6後後-25 贄4
「ゆ、ユリアお姉ちゃん、シルビアお姉ちゃん?!」
手に握った2人がぐったりしている様子を見て、ルシアは声を上げた。
・・・しかし、2人からは返事が帰ってくることはなく、身じろぎ一つすることはなかったのである。
一応、息はしているようなので、最悪の事態、というわけでは無さそうだったが、あまり良い状態というわけでも無さそうであった。
どうやら、この迷宮の核と呼ばれている領域においては、床に身体を接触させてしまうと、一瞬にして全身の魔力を抜き取られてしまうらしい。
「(最後の最後まで気を抜いちゃいけないってお姉ちゃんいつも言ってるのに・・・・・・でも、今回は流石に無理だったかなぁ・・・)」
ルシアは不意に強くなった周囲の重力を感じながら、そんなことを考えて、グッタリとしているユリアたちに同情した。
今は彼女が、重力制御魔法で全員の体重を操作して、外部からの重力の変動を相殺しているが・・・もしもユリアとシルビアの2人だけなら、彼女たちには対抗する魔法も手段もなかったはずなので、どうにもならなかったことだろう。
実際、ルシアがいても、気絶することは免れなかったのだから・・・。
それからルシアは、ユリアの幻影による束縛が消えたことによって、ゆらり、と立ち上がったユキFに対して視線を向けた。
彼女は、迷宮の床に足をつけているようだが、装着されている首輪の効果のためか、特に影響は無い様子である。
ただ、首輪には、心を守るような親切な効果までは無かったらしく、彼女は動かなくなってしまったユリアたちに気づいて、歯を食いしばりながら悔しそうに眼を伏せているようであった。
「(嫌な感じ・・・。なんか、誰かに弄ばれてる気がする・・・)」
ユキFの向こう側で、こちらに向かって嫌らしい笑みを浮かべる男に気づいて、口を閉ざしたまま眉を顰めるルシア。
ただ、その際・・・
「(・・・?お姉ちゃん?)」
何となくではあったが、男たちへの対処に動いている透明なワルツから、自分に対して優しげな視線が向けられたような気がして、ルシアはすぐに表情を軟化させた。
「・・・今助けるから」
ルシアは、自分に対して手を翳しながら、次なる攻撃を放とうとしているユキFに対して、短くそんな言葉を呟くと、その場の宙に意識のないユリアとシルビアを浮かべて・・・
「・・・っ!」
ドッ!!
と、空気を割りながら、前方に向かって跳んだのである。
そんなルシアの行動と同時に、
ドゴォォォォ!!
上級氷魔法がユキFの手から放たれて、再びルシアに対して襲いかかろうとしたのは・・・ちょうど、そういったタイミングのためだったのか、それとも勇者候補と元魔王の関係が作り出す因縁のためだったのか・・・。
ただルシアの移動の加速度や最高速度から比べると、ユキFの魔法はほぼ止まっているようなものだったので、何ら問題は無かった。
・・・いや、そのはずだった。
ルシアと氷魔法との間の距離が開いていくことは無く、むしろ、猛烈な勢いで縮まっていったのである。
・・・あるいは、ルシアが氷魔法対して、真っ直ぐに突っ込んでいった、とも言えるだろうか・・・。
そして瞬く間に、ルシアと魔法が衝突するかどうかといった距離まで接近したところで、
「じゃまっ!」
彼女が眼を見開いてそう口にした瞬間、
パァンッ!!
強大なはずの氷魔法は、陽の光が当たっていないダイヤモンドダストのように宙に溶け、周囲の壁や床を一瞬にして凍らせてから、あっさりとそのまま虚空へと消えてしまった。
「?!」
ユキFは、これまでの長い人生の中で経験したことのないそんな光景に唖然としながらも・・・しかし、近づきつつあったルシアの姿を見て、接近戦になることを予感したのか、冷静に剣を抜く。
その際、彼女の表情から、悲しみでも恐怖でもなく、むしろ喜びに近い色が浮かび上がっていたのは・・・やはり、元最強の魔王としての本能がそうさせたのだろう。
「・・・ごめんね、ユキちゃんのお姉ちゃん・・・」
そんなことを口にしながら、ユキFへと真っ直ぐに近づいたルシア。
するとユキFは、
「・・・戦いの中で私を殺してくれるのですね・・・。ですが貴女では・・・」
そんな優しげとも悲しげとも取れる言葉を紡ぎながらも、半ば獲物を狙う猛獣にも似た視線をルシアに向け・・・そして、その手に持った凶刃を振りかざしたのである。
ブォン!!
