6後後後-16 新入り2
「旦那様、すごいです!」
カタリナにメスを取り上げられた後も、ワルツに抱きつこうとしていたサキュバスのリサ。
そんな彼女がこれ以上近づいてこないように、ワルツが重力制御で見えない壁を作り上げると、リサは壁の境界部分に張り付きながら、無邪気にそんな驚きの声を上げた。
「・・・これどうする?」
彼女を見て、医務室にいるカタリナとテンポに問いかけるワルツ。
まぁ、この場合、テンポはワルツに対してポジティブなことは言わないので、主にカタリナに問いかけた形になるだろうか。
「そうですね・・・もう一度、頭をぶつければ治るのではないでしょうか?・・・もちろん、冗談ですけど」
と言いながらも、どこからともなく取り出したこぶし大の金槌を手に、ニッコリと微笑むカタリナ。
「・・・その金槌、白衣の中から取り出したように見えるけど、その白衣の中、一体どうなってるの?」
そんな彼女に、ワルツは引きつり気味の表情を浮かべながら問いかけた。
メスに、金槌に・・・恐らく他にも色々なものを隠し持っているに違いない。
「魔法のバッグのように、空間拡張のエンチャントがかかっているので、見ため以上に色々なものが仕舞われていますよ?この医療用の金槌もそこから取り出したものですね」
「もしかして、その白衣の中、人を何人か格納できるんじゃない?」
「いえいえ。今は誰も隠れていませんよ?」
「そう・・・。今は、なのね・・・」
人が入ること自体はできるようだ。
あるいは野営の際に、テントのようにして使うことが出来るのかもしれない・・・。
「っと、話が逸れたわね。で、この娘、どうしようかしら・・・?せめて人を刺す癖がなくなれば良いんだけど・・・」
すると今度は、カタリナではなく、彼女の隣りにいたテンポが口を開いた。
「お姉さま・・・。つまり、『旦那様〜』と追いかけられるのはよろしいのですね?・・・見損ないました」
と無表情のまま、蔑むような視線をワルツに向けるテンポ。
「うわぁ・・・。今のテンポの反応に、安心した自分がいたのがなんか悲しいわ・・・」
・・・どうやらワルツは、まともな価値観を持っているテンポに安心してしまったらしい。
まぁ、それ以外の部分については、受け入れられなかったようだが・・・。
「物理的にはこれ以上治療のしようが無いので、あとはテレサ様の魔法でどうにかしてもらうしかないのでは?」
と、下顎に指を当てながらそう口にするカタリナ。
「うん・・・。多分それが一番手っ取り早くて、確実な方法だとは思うんだけど・・・もう倫理とか道徳とか、完全に無視しちゃってるわよね・・・それだと」
「否定は出来ませんね・・・。ですが、それ以外の方法ですと、あとは少しずつ治療していく位しか思い付きませんよ?」
一応その他にも、そのまま捨て置く、という手っ取り早い選択肢が無くはなかったのだが・・・そもそも原因がワルツにあることを考えるなら、その選択肢はあり得ないことだった。
「・・・困ったわねぇ・・・・・・」
そう口にしながらワルツは、今もなお重力制御に張り付きながら、まるで子供のように壁を叩いているリサに視線を向けた。
(・・・この国って、サキュバスや雪女が多いのかしら・・・)
リサを見て、ふと、そんな関係のないことを思い出すワルツ。
その直後・・・
「あ・・・」
彼女は何かを思い出したような声を上げて、笑みを浮かべた。
「うん。決めた!」
「何か思いついたのですか?」
「ちょっとね・・・」
そしてワルツは、無線通信システムを起動したのである・・・。
その後、リサとカタリナを連れて、雲の下にあるビクセンの城へと降り立ったワルツ。
それから彼女たちが目指したのは・・・王城の地下だった。
「・・・あれ?なんか城の中、随分荒れてない?」
王城の地下へと繋がる階段まで歩いて行く途中、王城の壁に入ったヒビや割れたガラスに目を向けながら、ワルツは呟いた。
まるで、城の内部は爆発か何かがあったかのような雰囲気に包まれていたが・・・何か事件でもあったのだろうか。
「そうですか?つい数刻前まで迷宮が暴れていたことですし、こんなものではないでしょうか?」
「そうかしらねぇ・・・」
そんなカタリナの言葉に、所々で気を失っていた兵士や、耳に包帯を巻いた王城職員に眼を向けながら、頭を傾げるワルツ。
しかし幸いなことに、彼女の眼やセンサーから診る限り、重傷者はいないようだった。
「まぁ、いっか。死人はいないみたいだし・・・。で、カタリナはどうする?ここで治療してく?」
