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7.0-09 王都の長い一日9

こーしょん!

エンジン高温注意なのじゃ!

テレサたちが何を作っているのか知りたい、というワルツたっての願いを聞いて、食堂から場所を移した一同。

その際、ワルツと一緒に付いて来たのは、新入りメイド(?)のイブと、水竜と飛竜、それに案内役のテレサである。


なお、ユキは、コルテックスと共に、ボレアスの非公式大使としての手続きを行うために議長室へ。

そして狩人は、朝から会議があるために、会議室へと姿を消していた。

コルテックスを除いて2人とも、後ろ髪をワルツの身体に接着されていそうな表情を浮かべながら分かれていったことについては・・・まぁ、わざわざ言わなくてもいいだろうか。


・・・というわけで。

食堂からほど近い、それほど大きくはない倉庫まで案内されたワルツたちは、その少々薄暗い部屋の中へと足を踏み入れた。


そして、扉の向こう側から徐々に見えてきたソレに対してワルツは・・・


「爆音の原因はこれだったのね・・・」


と口にしながら、呆れた表情と、驚いた表情と、そして関心した表情を同時に浮かべたのである。

一方で、水竜と飛竜とイブは、ソレが何なのか分からなかったのか、頭を傾げたり、反応に困ったような難しそうな表情を浮かべたりしていたようだ。


「うむ。初歩的な『おーえいちしー(OHC)えんじん(エンジン)』なのじゃ!」


「・・・どの辺が初歩なのか全く分かんないんだけど・・・」


自身と同じくらいの大きさの単気筒エンジンの横で、腰に手を当てながら、ドヤッ、といった表情を浮かべながら説明するテレサに対し、怪訝な視線を向けるワルツ。


「2サイクルエンジンの方が、部品点数が少なくて、オイルの循環機構とかも必要無いから簡単だったんじゃないの?」


「いやいや、原理的に2サイクルは出来なかったのじゃ」


「・・・?どういうこと?」


吸気と排気の『バルブ』やそれを動かすための『カム』、それにカムに動力を伝える『タイミングベルト』と、そのベルトのたるみを調整するための『テンショナー』・・・。

2サイクルエンジンとOHCの4サイクルエンジンを比べるなら、最低でもそれだけの部品が追加で必要になってしまうのだが、どうやらテレサ曰く、部品点数の増加は問題ではないらしい・・・。


「・・・燃料なのじゃ」


「燃料?ガソリンか、軽油か、どっかその辺の可燃性の液体なんじゃないの?」


部屋の中に充満する匂いに、ワルツは何となくテレサの返答を予想しつつも、そんな問いかけを投げかけた。

すると、案の定、テレサは首を横に振りながら口を開く。


「・・・燃料の原料となる石油が、どこにあるのか分からなかったのじゃ・・・。詳しい精製方法も知らぬしのう(オクタン価とはなんぞや?)」


(あー・・・そういうことね。ノースフォートレスに行く途中の山の中から湧きだしてたんだけど、テレサ、そのこと知らないもんね・・・)


そんなことを考えながら、同時に、燃える液体(石油)を求めて山中を彷徨っていた(?)ユキのことを思い出さないでもないワルツ。

まぁ、それはここでは関係ないので、横に置いておこう。


「ということは、つまり、燃料に石油を使ってないってことね?」


「その通りなのじゃ」


そう言うとテレサは、エンジンの近くにいた王城職員(技術)に向かって目配せした。

すると、エンジンの吸気口に向かって、何やら手を翳し始める職員。

恐らく、燃料を供給する代わりに、魔力的な操作をしているのだろう。


「・・・まさか・・・人力・・・」


「人力・・・・・・いや、確かにそうかも知れぬが、そう聞くと何となく嫌な響きじゃのう・・・」


「じゃぁ・・・魔力で動く『魔導エンジン』て言えばいい?」


「『魔導エンジン』のう・・・余程、人力というよりは、そちらのほうが音の響きはいいかのう」


と2人がそんなやり取りをしている時だった。


ドゴォォォォン!!


急にエンジンから爆音が聞こえて、排気口(直管)から白い煙が吹き出したと思うと、


ギュォォォォォン!!


魔導エンジン(?)が猛烈な勢いで回り始めたのだ。


「・・・思うんだけどさ・・・魔法使いが使う魔法の、魔力-魔法エネルギー変換の効率って、実はトンデモなく悪いんじゃない?」


「ぬ?何じゃそれは?」


「・・・ううん、なんでもない」


ごく一般的な魔法しか使えないはずの職員が、とてつもない勢いで、機械的にそれほど効率の良くないはずのエンジンを回し始めたことに、納得できない表情を浮かべるワルツ。


その直後、


ドゴォォォォン!!


