7.0-06 王都の長い一日6
以前、指摘されたために、普通にノックしてから、議長室へと足を踏み入れたワルツ。
しかし、ノックの返事を待たないことについては、変わることはないらしい。
とはいえ、そのことで彼女に異論を唱える人物は、部屋の中にはいなかったようだが。
「あれ?誰もいない・・・。あ、そっか。朝食の時間ね」
時刻は7時を回って、王城の食堂が朝の営業を始めた頃である。
恐らくコルテックスたちは、いつもお世話になっている料理長(狩人ではない)のところで、今日も朝食をごちそうになっているに違いない。
「ま、いなくても、別に問題は無いんだけどね。・・・そういえば、イブ?貴女、朝食はどうしたの?私に付いて来たことを考えるなら、狩人さんとは顔を合わせてないと思うんだけど・・・」
ワルツは、自分の後ろを恐る恐るといった様子で、付かず離れずついて来ていたイブに対して問いかけた。
「狩人さん?あの・・・料理人の猫の人?」
行儀よく部屋の扉を閉じながら、猫の獣人の姿を思い出すイブ。
「そうそう、猫の人。本当は料理人じゃなくて伯爵令嬢で、一応、この国の一番エライ議会で代議士をしてるんだけどね・・・」
「?!」
そんなワルツの言葉に、イブは眼を点にして、驚いたような表情を見せた。
もしかすると・・・いや、もしかしなくても彼女は、狩人が単なる料理人だと思っていたようだ。
「で、朝食は?」
「食べてない・・・」
イブはそう言いながら、小さく鳴るお腹を両手で押さえ込んだ。
彼女はワルツの後を追いかけてきたせいか、やはり、朝食の案内をしに行ったはずの狩人とは会えていなかったようだ。
「困った娘ね・・・。じゃぁ、朝の一仕事終わったら、一緒に朝食を食べに行きましょうか」
「う、うん・・・ありがとう、ワルツさm・・・い、いや、そうじゃないかもだよ!?一体、仕事ってなn」
「さてと、さっさと着替えるわよ?」
ワルツは、何かを主張しようとしているイブの姿を半ば無視しながら、彼女の着ていた服を、バナナの皮を剥くようにして、重力制御で脱がし始める。
それと同時に、議長室にあるクローゼットを開け、その中に仕舞い込まれていたコルテックス用の・・・・・・メイド服を手に取った。
(うん、やっぱ、私の思考を元にしただけのことはあるわね。趣味も似てるわ・・・)
そんなワルツの心の声が示す通り、実のところ彼女は、このクローゼットの中身を確認するまで、この部屋にメイド服があるのを直接見たわけではなかったのである。
では、なぜ彼女が、議長室にメイド服があると思ったのか、というと・・・・・・コルテックスに同族の気配(?)、あるいはニオイのようなものを感じ取っていた、と言えばいいだろうか。
コルテックスが自分と同じ趣味を持っていると確信して、当てずっぽうでクローゼットの中を探した結果・・・思った通りにメイド服を見つけた、というわけである。
恐らくコルテックスも、ワルツと同様に、誰にも姿を見られないようにして、王城の中を掃除し回っているに違いない・・・。
・・・ただ、メイド服を手にとったワルツは、一瞬だけその表情を曇らせた。
コルテックス以外のホムンクルスたち3人の趣味(?)について考えていたようなのだが・・・その中に、メイド服を着てはならない人物が1人いて、彼の危険な姿がワルツの脳裏で鮮明に・・・・・・おっと、そういった話は、物語のジャンルを超越してしまうので、これ以上語るのは止めておこう。
まぁ、それはさておき。
「はい、終わり!」
瞬時に服を脱がされたイブがあっけにとられている間に、今度は逆にメイド服を着せ終わったワルツ。
その直後、コルテックスが所持していたメイド服は、成長のことを考えた作りになっていたためか、サイズ調整のエンチャントが掛かっていたようで、イブの身体に合わせるようにしてそのサイズを変化させた。
「こ、この肌触り・・・まるでドレスかも?!(ドレスがどんなものか、触ったこと無いけど・・・)」
「そりゃ、多分、シルクで出来てるだろうし・・・」
「・・・えっ?」
「ううん、なんでもないわ」
たった一人で国の資金を一元管理していて、しかも、元王姫であるテレサと瓜二つのコルテックスが、普通のメイド服を着るわけがない・・・と思いながら、ワルツは自身の言葉をごまかした。
その後で彼女は、クローゼットの内側に向かって、声を投げ掛ける。
「ユリアー?コルテックスのメイド服借りてくから、後で彼女が帰って来た時に、その旨つたえてくれなーい?」
すると・・・
『はーい。承知しましたー!』
と、くぐもった声が、クローゼットから返って来た。
ユリアが直接姿を見せなかったところを見ると・・・もしかすると、コルテックスたちと同様に、朝食を摂っているのかもしれない。
・・・あるいは、新入りの教育から手を離せない可能性も否定は出来ないだろうか・・・。
「このお城・・・一体、どんな作りになってるの?」
「え?壁の向こう側に沢山通路があったり、隠し扉が設置されていたり、色々なトラップが仕掛けられていたりするだけの、普通のお城よ?(通路が狭すぎるから、中には入ったこと無いけどね・・・)」
「も、もしかして、こ、これは・・・噂に聞く、にんじゃーやしき・・・!?」
ワルツの言葉に、そんなことを口にしながら、何故か目を輝かせるイブ。
もしかすると、彼女の眼には、ダンジョンよりも魅力的な何かに見えているのかもしれない・・・。
「ま、死ぬことはないと思うから、出入りするのは自由なんだけど、たまにカタリナとかと出くわすかもしれないから、その点だけ注意してね?暗闇の中で彼女に会った時、さっきみたいにお漏らしなんてしたら・・・きっと大変なことをされるわよ?二度とお漏らししないように人体改造されるとか・・・」
「うん、絶対に入らないことにする・・・」
そして、イブの眼から急激に輝きが失われていった・・・。
(・・・冗談だけどね。カタリナ、普通に通路を歩いてくるし・・・)
そんなイブの姿に、ワルツは苦笑を浮かべた後。
彼女は徐ろに・・・
パン!
