6後後後-11 迷子の子犬2
「もう、帰りたい・・・」
疲れて棒のようになってしまった足を・・・しかし、どうにか我慢して動かしながら、そんな泣きべそを呟くイブ。
そして彼女がやってきたのは、これまでとは異なる一際大きな空間だった。
そこに出てると・・・突如として彼女の所に救世主(?)が現れる。
『あ、イブちゃん。こんなところにいたんだ』
エネルギアが、艦内スピーカーを使って彼女に話しかけてきたのだ。
「えっと・・・エネルギア・・・さん?」
『みんなは僕のことを『エネルギアちゃん』って呼んでるから、イブちゃんにも同じように呼んでほしいかな?』
「はぁ・・・助かったぁ・・・ぐすっ」
エネルギアの聞き覚えのある声に、返答することも忘れて、胸を撫で下ろすイブ。
そんな彼女の様子が、随分と憔悴しきったものだったためか、エネルギアは問いかけた。
『何か大変なことでもあったの?』
「う、うん・・・。毛むくじゃらの魔物とか、まっどさいえんてぃすとに襲われそうになって、それはもう必死に逃げてきたかも・・・」
『けむくじゃら?まっどさいえんてぃすと?』
・・・どうやらイブの言葉の中に、エネルギアの知らない単語が含まれていたようだ。
彼女(?)が理解できなかった言葉を反復するように呟いていると・・・
「みんなの所に戻りたい・・・」
まだ朝だというのに、随分と疲れきった様子で、誰に向けるでもなく、イブはそんな言葉を口にした。
先程は彼女が何を言わんとしているのか理解できなかったエネルギアだったが、流石にその言葉は理解できたらしく、
『うん、いいよ?案内してあげる!』
と、まるで迷子になってしまった子どもに向けるような、明るい声を掛けたのである。
その直後・・・
ズズズズズ・・・
と、イブの前に集まってくる無数の小さな黒い粒。
まぁ、言うまでもなく、いつも通りエネルギアが人の身体を構成するためにハッキングしたミリマシンなのだが・・・
「ひ、ひやぁっ?!」
・・・それを初めて目にするイブにとってはどう見ても、アリのような小さな蟲たちが一つになって蠢きながら、自分の手にくっつこう(噛み付こう?)としているようにしか見えなかったようである。
単にエネルギアが、イブの手を引っ張って、道案内しようとしただけなのだが・・・・・・しかし、艦内を彷徨っている内に、精神的余裕が無くなっていたイブにとっては、些か刺激が強すぎる光景だったようだ・・・。
その結果、
「ひ、ひゃんっ!」
イブは急いで手を引っ込めて身を翻し、黒いミリマシンで形作られていたエネルギアから逃げ出そうとした。
『あっ、イブちゃん!』
自分から逃げるようにして、後ろに走ろうとしたイブに対して、声を上げるエネルギア。
・・・ただそれは、エネルギアが、自分を怖がって逃げ出そうとしたイブのことを引き止めるための言葉ではなかった。
むしろ、彼女の身を案じて発した言葉だったのである。
そして、その直後、
ゴツンッ!
「っーーー!」
と、イブは、硬い何かに頭をぶつけて、そのまま蹲ってしまったのである。
『あー、後ろにお姉ちゃんがいるから、危ないって言おうとしたんだけど、間に合わなかったみたいだね』
「あっ!エネルギア。それを言っちゃう?折角、後ろから気づかれないように、そっとイボンヌの生態の観察をしてたのに・・・」
・・・要するにワルツが、イブの真後ろから、ピッタリと付いて来ていたのである。
『お姉ちゃん、程々にね?』
「・・・その言葉、今朝もカタリナに言われたわ・・・」
そう言いながら、頬をポリポリと掻く素振りを見せるワルツ。
一方、彼女にぶつかったイブは、痛む頭を両手で抑えつつ、一体何にぶつかったのかを確認するために、顔を上げようとしていた。
まぁ、わざわざ見なくても、先程から声が聞こえていたので、ワルツがそこにいることはイブにも分かっていたのだが、自分がぶつかったものがワルツにしては妙に硬い気がして、何となく不安になったようだ。
故に、恐る恐るといった様子で、ゆっくりと顔を上げていくイブ。
するとそこには・・・
「あ、本当にワルツ様がいる・・・」
彼女の感触とは裏腹に、まともな姿のワルツがいた。
「一体何にぶつかったんだろ・・・」
何か、石材か鉄塊のような・・・とても重いものにぶつかったような感触が今もなお自分の額に残っていることを思い出しながら、イブは怪訝な・・・・・・いや、怒ったような視線をワルツに向けた。
