6後後後-23 ついの迷宮7
ドシャァァァァン!!
そんな音が周囲の空間を包み込むとほぼ同時に・・・
ドゴォォォォン!!
「わ、ワルツ様!」
血相を変えたユキ(A)が、テラスに繋がるヌルの執務室の扉を破壊しながら、部屋の中へと入ってきた。
・・・そしてこんなことを口にする。
「た、大変です!迷宮がこちらに向かって移動してきているようです!」
「・・・いつの話のこと?」
「えっ・・・それはもちろん、つい今しがた、兵士の報告を受けて知ったものですよ?」
(・・・それ多分、リアルタイムの情報じゃないわよね・・・)
そう考えた後で、ワルツは、ふと思いつく。
「・・・うん。ユキ?ちょっとそこのテラスから、外を覗いてくれない?外に出て右側ね?」
「え?は、はあ・・・」
そしてワルツの言葉を受けてから、部屋の大きな窓から繋がっていた、外のテラスへと向かうユキ。
その際、彼女は、カタリナが腕で大事そうに抱えていたトレジャーボックスに気づいて、『ん?』と眉を顰めていたのだが・・・一体何かあっただろうか。
・・・ただそれも、テラスに出た途端に、別の表情によって完全に上書きされてしまったようだが。
「んな?!」
そして外に出たユキは、後退るほどに驚いた。
「・・・で、どうなってるの?実は、私たちもまだ見てないから、報告してもらえると助かるんだけど・・・」
と、今まさに、彼女の眼に映っているだろうタイムリーな情報が欲しい、と言わんばかりに、元魔王に報告を求めるワルツ。
そんな言葉を受けてから、ユキは、どこか必死な様子を見せながら、パクパクと勝手に動いていた口をどうにか制すると、どうにか言葉を放つことに成功する。
「え、えっと・・・・・・そ、草原が・・・畑が・・・凄いことになっています!」
「・・・全然分からないわね・・・」
すると今度は、ワルツの隣に立って、宝箱を一定の間隔で揺らしていたカタリナが口を開いた。
「・・・シリウス様。単に『凄い』とか『まずい』とか『やばい』という言葉だけでは、何も伝わりません。もう少し具体的に説明していただけませんか?」
「じゃ、じゃぁ・・・・・・も、もの凄い状況です!」
「・・・・・・」
そんな彼女の返答に、もしかして手術の際、手違いで脳に障害を与えてしまったでしょうか、などと思い始めるカタリナ。
・・・まぁ、それはともかくとして。
そんな言葉しか返せなかったユキの眼の前で、彼女がそう口に答えざるを得ないような状況が展開されていること自体には、何ら疑いの余地は無いだろう。
「(・・・お二方とも、自身で外を覗かないのはなぜだろうか・・・)」
と、飛竜が、3人のやり取りに、人の奥深さ(?)を感じていると・・・
「うん・・・ありがとうユキ。あとは自分で見るわ・・・」
結局、このままだと埒が明かないと思ったのか、ワルツがその足をテラスの方へと向け始めた。
その後ろをカタリナが続いて、さらには飛竜も続いて・・・。
そして半壊したテラスへと再び立った彼女たちに見えてきた光景は・・・
「うわぁ・・・これは、凄いわね・・・」
「・・・申し訳ございません。シリウス様の言葉通りでしたね・・・」
「ほう・・・これは壮観ですのう・・・」
「ボクには、もう何と表現していいのか分かりません・・・」
そんな4人の言葉が示す通り、全員の予想を裏切るような光景が広がっていたのである・・・。
その光景の中でも・・・
「・・・で、迷宮はどこ行ったわけ?」
ワルツにとっては、忽然と消えていた迷宮の行方が気になったようだ。
それから迷宮の姿があった場所へとやってきたワルツたち4人(5人?)。
より場所を限定して言うなら・・・先程まで迷宮がハマっていた大きな穴の縁である。
本来、そこには、雨水が貯まるだけの、単なる大きな穴が開いているはずだった。
しかし今、その穴にはなぜか、雨水のものとは思えないほどの大量の水が満ちていたのである。
その光景は、宛ら巨大な湖、といったところだろうか・・・。
「・・・この水・・・実は触れたら死んじゃうとかあるのかしら?」
「多分、それは無いのではないでしょうか?」
「うん。分かってて、試しに言ってみただけ・・・」
そんなやり取りをしていたワルツとカタリナの目前にあった湖の水は・・・迷宮から染み出していた、何処か黒っぽい液体とは違い、どこまでも透き通って見える、キレイな水のようなモノであった。
