6後後後-17 ついの迷宮1
チュンチュン・・・
都市結界が張られているビクセンの町中には、普段はいないはずの小鳥・・・の魔物。
魔物と普通の動物との境界があやふやなこの世界においては、単に魔法が使えるだけの無害な小鳥でしか無いのだが、しかし人によっては、彼らが町中にいることで、大問題になることもあるようだ・・・。
「・・・・・・はっ?!こ、小鳥?!」
自分よりも遥かに小さいスズメのような魔物の鳴き声に、寝ていたベッドの上で思わず飛び起きるユキB。
町の中に、ペットや家畜などとして登録された魔物以外の生き物がいるということは、すなわち都市結界の消失を意味するので、ビクセン市長である彼女にとっては、飛び起きるほどに驚愕すべき事柄だったようである。
しかし間もなくして・・・
「・・・あ・・・そうでした・・・」
そんな言葉をつぶやくと、ユキBは枕に吸い込まれるようにして、再びベッドへと沈み込んだ。
どうやら彼女は、昨日、王城で会議をしていた際に、窓から見えていた教会の屋根が、火花を散らしながら突然吹き飛んでいった様子を思い出したようである。
「・・・おやすみなさい」
そして再び、夢の世界に向かって旅立とうとするユキB。
・・・ところが・・・
「・・・・・・はっ?!」
まるで、エクストリーム腹筋運動(?)をするかようにして、再度、彼女は飛び起きた。
自身を包み込む部屋の温かな気温、カーテンの隙間から溢れる眩しい太陽の光、そしてすっきりと無くなっていた眠気と疲れ・・・・・・。
・・・この状況が指し示す現実はただ一つ。
「寝過ごしたっ?!」
・・・ということになるだろうか。
「ふわあぁぁっ?!!?」
そして彼女は、ベットから飛び跳ねるようにして立ち上がると、いつも朝にしている身支度を、早回しかつ並列に行い始めた。
そんな準備を、随分と手馴れている様子で進めるユキB。
実は、ユキたち姉妹の中でも、彼女はあまり朝に強いとは言えず、時折、今回のように寝坊をすることがあったのである。
ちなみに軍人であるユキCは、まるで精密機械のようなスケジュールで生活を送っていたので、同時期に同じ人物から作られたホムンクルスとはいえ、姉妹が皆同じ生活リズムを持っているというわけではないようだ。
・・・そういった意味で考えるなら、ユキAは、姉妹たちの悪いところを詰め込んだような生活を送っていると言えるのかもしれない・・・。
・・・まぁ、それはさておき。
数分後には・・・
「財布、指輪、眼鏡・・・よしっ!行ける!行けなくても行く!」
彼女は外に繋がる扉の前で、所持品の最終確認をしていた。
どうやら、身支度が整ったらしい。
「あ、時計忘れて・・・・・・うわっ?!」
出発の直前に忘れ物を思い出して・・・そして何かに驚いたようだが、ともかく彼女は扉に手をかけて、外へと勢い良く飛び出した。
「遅刻遅こk・・・・・・え?」
・・・そして彼女は、そこで立ち止まる。
なぜならそこには・・・
「・・・・・・あれ?まだ、夢を見ているのでしょうか・・・」
・・・彼女の自室だけを残して、自宅が半分以上無くなっていたからである・・・。
ユキAやヌルを除いて、ユキたちは皆、街の中に家があった。
普段から魔道具を使って変装しながら市井に紛れている彼女たちにとっては、ごく自然なことと言えるだろう。
しかし、今、ユキBが壊れそうになっていた家に寝かされていたことについては、どう考えても不自然としか言いようがなかった。
普通に考えれば、政府の重役として城の仮眠室に寝かされるか・・・あるいは、彼女が負ったダメージを考えるなら、施術室のような場所に寝かされて然るべきだったのである。
ではなぜ、ユキBは、半壊した自宅に寝かされていたのか・・・。
『もしかして、日頃の寝坊がたたって、市長をクビになったのでは・・・』と彼女が自宅玄関前(跡地)で頭を抱えていると・・・まだ少数ではあったが、人々が行き交う街の通りから、見知った顔が姿を見せた。
・・・軍人をしている妹のユキCである。
