7.0-08 王都の長い一日8
ざわざわざわ・・・
王城の大きな食堂にいた人物は、何もワルツたちだけではない。
メイドや一般職員たちに、議員や秘書たち・・・。
さらには王城関係者ではない一般市民も、王城の朝の食堂を利用しにやってきていた。
つまり、それなりの喧騒に包まれていたのである。
もちろん、彼らの話題が、部屋の中の一角に陣取っていたワルツたちのことであることは言うまでもないだろう。
・・・ただ、そんな彼らが、興味本位でワルツたちに近づくことは無かった。
もちろんそれは、『魔神』というワルツの肩書(?)に対して恐れを抱いていたことが一番の大きな理由かもしれないが・・・・・・ワルツの顔が知れ渡っていない上、狐耳+尻尾付きのメイド姿に変身していて、さらに、普段見かけない女性たちばかりに囲まれていたので、一体誰が『ワルツ』なのか、あるいは本当に『ワルツ』がそこにいるのか判断が付けられなかったことも、その理由の一つと言えるだろうか。
その上、輪をかけるようにして、根本的に、彼女たちの周囲には重力制御の障壁(上から下へ3G)が展開されていた。
つまり、一定距離に近づこうとすれば、
ドゴッ!
と、地面に吸い寄せられてしまうのである。
一体誰が、そんな場所へと、好きこのんで近づこうと言うのだろうか・・・。
・・・まぁ、それでも、すでに15人ほどの人々が犠牲になっていたようだが・・・・・・しかし、そのほとんどが、王城に勤務するメイドたちで、みな嬉しそうな表情を浮かべながら地面に伏せている原因については・・・全くもって不明である。
そんな騒がしいオーディエンスたちとは対照的に、
『・・・・・・』
ワルツの『テレサどこー?』発言を受けて、気まずそうに黙り込む仲間たち。
そんな空気は仲間たちの間だけに留まらず、次第に食堂の中へと伝搬していき・・・
シーーーン・・・
遂には部屋のなか全体を包み込むようにして、沈黙が支配してしまった・・・。
(え?何これ・・・・・・私に何か面白いことを言えっていう雰囲気?・・・うん、無理)
空気が凍りついて、その上、周囲の者たちの視線が全て自分たちに向けられていることに気づき、内心、冷や汗を掻き始めるワルツ。
そんな中、最初に口を開いたのは、普段からテレサと共に行動しているはずの水竜だった。
「・・・テレサ様は、今、とてもお忙しいようです。そっとしておいては、いただけませぬか?」
「私は別にそれでも良いんだけどさ・・・。でも、いつもなら放っといても必要以上にくっついてくるあの娘が、私が帰って来てから1日以上やってこない来ないっていうのが、どーも気になるのよね。何か企んでそうで・・・」
『・・・・・・』
するとその言葉に、眉を顰める仲間たち。
そんな皆の反応に、ワルツも一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたものの・・・
「・・・んー、まぁいっか(なんか理由がありそうだけど、みんな、知られたくないみたいだから、無理矢理に詮索するのもどうかと思うしね。色々考えがあるんでしょ?きっと)」
と、これ以上、無理に問いかけることは止めておくことにしたようだ。
その際、仲間たちが、あからさまにホッとしたような表情を浮かべたところを見ると、やはり、テレサに関して、ワルツには知られたくない何かがあるらしい。
まぁ、イブと飛竜は全く事情を知らないのか、ずっと頭を傾げていたようだが・・・。
しかし、仲間たちにとっては残念なことに、この問題はこれで終わりではなかった。
ざわざわざわ・・・
今のやり取りを聞いていたオーディエンスたちの間で・・・何やら噂が広がり始めたのだ。
『テレサ様の身に何か起ったらしいぞ?』
『病気か?怪我か?!』
『もしかして事件に巻き込まれて・・・』
・・・そう。
皆、テレサの身に何かあったのではないかと、思い込んだようなのだ。
そんな彼らの様子に気づいたのか、
「えーと・・・とりあえずは風邪で寝込んでるとか、そういうのは無いのよね?」
と、補足するような形で、仲間たちに対して問いかけるワルツ。
そんな質問に対して答えたのは、今日も食事を届けただろう狩人だった。