もちろん、それだけが理由で、2人はこの水に触れても死なない、と判断したわけではないのだが・・・・・・まぁ、そのことについては後で説明することにしよう。
それはさておいて。
その湖の姿に、ワルツはふと思ったことを口にする。
「・・・これもしかしてさ、マナじゃない?」
「マナ・・・あの、エンチャントに使ったり、サウスフォートレスから湧き出しているマナですか?」
「そうそう。迷宮がどこに行ったのかっていう話なんだけど・・・地中に潜った気配は無いから、もしかして、マナになって溶けちゃったんじゃないかなー、って思って。まさか、小さくなって空気中に漂っているわけでは無いでしょ?きっと」
「・・・空中に漂ってるとか、嫌ですね・・・」
その後で、白衣の中から白いマスクを取り出すカタリナ。
ちなみに、彼女が抱いていたミミック(?)は、今、その腕の中におらず、彼女が纏っていた空間拡張のエンチャントの掛かった白衣の中に収納されているようだ・・・。
「それにしてもさ・・・」
ワルツは一通り湖の様子を確認した後で、何か悩ましいことがあったのか、口元に手を添えながら、徐ろに後ろを振り向いた。
するとそこでは・・・
「は、畑がぁぁぁぁ?!」
と、地面に膝をつきながら、ここに来てからずっと嘆き続けているユキの姿が・・・。
彼女が、一体、畑の何について嘆いているのかというと・・・
「・・・ユキ。木はね?切り倒して使うより、育てるほうが何十倍も大変なのよ?だから、畑に木が生えてきたくらいで嘆いたらダメよ?」
「で、でもこれ、畑に木が生えるっていうレベルではないですよね?!どう見ても、覆い尽くされてるようにしか見えないですよ?!」
・・・という2人の会話の言葉通り、湖を中心として、周囲の草原や畑が、大森林に変わってしまっていたのだ。
いや、正確には森林だけではない。
どういうわけか砂漠が生じていたり、いつ作られたのかも分からないような古めかしいストーンヘンジのようなものが建っていたり、何故か風で流されていかない真っ黒な煙を纏った小さな火山ができていたり・・・。
ビクセンの街の周囲一帯が、まるで、迷宮の外と内側がひっくり返ったかのように、迷宮そのもののような姿に変わっていたのである。
「大丈夫大丈夫。畑はこうなる前から、もう荒れ放題だったじゃない?食料の供給に関しても、これからミッドエデンが協力するわけだし、大した問題はないと思うけど?それに・・・」
そして、空に眼を向けるワルツ。
「・・・うん。いいタイミングね」
「え?」
そんなワルツの言葉を受けて、ユキも空に視線を向けた。
するとその拍子に、
「はむっ?!」
と、何かが口の中に入ったらしく、ユキは急に口を閉ざした。
「・・・冷たい。雪、ですか?」
「・・・貴女がそれを言うと、天候の事を言っているのか、それとも自身の名前のことを言ってるのか・・・いつか分からなくなりそうね・・・。ま、そういうわけで、雪が降ってきたわけなのよ。つまり、この地方で冬が始まったってことね」
「冬ですか・・・」
そう口にした後で、白い空ではなく、湖の先へと視線を向けるユキ。
するとそこでは、いつの間にか森の木々を遮るような形で、チラホラと雪が舞い始めていた。
「あー、困りましたね・・・。冬になると開拓ができなくなるんですよ・・・」ニコリ
「・・・全然、困ってるように見えないんだけど・・・」
どうやら、雪女であるユキにとって冬の到来は、喜ばしいことだったようだ。
そして、子どものように燥ぎ始めたユキに、ワルツが生暖かい視線を送った後・・・。
ワルツは、先程から黙り込んだまま、大樹の下で丸くなって縮こまっていた飛竜に対して、その理由を問いかけた。
・・・まぁ、彼のその様子を見る限り、わざわざ訳を聞くほどのことでもないのだが・・・。
「・・・飛竜?どうしたの?」
すると飛竜は、重そうな目蓋を必死に開けながら、ワルツの問いかけに対して答え始める。
「・・・もう・・・我の命は・・・長くは無いようです・・・」
「要するに、寒すぎて冬眠しそうなんでしょ?・・・仕方ないわね・・・」
そう言いながら、飛竜に対して、遠赤外線の照射を始めるワルツ。
「・・・急に身体が温まってきたような・・・・・・あぁ、これが・・・最期というものなのですな・・・」
「うん、多分違うと思う・・・。・・・なら仕方ないわね。貴方に、人になれるかもしれない方法を教えてあげようと思ったんだけど、このままだと教えても意味がn」
ズサッ!
