6後後後-15 新入り1
一方その頃。
エネルギアの艦橋では・・・
『それで・・・どうなったの?』
『かみさまかみさま!』と五月蝿いイブのことを、遅れて起きたルシアに任せたワルツは、ミッドエデンとメルクリオに押しかけている魔物に対応していたはずのホムンクルス2人に対して、状況の確認を取っていた。
『私の方は問題ありませんよ〜?』
最初に報告を返したのはコルテックスである。
そのいつも通りの柔和な雰囲気の声から察するに、特に問題は無かったのだろう。
『うん、そうでしょうね・・・。あれだけ武装してる街なのに陥落するとか、まずあり得ないしね』
『いえ、街の武装は使っていませんよ〜?』
『・・・じゃぁ、どうやって倒したの?』
『アトラスに働いてもらいました〜。それは、もう馬車馬のように〜』
と、どこか嬉しそうな色を含むコルテックスの声。
アトラスの働きが、余程満足できるものだったようだ。
『詳細を聞くのが怖いんだけど・・・一体どんなことをさせたわけ?』
『いえいえ、そんな酷いことはさせていませんよ〜?ちょっとCNTワイヤを使って、無双してもらっただけです』
『・・・ヘタすれば自分がバラバラになりそうね・・・』
『まぁ、アトラスですから〜』
『・・・・・・』
どうやらアトラスは一応生きているようだが・・・無事である保証は無さそうだ・・・。
『・・・ま、程々にね?』
『はい。大丈夫ですよ〜?サポートは万全ですからね〜』
(一体、どんなサポートをしてるかしらね・・・・・・マラソンランナーに補給を渡すみたいな?)
傷だらけになって帰って来たアトラスに対して、水だけ渡して再び送り出すコルテックスの姿を想像するワルツ。
もしもそうだとするなら・・・・・・アトラスは、いつか家出するに違いない・・・。
『まぁ、いいわ。それで・・・ストレラの方は?』
ワルツは、ミッドエデンにいるコルテックスに変わって、メルクリオにいるはずのストレラに水を向けた。
・・・しかし・・・
『・・・・・・』
回線を開いているにも関わらず、彼女から返事は戻ってこなかった・・・。
とはいえ。
こちらからの声は聞こえているはずなので、ワルツはストレラ一人だけで対応させたことを謝罪することにした。
『・・・うん。貴女一人に負担を掛けてしまって申し訳ないと思ってるわ。でもね・・・仕方なかったのよ。みんな大変だったんだから・・・』
ワルツとコルテックスの趣味(?)によって意味もなく武装都市と化したミッドエデンの王都とは違って、メルクリオの首都であるカロリスには、市壁以外、武装と言えるものは一切なかった。
一応、都市結界があるので、じっとしていれば街の内部に魔物が入ってくることは無いはずだが・・・しかしそのままでは市民が内部に閉じ込められたまま出入りすることが出来ないので、誰かが魔物を討伐しに出て行かなくてはならなかったのである。
前回(昨日)の連絡では、ストレラと共にメルクリオに赴いて、師の代理で国王を務めているカノープスが、自らの強大な魔力を使ってどうにか戦っているという話だった。
・・・だが、無線通信システムの向こう側から伝わってくるストレラの無言のプレッシャーから察するに、どうやら何事も無く魔物たちを撃退できた、というわけでは無さそうである・・・。
そして、ワルツが話しかけて、ややあってから・・・ストレラはため息混じりに話し始めた。
『・・・この苦労、姉さんたちには分からないでしょうね・・・』
(うわっ、重っ!)