「あぁ。とりあえずは生きてる。ひどく疲れた様子だったがな・・・」
「・・・・・・(なんでそんな思わせぶりな返答を・・・)」
すると、案の定・・・
ざわざわざわ・・・
と、騒がしくなるオーディエンス。
『過労だけならいいんだが・・・』
『恐らく、魔神に酷使されてるのでしょうね』(テンポ)
『そ、そんなまさか・・・』
『もしかすると・・・人体実験を受けさせられた可能性も否定できないのでは・・・?』(テンポ)
『?!』
「ちょっ?!」
・・・ますます、混迷の度を深めていくオーディエンスたち。
しかしどうやら、その中心では、黒髪の女性が暗躍していたようだ・・・。
「テンポ、何でそんなところにいるのよ・・・」
そんなワルツの問いかけに、ニヤリ、と無表情で笑みを浮かべたテンポは、どこかの中華料理屋が使っていそうな出前箱を手にしながら、素早い足取りで、食堂を後にしていった・・・。
その出前の行き先は、カタリナとシュバルが待つ、エネルギア内の医務室だろうか。
「全く・・・余計なことしてくれたわね・・・」
大混乱に陥ったオーディエンス、という面倒な置き土産を残しながらこの場を去っていたテンポに対して、ワルツが悪態を吐いた・・・そんな時である。
ゴウゥン・・・
そんな低い音とともに、僅かではあったが、王城全体が小さく振動したのだ。
「ん?爆発?・・・テンポが爆散したんだったら良いんだけど・・・」
と内心を隠さず口にしつつも、絶対にそれだけは無いということを理解しているワルツは、嫌そうな表情を浮かべながらも、原因を確認するために、その場から立ち上がった。
一方・・・
『・・・・・・』
ワルツのそんな行動に、何やら危機感を抱いている様子で、黙りながらも焦った様子を見せる仲間たち・・・。
そんな彼女たちの様子を見て、ワルツは流石に無視できなくなったのか、再び問いかけの言葉を口にする。
「・・・この振動、テレサが何か関係してるのね・・・?」
『・・・・・・』
ワルツの言葉を受けても、あさっての方向を向いたり、指をモジモジしてみたり、寝たふりをしてみたり・・・・・・。
どうやら仲間たちに、テレサの事を話すつもりは無さそうだった。
「もしかして、人前で言っちゃいけないような、違法なことでもしてるの?」
ワルツがそう質問して、何やらオーディエンスたちが妙な勘違いをし始めた頃・・・水竜がこれ以上無言でいることに耐え切れなくなったのか、その重い口を開き始めた。
「・・・テレサ様は、ただいま実験中です。何か大きな音が聞こえたり、城が揺れても、どうか見なかったふり、聞かなかったふりをしていただけませぬか?」
「・・・で、何の実験かは教えてくれないわけね?」
「・・・恐れながら・・・」
「・・・・・・」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げてくる水竜。
そんな彼女に対して、ワルツは細めた眼を向けながらも、渋々といった様子で再び席に腰を降ろした。
すると今度は・・・
ギュォォォン・・・
と、何かが高速で回転しているような・・・そんな音が響いてくる。
「・・・何?工事でもしてんの?」
「いえ・・・実験中です・・・」
(一体何の実験をしたら、こんな爆音が鳴るのよ・・・)
そう思いながらも、それ以上追求せず、少々不機嫌そうにワルツが残っていた朝食を片つけようとすると・・・
ドンッ!
と、食堂の扉が勢いよく開かれて・・・
「うむ!ようやく動いたのじゃ!」
・・・目の下に大きな隈を作った件のテレサが、何故か上下作業服の格好で現れた。
それも、油で服を真っ黒にしながら・・・。
その表情を見る限り、どうやら疲労困憊の状態、というわけでは無さそうだ。
むしろ、やり切った表情、と言うべきか・・・。
それから彼女は、妙な空気に包まれていた食堂の中の様子に気づいて・・・
「む?」
と、固まった後、
「わ、ワルツ?!」
食堂の中に陣取っていた集団の中に、ワルツを見つけて、彼女たちの方へと駆け寄ってきた。
「ワ〜ル〜ツ〜〜〜!」
そう言いながら、両手を開いて、席に腰掛けていたワルツへと頭から飛び込んでいこうとするテレサ。
しかし・・・
ドゴォォォォン!!