「そうですね・・・。では、リサさんの方は任せても?」
「えぇ。良いわよ?でも、気を付けてね?変な虫が近づいてくる・・・・・・は、無いか。ま、あまり目立たないようにね?」
「はい。分かりました」
そしてカタリナは、怪我を負っていた兵士や王城職員たちを手当たり次第に治療するため、ワルツたちと行動を別にしたのであった。
「じゃぁ、私たちは目的の場所に行きましょうか?」
「はいっ!旦那様〜♪」
「・・・・・・はぁ・・・」
そしてワルツは、上機嫌で謎の鼻歌を歌いつつ重力制御の壁に張り付いていたリサを連れながら、地下へと続く長い階段へと再び歩き始めたのである・・・。
『あ、ワルツ様!』
「これはワルツ様」
ワルツが階段を下りきって洞窟のような場所まで辿り着いたところで、ユリアとシルビア、そして飛竜が声をかけてきた。
「あら、飛竜もこんな所にいたのね?」
「はい。ユキ殿と城の中を迷っていたら、ここに辿り着きまして・・・」
「・・・で、そのユキは?」
「今はあの扉の向こう側で、涙を流しているものかと・・・」
「で、出てくるのを待ってるわけね?」
「そうでございます」
「ふーん・・・」
そんな飛竜の言葉に、眼を細めるワルツ。
彼の横でユリアたちも一緒になって頭を縦に振っているところを見ると・・・恐らく彼女たちも、ユキが中から出てくるのを飛竜と共に待っているのだろう。
そんな彼らと、そして巨大な金属の扉に難しい表情を向けながら、ワルツは呟いた。
「・・・それ多分、違う意味で泣いてるんじゃないかしら・・・」
『えっ・・・』
彼女の言葉に、同時に同じ声を上げる3人。
すると、そのタイミングで、ユリアがワルツの後ろにいて、謎のパントマイムをしているリサに気づく。
「おっと・・・・・・ゴホン。・・・リサ、貴女も眼を覚ましたのですね?」キリッ
「・・・先輩、人格変わってますよ?」
突然、性格が変わったように丁寧なしゃべり方に変わるユリアに対して、ジト目を向けるシルビア。
そんな彼女たちに、
「まぁ、詳しい話は後でするとして、簡単に言うと、今この娘、記憶を失ってるのよ」
『えっ・・・』
「それは後で説明するわ。・・・でも、まずその前に・・・」
ドゴォォォォン!!
「・・・ユキを助けなくっちゃね」
と言いながら、ワルツは重力制御で、巨大な扉を勢い良く開けた。
するとその向こうでは・・・
「・・・・・・」ずーん
・・・ユキがまるでスケルトンのような顔色になりながら、膝を抱えて転がっていたのである・・・。
前にどこかで見たことのあるような光景だったが、周囲の気温が下がっていないところを見ると、どうやら魔力も体力も完全に尽きてしまっているようだ。
「ほらね?マトモに休憩したわけでも、食事を取ったわけでもないんだから、そう簡単に体力が回復するわけが無いじゃない・・・」
『はい?』
「・・・あ、ごめん。みんなにはこの話、してなかったわね・・・」
それから3人に対して、ユキの体力についての話をするワルツ。
端的に言えば、『この魔王、体力が一定以下になると極端に弱くなります』という趣旨の説明である。
一応、飛竜は、エネルギアの中でそれらしい話を聞いていたはずだったが、ユキが自力で部屋の中に入った姿を見ていたためか、彼女の体力が尽きているとは思わなかったようだ。
「・・・す、すまぬ・・・ユキ殿・・・」
話を聞いた後でユキに謝罪をする飛竜。
「も、申し訳ございません!シリウス様!」
「あー、やっぱり、あの声は空耳じゃなかったんですね・・・。ごめんなさいユキさん」
ユリアとシルビアも続けて謝罪した。
するとユキは、ぷるぷるを通り越してカタカタと震えながら身体を起こすと・・・
「・・・もう・・・ここで・・・死ぬかと・・・思いました・・・」
枯れ果てる寸前の涙腺から、最後の涙を絞り出して、目尻にためながらそう口にした。
・・・が、
「・・・・・・はっ?!」
まだ体力は残っていたようで・・・
「わ、ワルツ様!?」
動きに切れは無かったが、ワルツの姿に気づいて、ユキは勢い良く立ち上がった。
「な、なぜ、ここへ?!」
「いや、ちょっとユリアに用事があって・・・」
「えっ・・・」
そして、まるで空気が抜けた風船のように、再び地面へとへたり込むユキ。
(思いの外、元気そうね。ここで、『ユキに会いに来た』なんて言ったら、完全回復するんでしょうね・・・きっと)
元気なのか元気が無いのかよく分からないユキの姿に、苦笑を浮かべるワルツ。