・・・あまりに勢い良くエンジンを回し過ぎたためか、エンジンの上部(ヘッド)に穴が空いて・・・何やら香ばしいかおりのエンジンオイルが噴き出してきた・・・。


「あー。またヘッドが吹き飛んでしまったのじゃ」


「エンジンオイルに、食物油を使ってるの?」


「む?潤滑できればそれで良いのじゃろ?それに、これはテストじゃしのう」


「いや、そりゃそうだけど・・・」


・・・やはり、納得出来ない表情を浮かべるワルツ。


なお余談だが、長時間使わないのであれば、サラダ油でもエンジンオイルの代用は可能である。

ひまし油(ごま油)を原料にして作られるエンジンオイルなどもあるので、まぁ、当たり前といえば当たり前だろうか。


しかし、テレサたちの試作したエンジンは、どうやら空気で冷やすタイプの単純な空冷エンジンだったようで、その上、急激にエンジンを回したことで、内部の部品が文字通り焦げ付いてしまったらしい・・・。

恐らくは、比熱の低いバルブあたりに炭化した食物油が固着して閉じなくなり、バルブごとピストンに押されて、ヘッドに穴を開けてしまったのだろう・・・。


ワルツは、『エンジンが壊れてしまった理由はそのあたりね』などと予想を付けてから、テレサに対して問いかけた。


「で、話は戻るんだけど、あんな故障をさせるくらいなら、2サイクルエンジンの方が良かったんじゃない?バルブ無いし・・・」


「いやの?構造的に難しいのじゃ。燃料の代わりに使っておる魔法は、火魔法と水魔法を使った複合魔法なのじゃが、それを2サイクルエンジンで使おうとすると、ちゃんと火種が吸い込まれなかったりして、シリンダーではない場所で爆発してしまうのじゃ」


「水蒸気爆発・・・とは厳密には違うわね・・・」


「うむ。じゃが、それに近いかもしれぬのう。この試作したエンジンには、吸気口が2つあって、片方から火魔法で作り出した火種を、そしてもう片方から水魔法で作り出した圧縮水を入れるのじゃ。そして、ピストンが上がることによる断熱圧縮と火魔法の火種によって加熱された水が、気体へと相変化した際に、燃料を爆発させたのと同じような気体の膨張現象を起こすのじゃ。その結果、ピストンが押し下げられて、機械的なエネルギーを取り出せる、というわけじゃのう」


・・・長いので要約すると、つまり、燃料の代わりに水を爆発させている、ということである。

ちなみに、現代世界のガソリンエンジンでも、エンジンの内部に水を噴射することで出力向上を狙ったものが、昔から実在していたりする。


「そういうことね・・・。随分とエコなエンジンだこと・・・」


ガソリンを使わないために、燃焼室が極端に高温にならず、窒素酸化物も二酸化炭素も殆ど発生させない、クリーンなレシプロエンジン・・・。

謳い文句としては、水素燃料電池を搭載した電気自動車と同じだろうか。


しかも、燃料は・・・魔力(じんりき)

廃棄物として水が出てくること除けば、まさにゼロエミッション機関と言えるだろう・・・。


「それにしても、貴女たち、よくこんなもの作れる知識を学べたわね?熱力学とか学ばなきゃならなかったと思うけど、そのためには基礎的な数学とか物理学の知識が必要になるわよね?」


「それは・・・」


そう言いかけてから、どこか話しにくそうな様子で、口を閉ざしてしまうテレサ。

しかし、ややあってから、彼女は一人頷いて口を開いた。


「コルに教科書を作って貰って、教わったのじゃ!」


(コルテックス・・・。ここまで私と趣味が似てたのね・・・)


と、自身もカタリナに対して、個別授業をしていることを思い出すワルツ。

つまり、コルテックスも、テレサに対して同じようなことをしていたのだろう。


「そう・・・・・・。それで・・・このエンジンを自作の飛行機に搭載するってこと?」


そんなワルツの問いかけに、テレサは再び首を横に振った。


「いや、まだなのじゃ。地上と上空では、気圧も違えば、温度も違うのじゃ。そんな全然異なる環境でも安定して動作するエンジンを作らなくては、安全に飛ぶことは出来ぬと思うのじゃ。それに、出力が全く足りぬから、多気筒化と高回転化、それに耐久性についても考えねばならぬしのう・・・」


「ちょっ・・・そこまで考えて・・・」


「じゃから、今はプランBとして、ガスタービンエンジンを魔力で動かす試験をしておるところなのじゃ。じゃが、ベアリングの生産精度とオイルシールの耐久性と耐熱性に難があって、それほど高回転化出来ぬのじゃ・・・。それでも職人たちが頑張って作っておるから、首を長くして待っておるしかないんじゃがのう」