と、手を叩くと・・・
「さて、お仕事の時間よ?イブ」
新入りのメイド(?)に、さっそく教育を始めたのであった・・・。
・・・・・・
「(あれ・・・?何で私、朝から掃除なんてしてるんだろ・・・。しかも知らないお城の廊下を・・・)」
気づくと、長い廊下を雑巾で拭きあげていた自分の姿・・・。
掃除が始まってからたっぷり1時間ほど経ってから、イブはようやくその現実に気がついたようだ。
「(あ、まだここ汚いかも・・・)」
・・・しかし、次の瞬間には、その意識も追憶の彼方(?)に消え去ってしまう。
どうやらイブは、今まで気づかなかった新しい自分に目覚めかけているらしい・・・。
そんな、どこか必死な様子で、地面の汚れと戦っている新入りメイドに、ワルツは自身も掃除を続けながらも、嬉しそうな表情を向けていた。
(これは、良い拾い物をしたわね・・・。やっぱり、一人で掃除するより、何人かで掃除したほうが楽しいわよね・・・)
・・・そんなことを考えつつ、天井から吊るされていた魔道具のシャンデリアを、同じく天井から逆さにぶら下がりながら、拭きあげるワルツ。
そんな時。
2人の所へと、知った顔が通りかかった。
いや、正しくは、廊下の角をあと一つ曲がれば、間もなく通りかかる、というべきか。
「〜〜〜♪」
・・・鼻歌を歌いながら、ごきげんそうな表情を浮かべているユキである。
現在の廊下のルートを考えると・・・どうやら彼女は、ユリアたちのいるだろう情報部のある部屋から、食堂へと向かって歩いている途中らしい。
もしかすると、彼女は、情報部が持っている通信ネットワークを使って、ボレアスのヌルたち姉妹と、朝の連絡を取っていたのかもしれない。
そんなユキの姿がこちらへと近づいてくることに、ワルツは満足気に一人頷いた。
(・・・うん。練習としてはちょうどいいタイミング・・・それに良い人材ね)
彼女は、そう考えた後、
シュタッ!
と、イブの目前に降り立った。
「んはっ!?い、今、そこ拭いたばかりなのに・・・・・・これが、職場いじめかもだね?!ワルツ様!」
「いやいや、地面に足つけてないし・・・ってそれは良いのよ。ちょっと急いでるから、いろいろ端折るけど、これから貴女に、メイドとしての『イロハ』を教えてあげるわ・・・!」
そう言うと、強引にイブを担いで、シャンデリアの上に飛び跳ねるワルツ。
「んがっ?!」
その瞬間、思わず声を出しそうになったイブだったが・・・ワルツに口を押さえられていたためか、微かな音が漏れるだけであった。
そんな彼女たちの下を・・・
「〜〜〜♪」
と、どこかで聞いたことのあるような童謡を口にして、気付かずに通過していくユキ。
彼女が通りすぎた直後、ワルツはイブだけに聞こえるような小声で言った。
「(よーく見てるのよ?)」
「(・・・?)」
声は出さずに、ワルツに対して怪訝な表情を向けるイブ。
そんな彼女を、一人、シャンデリアの上に残したワルツは、床へと音もなく降り立つと、ユキの後ろに忍び寄った。
そして、のんきに歩いていた彼女の右側の床を、
カン・・・
と、箒の柄で叩く。
「・・・?」
その瞬間、『何か落とした?』と思ったのか、その場に立ち止まりつつ、右側の床へと振り向いてそこへ視線を向けるユキ。
「あれ?おかしいですね・・・」
しかし、何も落ちていなかったのか、頭を傾げながら、前を向き直った。
ちなみにその際、ワルツが何をしていたのかというと・・・ユキの着ていたジャケットの左側のポケットから、小さくハンカチが飛び出していたので、それをちゃんとポケット中へと押し込んでいたのである。
もちろん、ホログラムは表示したままで、なおかつユキに見つからないよう、彼女の死角に入り込むように移動しながら・・・。
「(・・・?!)」
その様子を見て、思わず驚いた表情を見せるイブ。
もしかすると彼女は、ワルツのその姿に、『にんじゃー』なる者たちの姿を重ねたのかもしれない・・・。
しかし、そのせいか、イブの心が乱れてしまったようで・・・
「・・・ん?今、人の視線が・・・」
・・・ユキに気配を感じ取られてしまう。
その結果、
「・・・あ」
「・・・なぜそのような所に・・・」
・・・残念なことに見つかってしまったようだ。
こうなってしまっては、仕方がないので・・・
「あー、ダメよ?イブ。精神統一はメイドにとって不可欠なものなのよ?取り乱したりなんかしたら特訓にならないじゃない・・・」
今もなおユキの隣りに立っていたワルツが、不機嫌そうに声を上げた。
その瞬間、
「うひゃん?!」
という声を上げて・・・
ドゴォンッ!!