ストレラの声がはらんでいた青黒い雰囲気に、思わず苦い表情を浮かべるワルツ。
とはいえ、何かがあったわけでは無いようで・・・
『・・・か弱い娘の立場・・・どうにか守り切ったわ・・・』
・・・どうやら彼女は、街ではなく、自分の立場を守り切ったようだ。
疲れた声と共に、やり切った!、という雰囲気が伝わってくるのがその証拠だろう。
『か弱い娘って・・・・・・』
『姉さん。これは、ロールプレイングなの。役割を演じてナンボなのよ!私から、《か弱い娘》というジョブを奪ったら、一体何が残るか分かる?・・・何も無いのよ!』
『・・・うん。よく分かんないけど、頑張ってね』
『はぁ・・・。全く、これだから姉さんは・・・』
今回の一件で、ダークサイド側に大きく足を踏み入れつつあるそんなストレラの様子に・・・
(そろそろ、本気で、2人のことをどうにかしないとね・・・)
ワルツはようやく2人の処遇について頭を悩ませ始めた。
するとそんなワルツに、再びコルテックスが話しかけてくる。
『そういえばお姉さま〜?テンポから聞いたのですが〜・・・・・・罪もない人を一人殺めたとか〜?』
どうやらコルテックスは、ワルツが吹き飛ばしてしまったリサという名のサキュバスのことを言っているようだ。
『えっ・・・なにそれ?姉さん、いつの間に殺人鬼になってたの?』
コルテックスの話が初耳だったのか、ストレラも先ほどまでの態度を一変させて、興味深げに問いかけてきた。
『いやいやいや・・・。別に殺人鬼になってないし・・・っていうか、まだ死んでないわよ!・・・きっと』
『なんで自信なさげなのよ・・・』
『いやね?まだ、治療の結果を聞いてないのよ。昨日、カタリナにあった時には何も言ってなかったら、多分問題は無いと思うんだけど・・・でも、確認を取るのが怖いのよね・・・』
そう言って、ため息を吐くワルツ。
すると、そのタイミングで・・・
『・・・ワルツさん』
カタリナからの連絡が入った。
『おっと・・・なんか嫌な予感・・・。というわけだから、この話はミッドエデンに戻ってからね?』
『はい。楽しみにしていますね〜?』
『昼ドラ展開は嫌いじゃないわよ?』
そんな言葉を最後に、通信を切断する2人。
どうやら2人とも、人の不幸はなんとやら展開を期待しているようだ・・・。
(・・・私自身としては、全然笑えない状況なんだけどね・・・)
そう考えながら、ホログラムの姿に深い影を射すワルツ。
そして彼女は、0.5秒後に復帰してから、電波に乗せて言葉を放った。
『・・・で、何かしら?カタリナ?』
『先日のサキュバスさんの件で、お話があります。医務室まで来ていただけませんか?』
(うわー・・・。やっぱり、いやーな展開ね・・・)
『・・・分かったわ』
このまま耳(?)を塞いで聞かなかったことにしたいと思うワルツだったが、まさか無視するわけにもいかなかったので、嫌々ながらそう返した。
そして重い足をどうにか動かして、リサが治療を受けているだろう医務室へと、彼女は足を進めたのである・・・。
ガション!
「・・・すっごく来たくなかったけど、来たわよ?」
「お待ちしてました」
「これはこれはお姉さま」ニッコリ(?)
「・・・帰っていい?」
無表情の笑みを向けてくるテンポの様子に、ただならぬ気配を感じたワルツは、そのまま踵を返して振り向こうかどうかを本気で悩んだ。
しかし・・・
ガション!
・・・退路が塞がれてしまったようだ。
「・・・何でこんな無駄なタイミングで、扉をハッキングするのよ・・・」
「それはもちろん、お姉さまを逃がさないようにするための演出ですからね」
「・・・・・・まぁいいわ。で、何があったの?」
このままでは埒が明かないと考えたワルツは、嫌々ながら話を進めることにした。
というよりも、このままやり取りを続けていても、単に精神がすり減っていくだけ、と考えて、面倒なことはさっさと終わらせることにしたようだ。
そんなワルツの質問に対して答えたのは、リサが寝かされていたベッドの横に立っていたカタリナだった。
彼女の影になっていて、リサの顔をワルツが直接伺うことは出来なかったが・・・病衣の隙間から覗いていた彼女の手足の色や様子に問題は見られなかったので、表面的な問題は無さそうである。
・・・ということは・・・
「・・・実は、脳の方に障害が・・・」
・・・眼では見ることの出来ない、身体の内部に問題がある、ということになるだろうか。
それも、カタリナの手が及ばない脳の部分に・・・。
「・・・・・・そう」
ワルツは最悪の事態を想定して、眼を細めた。
「・・・・・・意識障害でも?」
重々しい空気の中、ワルツはカタリナに問いかけた。
すると、カタリナは、首を横に振って口を開く。
「いいえ。意識障害はありません・・・」
「・・・・・・そう。なら意識はあるのね?」
