7.0-11 王都の長い一日11
そして、その日の夜。
余計なことを言ったせいで、ルシアに大量の稲荷寿司を買わされる羽目になったワルツは、支払いを含めた後のことを全てテレサに丸投げした後、彼女たちと分かれて、一人、エネルギアへとやってきていた。
・・・と、本題に入る前に、その際の話を少しだけ取り上げようと思う。
数週間前まで王都に稲荷寿司屋は1件しか無かったはずなのだが、それが今では、短い時間のあいだに、どういうわけか4軒ほどまでに増えていた。
恐らく、王都に引っ越してきて営業を始めた某稲荷寿司屋の大成功が、周りの商売人たちに知れて、同業者が続出し始めたのだろう。
このまま行けば・・・もしかすると、王都のメインストリートは、いつしか『稲荷寿司ストリート』に変貌してしまうかもしれない・・・。
まぁ、それはそうと。
そんな複数の稲荷寿司屋でルシアが買ったのは・・・1軒辺り5個の、しかも全て種類が違う稲荷寿司だった。
つまり、同じ店舗の同じ稲荷寿司は、同一の箱を中身を除けば1つも無く、合計20種類もの稲荷寿司を彼女は堪能できた、というわけだ。
その際、あまりの量の稲荷寿司を、苦もなく口にするルシアに対して、それに付き合っていたテレサが・・・
『こ、このままじゃと、ルシア嬢がブクブクな狐になってしまうのじゃ・・・!』
と言っていたとか、言ってなかったとか・・・。
ちなみに稲荷寿司20箱の総熱量は・・・・・・とても高い、とだけ述べておこう・・・。
・・・さて。
それでは話を戻そう。
エネルギアへとやってきたワルツは、艦橋の扉から何やら青いオーラが出ているのを目の当たりにして、その様子に目を細めると・・・しかし、そこへと立ち寄らず、まっすぐに医務室へと足を進める。
そしてワルツが目的地にやってくると、
ガション!
と、医務室の扉はいつも通りに良い勢いで開いて、彼女のことを迎え入れた。
「カタリナー?生きてるー?」
医務室の中で机に向かって右手で書物をしながら、もう一方の手で揺りかごに載せられたトレジャーボックスを揺らしている様子のカタリナに向かって、友人に投げかけるような言葉を口にするワルツ。
「はい。多分、生きてるのではないでしょうか?『我思う故に、我なんとやら』でしたか・・・」
カタリナは書物を続けながらも、ワルツの問いかけに対して難なく答えた。
「・・・よく考えてみると、生きてるかどうかって、どうやって判断すれば良いのかしらね?」
「身体を構成する細胞が活動していれば、とりあえず生きていると判断しても良いのでは?」
「なら、ゾンビは生きてるってことね・・・」
「・・・少なくとも、最近エンデルシアで暴れていたゾンビは、元の人間に戻ったようなので、間違いなく生きていた、と言えますよね。他のゾンビやアンデッドたちにも同じことが言えるか、詳しく調べていないので分かりませんが、もしかしたら意外に元の姿に戻せるかもしれませんね・・・」
そう言うとカタリナは、ようやくペンを置くと、そのまま揺りかごに載っていたシュバルを両手で抱えてから、ワルツの方へと振り向く。
「・・・ま、世の中、よく分かんないものだらけだから、何が生きていて、何がそうではないかって、一概には判断できないわよね・・・」
と、自身のことを棚に上げて、シュバルへと視線を向けるワルツ。
なお、彼女の生体反応センサーを基準として考えるなら、シュバルは『生き物』である。
それからワルツはそのままトレジャーボックスへと微妙な表情を浮かべたままで、カタリナに対して問いかけた。
「でさ、その・・・シュバルの中身って、取り出せないの?」
「・・・何か、グロテスクな表現ですね・・・」
「貝じゃないんだから、別にそんなことは無いでしょ・・・」
トレジャーボックスの蓋と本体を固定しているだろうヒンジの部分に、貝柱のようなものが着いていなかったことを思い出すワルツ。
もしもシュバルが貝類なら、箱から取り出した瞬間に、絶命してしまうことだろう・・・。
「・・・そうですね。実は悩んでいたんですよ。このまま箱から取り出して、外の世界でシュバルは生きていけるのか・・・。あるいは、逆に、箱の中に入れたままの方が良くないのか・・・。箱ごと頂いたので、一体、どちらなのか分からないんですよね・・・」
「んー・・・・・・迷宮の生態とか、全然分からないから、何とも言えないわね・・・」
そう言ってワルツは、顎に手を当てて、シュバルに対して頭を悩ませる素振りを見せた。
そもそも、他の迷宮と違って、ミミックのような殻(?)を持ったシュバルのことである。
例外が多すぎて、これまでの迷宮研究の知見が全く利用できなかったのだ。
・・・とはいえ、迷宮の繁殖自体、迷宮都市であるビクセンの記録にすら残っていないので、シュバルが特殊でなかったとしても、知見は存在しないのだが・・・。
「っていうか、食べ物は大丈夫なの?犬に玉ねぎ食べさせたらダメとか、それに近いことは無いのかしら・・・」
「犬の獣人だからといって、玉ねぎを食べたら問題になるなんてことは無いですけどね・・・」
カタリナはそう言って苦笑を浮かべた後、何やらボロボロの紙が挟まれたノートのようなものを棚から取り出して、それに眼を通しながら話し始めた。
どうやらその即席のノートには、これまでにシュバルが食べた食事の材料が書き込まれているらしい・・・。
「『テンタクルゴートのミルク』『テンタクルゴート』『キャベツ』『玉ねぎ』『白米』『私の手』『パン』『ルシアちゃんが作ったクッキー』・・・色々食べてますが、今のところ、お腹を壊したり弱ったりすることは無さそうですね」
「・・・最後のが普通に食べられるなら、多分、何食べてもお腹は・・・って、なんか聞き捨てならないものが入ってたような気がするんだけど・・・?」
「しかし困りましたね・・・」
と言いつつ、ワルツの言葉を軽くスルーして、ゆっくりとトレジャーボックスの蓋を開けるカタリナ。
ウニョッ・・・
「やはり、箱から出した方がいいですよね・・・」
そして彼女は、黒い影のような姿をしたシュバルの頭(?)を、愛おしそうに撫でた。
(コレ、何て言うんだろ・・・。親バカじゃなくて・・・実験台?)
