6後後後-04 行く末4
ワルツたちを降ろしたエネルギアが、市民たちに魔物が近づかないように警備するため、空へと向かって再び浮かび上がった頃。
彼女たちは、壊れた市壁の隙間から、ビクセンの町の中へと足を踏み入れた。
「・・・寂しいですね」
街の様子を見て、目を細めながら呟くユキA。
町の中には、言うまでもなく、人っ子一人いなかった。
尤も今は夜なので、人影がなくて当たり前なのだが、普段と違って魔法の街灯や家の明かりが無い街の姿は、ユキAが想像していたよりも、ずっと冷たいものだったようだ。
「そうね・・・。でも、もう少しの辛抱じゃない?迷宮の件も多分そろそろ片付きそうだし・・・。・・・って、一応確認しておくけど、もうここに、これ以上迷宮は埋まってないわよね?」
実はまだ何体か埋まっていました〜、などとユキたちが後になって暴露しないか懸念を始めたワルツ。
するとユキAが苦笑を浮かべながら口を開くが・・・
「いいえ。流石にそれは無い・・・と思います。・・・ですよねヌル姉様?」
・・・話している途中で、自信が無くなったのか、たらい回しのような形でヌルに問いかけた。
どうやらユキAは、この地のことについて、全てを知っているわけではないようだ。
・・・しかし、
「・・・」ぽっ
妹が問いかけたというのに、言葉を返さないヌル。
そんな彼女に、首を傾げながら、ユキAは続けざまに別の問いかけを行う。
「・・・あの、ヌル姉様?風邪をお引きになったのですか?」
「・・・えっ?・・・あ、あぁ。ごめんなさい。聞いていなかったわ。それで・・・一体、何の話?」
「珍しいですね・・・姉様が、ぼーっとしてるなんて・・・。やはり最近の無理がたたって、風邪を引いてしまったみたいですね」
「・・・・・・」ぽっ
・・・ユキAに指摘されているというのに、やはり、上の空、といった様子のヌル。
その視線の先が、ワルツに向けられているのだが・・・・・・ユキAはそのことに気づいていないようだ。
そんな姉のよく分からない振る舞いに、ユキAが頭を悩ませていると、今度は皆の一番後ろから付いて来ていた飛竜が、徐ろに口を開く。
「・・・中々に興味深い・・・」
彼はこれまで、人の住んでいる街の中には降り立ったことが無かったようで、荒れた街の中にまだ残っていた、まともな建物や道路、そして屋台や荷物の乗った荷車などに対して、興味深げな視線を向けては、ウンウンと頷いていた。
その様子は・・・田舎から都会にやってきた、『お上りさん』そのものであると言えるだろう。
「あのね飛竜?今は人がいないから普通に歩けるけど、普段の昼間なんか、貴方が歩けるようなスペースが無いくらいに、この通りは人で溢れかえるのよ?多分、貴方とっては、不思議なことだらけなんでしょうね」
「人で歩けないほどに・・・ですか」
そう言った後で・・・・・・人だらけのカオスな状況を想像したのか、ブンブンと首を横に振る飛竜。
それから彼は、頭の中にいた人々の数を減らしてから、ワルツに問いかけた。
「ワルツ様・・・。人は何故、そんなにまでして群れたがるのでしょうか?普段、我が森や山で見かける人間は、大抵一人で行動しておるように見えるのですが、時にはこうして大きな街を作るほどに群となって集まる・・・。そんな人間たちが、皆、同じ種族であるようには思えないのです。少数でも行きていけるはずなのに、何故群れる必要があるのか・・・。我にはそれが疑問でならないのです」
「んー、それね・・・・・・多分だけど、森や山で一人で行動してる人って、人間じゃないと思うわ・・・」
「えっ・・・」
「エルフか何かじゃないかしら?直接見たわけじゃないから分かんないけど・・・。見た目が似てるから、飛竜から見ると、一緒に見えるのかもね」
と、未だ、野生のエルフ(?)を見たことがないワルツが口にする。
なお、彼女の中でエンデルシア国王は、よく飼いならされたエルフ、ということになっているようだ。
「ふむ・・・違い種族、ですか・・・。中々に難しいですね。味は皆、同じなのですが・・・」
『えっ・・・』
「・・・貴方、もしかして味で種族を判別してるわけ?」
飛竜の思わぬ爆弾発言にもかかわらず、冷静に質問するワルツ。
ちなみに、なぜ他の者達が驚いているのに、彼女だけ落ち着いているのかというと・・・仲間に、もう一人ドラゴンがいて、彼女が何を食べたことがあるのか、知っていたからだったりする・・・。
「左様でございます。・・・もしかしてワルツ様、人を食べたことが無いので・・・?」
「いや、そんなこと、あるわけ無・・・」
・・・そしてワルツは固まった。