「・・・・・・」


と話すテレサに、遂には言葉を失ってしまうワルツ。

・・・それでも彼女は、自身の中にあった最も大きな疑問を口に出すことには成功した。


「・・・どうしていっぺんに、そんなに沢山のことが出来るの?」


人を動かしたり、知識を学んだり、試行錯誤を繰り返したり・・・。

これまで仲間内だけでやってきて、その上、難しいことは殆ど一人だけでどうにかしてきたワルツにとっては、見知らぬ人々と協力して、色々なことを並列に進めているテレサのモチベーションの理由が理解できなかったらしい。


そんな質問を受けたテレサは、満面笑みを浮かべると、腰に手を当てたまま、真っ直ぐにワルツを見て答えた。


「みんなの夢じゃからの。それを叶えるのが、妾のつとめなのじゃ!」


「・・・・・・そう」


同じ目標を持つ仲間が他にも沢山いれば、テレサのように走っていくことが出来るのか・・・。

ワルツの眼には、嬉しそうに答える彼女の姿が、少しだけ眩しく見えたようだ。


そんなちょっとだけブルーなワルツを前に、テレサは彼女にとって思いがけない(?)ことを口にし始める。


「それもこれも、皆、ワルツに憧れておるからなのじゃぞ?」


「・・・え?」


「・・・誰がエネルギアを作ったのじゃ?誰が表の野原にあんな大きな扉を付けたのじゃ?そして、誰が王城と町を改造して、誰がミッドエデンの経済を活性化させたと思っておるのじゃ?・・・全てワルツじゃろ?まさか、王都民や国民たちが、それに気づいていないとは思っておるまい?」


「・・・・・・」


「じゃから、ワルツはもっと胸を張ってもいいと思うじゃ。ワルツは決して一人ではないのじゃからな」


「・・・・・・困ったものね」


「皆、物好きじゃからのう」


そんなテレサの言葉を聞いて、ふと、最近同じことを口にした者がいた事を思い出すワルツ。

そして振り向いた先で、黄色い天然パーマが印象的な犬の獣人の少女が、ニーッ、と白い歯を自分に向けながら笑みを浮かべている姿を見て、ワルツも()()()()笑みを浮かべた。


「全く・・・。この世界のバランス・・・どうするのよ?」


「良いではないか?みんなで好き勝手やって、一緒に滅ぶというのなら。少なくとも、妾にはそうは思えぬがのう・・・」


「もしもそうなったら・・・私は本当に魔神ね」


そしてワルツは、自分が魔神と言われる原因の一端を、再び垣間見たような気がして、小さく溜息を吐くのであった。


・・・こうして、ワルツと、そして王城職員や王都民たちとの距離は、徐々に近づいていったのである。

その先にあるのは、果たして破滅か、繁栄か・・・。

どんなに想像しようとしても、幸か不幸か、ワルツには予想できなかったようだ。

むしろ、あれじゃの。

(ほとばし)る創作意欲・・・!

そこに材料があるかぎり、妾はものづくりを止めぬのじゃ!

・・・大体の部品作りは、シラヌイ殿に投げるんじゃがの?


まぁ、それはいいのじゃ。

問題は・・・明日、朝から用事があって大変なのじゃ!

というわけで、さっさと補足してしまうのじゃ!


2サイクルエンジンと、4サイクルエンジンの違いについてはggrなのじゃ!

余程、妾が説明するよりも、動画か何かで説明しておるサイトを見たほうが早いからのう。

オーバーヘッドカムシャフト(OHC)についても以下同文なのじゃ。


で、次じゃ。

魔力-魔法エネルギー変換効率。

要するに、身体の中にある魔力を魔法として形にする際に、どれだけ無駄が無いかの度合いじゃのう。

これについては・・・追々話していくことにするかのう。

理由は・・・時間が無いからなのじゃ!

まぁ、時間稼ぎ用の駄文としても使えるしのう・・・。


で、次なのじゃ。

前回言っておった『書類』の件。

要するに、コルが、ミッドエデンの情勢をまとめた白書(ほうこくしょ)にバラバラに混ぜて妾に渡してきた、教科書のことなのじゃ。

最初は、ワルツにバレないように教えるつもりで、そんなことをしたようなのじゃが、結局、知識だけで満足できなくなった妾が、水竜を巻き込み、周囲の者たちを巻き込み・・・そして、コル自身も巻き込んで、プロジェクトを進め始めた故、いい加減、隠すことが出来なくなってしまったのじゃ。

それで、そのことを妾がワルツに対して打ち明けるかどうかを悩んで・・・本文中で『一旦口を閉ざした』というわけなのじゃ。

この辺、ちゃんとしたサイドストーリーを書いたほうがいいかも知れぬのう・・・。


まぁ、そんなところかのう。

ぬあ?!もうこんな時間?!

・・・ね、寝るのじゃ!

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