それから彼女は、ユリアに向かって話し始めた。
「それでユリア?貴女にお願いしたいことがあるんだけど・・・」
「はっ!なんなりと!」
そう言って、自身の襟元を掴んで、首元を開けさせるユリア。
「・・・ユリア。貴女、シルビアに殺されるわよ?」
「えっ?」
「・・・先輩?いま、私の手の中に、迷宮の中から拾ってきた石があるんですけど・・・これすごい威力があるみたいなんですよ?知ってますヨネ?」
と真っ白を通り越して、普段の黒ではない漆黒の翼になったシルビア。
「・・・うん。冗談よ?後輩ちゃん。もうルールを破るようなことはしないから、その石を下ろしてもらえると助かるかな・・・っていうか、お願いだから下ろして・・・」
「・・・はいはい。シルビアも、今ユリアに死なれると困るからもうしばらく我慢してね」
「仕方ありませんね・・・」
「・・・・・・はぁ・・・(これ、いつか殺されるわね・・・)」
そしてユリアは、自分の無力さ(?)を呪った・・・。
まぁ、それはさておき。
「で、ユリアに頼みたいことっていうのは・・・リサのことなのよ」
「はあ・・・。それは・・・・・・一体どういったことでしょうか?」
後輩・・・もとい新入りとして受け入れるというなら、既に近いことをやっていたなので、わざわざワルツが頼むようなことでも無かったのである。
故にユリアは、ワルツの言葉に何か深い意味があると思ったようで、真面目な表情を浮かべながら逆に問いかけた。
そんなユリアに対して、ワルツは小さく肩を落としてから詳しい説明を始める。
「この娘、私のせいで、記憶喪失になったり、精神が大きく歪んじゃったりしちゃったみたいなのよ。それで、貴女の魔眼を使って、少しだけ洗脳してほしいと思ってね」
「なるほど、そういうことでしたか。遂にワルツ様、魔神になることを決意されたのですね!」
「違っ・・・。いや、そうじゃなくて、歴とした治療の一環よ?テレサの言霊魔法をだと、相手の心を不可逆的に書き換えちゃうけど、貴女の魔眼ならほっとけば元に戻るじゃない?それで、その効果を利用して、少しずつリサの心を矯正していけば、いつか元通りになるかな、って思って」
「あー、そうことでしたか。つまり、調教すれば良いのですね」
「違っ・・・・・・いや、違わなくない・・・?」
ワルツにも、その境界がよく分からなくなってきたようだ・・・。
「・・・ま、いいわ。要するに、最終的には元通りの生活が送れるように、少しずつ心の形を調整していってほしいのよ。どう?出来そう?」
「はい!お任せ下さい!なんでしたら、ワルツ様のご趣味にあうような性奴r・・・うわあっ!それだけは絶対に嫌です!!」
「は?」
「と、ともかく、新入りちゃんの教育についてはお任せ下さい!必ずや、ワルツ様のお目に叶うような人材に育て上げ見せましょう!」
「・・・いや、別にそんなことしなくても・・・」
しかし、そんなワルツの主張が受け入れられることはなく・・・
「だ、旦那様ぁ〜〜!」
「はいはい、新入りちゃん。早速、調教部屋へ行くわよ〜?・・・フッフッフ・・・」
「お伴します先輩!」
・・・リサは早速、ユリアとシルビアに連れられて、どこかへと連行されていった。
その際、階段の上の方から
『旦那様じゃなくて、ご主人様でしょ!・・・あ。今度から私もそう言おうかしら・・・』
『あ、いいですねそれ』
という2人の声が聞こえてきていたのは・・・恐らく気のせいに違いない・・・。
こうして、ユリアとシルビアによる新人調k・・・育成計画が始まったのである・・・。
うーむ・・・。
なんじゃろう・・・。
『・』のふぉんと幅が変わったような・・・。
まぁよいか・・・。
それはそうと、喋りの部分が増えてくると、やはりナレーターの言葉を間に挟むのが大変なのじゃ。
どうにか出来ないものかのう・・・。
特に今回の話は、恐らく7割以上が会話じゃったしのう。
どうにも、まだ気に食わない点が多いのじゃ。
まぁ、それはさておき、なのじゃ。
補足なのじゃ。
と言っても、今回の話では、補足すべきことは無いのではなかろうかのう。
あるとすれば・・・そもそもの話になってしまうのじゃが、ボレアスにはサキュバスと雪女が多いのではないか疑惑くらいかのう。
じゃが、その話は、あとがきの補足では取り上げず、本編で取り上げられそうじゃったら取り上げるつもりなのじゃ。
・・・と言った感じかのう。
さて・・・・・・ボレアス編、最後の話を書き始めるのじゃ!