(・・・吸血したのって、カニバリズムに含まれるのかしら?いや、私もユリアも人じゃないけど・・・)
精を奪う者から、逆に吸血したことをふと思い出したワルツ。
彼女が難しい表情を浮かべていると・・・・・・自身の隣から、じーっと怪訝な視線を向けてくるカタリナのことが目に入ってきた。
「・・・うん。カタリナ?別に、誰か食べたわけじゃないからね?人が死ぬかもしれない危機的状況に陥って、仕方なく少しだけ血を分けてもらった、ってだけだからね?」
「・・・ワルツ様」
そしてカタリナは言った。
・・・いや、問いかけた。
「・・・一体、誰の血を飲んだのですか?」
「・・・」
・・・こうしてユリアは、カタリナと共に王都へと帰還した後に、スイッチひとつで毛むくじゃらになるか、内臓脂肪が増えてポッコリお腹になってしまうような人体改造を受けさせられることが決定したのである・・・。
そんなやり取りをしながら、街の中をまっすぐ進んで、北西側の畑で横にされている市民たちのところへと向かう5人。
その際、屋根が吹き飛びつつも、未だ健在だった教会の前まで来たところで・・・カタリナが立ち止まった。
「・・・」
無言で教会に視線を向けるカタリナ。
彼女がここにやってくるのは、勇者たちの仲間になるそれよりも前のこと。
この街から誘拐された(?)その時以来、ということになるだろうか。
「・・・ついでに寄ってく?」
半年前に、『いつかカタリナをこの町に連れてくる』という約束をしたことを思い出しながら問いかけるワルツ。
一方、まるで条件反射のごとく、『今はそんな時ではない』と首を振ろうとするカタリナ。
・・・しかし、カタリナが首をふる前に、ワルツは彼女の手を取ると、小さく笑みを浮かべて、教会の入口へと引っ張った。
その際、ワルツは、
「ごめん、みんな。ちょっとだけ寄らせてね?っていうか、すぐ戻るから、ここで待ってて?」
引き連れていた仲間たちに向かって、そんな言葉を掛けた。
カタリナの私用のようなものなので、皆で行く必要は無いと考えたようだ。
「あ、はい。分かりました」
「えっ・・・」
「うむ。承知した」
そして、仲間たちからのそんな返答を聞き届けた後。
ワルツは少しだけ困惑している様子のカタリナの手を半ば無理矢理に引っ張って、教会の中へと足を進めていった。
ギギギギギ・・・
「・・・魔王城の会議室なんかよりも、余程こっちのほうが雰囲気出てるわね・・・」
「えっ?」
「ううん、なんでもない。気にしないで?独り言だから」
「・・・」
何故か嬉しそうに自分の手を引っ張っていくワルツとは対照的に、硬いカタリナの表情。
とはいえ、ワルツの行動に対して困惑していたわけではい。
その原因は・・・教会の中にあったのである。
「あの・・・ワルツ様?」
「ん?どうしたの?」
そんな言葉を口にしながら、振り返って、笑みを見せるワルツ。
そんな彼女の笑みが崩れてしまうのが怖くて・・・一瞬、このまま黙っておこうか悩んだカタリナだったが、ワルツに対しては特に何も隠すようなことは無かったので、結局、素直に口にすることにしたようだ。
「この教会・・・確かに私がいた教会のはずなのですが・・・」
大聖堂の中に無数に並ぶ椅子や、今もなお空で輝き続けていたルシアの光魔法によって浮かび上がる白髪の人物が描かれたステンドグラス、そして石材で出来た天井のアーチに描かれた無数の魔法の言葉・・・。
教会の中を彩りながら、祈りを捧げる場としての雰囲気を作り出す、そんなアーティファクトに視線を向けながら、カタリナは話し続ける。
しかし、彼女は、その全てに対して・・・
「・・・全く覚えがないんです・・・」
・・・記憶が無かったのである。
「・・・え?」
ワルツがそんな疑問の声を漏らすと、カタリナは彼女の横を通りすぎて、一歩前に出た。
その際、ワルツが握っていたカタリナの手は、まるで指の隙間を溢れるようにして離れてしまう。
普段は、人との必要以上の接触を避ける傾向にあるワルツだったが、その手が離れてしまうと、何か大切なモノを失ってしまう気がして・・・すぐに掴み直そうとした。
だが、歩みを進めるカタリナにその手が届くことはなく・・・しかし幸いなことに、彼女が何処かへと消えてしまう、というわけでもなかった。
それからカタリナは、ワルツの数歩先で立ち止まると、彼女の方を振り向いて口を開いた。
「私は・・・この街で、この教会で、狐人の孤児として育った『カタリナ』という娘です。シリウス様が私のことをビクセン様と呼ぶこともありますが、それは大きな勘違いです」
そう明るく言いつつも・・・・・・何故か、徐々に崩れていくカタリナの表情。
