6後後後-14 爬虫類(?)の視線から3
ドバンッ!!
「あれ?重いと思ったのですが、このドア、意外と軽かったですね・・・」
「・・・・・・そうか」
分厚い扉についていた取っ手が変形するほどの力でこじ開けたユキに対して、怪訝な視線を向ける飛竜。
どうやらユキの体力は、早朝からこれまでの時間の間に、ある程度回復したようだ。
「さてと、中には何があることやら・・・」
ユキは、どこかの物語のナレーターが語っていそうな口調の中に、嬉しそうな色を含ませながら、そんな言葉を口にすると、飛竜が通れるほどに両開きの扉を開いてから、部屋の中へと足を進めた。
「・・・・・・(トラップとやらを気にしなくても良いのだろうか・・・?)」
まるで子供のように無邪気な様子で部屋の中へと駆けていくユキに対して、飛竜は口に出さずにそう考えてから、自身もゆっくりと彼女のことを追いかけ始める。
そして、扉を超えた先にあった、思いのほか広い空間の中で彼の眼に入ってきたのは・・・部屋の中心で足を止めていたユキの姿だった。
「・・・ん?どうしたのだ?何か見つけたのか?」
「・・・・・・」
飛竜が問いかけるも、しかし返事を返さないユキ。
「(まさか、トラップに掛かった・・・?いや、そんなはずは・・・)」
先ほどの雰囲気とはまるで異なる彼女の様子に、飛竜はそこで立ち止まると、最悪の事態のことを考え始める。
・・・すると、
「えっと・・・ここには何もありませんでした。戻りましょうか」
ややしばらく経ってから、ユキは飛竜に対して背を向けたまま、そんな言葉を返した。
どうやら、彼女は、トラップに掛かってしまったわけではないようだが・・・しかし、何もなかったというわけでも無さそうだった。
「・・・・・・」
そんなユキの様子を見て、考えこむ飛竜。
人と人との間にある関係はよく分からない彼だったが、そんなユキ一人の行動には、何か思うところがあったようだ。
「・・・そうか。では行くか」
彼はそう言ってから、ユキに背を向け、入ってきた扉の方を振り向いた。
そして、最初の一歩を歩こうとした時のことである。
「・・・・・・どうして、理由をお聞きにならないのですか?」
ユキが背中から問いかけてきたのだ。
「・・・何もなかったのだろう?それが全てを物語っておるではないか?何もないから、何もないのだ」
「・・・・・・」
飛竜の言葉に、再び口を閉ざすユキ。
それからまもなくして、彼女は飛竜に言った。
「・・・確かに、ここには何もありませんでした。あるのは・・・名前が書かれた石の板が一枚だけです」
「・・・・・・」
「その名は『ロザリー』。嘗てボクが、諜報部隊の隊長に任命した一人の女性の名です」
それは、ミッドエデンにある王城の地下で、ミッドエデンの王族たちやその関係者を犠牲にしてホムンクルスを作っていたサキュバスの名前であった。
ワルツたちが王都に張り巡らされていた幻影魔法を掻い潜って王城に侵入した際、その幻影魔法を行使していた本人であり、そして、アルタイルによって口封じに殺されてしまった人物である。
・・・あるいは、ワルツたちがミッドエデンを中心に行動することになった大きな理由を作った人物である、とも言えるだろうか。
ミッドエデンで起ったことの詳細については、ボレアスにワルツたちがやってきて2日目辺りに、ユリアがユキへと報告していた。
故に、ユキはロザリーの身に何が起ったのかを知っていたのだが・・・・・・それだけでは彼女の無実を証明できなかったので、この国では、ロザリーの存在自体を完全に闇へと葬る手筈になっていたのである。
とはいえ、今回の迷宮の一件があまりにも大きすぎて、ほとんど有耶無耶の内に忘れられるような形だったのだが・・・。
そのため、ロザリーの墓標はどこにも存在しないはずだった。
彼女が生前に暮らしていた村の墓にはもちろんのこと、公務で犠牲になった者達の名前を刻む碑にも残されていないのである。
・・・しかし、それがどういうわけか、ここには例外として存在していたのだ。
まぁ、言うまでもなく、通路に魔道具のランタンを設置した者が、ここに置いていったのだろう。
「・・・・・・そうか」
まるで今にも震えてしまいそうな声で説明するユキに対して、短く相槌を打つ飛竜。