まことに残念ながら(?)、16人目の犠牲者になってしまったようだ・・・。
「・・・貴女、何やってるの?」
「じゅ、重力に潰されておるのじゃ・・・」
「いや、そっちじゃなくて、さっきの音の方・・・」
「・・・・・・」
すると、どういうわけか、他の仲間達と同様に黙り込むテレサ。
「本人でも言えないことなの?」
「う・・・うむ・・・すまぬのじゃ・・・。皆が何を話したかは分からぬが、妾の口からは何も言えぬのじゃ・・・」
「・・・?」
自分がボレアスに行っていて、しばらく王城を開けていた間に、一体何があったのか・・・。
ワルツは考えても分からない疑問に対して、頭を傾げた。
そんな時、テレサが開けっ放しにしていた食堂の扉から、柔和な雰囲気を漂わせた一人の女性が入ってくる。
「ダメですよ〜?お姉さま〜。妾を虐めたりしたら〜」
黒いベールを頭から被っていたコルテックスである。
流石に、人前で、テレサと全く同じ顔を晒すことは出来なかったらしい。
「・・・登場のタイミングを考えると・・・つまり、貴女が黒幕ってことね?」
「黒幕だなんて、人聞きが悪いですね〜」
そう言うとコルテックスは、重力制御で押しつぶされ続けていたテレサの隣りに何事も無いかのように立って、彼女のことを担ぎ上げると、重力制御の圏外に連れ出した。
ホムンクルスの中でも、成長のために頻繁に身体を調整しているコルテックスにとっては、3G程度なら十分に活動できる重力だったらしい。
「これは全て、妾のことを考えてのことなんですよ〜?この件については、例えお姉さまでも、介入していただきたくは無いですね〜」
「・・・・・・何をするつもり?」
まるで、謀反を起こそうとしているようなコルテックスの口ぶりに、顔をしかめながら問いかけるワルツ。
「そうですね〜・・・」
そう言うとコルテックスは、担いでいたテレサを地面に下ろしてから、眉を顰めるワルツに対して、満面の笑みを向けて言った。
「妾と、そして『王都民の夢』を叶える・・・。ただそれだけですよ〜?でも、おねえさまにとっては・・・『バランスの崩壊』と言えるかも知れませんね〜」
「コルテックス・・・まさか、貴女・・・」
「・・・いいではないですか〜。翼を持たない人間が、空を目指そうとしたって」
王城を揺るがすような振動と、大きな音。
水竜が言っていた『実験』と言う言葉。
それに、油まみれの作業着を着たテレサ。
・・・そして、王都の人々の間で流行っていた、紙ヒコウキ遊び・・・。
つまり・・・
「あなたたち・・・もしかして、自力で飛行機作ってるわけ?」
そんなワルツの問いかけに、直接答える声は無かったものの・・・言葉を向けられた2人はもちろんのこと、近くにいた仲間たち、そして、どういうわけか一部の王城職員たちも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「・・・・・・はぁ・・・。やるならやるって、最初から素直に言ってくれればいいのに・・・」
そうすれば、自分も協力したのに、と。
そんな副音声を口にするワルツに対して、コルテックスは首を振りながら言った。
「いいえ。この件に関しては、お姉さまは手出し無用ですよ〜?私だって、手出しをしていないのですから〜。出しているのは、知識と資金だけ。それ以外は、全て、妾と仲間たち、そして民たちが自力でやっていることですからね〜」
「・・・ある意味、国家事業みたいな物なのね・・・」
「はい。そんなわけなので、お姉さまは、この件について見なかったことにしていただけませんか〜?」
コルテックスがそう言い終わると、
「すまぬ、ワルツ。どうか妾たちの願いを聞いて欲しいのじゃ」
テレサはそう言って頭を下げた。
すると、関係者と思わしき、一部の仲間たちと・・・それに王城職員たちも頭を下げる。