「ドライ。・・・無事だったのですね?」
「はい。姉上も無事だったようで、何よりです」
と、やり取りをする、見た目が全く同じ姉妹。
「・・・もしかしてあなたも、自宅で眼を覚ましたのですか?」
「はい。実はその件でお話がありまして、ここまで足を運んで参りました」
そんなユキCの言葉に、ユキBは・・・
「・・・お互い、クビになったのですね・・・」
今、予想しうる、最悪の状況を口にしたのである。
だが・・・
「いえ。そういうわけではありません姉上」
そう言って、首を横に振るユキC。
「・・・え?では・・・やはり、私が寝坊したことを咎めに・・・」
「姉上。いつも通り、ネガティブですね・・・。ですが、事態はもっとネガティブかもしれません」
「・・・はぁ・・・」
そしてユキBは、詳しい話を聞く前から、溜息を吐いて、暗いオーラを纏い始めたのである。
「実は・・・」
それからユキCは、今朝早くにヌルたちから聞かされた、意識を失っている間の自分たちの行動について話し始めた。
・・・意識のない間に、自分たちが市民を襲っていた、という事実である。
彼女はそれと同時に、何故ユキBが自宅で寝かされていたのかを説明する代わりとして、今、変身前の姿を城の兵士たちに見られるのは下策かもしれない、ということの説明も行った。
直接的な説明ではなかったが、それでユキBは、自分がここにいる理由を納得したようである。
「・・・・・・そうですか」
「残念ながら・・・・・・」
一通り事の顛末を聞いた後で、眼を伏せるユキB。
そして話した本人であるユキCも眉を顰めながら眼を閉じた。
「記憶が無いというのは・・・怖いことですね・・・」
ユキBは、まるで二日酔いに痛む頭を押さえるようして、眉間に手を当てながら呟いた。
その姿が板についているところを見ると、恐らく彼女には、そういう経験があるのだろう・・・。
「・・・姉上。お酒とは違いますよ?」
「・・・分かっています。犠牲者が出ているのですからね」
「はい、その通りです姉上。・・・・・・では姉上」
言いたいことは伝え終わったのか、機械のようなユキCは、一歩下がりながら口を開いた。
「私は、他の妹たちのところへ同じ話を伝えに行かなくてはなりませんので、ここで失礼させていただきます」
そんな軍無双の言葉に・・・
「つまり・・・私が姉妹の中で最後まで寝ていたわけではないのですね?!」
・・・表情が少しだけ明るくなるユキB。
しかし、
「いえ。妹たちは既に、被災地で指揮を振るっているはずです。姉上も早く、登城すべきかと・・・。それでは」
現実はそこまで優しいものではなかったようだ・・・。
そんな言葉を残してから、ユキCは一礼すると、ユキBの元から去っていった。
「・・・・・・そうですか・・・」
それから遠い視線を王城の方へと向けるユキB。
「行きますかぁ・・・・・・」
そして彼女は、一日中仕事に明け暮れてヨレヨレになってしまったサラリーマンのような姿で、半壊している城へと向かったのである・・・。
彼女の家は、城から近いとも遠いとも言えない位置に建っていた。
具体的に言うなら・・・城まで歩いて徒歩30分、といった距離である。
都市部の駅に換算すると、およそ2駅ほどだろうか。
そんな距離を彼女はほぼ毎日歩いていた。
馬車を使って登城することもできたのだが、市民たちの生活を間近で見たい、という彼女たっての希望もあって、徒歩で家と城との間を行き来していたのである。
・・・あるいは、馬車の御者に、自分の本当の姿を知られたくなかったという理由もあっただろうか。
・・・そして今。
彼女は同じ道をいつも通りにトボトボと歩きながら・・・
「あ、足が痛い・・・・・・」
自宅を城から離れた場所に立てたことを後悔していた・・・。
それは、言うまでもなく歩き疲れたからなのだが・・・・・・しかし、問題は、その疲れる理由にあったのである。
「王城まで・・・・・・はぁ、はぁ・・・こんなに、山坂が・・・・・・できていたなんて・・・」
・・・そう。