それから彼は、ユキの方を振り向くことも無く、そのまま扉の外へと歩みを進めた。
自分の行動が果たしてどのような意味を持っていたのか、彼自身にも分からない様子だったが、飛竜は何か確信を持って外に出ることにしたようだ。
そして、彼は扉の外へと出て、ゆっくりと重い扉を閉める・・・。
「(・・・・・・重っ!なんという重さだ・・・!)」
・・・そもそも、ゆっくりとしか閉められなかったらしい・・・。
そのあと彼は、言葉には出来ない理不尽さを感じながら、どうにか扉を閉めることに成功すると・・・長い階段に繋がっている廊下の方へと身体を向けて、鋭い視線と共に言葉を放った。
「・・・我らに付いて来ているのだろう?何者かは知らぬが、我は逃げも隠れもせぬ。はっきりと姿を見せるが良い・・・」
一見すると、周囲には誰もいなかったので、まるで独り言のようにも見えなくもなかった飛竜の言葉。
しかしそれは、彼のドラゴンとしての眼が特殊だったためか、あるいは5感を超えた別の感覚によって察知されたものだったためか・・・魔法によって通路に身を隠していた相手へと確実に届いていた。
「・・・流石はドラゴン。変身魔法ごときでは、その眼を誤魔化すことは出来ませんか・・・」
そんな言葉と共に現れたのは、黒い甲冑に身を包んだ15人ほどの兵士たち。
今もなお、言い知れぬ気配を纏っているそんな彼らに対して、飛竜は当然の質問を口にした。
「・・・我と戦うつもりか?」
そんな飛竜の問いかけに答えたのは・・・先ほど謁見の間で、彼のしっぽを踏んづけた兵士であった。
その際の様子と大きく異なる点は・・・他の兵士たちと同様に真っ黒な甲冑を身に着けていることと、その態度だろうか。
「こうしてドラゴンと会話ができる日がやってくるとは思ってもみなかったですが・・・あなた方がシリウス様に取り入っている可能性を否定出来ない以上、後ほど我らが処分されるかもしれないことを覚悟した上で、ここで討伐させていただきます。ご容赦下さい」
「ふむ・・・。やはり人というものは面白い生き物だ。これから殺し合おうとする相手に赦せと申すのだからな・・・。我には主らと戦う理由はないが、飽くまでも戦闘を望むというのなら・・・仕方あるまい。・・・来るが良い」
そして双方が、己の武器を構えた・・・。
・・・そんな時である。
「・・・あっ!誰ですか!?ここにあったランタン落とした人!あぁ・・・割れちゃってるし・・・。これ私費で買ったのに・・・」
「えっ・・・先輩、それ自腹だったんですか?てっきり、ユキさんに言って予算を回してもらって買ったものだと思ってんたんですけど・・・」
「いいこと?後輩ちゃん。今、ボレアス政府は火の車も同然なの。貧乏なのよ?それなのに、半分私的なことでランタン買うからお金欲しいなんて言ったら・・・・・・点数が下がっちゃうでしょ?」
「・・・備品があったかもしれませんよ?」
「あ・・・」
・・・階段の上から、場の空気にはそぐわない雰囲気を纏った2人の女性が下りてきたのである。
『・・・え?』
そして、対峙する飛竜と全身甲冑の兵士たちに気づいて、立ち止まる2人。
しかし・・・
「・・・まいっか」
「・・・そうですね」
そう呟いた後で、そのまま彼らの横を素通りして、大きな扉の前に向かおうとした。
すると、その途中で、一人の兵士が気づいて声を上げる。
「市民の方ですか?!ここは危険なので、すぐに戻って下さい!」
そんな兵士に対して、声を掛けられたサキュバスが、本来なら毛が生えていないはずなのに、モップのようになっていた尻尾をブンブンと振り回しながら、少々怒り気味の表情を浮かべて言った。
「市民ではありません!というか、あなた新入りですか?私の顔を見て分からないとか・・・・・・あ、そうでした。ここに努めていた時は、兵士たちに、素性を明かさないように言われたんでした・・・」
すると彼女の隣りにいた、真っ黒な翼の堕天使(?)が、ジト目をサキュバスに向けながら口を開く。
「先輩・・・いいんですか?そんな情報をここで漏らして・・・。今でもつながりがあるんですよね?」
「・・・・・・だ、大丈夫よ?」
「・・・本当ですかぁ?」
「う・・・」
結果、疑いの目を向けられたサキュバスは・・・
「・・・うん。なら、こうしましょう?」
ドゴォォォォン!!