「・・・な、何?何か言いたいことあんの?」
「・・・イボンヌじゃないもん!」
・・・どうやら、自分のよく分からないアダ名に対して文句を口にする優先度のほうが、硬い感触が何だったのかを確かめる優先度よりも高かったらしい。
「そう・・・。思ってたよりも余裕があるみたいね?」
「いつかワルツ様にも変なアダ名を付けて、嫌ってくらい呼んでやるんだからね!」
グルルルル!!と唸りながら、ワルツに対して文句を口にし続けるイブ。
彼女の後ろには、まだ真っ黒なエネルギアが立っていたが、ワルツの姿を見て安心できたためか、イブは自分の中に渦巻いていた恐怖とは決別できたようだ。
「なら、問題は無さそうね」
と言いながら、ワルツはイブの脇の下に手を入れて・・・今なお唸っている彼女のことを、まるで子犬か何か扱うように、ヒョイッ、と軽々持ち上げた。
「?!」
「え?もしかして、私が力持ちか何かだと思った?それは大きな間違いよ。単に貴女が軽いだけだからね?」
「・・・おかしい・・・これが痩せマッチョ・・・?」
ワルツの華奢な身体が、一体どうして自分のことを軽々持ち上げられるのか、納得出来ない様子のイブ。
その後、彼女が、『もしかして本当に自分の体重が軽くなっちゃった?』と思い始めた頃。
ワルツは持ち上げたままのイブに対して小さく笑みを向けながら口を開いた。
「さてと、イボンヌ。貴女には、ここでちゃんと選んでもらいたいことがあるんだけど、良いかしらね?」
そしてそう言いながら、イブを掴んだまま床から足を離して、空中に2mほど浮かび上がるワルツ。
「だから、イボ・・・ってどうして浮いて・・・・・・?!」
一度に様々なことが自分の周りで起こり始めて・・・イブは言葉を失った。
より具体的に言うなら・・・浮き上がったことも然ることながら、自分のことを持ち上げていたワルツの後ろに突然何かが現れて・・・そして気づくとワルツの姿が消え、代わりに何か巨大なモノの両手に挟まれるような形で掴まれていたのである。
何も知らなければ、驚いて当然のことではないだろうか。
「?!」
その姿に、思わず身体を強直させて、ついでに、ピン、と尻尾を真っ直ぐに伸ばして膨らませるイブ。
今の彼女の心境を例えるなら・・・・・・ダンジョンの中を探検していたら、暗闇の向こうから、ニュッと魔王が現れたときの冒険者の心境・・・と言えるだろうか。
・・・しかし、現れた魔王は知人だったらしく、それから彼女は驚く前の元の様子に戻ると、今度は怪訝な表情を機動装甲の頭部へと向け始めた。
一方。
これまで正体を明かしてきた仲間たちとは少し異なる、そんな何とも表現しがたいイブの様子に、ワルツは考えうる原因の一つを口にした。
「あれよね・・・。この部屋の明るさがやっぱり問題だと思うのよ」
・・・どうやらワルツは、部屋の中が暗すぎて、実はイブに自分のことがよく見えていないのではないか、と思ったらしい。
『明るさ?いつも暗いからあまり気してなかった。明るくする?』
「えぇ。お願い。なんか今のままだと、私が子犬をいじめてるように見えない?」
『え?虐めてたんじゃなかったの?』
「・・・うん、違うんだけど・・・・・・なんかごめんなさい・・・」
『だから程々にね、って言ったのに・・・』
そして、エネルギアがそんな言葉を言い終わった直後の事だった。
ブゥン・・・
彼女たちがいた大きな空間、もとい、昇降口のその壁が一変した。
壁の一面にホログラムが表示され・・・船体の外装の向こう側が表示されて、あたかも壁が無くなったような景色に変化したのだ。
「・・・あ・・・」
その瞬間、太陽や、雲、それに緑色の森と赤茶けた大地に反射した世界の輝きよって、目の前にいたモノの姿がはっきりとイブの眼に入ってきて・・・そして彼女は小さく声を漏らした。
なぜならそこに・・・
「ルシアちゃんのお人形と同じ・・・」
金属のような光沢を放つ、機動装甲が自分のことを持ち上げている姿が、はっきりとイブの眼に入ってきたからである。
「何、あの娘・・・私の人形を持ってるの?」
もしかして、ルシアが自分の人形を魔法の練習の的として使っているのではないかと、ふと不安になったワルツ。
もちろん、そういうわけではなかったが・・・
「うん。さっき、抱っこして寝てた」