「はい。運動機能や言語処理等の一般的な生活を送る上での機能にも問題はありません」
「じゃぁ、何が・・・」
カタリナの話を聞く限り、特に問題は無さそうに聞こえるのだが・・・。
それからカタリナは、一歩横に退けて、ワルツにリサが見えるような位置に移動してから言葉を続けた。
「記憶障害です・・・。それも、逆行性健忘の・・・」
・・・要するに、ワルツに吹き飛ばされる以前の記憶を、リサは覚えていないらしい・・・。
「・・・・・・そう」
そしてワルツが、リサに視線を向けた時である。
「・・・あっ・・・」
同時にリサも彼女のことを見て・・・驚いたような反応を示した。
これまでの記憶が無いはずなのに、である。
「・・・リサさん?もしかして、ワルツさんのことを覚えているのですか?」
「えっと・・・はい!この方のことだけは絶対に忘れません!」
と、カタリナの問いかけに対して、確信を持った様子で言葉を返すリサ。
「あー・・・お姉さま。これは完全に根に持たれましたね・・・」
テンポも、そんなリサの様子に何か気まずさを感じたのか、同情したような視線をワルツに向けた。
リサは記憶喪失になるほどの衝撃を受けたというのに、まるで脳裏に焼き付いて離れないかのようにして、ワルツの顔だけは覚えていたのである。
彼女の中の恨みがそうさせた・・・・・・そう見えても不思議ではないだろう。
・・・しかし、どうやら違ったようだ。
「私の旦那様です!」
「・・・カタリナ?この娘、記憶に障害が出てるみたいよ?」
「・・・はい。先ほど言いましたよね?」
「以前の記憶が抜け落ちてるんじゃなかったの?なんで、変な記憶で上書きされてるのよ・・・」
「・・・さぁ?」
そう言いながら、頭を傾げるカタリナ。
もちろん彼女が記憶を操作したわけではなかったが、その身振りを見る限り、カタリナが操作したように見えるのは気のせいだろうか・・・。
とそんなタイミングで・・・
「だんなさま〜!」
リサが我慢できなくなった様子でベットから飛び起きると、近くにいたカタリナの白衣の内側に手を突っ込んで、何かを引き抜いてからワルツの胸に飛び込み・・・
サクッ・・・
と、彼女の腹部に、手に持ったそれを突き立てたのである。
「・・・・・・記憶障害じゃなくて、精神疾患じゃない?これ」
「大好きです!旦那様っ!」
そう言いながら、手に持った手術用のメスをグリグリと捻りながら、嬉しそうな表情を見せるリサ。
「あぁ・・・これは、責任を取らなくてはいけませんね・・・」
「・・・テンポ?それ・・・シャレになってないわよ?」
・・・というわけで。
どうやらワルツは、記憶喪失かつ精神疾患を負った(?)サキュバスを、どうにかしなくてはならなくったようだ・・・。
こ、ここいらで、登場人物の名前を整理しておくかのう・・・。
・リサ Lisa
ユリアとシルビアの後輩のサキュバス
・リア Ria
勇者パーティーの魔法使い
・ユリア Julia
ミッドエデンの情報部部長のサキュバス、兼、シルビアとリアの先輩
・リティア Lithia
アルタイルが取り憑いていた頃のシラヌイが名乗っていた名前
似たような名前はこんな所かのう・・・。
スペルはぜんぜん違うのじゃ。
カタカナで書くとほとんど同じように見えてしまうのじゃが・・・しかたあるまい。
というか、そろそろ*ia系の名前は使いたくないのじゃが・・・・・・色々と事情があって無理なのじゃ。
・・・まぁいいのじゃ。
さて、補足するのじゃ。
文中で出てきたCNTワイヤ。
カーボンナノチューブワイヤの略称なのじゃ。
単分子ワイヤ・・・では無いから、あえてCNTワイヤと書いたのじゃ。
もしも単分子ワイヤなるものが本当に存在しておったなら・・・・・・いや、この話はいつかのためのネタに取っておこうかのう。
まぁ、CNTの極細ワイヤでも同じようなことが出来るじゃろうと思うて、取り上げてみたのじゃ。
とは言え、強度を稼ぐために、一応撚って使っておるんじゃなかろうかのう・・・。
で、次なのじゃ。
・・・カタリナ殿の白衣の内側にメスが隠されているという話。
普段本人は、結界魔法で作り出した原子レベル以下の超極薄結界を使ってメスの代わりにしておるから、本来なら要らぬはずなのじゃ。
じゃが・・・なにやら高二病を患っておるらしく、ワルツが授業の中で語った某ヤブ医者(?)の真似をしておるらしいのじゃ。
誰の真似とは言わんがのう・・・。
全く、危険極まりないのじゃ!
・・・じゃが、思うのじゃ。
もしも、カタリナ殿がメスと白衣を身に付けなくなったなら・・・・・・それはきっと、カタリナ殿とは言えぬのではないじゃろうか、とのう。
これがきっと、あいでんてぃてぃーというやつなのじゃろう。
・・・妾も、白衣とメスを持てばあいでんてぃてぃーが・・・・・・無いの。