・・・何の前振りもなく、そこにいた兵士たちを、魔法で作り出した巨大な手で吹き飛ばし、全員の身体を触手のようなもので拘束して自身の面前に持ってくると・・・
「はいはい、みんな注目!『・・・このことは忘れなさい!』」
・・・と、魔眼を行使した。
その直後、
「あれ・・・俺達なんでこんな所に・・・」
「任務に戻らないと・・・」
「昼飯まだかなぁ・・・」
と、半分魂が抜けたような様子でつぶやき始める兵士たち。
そんな彼らをサキュバスが触手から開放すると、兵士たちは大人しく階段を登って、城へと戻っていったのであった。
「先輩・・・・・・いえ、何でもないです」
「え?・・・・・・んー、まぁ、いいけど・・・」
どうやら後輩の方には、言いたいことがあったようだが、何か言えない事情があったようだ・・・。
「・・・それで、あなたも同じ目に遭う?」
兵士たちがいなくなった後で、自分に対してそんな言葉を向けてくるサキュバスの姿に、飛竜は眼を瞑って小さく失笑しながら言った。
「・・・主らが、ユキ殿のために、あの石板を用意してくれたのだな?」
どうやら飛竜は、サキュバスの手に握られていた花束で、事の次第を理解したようだ。
『?!』
すると何故か、驚愕の視線を飛竜に向ける女性2人。
「ユキ殿って・・・それ、シリウス様のことよね?」
「シリウス・・・あぁ、確かにイブ嬢にもそんな名で呼ばれておったな」
飛竜の口から、シリウス、ユキ、イブという固有名詞が出てきたことで、女性たちの表情は一気に軟化する。
「あー、関係者の方でしたか。というか、ウチに来た新入りのドラゴンね?」
「う・・・うむ。ウチ、というのがワルツ様のところを指しておるなら、確かに新入りということになるだろう」
「では、新入りですね。・・・あぁ・・・こうして、段々と後輩が増えていくんですね・・・先輩」
「うん・・・そうよ。そして先輩は、下克上の恐怖に苛まれるのよ?」
「またまた、ご冗談を!」
「・・・・・・」
蟠りが無くなった後で、そんな和やか(?)なやり取り始める3人。
・・・要するに、飛竜と、ユリアと、シルビアが出会ったのは、これが初めてだったのである。
その後で、お互いに軽く自己紹介を済ませた後、3人は大きな扉に視線を向けて話し始めた。
「実はここ、大きなお墓なのよ。たった一人だけのためのね」
「うむ、そのようだな。中には石板が1枚しか無かったからな」
「つまり・・・飛竜さんは既に中を覗かれたのですね?」
「我の名は飛竜では・・・まぁ良い。その通り、中は既に確認済みだ。今はユキどのが一人だけで入っておる」
「あー・・・シリウス様、ここのことに気づいちゃったんですね。本当は、後で落ち着いた時に教えようと思っていたのですが・・・仕方ありませんね」
ユリアはそう言うと、花束を手に持ったまま、幻影魔法で作り出した無数の触手を使って、金属製の大きな扉を開き始めた。
「これだけ扉が重ければ、関係者以外入れないでしょ?ルシアちゃんに頼んで、特注で作ってもらったんだから」
「・・・・・・」
まるで普通の小さな扉を開けるかのように、軽々と巨大な扉を開いていくユリアに対して・・・やはり、理不尽さを感じざるを得ない飛竜。
そして、扉が開き切ると・・・
「うぅぅぅぅ・・・・・・ぐすっ」
・・・どういうわけか、その扉の向こう側で、地面に座り込んで泣いていたユキの姿が3人の眼に入ってきた。
「うむ・・・。この感情は理解できる・・・。仲間が死んで、悲しかったのだろう・・・」
「ですよね・・・。泣きたくなることもありますよね・・・」
「・・・・・・失礼しました・・・」
そして、ユリアが、再び扉を閉めようとした・・・そんなタイミングでの事だった。
「えっ?!ちょっ!待っt」
バタン!
「あれ?今、ユキさん、何か言ってませんでした?」
「え?私には何も聞こえなかったけど・・・」
「我にも聞こえなかったな・・・」
「そうですか・・・じゃぁ、空耳ですね」
「それに、何かあったのなら、ユキ殿自身で扉を開いて出てくるだろう。そもそも、入った際は、自力で入ったのだからな」
「あー、だから取っ手が変形してるんですね。さすがワルツ様とカタリナ様によって作られた新しいボディー。凄い怪力ですね」
「飛ぶことしか出来ない私には、理解できない次元の話ですね」
「・・・・・・」
・・・こうして飛竜たちは、ユキが出てくるまでの間、扉の前で待つことにしたのであった。
果たして、彼女が出くるのはいつになることやら・・・。
・・・再び体力を失って、扉を開く力が無くなっていないことを祈るばかりである・・・。
そうそう。
前話のあとがきで書こうと思っておって、忘れておったことがあったのじゃ。
・・・ユキ殿の飛竜に対する呼びかけ方。
(っていうか、今チェックしたら、間違っておった・・・)
以前はドラゴン『様』と呼んでおったのだが、ドラゴン『さん』と呼ぶようになったのじゃ。
これは・・・まぁ、理由を説明すると蛇足気味になるから、わざわざ話さんでも良いか。
で、今日の分の補足なのじゃ。
ロザリーの名は、かつて1回だけ使ったことがあるのじゃ。
じゃが、1回だけ使うというのも・・・ネームドとしてどうかと思ってのう。
いい機会じゃから、もう一度、使ってみたのじゃ。
それとは別に、一度しか名前を使っておらぬ者がおるんじゃが・・・あとはお察しじゃな。
あと、あやつと、あやつと、あやつ・・・・・・うむ。
書くことが大量にありすぎて大変なのじゃ・・・。
まぁよい。
それで・・・次は、ユリアの魔眼についてなのじゃ。
要するに、『魅了の魔眼』なのじゃ。
以前にも一度、(たぶん)説明したのじゃが、妾の言霊魔法との違いは、一時的か、永続的かの違いなのじゃ。
じゃから、この後、我に返った兵士たちは、ユリアに騙された!、と思うのじゃろうのう・・・。
その話を書くかどうかは未定じゃが・・・。
他は良いかのう。
さて・・・次のネタを考える作業に入るとするのじゃ!