重々しい音を立てて、空気を切り裂きながら、しかしそんな重さを全く感じさせない様子でルシアの進路上へと沈み込んでいく、元魔王の一筋。
そして・・・
サクッ・・・
・・・そんな柔らかいモノを切るような音が、周囲の空間に響き渡ったのである。
「・・・・・・」
ユキFはその音を聞いた瞬間、ギラギラとした瞳のままで、苦々しい・・・あるいは苦悶の表情を浮かべた。
全身を操られた上、愛すべき市民たちをこの手で殺めてしまい・・・そんなどうしようもない自分の命を断ってくれるはずだった小さな狐娘の命も刈り取ってしまったのか、と悲観したのだ。
・・・しかし幸いな事に、その音は、彼女の予想とは異なることが原因で生じたものであった。
直後、
カランッ・・・
まるで金属が床に落ちたような音が、彼女の耳に届いたのである。
「・・・まさか・・・折れた?」
随分と短く、そして軽くなってしまった愛刀の感覚に、ユキFは思わず後退った。
「アダマンタイト鋼をこれほどまでに簡単に・・・」
続けてそんなことを口にするユキF。
・・・ところで。
どうして彼女は、高速で移動しているはずのルシアの前で、そんな長い言葉を口にできたのか。
何故なら・・・
「え?全然硬くなかったよ?」
ルシアがユキFの目前で、まるで最初からそこにいたようにして、佇んでいたからである。
どうやらルシアは、ユキFの刃が自分に襲いかかる前に、直前で急ブレーキを掛けて止まったらしい。
そして、彼女の魔剣を軽々と切断した、ということなのだろう。
それからルシアは、いつの間にか手に持っていた『細長い何か』を再び振りかざすと、
「えっと、ごめんね。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね?」
サクッ・・・
・・・まるで、柔らかい大根を切るようにして、ユキFが持っていた半分ほどの長さになっていた魔剣を、縦に切断したのである。
「っ?!」
その瞬間、魔剣から手を離すユキF。
彼女はそんな様子に、もしもそのまま手にしていたなら腕ごと持っていかれていた、と思い冷や汗を流した。
・・・が、
「今、回復魔法を掛けて血を止めるね?」
「えっ・・・」
そんな自分を気遣うルシアの言葉を浮けて・・・ユキFは初めて、自分の身体がどうなっているのかを察したのである。
グラッ・・・
その瞬間、足に力を入れているはずなのに、勝手に傾いていくユキFの視界。
・・・要するに、剣を斬られた時、咄嗟に引いたはずの腕と共に、纏っていた魔王の鎧ごと、両足を切断されていたのである。
「おっとっと・・・」
そんな言葉を口にしながら・・・ユキFの身体を、ユリアたちと同じように宙に浮かべるルシア。
それから彼女は、
「ついでにこれも壊しちゃうね?」
サクッ・・・
ユキFの首につけられていたリングを、呆気無く切断した。
「一体・・・どうやって・・・」
首輪から開放されたためか、あるいは、急激に血を失ったためか・・・少しだけも朦朧とする意識の中でルシアに問いかけるユキF。
「どうやってって・・・ただ切っただけ?」
そしてルシアは、右手で彼女に回復魔法をかけながら、もう片方の手で、天井に向かって立ち昇る極細の糸のような光の線を作り出して、種明かしを始めた。
「よく分かんないけど、これプラズマって言うらしいよ?出力にもよるらしいけど、原理上切れない物質は無い、ってお姉ちゃんが言ってたよ?」
「・・・一体、ワルツ様は、ルシア様に何をさせるつもりでそのようなことをお教えに・・・」
そんなユキFの疑問にルシアは、
「え?それはもちろん・・・」
そう言って健気な表情を見せると、
「新しい船を作るためだよ?」
・・・そんな言葉を口にしたのだ。
ルシア嬢のそういうところが、妾は怖いのじゃ。
ほんと、包丁が切れないからと言って、魔法でまな板ごと切るのを止めてくれぬかのう・・・。
いつ、シンクを破壊することやら・・・。
もしもそうなったら、主殿に家から追い出されてしまうのじゃ。
でじゃ。
補足するのじゃ。
まぁ、その前にじゃ。
妾は気づいたことがあるのじゃ。
・・・こういった類のシーン・・・。
妾、書くの、苦手、かゆい、うま・・・なのじゃ。
書くのに、いつもの倍は掛かっておるのじゃ。
というのも、実は何度か書き直したのじゃ。
最初は、ユリアが意識を失っておらず、一緒に協力して戦うという構図だったのじゃが、やつらがおると、一方的なイジメにしかならぬことに気づいたから、退場してもらったのじゃ。
・・・いや、嬢が一人だけ戦っても、まともな戦いにならぬがのう・・・。
それ以外にも色々あったのじゃが・・・いや、ネタバレになるかもしれんからやめておくのじゃ。
まぁ、それは置いておいてじゃ。
補足なのじゃ。
アダマンタイト鋼=(ダイヤモンド+タングステンカーバイド)/ 1.2f;
こんな感じで捉えて貰えればよいのじゃ。
いや、別に割り算は、倍精度でも拡張倍精度でも4倍精度でも良いんじゃがの?
まぁ、それはさておいてじゃ。
この世界において、基本的に最も硬いと言われている物質なのじゃ。
もちろん、べらぼーに高いがのう。
じゃが、魔王の装備する武器や防具としては、特に問題無いじゃろう。
で、ルシア嬢のプラズマソード(?)の補足じゃ。
・・・強電界から発射されるイオンビームとは違うぞ?
空気中の分子を火魔法で加熱して、重力制御魔法と雷魔法で作り出した電解で線状に留める複合魔法なのじゃ。
確かに嬢が使う魔法の一つ一つは、シンプルな低級魔法かもしれぬが、複合させれば上級魔法など比較にならぬようなトンデモ魔法に変わってしまうのじゃ。
逆に高度な上級魔法同士を掛け合わせるのは・・・難しいというのは、何となく分かるじゃろ?
ワルツは、それが何となく分かっておったから、ルシアに、中級以上の魔法を覚えるようには勧めなかったのじゃ。
・・・という設定なのじゃ。
・・・本文に書くところがないのじゃ・・・。
ここに書いて、ごめんなさい・・・なのじゃ。




