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6後後後-19 ついの迷宮3

朝から昼にかけて晴れ渡っていたはずのビクセン地方の空は、ワルツたちが食事をしている間に、曇天によって覆い尽くされてしまっていた。

雨が振りそう・・・とは少し違うその空の色に、ワルツは目を細めつつも、しかし何故か笑みを浮かべなら、ヌルの執務室(ミッドエデンの王都で言うと議長室)のテラスに立って、冷たい空気を大きく吸い込んだ。


その際、彼女と共にテラスへと出てきていたカタリナが、


「朝に比べて、急に冷えてきましたね・・・」


と、口から漏れる吐息が白くなっていることを確認しながらそんな感想を漏らした。

そんなカタリナの口元も少しだけ持ち上がっているところを見ると、彼女も寒いのが苦手というわけでは無いようだ。


ただ、2人の後ろを付いて来た、変温動物(?)である飛竜にとっては・・・


「・・・身体の動きを止めておると、我には少し寒すぎるかも知れませぬ・・・」


・・・厳しい寒さだったようだが。


ちなみに。

ここには、雪女であるユキたちは付いてきていない。

兵士たちに指示を飛ばすために、別室に設けられていた迷宮対策本部(?)へと足を運んでいたのである。

とはいえ、迷宮に何かがあっても、今の彼女たちにはどうすることも出来ないので、その部屋は単に情報を集めて整理するだけの場所になっていたようだが・・・。

それでも、兵士や王城職員、それにユキたちに協力的な市民たちからすれば、そこに彼女たちがいるかいないかだけで士気の具合が大きく異なるので、対策本部があながち無意味であるとは言い切れないようだ。


まぁ、それはともかく。

テラスに立って外を眺めていたワルツたちの視線の先では、2つの迷宮が大きく蠢いていた。

朝方に比べて大きく違う点は、活発に動き始めたことと・・・・・・そしてその形状が変わってしまったことだろうか。


もともと形が定まっていなかったスライムのようなプロティービクセンはもちろんのこと、噛み付いていたイモムシ型のデフテリービクセンも、今では何故かその身体の輪郭を失い、プロティービクセンと同様にスライムのような肉塊へと姿を変えていたのである。

その姿には、噛み付いていた頃の面影は全く残っていない、と言っても差し支えはないだろう。


「・・・なんか、鏡餅みたいな見た目ね」


2段に重なって蠢いている迷宮の姿を見て、そんな感想を漏らすワルツ。

そんな彼女の言葉の中で、何か疑問に思うところがあったのか、カタリナは顎に指を当てながら思い出すようにして口を開いた。


「かがみもち・・・。以前、ワルツさん話していた、年の変わり目に飾るというお米を使った料理のことですか?」


「そうそう。よく覚えていたわね」


「はい。餅自体はこの世界にもありますが、流石に飾るような文化は無かったので、面白いと思いまして・・・」


「あー、それ確か、ウチの国(日本)以外の人たちが同じようなことを言ってた気がするわ・・・。直接聞いたことはないけどね」


と、鏡餅談義を展開するワルツとカタリナ。

しかし、近くにいた飛竜にとっては・・・


「もち?もちとは、何でしょうか?」


そもそも、餅という料理すら知らなかったようだ・・・。


「餅・・・餅ねぇ・・・・・・。非常に難しい質問ね・・・」


「・・・・・・」


そんなワルツの言葉に、カタリナは怪訝な表情を見せるが・・・どうやらワルツは、本気で悩んでいたようだ。


それからワルツは、頭の中で整理がついたのか、一人頷いてから話し始めた。


「そうね・・・。簡単にいえば、お米・・・えーと、さっきユキが、どんぶりに山盛りにして、真っ赤になるくらい唐辛子を掛けて食べてた、(本来は)白い食べ物ね。あれを粒が無くなるまで潰して、一塊にした料理よ?」


