って来ねばならぬのじゃが、ポチの移動速度を考えると・・・・・・ギリギリで行けそうじゃな。

まぁ、なんとかなるかの。


さてと。

別の作業をせねばならぬから、今日の補足は短めにしておくのじゃ。


・・・そうそう。

カノープス殿とストレラの体格について。

カノープス殿の身長は180cmオーバーの巨漢(?)なのじゃ。

で、ストレラは、元となったルシア譲と同じ、140cmなのじゃ。

・・・要するに、小学生高学年位の少女が、軽々と巨漢を担いで運んでおった、ということなのじゃ。

きっと、エルメスの眼には、異様な光景に映っておったことじゃろうのう・・・。


で、次じゃ。

ストレラの格好。

王姫的な扱いを受けておるから、もちろん、シルクのドレスを着ておるのじゃ?

ただし、ハイヒールは履いておらぬがのう。

見た目と違って、体重が・・・おっと。

この話は禁句なのじゃ・・・。


で、次・・・・・・を語ろうかと思ったのじゃが、こんなところで今日の補足は終えておくかのう。

妾にはやらねばならぬことがあるのじゃ!

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