・・・その際、そこにいたメイドたちが全員、頭を下げていたのは・・・一体、何故だろうか・・・。
「・・・分かったわ。介入しないでおいてあげる」
そんな人々の陳情(?)を断れるはずもなく、ワルツは首を縦に振った。
しかし、その後で言葉を追加する。
「でも、1つ・・・いえ、2つ条件があるんだけど良いかしら?」
「・・・うむ。条件とは・・・一体、何なのじゃ?」
「そうね・・・まず、1個目。・・・たまに様子見に行っていい?」
・・・どうやらワルツ自身も興味があったらしい。
「う、うむ。それは一向に構わぬのじゃ。むしろ、来てもらったほうが嬉しいかのう」
と言いながら尻尾を振るテレサ。
「で・・・もう一つの条件は何なのじゃ?」
「あのねー」
そう言うとワルツは・・・テレサではなく、王城職員たちの方を向いて言った。
「・・・私は神さまじゃないんだから、祈るようなことしないでもらえると助かるんだけど?(特にそこのメイドたち・・・)」
『・・・!?』
「何でそこで慌てふためくのよ・・・」
自分たちに向かって、急にワルツが話しかけてくるとは思っていなかったのか、メイドをはじめとした王城職員たちは、驚いた表情を見せて、思わず後退った。
「・・・ほらテレサ。貴女、この国で一番偉い人間なんだから、部下の管理をちゃんと出来なきゃダメよ?」
「う、うむ・・・。中々に難しい問題じゃが・・・善処するのじゃ!・・・聞いたかのう?皆の衆!」
『は、はいっ!』
ズサッ!
と、テレサの呼びかけで、敬礼する職員たち。
(ふーん・・・意外にちゃんと管理できてるじゃない・・・・・・。何なのかしらね・・・この反応の差は・・・)
そんな職員たちの様子を見てワルツは、少しだけテレサの事を見直したとか・・・・・・してないとか。
ともあれ。
こうして、コルテックス(テレサ?)主導で秘密裏に行われていたミッドエデンの国産航空機の開発は、ワルツの知るところとなり、この日から国を上げて、大々的に行われていくことになったのである・・・。
どうしようかのう・・・。
あの書類の話・・・。
あとがきで書くよりも、本編で書いたほうが良いかのう・・・。
・・・そうするのじゃ。
というわけでじゃ。
こうして、正真正銘、妾のターンが始まったのじゃ(?)。
終わり方をどうするかで悩むところなのじゃが・・・このまま行くと・・・プランAかCかのう。
ただ、プランAにすると、サイドストーリーとの兼ね合いが破綻してしまう故、その辺のつながりをちゃんと考えねばならぬがのう・・・。
終わった時に、プランA〜D(?)がどんなものだったのかを説明するのじゃ。
・・・覚えておったらの。
でじゃ、補足していくかのう。
・・・メイドたち。
彼女たちは、妾とコルの完全な管理下にあるのじゃ。
じゃが問題は人手が足りぬということかのう・・・。
・・・この件に関しては、あとがきで書くことでもないのじゃがの。
で、その話はこの辺にしておいて。
次は、テンポ殿が何故やってきたのか、についてなのじゃ。
それも、余計に場を荒らすような真似をして・・・。
これにも歴とした理由があるのじゃが・・・これについては、本編でもあとがきでも詳しく語らないでおくのじゃ。
ヒントは、『説明すると間違いなく蛇足になる』、ということかのう。
あと・・・
どうして王城が揺れたとか、爆音が聞こえてきたとか、妾がやり切った顔をして部屋に入ってきたとかについては・・・まぁ、その内、本編で語ることになると思う故、ここでは書かないでおくのじゃ。
それをここで書いてしまうと、時間稼ぎのための駄文が・・・いや、何でもないのじゃ・・・。
というわけで、なのじゃ。
今日はこのくらいで失礼するのじゃ!
・・・今日も妾はやり切ったのじゃ・・・!