「私は・・・今のルシアちゃんくらいの齢の時、誰か知らない人たちに拐われました。そして、奴隷として売り飛ばされそうになっていたところを・・・勇者様方に助けられたんです」
「・・・カタリナ」
「それから私は、この命と尊厳を守ってくださった勇者様方の後を必死で追いかけました。物理的にも、魔法的にも、それはもう必死になって・・・。そんなある日、『お前はもういらない』って捨てられたんですよね・・・。・・・今では笑い話ですけど・・・」
そう言って笑みを浮かべているはずのカタリナの眼からは・・・涙がこぼれていた。
「・・・ワルツ様。私は・・・一体、何者なんでしょう?何故、私の中にある記憶・・・この街の記憶、この教会の記憶、そして統治者たちの記憶・・・それらが皆、今見えているものとは、大きくかけ離れてしまっているのでしょうか?勇者様方に助けられたのは間違いなくて、誘拐されたのも間違いない。それなのに・・・故郷はもうここには無い・・・。私は・・・『カタリナ』では無いのでしょうか?」
そんなカタリナの疑問に・・・ワルツは小さく笑みを浮かべながら言葉を返した。
「・・・今の貴女はカタリナ。でも、昔の貴女はカタリナではないかもしれない。それで・・・そのことが貴女の未来にとって、何か問題になりえるの?確かに、故郷がどこにあるのか分からないとか、それは大変なことだとは思うけれど、それは私も同じだし、ルシアなんか、どこで生まれてどこで育ってきたのかすら分からないんだから・・・。・・・まぁ、私が彼女の村の場所を忘れたせいだけどね・・・」
そんなワルツの言葉に・・・
「・・・・・・ぷふっ」
カタリナは、小さく吹き出した。
「そうねぇ・・・。下を見れば、いくらでも酷い状況にある仲間たちがいるわよ?例えば、コルテックス。彼女、テレサの体細胞を培養して作られたホムンクルスだけど、それは言い換えれば、『私たちのエゴによって作られた偽りの生命』ってことよね。まぁ、彼女、今の生活が気に入ってるみたいだし、文句は無さそうだけど・・・。あ・・・アトラスなんて、もっと酷いわよ?ダメ勇者の体細胞で作られた、ただイジメられるだけの存在のホムンクルスなんだから。・・・だけど、泣き言を言ってるってのは、聞いたことがないわね。・・・ま、それは例え話なんだけどさ?」
「・・・そうでしたね。私たちは・・・ある意味で神の領域を侵しているんでしたね」
「いや・・・そこまで思いつめなくてもいいと思うけど・・・」
カタリナが元の表情戻りつつも、そのまま平常を通り越して、ダークサイドに堕ちかけている様子を前に、難しい表情を見せるワルツ。
そんな彼女に、カタリナは誂うような微笑みを見せると、
「・・・分かりました。私は、どんなことがあっても、カタリナです」
自分を取り戻したように、そう呟いたのである。
・・・ただし、その後に余計な一言が付いていたが・・・。
「ワルツさんの、ですけどね」
「・・・うん。じゃぁ、私、先に戻るわね」
そしてワルツはカタリナをそこに置いて、教会の外へと出ようとした。
その際、彼女に手を掴まれてしまうが・・・それを離さず、逆に確かめるように握りしめたのは、きっと・・・・・・。
今日の話は、一言で言うなら『いのべーしょん』なのじゃ!
具体的には2点あるかのう。
まず1点目は、『感情』を書いたことじゃろうか。
これまでに、
・嬉しそう
・怖そう
・悲しいようだ
といったように、推測の形で書いたことは何度もあるのじゃが、
『怖くて・・・』
といったように、断定の形でナレーターに言わせたことは無かったと思うのじゃ。
・・・確か、の。
で、2点目が、それぞれのセリフの間にある文言。
これまでは1文で終わることが多かったように思うのじゃが、できるだけ2文以上に増やしたのじゃ。
その内、1文目は状況の説明。
2分目以降はナレーターの言葉。
といった感じじゃのう。
まぁ、全てにおいてそれが良いとは言えぬから、これから徐々に調整が入っていくと思うのじゃ。
・・・そしてまた、いつか、大修正が入るのじゃろうな・・・。
・・・何か、ぷろぐらむを書いておる気分なのじゃ。
さて。
それでは補足なのじゃ。
・・・結局、カタリナは何者なのか。
妾も知らぬのじゃ。
正確には・・・いや、これ以上言うのはやめておくのじゃ。
あとは・・・話の終わり方かのう。
全てを語ってしまうのは野暮な気がして・・・何か言い文が無いかと考えたのじゃが、結局、思いつかなかったのじゃ。
こういう時、どんな締め方があるのじゃろうかのう・・・。
というわけでじゃ。
・・・明日は忙しいのじゃ!
寝るのじゃ!
・・・zzz。