そんなワルツの言葉に、赤なのか白なのか悩んだ様子を見せた後で、一応納得したように頷く飛竜。

しかし、隣りにいたカタリナには納得できなかったようだ。


「・・・普通に説明されたように聞こえたのですが・・・説明する上で、何か難しい点はあったでしょうか?」


するとワルツは小さくため息を吐いてから、自身が『難しい』と言った理由について話し始めた。


「・・・じゃぁ、逆に聞くけど、この世界では餅を喉につまらせて死ぬ人とかいないの?食べ物をよく噛まずに飲み込むユキとかイブ辺りは、お婆ちゃんになったら、たぶん喉につまらせそうだけど・・・」


「否定は出来ませんが・・・ずいぶんと酷い例ですね・・・」


そんなワルツの言葉に、目を細めながらそう口にするカタリナ。

その後で彼女もため息を吐いてから、ワルツの質問に答えるべく言葉を続けた。


「・・・確かに、喉を詰まらせて亡くなるという話は、王都でも聞いたことがあります」


「でしょ?私がいた世界だと、他の国の人たちから、『なんでそんな殺人的な食べ物をわざわざ食べるんだー』って、たまーに批判が来てたのよ。文化だし、美味しいから仕方ないと思うんだけどさ?で、さっきの話に戻るわけよ。餅ってどんな食べ物か、って質問。美味しくて、モチモチしてて・・・でも、人を殺してしまう悪魔の料理・・・。これを飛竜にどうやって的確に、かつ分かりやすく伝えて良いものかって悩んだのよね・・・。ま、結局、人が死ぬってところには触れなかったけど・・・」


『・・・・・・』


そしてカタリナ・・・と同時に、飛竜も難しい表情を浮かべて悩み始めた。

それぞれ別々のことを考えているようだが、彼女たちは餅に対して一体何を思ったのだろうか・・・。


「・・・ま、伝わったみたいだから、もういいんだけどさ?」


そう呟いてからワルツは、悩み続けていた2人をそのままにして、平原の真ん中で蠢めていた迷宮に対して視線を戻した。


(こう見ると、下敷きになっているプロティービクセンよりも、上に載ってるデフテリービクセンの方が小さかったのね・・・)


2体の迷宮にそんな感想を思い浮かべるワルツ。

デフテリービクセンがイモムシ状だった頃は、見た目から簡単に比較する事は出来なかったが、今では両方とも同じような形状になったので、その大きさを比較することは容易になっていた。

上から見ると、恐らくその形状は綺麗な円形になっているはずで、直径は・・・プロティービクセンが1.3km、デフテリービクセンが1.1kmといったところだろうか・・・。


(見た感じ、重力に引っ張られて潰れてるように見えるけど、重力を小さくしたら、一体どんな形状になるのかしら・・・)


そしてワルツが、本気で重力制御をかけようかどうかと悩んでいると・・・


「それにしても、何をしているのでしょうか・・・」


カタリナが、餅の世界から戻ってきたのか、迷宮の姿を眼にして、そんな言葉を呟いた。


「それは・・・もしもあれが鏡餅だとするなら、供物じゃない?誰に対してお供えしてるのかは知らないけど」


「・・・まだそのネタ引っ張るんですか?」


「もちろん、冗談よ・・・」


一旦、ワルツに対してジト目を向けてから、その後でカタリナは、彼女らしい推測を口にし始める。


「・・・普通に考えれば、可能性としては2つですかね。生物が他の生物に対してのしかかる状況を考えるなら、捕食されているか、あるいは子孫を残すための繁殖活動をしているか・・・。ただ、何れにしても、迷宮の体内外にそういった器官があるという報告は見たことが無いので確定的な事は言えませんが・・・」