と、王城の壁際まで飛び跳ねるユキ。
やはり、彼女は、ワルツの存在に気づいていなかったようである。
「ユキ?そこ、掃除したばかりの場所なんだから、埃立てたらダメよ?しかも、飛び跳ねた時、靴底が床と擦れて、黒いのがこびりついちゃったじゃない・・・」
「わ、ワルツ様?!どうして急に・・・っていうか、なぜメイドのお姿・・・」
「何故って・・・貴女には分からないの?」
「・・・皆目、検討も付きませんよ・・・」
(・・・ヌルは理解してるみたいだったけど、ユキはまだまだってことね・・・。次元を超えた世界の心理なのに・・・)
と、メイド理論(?)が理解できていなさそうなユキに対して、可哀想なものを見るような視線を向けるワルツ。
「え・・・」
そんな彼女に視線に、ユキは自身の存在の全てを否定されたような気がしたとか、していないとか・・・。
まぁ、それは置いておいて・・・。
「どうしたの?ユキ。これから食事?」
ワルツはユキに向かって、ここを歩いていた理由を問いかけてみた。
「はい。そうです。狩人様に、皆さんよりも少し遅れて食堂に来て欲しいって言われて・・・」
「あぁ、そういうことね」
「でも、何となく嫌な予感がするのですよね・・・」
「嫌な予感?」
「はい・・・。まぁ、予感は飽くまでも予感にしか過ぎないので、直接行ってみなければ分かりませんけどね・・・」
「・・・?・・・んー、まぁ、いいけど。・・・そうね。私もお腹が減ったから、一緒に行きましょうか」
「えっ?!ほ、本当ですか?!」
「え・・・う、うん・・・」
「よしっ!」ぐっ
・・・っと、ガッツポーズを取るユキ。
どうやら彼女は、ワルツと一緒に朝食が採れることに、喜びを感じているらしい。
あるいは、最高のスパイスが朝食に追加された、と言っても過言ではないだろう。
「さぁ、早速行きましょう!」
「え・・・あ、うん・・・」
・・・そして廊下を食堂に向かって歩き始めるワルツたち。
それはそうと・・・
「・・・・・・こ、これが、パワハラかも・・・」
・・・食堂に向かった2人が、シャンデリアの上に取り残されたイブのことを思い出すのは、果たしていつになることやら・・・。
次回、『む、無理にシャンデリアから降りたら、足首粉砕骨折したかも?!』、乞うご期待?
・・・もちろん、嘘じゃがの。
そんな痛そうな上、誰も得しなさそうな話、書きたくないのじゃ。
まぁ、それはそうと、なのじゃ。
・・・20時以降は食事を摂ってはならぬ・・・。
ダメ、絶対、なのじゃ!
頭が回らぬ上、就寝後に目が覚めて、さらには睡眠が浅くなるという負のすぱいらるが、妾のことを責め立ててくるのじゃ・・・。
春雨スープくらいなら・・・と、たかをくくっておったら、全然ダメだったのじゃ・・・。
やはり、食べても、飴くらいが限度じゃろう・・・。
まぁ、よいのじゃ。
さっさと、あとがきを書いて、眠るのじゃ!
・・・じゃが今日も駄文で、フラグ回収の準備しかせんかったから、特に補足することは無いのじゃ。
つまり、あれかのう?
さっさと寝れということかのう?
うーむ・・・。
なかなか、思った通りに、修正もバッファも書けぬのう・・・。
・・・明日こそは書くのじゃ、なのじゃ!