街の地下からプロティービクセンが出てきたために、ユキB家から王城までの道のりは、障害物を避けるために軽いハイキングが必要・・・・・・など言うレベルではなく、所々に断崖絶壁が存在する、登山家でも真っ青になりそうな険道と化していたのである。
「ひ、ひ、昼までに、城にたどり着けるでしょうか・・・・・・」
45度ほどの斜面に張り付きながら、そんなことを口にするユキB。
一体、彼女の中の何が、そこまでして城へと向かわせようとするのか・・・。
「ふぅふぅ・・・・・・」
ただでさえヨレヨレになっていたというのに、追加で土埃や泥などが付着することで更に悲惨な姿になりながらも・・・それでも彼女は諦めずに、断崖を黙々と登っていった。
そして、アタックすること3時間・・・。
「・・・あはっ・・・!登り切ったぁ・・・!登り切りましたよっ!」
街を分断するようにして開いていた大きな穴を、どうにか登り切ることに成功したのである。
「はぁ、王城がこんなにも近くに見える・・・」
ここまでの苦労を思い返し、感極まるユキB。
「さて・・・・・・」
彼女はそう言ってから・・・・・・固まった。
さて、の言葉の続きは何なのか。
ボロボロになったので、家に帰る・・・という選択肢は、今の彼女には無いのである。
なぜなら、ここまで来たのは、城に来ることが目的だったからではなく、城で市長として勤務することが目的のはずだったのだから。
「・・・・・・」
・・・しかし、ユキBは、本気で家に帰ろうかどうかを悩んでいるようであった。
あと数分、平坦な道を歩くだけで、目的地である城へとたどり着けるというのに、そこで足を止めたまま動かなかったのが、その証拠であると言えるだろう。
もしもそれ以外に、ここまで必死になってやってきた彼女の足を止められるものがあるというのなら・・・・・・それは恐らく彼女にとって、とてもショックな事が起こったか、立ち止まるほどに驚くべき事に遭遇したか、あるいは今すぐに逃げ出したくなるような問題が生じたか・・・そのどれかではないだろうか。
・・・あるいはその全てが同時に起こった可能性も否定はできないだろう。
例えば・・・
「・・・め、迷宮が!?」
・・・目的地である城の背後に、いつの間にか巨大な迷宮が接近してきていて、今にもこちらに向かって倒れそうになってる・・・という状況などが、その例として上げられるだろうか。
・・・まぁ、それが喩え話かどうかは、また別の話だが・・・。
・・・主要な登場人物に関するストーリーはこんなところじゃろうかのう?
あとは、迷宮を片付けるだけなのじゃ。
というか、ユキBをどうにか可愛く書いてみたかったんじゃが・・・何故じゃろうか・・・あさっての方向へと走っていったのじゃ・・・。
まぁ、ユキBらしいから別にいいんじゃがのう。
さて。
今日はいくつか補足することがあるのじゃ。
というわけで、さっさと補足していくのじゃ?
・・・どうでもよいことなのじゃが、エクストリーム腹筋運動・・・。
驚きのあまり腹筋が肉離れするのではなかろうかと思うほどに力を込めて行う反復腹筋運動のことなのじゃ。
恐らく5回ほどで、腹筋が崩壊するのではなかろうかのう。
・・・物理的にの。
あと、ユキの妹たちがどこにいるのか、なのじゃが・・・王城ではないのじゃ。
町中にある簡易指揮所や、現場で直接指揮をしておるのじゃ。
そもそも町中に、王城と町を分断するような形で大穴が空いておるんじゃから、ユキBが王城に来たところで、町中の公務員(?)たちと連絡が取れるわけではないんじゃがのう・・・。
おそらく、遅刻のせいで頭の中が真っ白になってしまったのじゃろう・・・。
他には・・・ユキCがどうやってユキBのところへとやってきたのか、かのう。
・・・馬を使ったのじゃ。
それも、哺乳類じゃない足の短いウロコだらけの馬を、の。
まぁ、その辺は、適当に想像して欲しいのじゃ。
出す機会があれば、出そうと思うのじゃ。
・・・今日はこんなところなのじゃ。
さて・・・迷宮料理を作ってくるのじゃ・・・。
・・・文章的に。