「是非、教えてください!」
「・・・やっぱり元気あるじゃない・・・」
まるで電池を交換した恐竜のおもちゃのように、動きが機敏になった飛竜に対して、思わずそんなことを呟くワルツ。
そして彼女は、自身の中にあった仮説を、飛竜に伝えた。
「・・・そこの湖。飛び込んだら、もしかすると人になれるかもしれないわよ?」
「・・・え?」
その瞬間、電源スイッチを切ったように固まる飛竜。
「いやね?貴方、水竜のこと知ってるでしょ?彼女、マナを浴びてから人間に変身できるようになったのよ。で、そこの湖に溜まってる液体なんだけど、多分、マナだと思うのよね・・・。だから、そこに飛び込めば、貴方も人間になれるんじゃないかー、って思って」
「・・・・・・」
しかし、そんなワルツの説明を聞いても、飛竜は固まったままだった・・・。
雪が降りしきるほどに気温が下がっていた湖、飛ぶことは出来ても水の中に潜ったことのない飛竜、そして、迷宮から染み出していた黒い液体の中に溶け込んでいったワイバーンの姿・・・。
そんな断片的な情報が、天秤の上に一切合切載せられて、もう片方側には『人になれるかもしれない』という希望が置かれている・・・・・・そんな状況が、飛竜の頭の中で展開されているのだろう。
・・・まぁ、残念なことに、その重さに耐かねて、天秤ごと壊れてしまったようだが・・・。
「うわぁぁぁ?!!?」
突然、飛竜は頭を抱えると、そんな呻きとも叫びとも取れないような声を上げ始めたのである。
「ちょっ・・・」
飛竜が頭の中で比べようとしたモノの重さに、今更になって気づくワルツ。
それから彼女は急いでフォローを始めた。
「ちょっと待って、飛竜!何も、全身で浴びる必要はないと思うのよ。例えば、尻尾の先端だけ試しに入れてみるとか、やり方は色々あるじゃない?」
「んが・・・?・・・・・・あ、確かにその通りです・・・」
「・・・・・・」
急に大人しくなって頷いた飛竜に対し、安堵しながらも、なんとも言い難い複雑な視線を向けるワルツ。
「・・・分かりました。では、尻尾から浸けてみようと思います・・・」
一方、飛竜の方は、自分が取り乱していた姿を見られたのが少々恥ずかしかったためか、誤魔化すようにそそくさと、湖の畔へ歩き進めた。
「・・・ではいきますぞ?」
そして彼は、後ろから自分のことを見ていたワルツたちの方を振り向くと、尻尾をぴーんと伸ばしつつ、同時にバランスを取るように首を逆方向へと伸ばしてから、徐々にその尻尾を湖の水面へと下ろしていったのである・・・。
・・・さて。
ここでこの湖の断面形状について想像して欲しい。
元々この穴には、スカービクセンという、少々太めのクジラのような姿をした迷宮が埋まっていたのである。
つまり、その穴の形状は、まるで地面に埋まったボウルかすり鉢のような形になっている、と言えるだろう。
では、その縁は、一体どのような構造になっているのか・・・。
・・・言うまでもなく、断崖絶壁である。
今は水のようなものが満ちているために、湖畔にそんな様子は見受けられなかったが・・・もしも液体が無かったのなら、恐らくそこには、火山の火口のような光景が広がっていたに違いない。
まぁ、これまでに、迷宮同士の戦闘や、融合した迷宮の移動による物理的なストレスを受けても崩れていないので、どうやらここは、それなりにしっかりとした地盤のようだが・・・・・・しかし、そこに大量の水分が供給されて、地盤に染みこむようなことがあっても、果たして同じことが言えるのだろうか・・・。
・・・それも、直上に、飛竜という、ドラゴンの中では軽量な部類に入るが、生物としては重量な部類に入る物体を載せた状態で・・・。
ズボッ!
ドシャァァァァン!!