カタリナと、彼女に抱きかかえられているシュバルが、どことなく上手くやっているような気がして、不思議そうな表情を浮かべつつも、小さく笑みを浮かべるワルツ。
それから彼女は、開いたトレジャーボックスの中に、本当に貝柱のようなものが着いていないかを確認してから、カタリナに対して再び問いかける。
「・・・ちなみに、これまでに一回でも、中から取り出したことはあるの?」
「いえ。試したことは・・・ありませんね」
「・・・やっぱ、怖い?」
「持ち上げた後、何が起こるか分からない、という点はやはり怖いですよね。どうします?箱が身体の一部だったりしたら・・・」
「んー、ゆっくりと持ち上げるなら、大丈夫なんじゃない?拙かったら問題が起こる前に戻せばいいんだし・・・」
「・・・大丈夫でしょうか・・・」
ワルツの言葉を聞いて、心配そうに呟いてから、机の上にトレジャーボックスを置くカタリナ。
それから彼女が、本当にトレジャーボックスがシュバルの体の一部ではないかを確認し始めたところで・・・
ガション!
「おや?これはお姉さま。ここには何か御用で?」
魔法のバッグを肩に掛けたテンポが、医務室へと戻ってきた。
「え?カタリナの様子を見に来ただけだけど?」
「なるほど・・・カタリナの作業を妨害しに来たのですね?」
「何で妨害になるのよ・・・」
カタリナの机の上にある、先程まで開かれていた研究ノートに視線を向けながら、不機嫌な表情を浮かべるワルツ。
そんな彼女の態度に気づいたのか、気づいていないのか・・・テンポは、急にハッとした様子を見せながらも無表情のままで、口を開いた。
「おっと、そうです。お姉さまと雑談をしている場合ではなかったですね」
「え?何かあったの?」
「もちろん、シュバルのご飯の時間ですよ?」
そう言うとテンポは、部屋の中央にあった机の上に、バッグから採り出した水筒のようなものを置くと、カタリナの机の上に置いてあったトレジャーボックスへと近づいて・・・躊躇することなく、その中に両手を突っ込んだ。
そして・・・
「うーん・・・昼すぎよりも少し身体が重くなったのではないでちゅか〜?」
と赤ちゃん言葉を使いながら、黒い影のようなシュバルの身体をそのまま抱き上げたのである・・・。
『・・・・・・』
その様子に唖然とするワルツとカタリナ。
果たして彼女たちが驚いているのは、テンポがトレジャーボックスからシュバルの身体を取り出してしまったことに対してなのか、それとも彼女が普段と全く異なる話し方に変わってしまったことに対してなのか・・・。
「夕ご飯の時間でちゅよ〜?」
そう言いながらテンポは、机の上にあった水筒(自作の哺乳瓶)の蓋を開けると、それをシュバルの口へと運んだ。
すると、
バクンッ!
