6後後-22 贄1
こーしょん?
そして視点は、迷宮の中へと戻ってくる。
エネルギアと飛竜が操縦方法や攻撃方法で揉めている間、ワルツたちは胃と思わしき場所を通過した後、人なら肺があるだろう場所を通過して、他の市民たちを救出していた。
もちろん、彼らのことは、既に外に向かって放出済みである。
ちなみに、いつ放出していたのかというと、エネルギアと飛竜とのやり取りの中で言うなら・・・飛竜がエネルギアのキャリブレーションを受けていた、そのタイミングである。
エネルギアのことを追う形で迷宮が街に背を向けていたので、飛竜たちからは影になってしまっていて見えなかったが、順調に救出は続いていたのだ。
今のところの救出者数は・・・大体、人口の7割、といったところだろう。
さて。
そんな救出作業が行われたのは、今よりも随分前の事だった。
つまり現在は、飛竜への操作の移譲が終わってから、暫く経っていたのである。
もっと具体的に言うなら・・・
ドゴォォォォン!!
飛竜が操作するエネルギアの巨体による体当たり攻撃を行っていた頃、と言えばはっきり分かるだろうか。
・・・要するに、エネルギアから伝えられる強大な衝撃が、迷宮の壁全体を大きく揺るがしていたのだ。
普通の人間なら、立つこともままならないほどの衝撃、と言えるだろう。
・・・しかし。
そんな迷宮全体を揺るがすほどの大きな振動に・・・・・・ワルツたちが気づくことは無かった。
壁に触れれば魔力を吸われてしまうために宙に浮いていた上、ワルツによって周囲の壁が重力制御で固定されていたので、彼女たちに振動が伝わる要因が一切なかったのである。
そんな中で・・・
「〜〜〜♪」
鼻歌交じりで、ワルツとルシアの後ろをついていくシルビア。
その隣にいたユリアは、険しい表情をそんな後輩に向けた。
「後輩ちゃん・・・この景色の中で、よく鼻歌を歌えるわね・・・」
すると、話を振られた普段通りの真っ黒な姿のシルビアは、鼻歌を中断して、先輩の方に嬉しそうな笑みを向けながら口を開く。
「ワルツ様やルシアちゃんと、安全に迷宮の中を探検できるんですよ?こんなに嬉しいのに、鼻歌を我慢するなんて、殺生だとは思いませんか?」
「難しい言葉を使うわね・・・」
妙に饒舌なシルビアの言葉に、目を細めるユリア。
その後もシルビアは、そのまま言葉を続けた。
「良いですか?先輩。楽しめる余裕が有るときは、素直に楽しむべきなんです。母も、口癖のように言ってましたよ?」
「・・・随分、ポジティブなのね。後輩ちゃんの家系・・・」
と呟きながら、周囲の景色に眼を向けるユリア。
そこには、どこから始まってどこで終わるかも分からないような、薄暗く真っ赤な肉のトンネルが続いていた。
どう考えても、嬉しい気分になれるような光景ではなかったが・・・シルビアの『超』が付くほどのポジティブシンキングな頭の中では、もしかすると、花畑のような景色に映っているのかもしれない・・・。
「(唯一、目の保養になるのは、ワルツ様とルシアちゃんの姿くらいね・・・)」
それからユリアが、見るだけで嫌悪を覚えるような迷宮の壁から、ワルツたちのいる前方へと視線を戻すと、仲よさげに話をしている2人の様子が眼に入ってきた。
そんな様子に、思わず苦笑を浮かべるユリアに対して・・・
「・・・やっぱり先輩も嬉しくなりますよね?」
と話しかけながら、シルビアもこそばゆそうな笑みを浮かべる。
「・・・嬉しいかどうかは分からないけど、後ろから2人を眺めている分には・・・そうね。これを嬉しいというのかしら・・・。迷宮の壁は余計だけどね」
「そこは見なかったことにすればいいんです。そういうのって、ワルツ様が得意なんですよ?知ってました?」
「(それは多分・・・・・・違う気がするわ・・・)」
自分の浮かべていた『苦笑』の内の、苦味の成分が増したことを感じながら、口元がピクピクと動いていることを自覚するユリア。
2人がそんなやり取りをしていると、
「・・・?なんか開けた空間に出るみたいよ?」
前を歩いていたワルツがそんなことを口にして、徐ろに立ち止まった。
「次は・・・肝臓でしたっけ?膵臓でしたっけ?」
「後輩ちゃん・・・それ、さっき通過してきたよね・・・」
「いやいや。上に向かって進んでるのに、何で下にある臓器の話が出てくるのよ・・・」
的外れもいいところな会話をする2人に、思わずそんなツッコミを口にするワルツ。
「・・・?そうでしたっけ?」
シルビアの方は・・・そもそも、何の臓器がどこにあるのか分からなかったようだ。
覚えているのは、臓器の名前だけらしい。