・・・その結果、何が起こったのかについての細かい説明は、割愛しようと思う・・・。
『・・・・・・』
急に水中へと消えた飛竜に対して、細めた視線を向ける3人。
もちろん、彼女たちが、そんな飛竜の入水(?)を予見していたわけではないが・・・・・・フラグのようなものを立てながら湖へと近づいていって、見事にフラグを回収(?)した彼に、ある意味、同情のような感情を抱いたとしても、決して不思議なことではないだろう・・・。
そんな彼女たちの中で、最初に異変に気づいたのは、ワルツの仲間になって一番時間の浅いユキだった。
「・・・浮かんできませんね・・・」
普通なら、溺れそうになってジタバタと暴れるはずなのだが・・・全くそんな様子は見せず、そして何より浮かんでこない飛竜の姿に、彼女は真っ先に不安を感じたようだ・・・。
するとワルツが少々険しい表情を浮かべながら口を開く。
「・・・もしかして、この水・・・軽水かしら・・・」
「けいすい?」
そんなユキの問いかけに、今度はワルツの生徒であるカタリナが答える。
「軽水とは、普通よりも軽い酸素の同位体で作られた水のことです。比重は普通の水と比べて最大で5%程度軽いので、その中を人が泳ごうとすると、浮かぶこと無く沈んでしまうという性質があります。また、生物が摂取するには適さないという性質もありますね」
「えっと・・・・・・つまり、毒ということですか?」
カタリナの話が半分も理解できなかったのか、眼をパチパチさせながら、再度、質問の言葉を口にするユキ。
「人が普通に飲み込む分には、まず問題になることは無いですね。ですが、水性の動物・・・魚などですね。彼らにとっては、毒と言っても過言ではないでしょう。ですが・・・」
そう言ってから、カタリナは周囲の景色に眼を向けながら言葉を続けた。
「おそらくこの水は、軽水ではないと思いますよ?もしも軽水なら、植物にとっても毒のはずですから・・・」
つまり、軽水が染み込んでいるはずの湖の周りでは、森がここまで立派に育つことはない、というわけである。
「ならどうして飛竜さんは・・・」
「・・・やっぱ、そろそろ引き上げたほうが良いかしら・・・」
飛竜が沈んでから30秒ほど経ってから、ワルツも不安になってきたのか、ようやくそんなことを口にし始めるが・・・・・・しかし、彼女が直接動く必要は無さそうであった。
なぜなら・・・
ぷかー
と、湖面に何かが浮いてきたからである。
「ほら。・・・やっぱりドラゴンがマナに触れると、人になれるみたいね」
浮かんできた人影を眼にしながら、満足気に結論を口にするワルツ。
その後、彼女は・・・・・・何故か、怪訝な視線を人影に向けてから、全く動こうとしないソレを重力制御で引き上げた。
それでも動かないところを見ると・・・どうやら人になった飛竜は、変身の際に意識を失ってしまったらしい。
「気を失ってるのは・・・ま、予想の範疇なんだけどさ・・・。でも、どうして、結局、こうなるのかしらね・・・」
と、納得でき無さそうな表情を浮かべたまま、ワルツは呟いた・・・。
「・・・そうですね。同感です」
「・・・実は人違い・・・というか、ドラゴン違いとか無いですよね?」
ワルツと同様に、どこか納得出来ない様子で、そんな言葉を口にするカタリナとユキ。
「いやー、この立派な2つの角は、飛竜の頭に生えてたやつでしょ?それにこの尻尾も・・・羽は生えてないけどさ?」
そう言いながらも、ワルツは生体反応センサーを使って水中を探査してみるが、近くから生体の反応を検出することが出来なかったところを見ると、つまり、この人物が、飛竜であることに間違いは無いのだろう。
と、そんな時・・・
「・・・げほっ、げほっ!!・・・うぅ・・・寒い・・・」
空中に浮かべられたままの飛竜が、眼を覚ましたようだ。
「・・・う、う・・・。わ、ワルツ様・・・我を助けていただ・・・・・・ぬ?いつの間に皆様、そんなに大きくなったので?」
「いやさー、別に予想できてなかったわけじゃないのよ?この世界、私に対して、なんかよく分かんない不条理を突きつけてくる傾向があるみたいだしさ?」
地面に降ろした後で、その場にへたり込みながら見上げてくる飛竜に対して、思わず頭を抱えるワルツ。
なぜならそんな飛竜の姿が・・・
「ドラゴンさん・・・実は女の子だったのですね・・・」
・・・イブほどの身長しか無い、少女だったからである・・・。
ふむ・・・2つに分けても良い分量じゃったと思う今日このごろなのじゃ・・・。
まぁ、いくつか書いておかねばならぬことがあったから、仕方ないのじゃがのう。
で、なのじゃ。
これで、迷宮の話は終わって、ボレアス編のふぁいならいずが始まるのじゃ。
あー、飛竜の少女化・・・・・・もしも、やつが少年だったら、アトラスみたいにいじられキャラ(?)になっておったのじゃろうかのう・・・。
まぁ、ともかくなのじゃ。
これで飛竜は大手を振って、イブと共に王都の町中を使いっp・・・・・・なんでもないのじゃ。
さて。
補足するのじゃ。
と言っても、今日は長かった分、色々書けたから、補足することは少ないかのう。
それでも強いて上げるとすれば・・・ユキが雪を見るときに、何故、空ではなく、湖の向こう側へと視線を向けたのか、という点じゃろうかのう。
まぁ、実際に見れば分かると思うのじゃが、白い空の中で、白い雪を望むことは難しいのじゃ。
じゃから、背景が黒っぽい森と、自身との間を通過する雪を見ようと思ったのじゃろう。
あとは・・・いつも通り、何かあったような気がせんでもないのじゃが、思い出せぬということは、それほど重要なことでもないのじゃろう。
さて・・・ボレアス編をさっさと終わらせて、早く妾の登場する話を書き始めるのじゃ!