「・・・そう。ま、いいわ・・・。誰が作ったのかは知らないけど・・・」
やはり、自分の姿が人形にされるのは嫌だったようで、ワルツはそんな言葉を漏らした。
その後で、
「さて・・・」
ワルツは仕切りなおすかのような言葉を口にした後、イブの脇の下に入れていた自身の巨大な手を引き抜いて、彼女を重力制御を使って宙に浮かべてから問いかけた。
「・・・というわけで、私、化け物なんだけど、それでも貴女、一緒に付いてくる?」
『あ、それ僕も!』
「あ、そう?なら、私たち、ね」
『うん!』
と、自称化け物たち2人が、並んでそんなことを口にした。
それからもワルツは補足するように言葉を続ける。
「昨日の一件で分かったと思うんだけど、ここに普通の人間はいないわよ?後に引くことの出来るタイミングは、多分、今しかないと思うけど・・・それでもイブ。貴女は、一緒についてきたい?」
そう問いかけたワルツは・・・嘗てルシアに掛けた言葉を思い出していた。
その際は、この世界にきてから間もないこともあって、ワルツは随分と悩んでいたが、今では自分の居場所が確定的なものとなっていたので、そんな悩みも小さなものとなっていたようである。
ただ、完全に消え去っていたわけではなく、最後の選択はイブ自身に任せることにしたようだ
やはり、個人の人生は、個人自身で選ぶべきものなのだから・・・。
そんなワルツの問いかけに、イブは即答した。
「え?昨日、決まってたじゃん!」
「えっ・・・」
「ドラゴンさんのししょーになって、ちりゅうとかいう別のドラゴンさんを助けるって。そのためにワルツ様の下について、一緒に特訓することになったじゃん?」
「いや、そう簡単に決めていいものじゃないと思うんだけど・・・」
先程まで、エネルギアの中をさまよって怯えてたり驚いていたりしたとは思えないイブの発言にタジタジなワルツ。
しかし、ワルツの予想とは裏腹に、イブの心は既に決まっているようであった。
「私、ワルツさんのところでしゅぎょーして、立派なお姉さんになるって、決めたんだもん!」
「・・・・・・そう」
そんなイブの言葉に、ワルツは折れることにした。
・・・というよりも、これからのことを確認をしたかっただけなので、折れるとは少し違うだろうか。
「というわけだから・・・これからよろしくお願いします!神さまっ!」
そう言って、これまでのルシアや仲間たちのように、満面の笑みを浮かべるイブ。
しかし、ワルツとしては、いつもの通り・・・
「いや違っ・・・」
・・・『神さま』という呼び方が気に食わなかったようだ。
そんな彼女の反応に、
「ふーん・・・・・・『神さま』って呼ばれるの嫌そうだね?ワルツ様?」
イブがニヤリと笑みを浮かべながら、そんなことを口にしたのである。
「・・・ううん、そんなことないわよ?」
気取られないように、いたって無表情で、そっとそんなことを口にするワルツ。
「じゃぁ、今度から神さまって言うね?」
「・・・うん。やめて・・・」
しかし、誤魔化しきれなかったようだ・・・。
「じゃぁ、今度からは私のこともイブって呼んでよね?」
「・・・・・・おっと、カタリナとユリアが・・・」
「そんな虚仮威しを使っても、もう怖くないもん!っていうか、神さまいつから後ろにいたの?」
「・・・・・・(どうしよう・・・)」
掴みあげた子犬に思い切り手を齧られて、内心で頭を抱えるワルツ。
・・・こうしてワルツは、自分の弱点(?)を知ってしまったイブを、正式に仲間に加える事になったのであった・・・。
・・・正直言っておくのじゃ。
この話を書く前、半分以上昨日の内に書き終わっておった妾は、『余裕じゃな』と思っておったことを・・・。
・・・全然書き終わらなかったのじゃ。
というか半分書き終わってると思った昨日の妾、出てこいなのじゃ!
書き終わってみたら、増えるわかめ並に増えておったではないか!
・・・もう駄目かも知れぬ・・・。
というわけでじゃ。
それはさておき、補足するのじゃ。
と思ったんじゃが、あまり無さそうじゃのう。
というか、申し訳ないことに時間がのうて、あまり長くあとがきを書いていられ無さそうじゃ。
一部、イブ嬢の心境について、ちゃんと説明できておるか心配なところもあるのじゃが・・・まぁ、明日辺り、時間のあるときに見直してみようと思うのじゃ。