恐らく、彼女の頭の中では、胸の内側に肝臓と膵臓があるのだろう。
「上・・・あぁ、脳みそを目指してるんでしたね」
どうやらユリアは、目的地を思い出したようである。
とはいえ、彼女の頭の中でも、シルビアと同じような不可思議な身体の模式図が展開されているようだが・・・。
「そうよ。その途中で、ついでに心臓を経由しようと思って立ち寄ったわけよ」
「ということは・・・心臓に着いたのですか?」
流石に心臓の位置は分かったのか、胸の手をおきながらそう口にするシルビア。
「たぶんね。壁の向こう側からは鼓動が聞こえないけど・・・」
『(・・・し、死んでる?)』
ワルツの言葉に、皆同じような険しい表情を浮かべているところを見ると・・・どうやら全員、同じことを考えたらしい。
「じゃぁ、時間も無いし、さっさと行くわよ?」
それだけ口にすると・・・ワルツは薄皮一枚の厚さ(30cm)まで削っていた肉壁を、一瞬にして排除した。
「・・・何ここ・・・」
急に広がった巨大な空間の、その不思議な景色に、思わずそんな驚きの言葉を口にするルシア。
「幻想的ですね・・・」
シルビアも、その薄っすらと壁が光り輝く光景に、同じような感想を持ったようだ。
・・・しかし一方で、
「あぁ、ここですか。デフテリービクセンでも一度見たことがありますね」
ユリアの方は見たことがある様子であった。
最後まで口を閉ざしていたワルツも、驚いた表情は見せずに、むしろ、難しい表情を見せていたので、見たことのある景色だったのだろう。
それから彼女は、先に進もうとしていたルシアの手を取ると・・・どういうわけかそのまま後ろに引っ張った。
「・・・さてと。戻るわよ?」
『えっ・・・?』
ワルツが口にした言葉に、耳を疑う一同。
一体何故、彼女はそんな言葉を口にしたのか・・・。
それは・・・
「ここは迷宮の核よ。・・・最終目的地ね」
・・・頭にあると思っていた迷宮の核が、目の前に広がっていたからである。
当初ワルツは、迷宮の身体(内臓?)の中から可能な限りの市民たちを救出した後で、プロティービクセンを止めるために、迷宮の核を破壊するつもりだった。
もしも救い出す前に迷宮の活動を停止させてしまったのなら・・・この骨格のない迷宮がどのようになってしまうのかは、容易に想像できることである。
そうなってしまった後で、肉塊の中に取り残された人々を果たして無事に救出できるのか、ワルツには自信が無かったのだ。
故に彼女は、別の臓器へと移動しようと提案したわけだが・・・・・・しかし、それはもう出来なさそうであった。
「お、お姉ちゃん!」
何かに気づいた様子で、巨大な空間の中心部を指さすルシア。
「・・・」
その光景に、眉を顰めながら、妹の手を握る力を少しだけ強めるワルツ。
『・・・え・・・』
ユリアとシルビアの方も、ソレに気づいたようで、驚きのあまり声にならない声を漏らした。
なぜならそこに・・・
「ん?何だあいつら・・・?」
どこかで見たことのある顔の男と、
「・・・」
何故か迷宮に半身が埋まる形で取り込まれた様子の別の男・・・
そして何より・・・
「・・・ユキ・・・F、でいいのかしらね・・・?」
・・・数えきれないほどの躯の上で、静かに佇む、厳かな鎧を身にまとった長身の女性がいたからである。
相当離れた場所に彼女は、小さく呟いたはずのワルツの言葉に対して反応すると、俯いていた顔を上げて・・・
「この時を・・・待っていました」
そんなことを口にして、嬉しそうに・・・・・・涙を流した。
そして、
「お願い・・・・・・私を殺してっ!」
ドゴォォォォ!!
・・・これまでに見たことのないような強大な氷魔法を、ワルツたちに向かって放ってきたのだ。
率直に補足なのじゃ。
いやの?
書くタイミングを失ってしまったのじゃ。
で、何のことかというと・・・迷宮の内臓についてなのじゃ。
何も難しいことはなく、単に大きな空間とダンジョンが広がっておるだけなのじゃ。
・・・それだけなのじゃ。
それだけは・・・どこかに書きたかったのじゃ・・・。
というわけで、一番書きたかった補足も書けたことじゃし、他の補足も書こうと思うのじゃ。
後半部分については、補足せぬぞ?
次回以降で語るつもりじゃしのう。
前半分については・・・妙に皆、和気藹々としておるが・・・これは完全にフラグじゃの。
もちろん、死亡フラグではなく・・・いや、なんでもないのじゃ。
こう書いておると、フラグとは・・・物語の『緩急』の内の、『急』の部分に入るの前の一種の儀式のようなものなのかもしれぬのう・・・。
最後に。
・・・ここまで持ってくるのに、回りくどくてすまぬのじゃ・・・。