と、哺乳瓶に齧りつく(?)シュバル。
その様子は言うまでもないことかもしれないが、授乳ではなく・・・捕食である。
しかし、どうやら、哺乳瓶を噛みちぎるようなことは無いらしい・・・。
「ほーら、焦らないでゆっくりと飲むんでちゅよ〜?」
普段の無表情とは違って、紛れも無い慈しみの表情を浮かべながら、胸の中で蠢く黒い影をあやすテンポ・・・。
「・・・ねぇ、カタリナ。テンポって、実は、私が見てないところでこんなんだったの?」
「・・・いえ。私も始めてみました・・・」
「もう完全に、シュバルの親って感じなんだけど・・・」
「・・・・・・困りましたね」
カタリナはそう言って呆れた表情を見せてから、
「ほら、テンポ?シュバルが、水筒に穴を開けて噛み千切り始めましたよ?」
そんな言葉を口にしながら、自身もシュバルをあやすために、2人(?)へと近づいていったのである。
(なんでかしら・・・・・・肩身が狭い気がする・・・)
和気藹々とシュバルの面倒を見始めたカタリナとテンポに、自身はどうしていいものかと悩むワルツ。
(ま、少なくても、育児(?)に困ってるようなことは無さそうね・・・)
その様子を見て安心したワルツは・・・
「・・・うん。また来るわ」
そんな2人の空気に入り込むことはなく、そのまま部屋を後にすることにしたようだ。
すると彼女の言葉に気づいたのか、カタリナはシュバルがこれ以上哺乳瓶を齧って飲み込まないように、瓶を掴んで彼(?)の口から引き抜きながら、顔だけワルツの方へと振り向いて言葉を口にした。
「えっと・・・シュバルのことはテンポに任せればいいので、いつも通りに授業をしていただいても問題はありませんよ?」
「ううん。今日くらいは良いんじゃない?帰って来たばかりなんだし、それに子育て(?)って、そんな簡単じゃないはずだしね。私には経験無いから分かんないけど、カタリナはその辺、詳しいんじゃない?」
「・・・そうですね」
ワルツの言葉に、かつて自身がいたという孤児院の他の子どもたちのことを思い出したのか、少しだけ眼を細めて考え込むカタリナ。
それから彼女は、医務室のガラスの向こう側で今もなおベッドに寝かされているタヌキの獣人のリアに視線を向けてから、小さくため息を吐いて結論を口にした。
「・・・それでは、リアには悪いですが、今日は少しだけお休みをいただくことにします」
「うん。ただ、その代わり、今日の分の授業は、明日、圧縮してやるから覚悟しておいてよ?」
「はい。分かっています。ちゃんと今日の分の宿題は片付けておきますので、明日は採点、よろしくおねがいしますね?」
「う、うん・・・。頑張ってね・・・(それ、休みって言わない気がするんだけど・・・)」
それからワルツはカタリナに対して苦笑を浮かべると、シュバルを抱き上げ続けていたテンポに視線を移して言った。
「んじゃ、テンポ?後は頼むわよ?」
「・・・ダメでちゅよ〜?シュバルちゃん。あんな空気が読めないお姉さまみたいになったら〜」
「はいはい。どっかの姑みたいなこと言ってないで、ちゃんと育てるのよー」
ワルツはそんな言葉をその場に残すと、手をヒラヒラと頭の上で振りながら、今までとは全く異なる空気の色に包まれた医務室を後にしたのである。
そして彼女が次に向かった先は・・・来るときに青いオーラが立ち込めていた艦橋だった・・・。
13000[kcal]。
なんの数字か?
お察しなのじゃ。
もう、糖尿病直行コースなのじゃ!
・・・いやまぁ、1日で食べきったわけでは無かったようじゃがのう?
ほいでじゃ。
・・・終わらぬのう・・・1日が。
実世界でも、1日が2週間位あれば、色々と出来ることはあるんじゃがのう・・・。
じゃが、寿命も14倍にならねば、結局今と同じになるんじゃろうのう・・・。
・・・それはそうと、なのじゃ。
次話が終わったら、そろそろ、次の日に移ろうと思うのじゃ。
とは言っても、まだフラグの回収は続くんじゃがのう。
・・・キャラクターが多すぎて、フラグの回収に2週間(約6万文字)掛かるのは如何なものかと思うのじゃが・・・無闇にキャラを減らすわけにいかぬしのう・・・。
そう言う意味では、勇者たちは左遷・・・いや、何でもないのじゃ。
でじゃ。
補足するのじゃ。
シュバルの生態については何とも言い難いと言っておこうかの。
その内、明らかになっていくのじゃ。
じゃが、問題はその容姿を・・・黒い影、としか表現しておらぬことじゃろうか。
・・・スライムとは違うのじゃぞ?
ちゃんと(触)腕があって、頭(?)があって、(仮)足があって、身体があって・・・。
・・・あれ?
スライム・・・?
いや、違うのじゃ!
自由に変形することはできぬからのう。
・・・まぁ、そうじゃの。
この辺も追って説明していくのじゃ。
じゃから今は、黒いスライム的なものと捉えて貰えればよいかと思うのじゃ。
で、次。
普段のテンポの表情・・・は、いいじゃろう。
無表情で笑ったり、無表情で起ったり、無表情で蔑んだり・・・。
ある意味、変身する前の飛竜みたいなものかのう。
細かい表情に関しては、適当に想像して欲しいのじゃ!
他には・・・まぁ、今日はこんなところかのう。
あー・・・話のストックが・・・ないのじゃ・・・。
いや、今日も昨日もその前もストックは無かったんじゃがのう・・・。
じゃが、作らねば、忙しい日はホント、大変じゃからのう。
・・・仕方あるまい。
明日に向けて、これから書こうかの。