「ま、そのどっちかしか無いわよね・・・。磁石のように、物理的か、あるいは魔力的にくっついているっていうのも考えにくいし・・・」


と、カタリナの言葉に頷くワルツ。

するとその後で、今度は飛竜が推測を口にした。


「もち・・・というのは、粘ついておられるので?」


「そうだけど・・・餅の話は冗談だから、もう気にしないで・・・」


ワルツは喩えが悪くて、飛竜の思考が変な方向に走り始めたのではないかと思い始めていたが・・・しかし、どうやら、そういうわけではなかったようだ。


「そうですか・・・。我はてっきり、粘ついて離れなくなってしまったかと思ったのですが・・・」


「粘ついてねぇ・・・。それは考えてなかったわ」


と言いながら、実際にプロティービクセンとデフテリービクセンに突入したワルツは、その際の感触を思い出した。


「・・・うん。確か粘つくような要素はなかったと思うけど・・・」


「同感ですね。もしも粘ついていたなら・・・きっと、私は違う行動を取っていたでしょうし・・・」


同じタイミングでプロティービクセンに侵入していたカタリナも、ワルツに同意見のようであった。


「そうですか・・・」


良い推測だと思っていたのか、そう言って残念そうに眼を伏せる飛竜。


・・・そんな時である。


ドシャッ!!


という音を直接聞くことは出来なかったが、重なっていた迷宮に大きな変化が見られた。


「・・・潰れた?」

「いえ、埋まったのでは?」

「一つになったようにも見受けられますな・・・」


・・・そんな3人の言葉の通り、上に載っていたデフテリービクセンが、下敷きにしていたプロティービクセンへと急激に沈み込んだのである。

そして次に起こったのは・・・


「・・・なんか、合体したみたいね」

「細胞分裂とは逆の・・・まるで細胞融合のようですね」

「餅ではなく、水滴でしたか・・・」


・・・迷宮同士の境界があやふやになって、2つの水滴が一つに合体するようにして融合したのである。


「・・・今、迷宮の中に突入して、核で何が起こっているかを調べれば、一気に迷宮研究の第一人者になれるわね・・・きっと」


一つになってから、活発に波打つようになった迷宮の姿に、そんな感想を口にするワルツ。

しかし彼女は、


「・・・いや、やっぱ無理ね」


・・・直後に自分の発言を撤回した。


なぜなら彼女たちの視線を受けていた迷宮が・・・


ドゴォォォォ・・・!!


と、まるで水風船に穴を開けたかのようにして、液体のようなものを撒き散らしながら潰れて・・・


「・・・?!そ、草原が枯れて・・・いや、死んでいってる・・・?」


そして、その液体に触れた全ての命を飲み込みながら、周囲の草原や畑に向かって広がり始めたからである。


その上・・・


「・・・こちらにやってくるようですね?」


本体と思わしき肉塊がアメーバのように変形しながら地面を這って移動して、徐々に・・・しかし一直線に、街の方へと近づきつつあったのである。

このままだと・・・どうやら、迷宮たち(?)の命運は、ワルツたちに消される運びにあるようだ・・・。

いやの?

別の案じゃと、アルタイルや神(?)など、第三者が迷宮に対して攻撃を加えてくる展開を考えておったのじゃが、そうなると、いつまでたっても終わらぬ気しかせん上、唐突すぎるからボツにしたのじゃ。

・・・まぁ、これ以上詳しくは語らぬがのう。


あー・・・。

餅の話。

もう少し、迷宮と絡めたかったのじゃ・・・。

そのせいで鏡餅に蛇足感が出てしまったのじゃ。

本当は・・・いや、何でもないのじゃ。

時間があれば、もう少し、飛竜の話を増やそうと思っておった、とだけ書いておこうかのう。

いつか大修正が入った時に、追記するのじゃ。


あー、そういえば、デフテリービクセンについて、もう一個書けておらぬものがあったのう。

それについては、次回書く予定なのじゃ。

いつも通り、忘れなければ・・・じゃがのう。


というわけでじゃ。

今日はあとがきが短いが、ここらへんでお(いとま)するのじゃ!

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